第13話 S級パーティーとカウントダウン
謎の無人島に存在する森の奥深く。耳を劈くような轟音が、俺の鼓膜を容赦なく震わせていた。
視界の先では、フィオナが泥にまみれ、膝をガクガクと震わせながらも、必死に両腕を掲げている。彼女の展開した五重の魔法障壁《アイギスの壁》は、立ちふさがるS級パーティーから放たれる苛烈な魔術の嵐を真っ向から受け止めていた。黄金の光を放つその壁が、彼女の「誰も傷つけさせない」という強い意志そのものであることは、背中にいる俺には痛いほど伝わってきた。
フィオナ「……っ、あああああ!!」
フィオナの悲鳴に近い叫びが響く。彼女の結界は、本来ならばA級上位の魔物でも数時間は足止めできる強度を誇るはずだ。しかし、今相手にしているのは、この島に集められた選りすぐりのエリート、S級パーティーだ。格が違いすぎる。
リーダー格と思われる男が放った、高圧縮された風の魔弾が、結界の第一層を紙細工のように粉砕した。その衝撃波がフィオナの細い身体を駆け抜け、彼女の髪が激しくなびく。魔力を使い果たしつつある彼女の指先は白く震えていたが、その瞳だけは折れていなかった。
リーダーの男「無駄だよ、B級。その盾が砕けるまで、あと数秒もかからない。身の程を知るべきだったね」
男は、まるで道端の石ころでも眺めるような冷ややかな瞳で俺たちを見下ろしていた。その余裕に満ちた態度は、自分たちがこの世界の頂点に君臨しているという絶対的な自負から来るものだろう。
俺は腰の短剣の柄を強く握りしめた。A級パーティーとの連戦で、俺の身体はとうに悲鳴を上げている。だが、ここで出し惜しみをして全滅しては元も子もない。フィオナを、レンを、ここで死なせるわけにはいかないんだ。
遥斗(……やるしかないか。フィオナ、よく耐えてくれた。ここからは、俺の出番だ)
俺は意識を内側へ向け、自身の魂の深層に眠る「ERROR」へとアクセスした。A級戦ではリスクを恐れて温存していた力。この世界の理から逸脱した、禁忌のステータス改変を今、解禁する。
遥斗「……起動」
脳内にひどい電子ノイズが響き渡った。
俺の眼前に、エラーメッセージを吐き出しながら高速で点滅するステータスウィンドウが浮かび上がる。
Status: HARUTO-1002
Level: 18 B-Rank
HP: 75 / 100 → ERROR: 1 / 1
MP: 95 / 120 → ERROR: 1000
ATK (Physical): 80 → ERROR: 500
Ability Slot 1: Status rewriting (Active)
HPが致命的な『1』へ固定されるのと引き換えに、MPとATKが理外の数値へと書き換えられた。全身の血管を熱い何かが駆け抜けるような激痛。だが、それと同時に俺の体からは力が無限にみなぎってくる。
俺の左目が鮮やかな紫色に輝き出し、視界に幾何学的なノイズが走った。同時に、俺の身体の輪郭が不安定に揺らぎ始める。腕や足の一部が数センチ単位で横に「ズレ」ては戻る、激しいグリッチ現象が俺を包み込んだ。
女魔術師「……なっ、なにアイツ!? 身体が……壊れてるの?」
S級チームの女魔術師が、露骨に動揺したのが見えた。
物理法則を無視して「バグり」続ける俺の姿は、この世界の正規の住人にとっては、生理的な嫌悪感を伴う恐怖そのものなのだろう。
◇◇◇
しかし、リーダーの男は即座に体制を立て直した。
リーダーの男「見てくれに惑わされるな! たかがハッタリだ。圧倒的な魔力量の差を見せつけてやる!」
男が杖を振りかざし、高密度の風魔術を放つ。数千の不可視の刃が、空気を切り裂きながら俺へと殺到した。一撃一撃が大岩を容易く両断する破壊力。だが、無駄だ。
遥斗「……魔法陣、展開」
俺が呟くと、俺の指先から巨大な紫色の魔法陣が、瞬きする間もなく展開された。
詠唱も、複雑な精神統一もいらない。魔法陣を通過した俺の反撃魔術は、書き換えられたMP1000の膨大なエネルギーを受け、極限まで増幅される。
ドォォォォォンッ!!
風と光が正面から衝突し、周囲の空間が歪むほどの衝撃波が発生した。爆圧で森の木々が根こそぎなぎ倒され、土くれが舞い上がる。
リーダーの男の驚愕に歪んだ顔が見えた。
リーダーの男(……馬鹿な! 僕の魔術と……たかがB級の子供が、ほぼ互角に渡り合っているだと!?)
衝突地点に濃い砂埃が立ち込める。俺はこの好機を逃さない。
短剣を逆手に構え、足元を爆発させるような勢いで地面を蹴った。
遥斗「……ターゲット、あの女だ」
ATK500へと強化された脚力。俺の突進速度は、もはや音速に近い領域に達していた。
砂埃を切り裂いて突如眼前に現れた俺に対し、女魔術師は驚愕しながらも、本能的に防御魔術を展開した。
女魔術師「《ダイヤモンド・シェル》!!」
彼女の前に、金剛石の硬度を持つ幾何学模様の壁が立ち塞がる。だが、俺の口角は勝手に吊り上がっていた。
遥斗(無駄だ。俺の短剣には、『魔術無効』が付与されている)
短剣の先端が防御魔術の壁に触れる。本来なら激突の衝撃があるはずだが、短剣が触れた瞬間、防御魔術はまるでガラスが割れる用な音を立て崩れ去った。
遥斗「貰った……!」
俺が確信したその瞬間、真横から凄まじい風圧と共に、高圧縮された大気の塊が飛来した。
リーダーの男「調子に乗るなよ、三下ァ!!」
リーダーの男による、鋭い横やりだ。
俺は舌打ちし、突撃を中断。瞬時に防御魔術を自らの側面に展開する。
だが、S級の魔力を正面から受けるのは、今のHP1の状態ではあまりにリスクが高い。
遥斗(……真正面から受け切るのは無理だ。なら、受け流す!)
俺は防御魔法の角度を絶妙に調整し、衝撃を斜め後ろへと逃がしながら、自ら後方へ吹き飛ぶようにして間合いを取った。着地と同時にグリッチが激しくなり、俺の右腕が一瞬だけ消失しては再出現する。
リーダーの男「……もっと警戒しろ。こいつの短剣、ただの武器じゃないぞ」
女魔術師「……わ、わかってるわよ! でも、あんなの予測できないわ!」
リーダーの男が女魔術師を叱責するのが聞こえる。
俺の奇襲は失敗したかに見えた。だが――その瞬間
◇◇◇
遥斗「……そこだ」
俺の呟きと同時に、S級パーティーの背後――死角となっていた茂みの中から、不気味に輝く三本の鎖が飛び出した。 《トリプル・バインド・チェーン》――。 戦乱の最中、俺に注意を引き付けている隙に、密かに回り込んでいたレンが放った渾身の封印魔術だ。
剣士の男「なっ、ぐあああ!?」
無防備だったS級の剣士が、その鎖によって全身を縛り上げられた。
鎖は男の皮膚に食い込み、彼の膨大な魔力供給を強制的に遮断していく。
剣士の男「貴様、いつの間に……! 離せ、この薄汚い鎖を!!」
剣士の男は力任せに引きちぎろうとするが、レンの封印魔術は対象の【動き】そのものを縛る。どれほどS級としての筋力があろうと、「動作」という出力が封じられていれば、脱出は叶わない。
レン「……無駄だ。その鎖は、お前の動きそのものを封じている。……お前はもう、ただの石像と変わらない」
レンの冷徹な声が響く。復讐のために培った彼の封印術は、格上の相手であっても一度捉えれば容易には逃さない。
だが、さすがはS級だ。残されたリーダーと女魔術師は、即座に拘束された剣士を守るように盾状の陣形を組んだ。
女魔術師「リーダー、ここは耐えましょう! 彼の封印が解けるまで!」
リーダーの男「ああ、わかっている。……!」
彼らの判断は、戦術としては「最善」だろう。
メンバーが拘束されれば、その解除を優先しつつ守りを固めるのが定石だ。
だが、彼らは致命的な勘違いをしていた。
遥斗(……いい判断だ。だがな、俺たちは最初から、お前らと戦闘するつもりなんて無いんだよ)
俺は後方のフィオナと、S級パーティーの後ろに立っていたレンに視線で合図を送った。 彼らが守りに入ったということは、すなわち俺たちへの追撃の手が緩んだということだ。
◇◇◇
フィオナ「……はい、了解しました!」
フィオナが即座にレンへ向けて、魔術を使う。
フィオナ「《ヘイスト・アクセル》」
碧緑の光がレンを包み込み、彼の脚力を底上げする。
俺はリーダーの男たちを鋭い眼光で見据えながら、指を立ててカウントダウンを始めた。
遥斗「……3」
S級たちが怪訝な表情を浮かべる。
遥斗「……2」
女魔術師が杖を構え直し、何らかのカウンター魔術を準備し始めた。
遥斗「……1……ゼロ!!」
遥斗「離脱するぞ!!」
俺の号令と同時に、三人は一斉に背を向け、迷いなく森の深淵へと駆け出した。
リーダーの男「ま、待て! 逃げるのか卑怯者が!!」
女魔術師「正々堂々と戦いなさいよ!!」
背後から怒号が飛んでくるが、そんなものは知ったことではない。 俺たちは、昨日野営したポイントを目指して、一心不乱に森を駆けた。フィオナの支援魔術のおかげで、S級の追跡を完全に振り切ることに成功した。
数十分後、ようやく安全な合流地点に到達した俺たちは、荒い息を吐きながら地面に座り込んだ。
レン「……はぁ、はぁ……。流石に、S級三人を正面から相手にするのは骨が折れるな」
フィオナ「……はい、生きた心地がしませんでした……。でも、皆さんご無事でよかったです」
俺は岩壁に背を預け、能力を解除した。
左目の紫光が消え、ステータスが正常値に戻っていく。だが、ERRORの反動でHPは底を突き、身体中が鉛のように重い。
◇◇◇
俺のHPが元に戻るのを待ちながら、俺たちは小さな焚き火を囲んで作戦会議を開いた。
レン「さて、あいつらとは別の道を進むべきだ。また鉢合わせたら次こそ逃がしてはもらえないだろうからな」
遥斗「ああ、同意だ。……だがさっきのS級のパーティーの強さがイカれてただけで、ほかのパーティーはそんなことはないんじゃないか?戦闘を続けてアーティファクトを効率よく奪うのは一つの手段だと思うんだが……」
俺がそう言うと、フィオナが少しだけ顔を曇らせ、申し訳なさそうに口を開いた。
フィオナ「……私は、これ以上誰かが傷つくのは見たくありません。……奪い合うのではなく、自分たちの力でアーティファクトを見つけることはできないでしょうか?」
彼女の控えめな、しかし芯の強い提案に、俺は短く吐息を漏らして笑った。
遥斗「……そうだな。フィオナが乗り気じゃないなら、地道に探すとしよう。」
方針が決まり、俺たちは本来予定していたルートを大きく変更し、さらに険しい北西の獣道へと進路を取った。
歩き始めて一時間ほど経った頃、藪を掻き分けて不気味な咆哮と共に、野生の魔物――「シャドウ・ウルフ」の群れが出現した。
しかし、S級と死闘を演じた直後の俺たちにとって、この程度の魔物はもはや脅威ではなかった。
遥斗「レン、左の三体を任せる」
レン「了解。《バインド・チェーン》!」
レンが流れるような動作で放った鎖が、ウルフたちの動きを完全に封じる。
そこへ俺が肉薄した。今回はERRORを使わずとも、高まった集中力が俺の動きを研ぎ澄ましていた。
遥斗「……終わりだ」
俺が短剣を一閃させる。
シュンッ。
ウルフの心臓を的確に貫くと、魔物は断末魔を上げる間もなく光の粒子となって霧散していった。
フィオナ「……安らかにお眠りください」
いつものように、犠牲となった命へ祈りを捧げるフィオナ。
その時、魔物が消えた地面で、**「ガコン」**という硬質な金属音が響いた。
遥斗「……? 今、何か音がしたぞ」
俺が落ち葉を掻き分け、そこにあったものを拾い上げた。それは、鈍い銀色に輝く奇妙な形状の金属片だった。
遥斗「アーティファクトだ。……魔物が持っていたのか」
レン「これで二つ目か。意外とあっさり手に入るもんだな」
俺は手の中にある冷たい感触を確かめ、空を仰いだ。
S級との死闘、撤退、そして思わぬ形での収穫。
この調子で行けば、試験突破もそう遠くない。俺たちの間には、わずかな安堵と、この過酷な島を共に生き抜く絆のようなものが漂っていた。
しかし、俺たちはまだ気づいていない。この島が、単なる実力試験の会場ではないことを。背後で、湿った風が不気味に吹き抜けた。
第14話に続く――。




