第14話 静けさの裏にある絶望
二つ目のアーティファクトを手に入れた俺たちは、不気味な静寂が支配する森をさらに深くへと進んでいた。 目標は最後の一個。それを手に入れれば、この忌々しい実力試験も終わりが見える。
レン「……順調だな。あのS級の連中と別れてから、目立った実力者とは出くわしていない」
レンが周囲を警戒しながら呟く。確かに、途中で何度か他のパーティーと接敵したが、あのS級ほどの化け物はいなかった。俺の『ERROR』を使うまでもなく、レンの封印術とフィオナの補助、そして俺の短剣で危なげなく切り抜けてこれた。
フィオナ「はい。でも、油断は禁物です。森の空気が、少しずつ……重くなっている気がしますから」
フィオナが不安げしている。彼女の直感は、時として魔力探知よりも正確だ。
そして翌日。俺たちが最後のアーティファクトを求めて、霧の深い渓谷へと足を踏み入れた時、その「異変」は唐突に訪れた。
遥斗「……なんだ、この匂い」
鼻腔を突く、吐き気を催すような生臭い鉄の匂い。血の匂いだ。
俺とレンは顔を見合わせ、無言で匂いの元へと足を早めた。茂みを掻き分け、開けた広場に出た瞬間――俺たちの思考は停止した。
フィオナ「……っ!? いや、ああああ!!」
フィオナが短い悲鳴を上げて口を抑え、その場に膝をつく。
そこにあったのは、地獄絵図だった。
昨日まで、あれほど圧倒的な力と傲慢さを見せつけていたあのS級パーティーの面々が、物言わぬ肉塊となって転がっていた。
リーダーだったあの男は、誇り高かったであろう杖を折られ、胸に大きな穴が開いている。女魔術師は、自慢の結界を展開する暇もなかったのか、首があらぬ方向に曲がっていた。剣士の男に至っては、五体がバラバラに引き裂かれ、周囲の木々を赤く染めている。
レン「……チッ、ひどい有様だな。あのS級パーティーが、抵抗の跡すらほとんどなく殺されている」
レンは眉根を寄せて死体を観察している。その冷静さは、かつて村を焼かれた経験から来るものなのか。
対照的に、俺の心臓は早鐘を打っていた。正直に言えば、内心ビビりまくっている。あの怪物じみたS級を、まるで子供の手を捻るように屠った「何か」が居るのだ。
ガチガチと震えそうになる膝を、俺は気合で抑えつけた。今ここで俺が取り乱せば、フィオナたちの命はない。俺は努めて冷静を装い、低く鋭い声を出した。
遥斗「……ここを離れるぞ。すぐにだ。奴がまだ近くにいる可能性がある」
俺たちは死体に背を向け、一刻も早くこの場を立ち去ろうと後ろを振り向いた。
だが、その瞬間。
「…………」
いつからそこにいたのか。 俺たちの背後、数メートル先。影が染み出したかのように、一人の人物が立っていた。
全身を夜の闇を切り取ったような漆黒のローブで包み、顔には一切の感情を排した無機質な仮面をつけている。
音もなく、気配もなく現れた仮面男は、圧倒的な威圧感があった。
遥斗「……お前か。あのS級パーティーを殺したのは、お前なのか?」
俺は短剣を構え、震える声を絞り出した。
返事はない。ただ、仮面の奥にあるであろう瞳が、冷徹に俺たちを観察していることだけが伝わってくる。
遥斗「レン、フィオナ! 準備しろ」
◇◇◇
俺の叫びに反応し、レンとフィオナは、戦闘体制に入る。俺も間髪入れず、意識を深層へとダイブさせる。この相手に、出し惜しみは即、死に直結する。
遥斗「……起動」
脳内を走る激しいノイズ。視界が紫色に染まり、エラーウィンドウが展開される。
Status: HARUTO-1002
Level: 20 B-Rank
HP: 200/200 → ERROR: 1 / 1 [FIXED]
MP: 95 / 120 → ERROR: 1500
ATK (Physical): 80 → ERROR: 500
Ability Slot 1: Status rewriting (Active)
昨日よりもさらに出力を上げた。MP1500、ATK500。身体がミシミシと悲鳴を上げ、全身から紫色の火花――グリッチが激しく噴き出す。
その瞬間、仮面の男が動いた。
遥斗「なっ……!?」
男が何らかの印を結ぶと、その姿が霧に溶けるようにフッと消えた。
姿を消す魔術。フィオナが前、教えてくれた情報によると、支援魔法の中でも高度な隠蔽魔術だ。
レン「消えた!? どこだ、どこへ行った!!」
フィオナ「探知に引っかかりません……! 魔力の色が、森の闇に完全に同化しています!」
二人が困惑の声を上げる。だが、今の俺の『ERROR』状態の感覚器官は、空気を切り裂く微かな音を捉えていた。
何かが、風のような速度で俺たちの横を通り過ぎる。その方向は――。
遥斗「……フィオナ!!」
標的はパーティーの要であるフィオナだ。
彼女は自分の身に迫る危機に全く気づいていない。防御魔術すら展開していない彼女に、背後から音もなく現れた仮面の男が、毒々しく光るナイフを振り下ろそうとしていた。
遥斗「間に合えぇぇ!!」
ATK500による超人的な脚力が、地面を爆発させた。
音速に近い突進。俺はフィオナの背後へと滑り込み、振り下ろされたナイフを、持っていた短剣で間一髪受け止めた。
ガギィィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合う、耳を刺すような衝撃。
重い。ナイフ一本の重さではない。まるで巨大な鉄塊を受け止めたかのような衝撃が、HP1の俺の肉体に響く。
遥斗「ぐっ……おあああああ!!」
男は力比べをするつもりはないらしく、すぐさま空いた左足で鋭い蹴りを放ってきた。
狙いは俺の腹部。HP1の状態でこの蹴りを受ければ、その瞬間に俺は瀕死だ。
遥斗(……真正面から受け切るのは無理だ。なら、防御魔術を!)
俺は蹴りの軌道上に小さな防御魔術を割り込ませた。
ドゴォォォォンッ!!
防御魔術越しでも凄まじい衝撃が伝わり、俺の身体は数メートル後方へと弾き飛ばされた。
遥斗「はぁ、クソ……っ! フィオナ、離れろ!!」
起き上がった瞬間、そこに仮面の男の姿はなかった。
再び姿を隠したのだ。
……ザッ、ザッ。
背後から、不気味な足音が聞こえる。
振り返ると、そこにはいつの間にか実体化した仮面男が、悠然と佇んでいた。
◇◇◇
遥斗(……間違いない。あのS級たちを殺したのは、間違いなくこいつだ)
今の短い交差で確信した。
奴はステータスを極限まで強化した今の俺よりは僅かに遅い。だが、あの姿を隠す魔術が極めて厄介だ。そして、その練度は、以前戦った「偽ルミナ」すらも子供に見えるほど、圧倒的に高い。
俺は近距離での激しい斬り合いの合間に、空中に魔法陣をいくつか展開し、炎の魔弾を掃射した。それはまるで機関銃の弾丸のようだ。
だが、男は俺の短剣を避けながら、同時に四方から迫る魔弾を、まるで踊るような身のこなしですべて回避してみせる。
化け物か。短剣を避けながら魔術も回避するなんて。
遥斗「くそっ、これならどうだ!」
俺はさらに加速し、男の懐に飛び込んだ。
だが、その瞬間。焦りからか足元のバランスを崩してしまった。
遥斗(……っ、しまっ――!)
仮面の男の瞳が、冷酷に光った。待ってましたと言わんばかりに、ナイフが俺の喉元を目掛けて最短距離で突き出される。
回避は間に合わない。死を覚悟したその時。
フィオナ「《アイギスの壁》」
俺の目の前に、黄金の幾何学模様が浮かび上がった。
フィオナが限界を振り絞って展開した防御結界だ。男のナイフが黄金の壁に弾かれ、火花を散らす。
レン「逃がすかよ! 《トリプル・バインド・チェーン》!!」
さらに背後から、レンが用意していた拘束鎖が飛来した。
三本の漆黒の鎖が、仮面の男の四肢と胴体をがっちりと絡め取り、地面へと縫い付ける。
レン「捕まえたぞ……! この鎖は、お前の【動き】そのものを封じる。お前がどれほどの魔力を持っていようと、もう指一本動かせな――」
レンが勝ちを確信した、その時だった。
「…………」
仮面の下から、微かなため息が聞こえた。
男の身体から、どす黒い魔力が濁流のように溢れ出す。男はその魔力を鎖へと直接流し込み、あろうことかレンの封印魔力を力技で押し出し始めた。
レン「な、なんだ!? 封印魔術の魔力が……押し返されている……!?」
男の圧倒的な魔力供給量が、レンの術式の容量を超えたのだ。効力を失った鎖は、ただの鉄屑となってパラバラに砕け散った。
レン「……馬鹿な。ありえない……! 封印魔術そのものを、魔力のゴリ押しで無効化するなんて……!?」
レンが驚愕に目を見開く。
すると、仮面の男は一つため息をつくような仕草を見せ、低く呟いた。
「…………身体強化」
その言葉と共に、男の周囲の空気が爆ぜた。
遥斗(……速い。俺よりも、速い……!!)
男が踏み込んだ瞬間、その姿は俺の動体視力すら置き去りにした。
気がつくと、男はフィオナのすぐ隣にいた。
フィオナ「……え?」
フィオナは、隣に死神が立っていることにすら気づいていなかった。
男の容赦ない蹴りが、彼女の脇腹を捉える。
フィオナ「が、はっ……!?」
小さな身体が木の葉のように舞い、背後の巨木へと激突した。
ドォォンという鈍い衝撃音と共に、フィオナはそのまま力なく地面に崩れ落ち、動かなくなった。
遥斗「フィオナ!!」
レン「貴様ぁ!!」
レンが狂ったように魔法陣を展開しようとする。だが、間に合わない。
男のナイフがレンの肩を深く切り裂き、鮮血が舞う。
レン「ぐああああっ!!」
男は冷酷に追撃の蹴りを入れ、レンをも吹き飛ばした。
遥斗「……レン……フィオナ……」
仲間が制圧されるまで、十秒もかからなかった。
森には、俺の荒い呼吸と、倒れ伏した二人の微かな呻き声だけが残った。
◇◇◇
仮面の男は、血に濡れたナイフの先をゆっくりと俺の方に向けた。
そして、獲物を追い詰める捕食者の足取りで、走り始める。
遥斗(……無理だ。勝てない。こんなの、どうしようもない……)
絶望が全身を支配する。
仲間は倒れ、俺のステータス改変すら凌駕する圧倒的な「暴力」が目の前に迫っている。
俺の脚は震え、視界は恐怖で歪んでいた。
男がナイフを振りかざし、俺の心臓を貫こうと跳躍した。
誰もが無理だとあきらめるこの状況で、俺はあるとを思い出していた。
第15話に続く――。




