第10話 守りの盾、フェオナ
魔剣術学校の登校義務がない自由な時間を利用し、遥斗はルミナの家にある訓練場で、新たな力を極めるための修行に集中していた。もちろん、彼の相棒であるレン・アスターもその場にいた。
遥斗の目標は、自身の能力「ERROR」による**《ステータスの書き換えによる魔術の威力強化》、そして最近習得した《魔法陣の威力強化と瞬時展開》**を融合させ、瞬時にして戦場を一変させる超破壊的な魔術を完成させることだった。
彼は訓練用ホログラムを前に、早速自分の主力である炎魔術を試みた。
遥斗「《インフェルノ・ブラスト》、最大展開」
彼の魔力が解放された瞬間、足元の石床に淡い青い魔法陣が閃光を放ち、魔力の流れを固定しようとする。
だが、魔法陣は、魔力収束のピークに達する直前、**「パチン」**という乾いた音を立てて崩壊した。まるで、水圧に耐えられなかった紙風船が弾けたようだった。
遥斗「くっ……!」
制御を失った炎魔力は、本来の威力を発揮することなく、散発的に訓練場の壁を焦がし、すぐに霧散した。遥斗は、最大出力の魔力を無駄にし、強烈な脱力感に襲われた。
遥斗(単純な風魔術や火魔術なら問題ない。だが、《インフェルノ・ブラスト》のような強力な魔術を流し込むと、魔法陣が魔力の密度と圧力に耐えきれずに壊れてしまう。この原因は、魔法陣の耐久力が不足しているからだ)
遥斗は何度も試したが、結果は同じだった。ホログラムは無傷のままだ。
壁際で静かに見ていたレンが、冷静な目で遥斗に言葉を投げかけた。
レン「ハルト、あんたの魔法陣は速すぎる。そして、雑だ」
遥斗「雑……?」
レンは一歩前に出た。
レン「ああ。あんたは一瞬で魔法陣を展開できる。それは誰もが羨む才能だが、その展開はただの形のコピーでしかない。魔法陣は、単なる幾何学模様じゃない。魔術を制御し、増幅させるための精密な回路なんだ。一瞬で描けるのは素晴らしいが、その『回路の強度』は、初心者レベルで固定されている」
レンは地面に手をかざし、ゆっくりと、しかし完璧な精度で三つの光の魔法陣を空中に展開させた。
レン「俺が三つの魔法陣を同時に扱えるのは、魔力の流れを完璧に制御し、バランスを取る訓練を何年も積み重ねたからだ。あんたの魔法陣は大きな魔力を流し込んだら、回路が保たない。魔法陣の線一本一本を、魔力で鋳造するイメージを持て」
遥斗「鋳造、か……」
その日から、遥斗の修行は一変した。彼は、瞬時展開を封印し、レンの指導のもと、あえてゆっくりと魔法陣を描く訓練を始めた。
魔力の制御は、剣の刃先を扱うよりも難しかった。少しでも魔力に揺らぎが生じれば、線は途切れ、回路は歪む。額に汗が滲み、一晩に何百回と失敗を繰り返した。
遥斗(焦って最大火力を求めるのではなく、まずは魔法陣を崩壊させずに、高密度の魔力を流し込めるだけの**『強度』**を持たせる訓練が必要だ。ルミナの仇を討つためには、この壁を乗り越えなければならない)
◇◇◇
数日後、遥斗とレンは再びバルモンド魔剣術学校の訓練施設を訪れた。一ヶ月後の実技テストが迫るにつれ、生徒たちの訓練は苛烈を極めていた。施設は殺気立った空気に包まれている。
彼らが訓練場の隅へ向かうと、異様な訓練を行っている少女がいた。
あの少女は小柄で繊細な容姿だが、首には自らの決意を表すかのように、目立つ赤いマフラーを巻き、濃い青のローブを身にまとっている。
周囲の生徒たちが攻撃魔術で訓練用のホログラムを破壊しようとする中、フィオナはひたすら防御と補助の魔術を連射していた。
少女「《バリア・レイヤー》《ディフェンス・ウェーブ》」
少女が詠唱するたびに、ホログラムの周囲に透明、金色、銀色と色の異なる結界が何重にも展開される。ホログラムが強力な攻撃魔術を発動しても、結界はその衝撃を吸収し、標的を完璧に守り抜く。
さらに少女は、自分自身に**《アクセル・ブースト》の高速化魔術をかけ、訓練場を縦横無尽に移動。動きはもはや残像が残るほど速く、結界の配置を最適な位置へと瞬時に修正し続けていた。彼女の防御は、まるで動く要塞**のようだった。
やがて訓練時間が終了し、ホログラムが消滅すると、フィオナは展開していた結界をすべて解除した。疲労困憊の様子で、標的の残滓に向かって、かすかに聞こえる声で呟いた。
少女「……安らかにお眠りください」
その光景は、攻撃こそが正義とされるこの学校で、あまりにも異質だった。
遥斗は、この異常な訓練の理由を解明するため、レンと顔を見合わせ、あの少女に近づいた。
レン「そこの君、B級クラスのレンだ。名前を聞いていいか?」
少女は驚きに目を見開いたが、レンの穏やかな、しかし真剣な眼差しに、静かに頷いた。
フィオナ「……はい。フィオナ・リズです」
遥斗は単刀直入に尋ねた。
遥斗「単刀直入に聞く。あんたの魔術は、防御と補助に極端に特化しているようだが、どうして攻撃魔術を使わないんだ? それでは実戦では、決定打を与えられないだろう」
フィオナは、その質問に俯いた。その声は静かだが、強い悲哀を帯びていた。
フィオナ「……私は、攻撃魔術の才能が絶望的に低かったんです。どれだけ努力しても、初級の火球すら、まともに撃てません。魔力が暴発するか、威力が豆粒程度にしかならない」
フィオナは、過去を回想するように続けた。
フィオナ「子供の頃、私は誰もが認める魔術の優等生でした。でも、それは防御魔術と補助魔術だけでした。攻撃魔術を初めて使おうとした時、魔力の制御が全くできず、逆に自分を傷つける寸前までいってしまいました」
フィオナ「私は、それがひどく悔しくて、一年間、攻撃魔術の訓練だけに費やしました。しかし、結局、私の魔力は**『攻撃』の概念を拒絶する**かのように、全く使い物にならなかったのです」
フィオナは、自分の才能の限界を突きつけられた時の、全身を襲う無力感を思い出した。
レン「才能がないからこそ、防御に徹したということか」
フィオナ「はい。私は、故郷の街で、異常な魔力の暴走に見舞われた魔物たちが、無差別に街を破壊するのを見ました。魔物たちは苦しみ、街は壊されていく。攻撃手段を持たない私は、ただ隠れて震えることしかできなかった」
フィオナ「でも、防御魔術だけは、なぜか正確に展開できたんです。攻撃できない自分に代わって、誰かを守れる力。私は決めました。攻撃を諦め、唯一才能があった防御と補助を極め、**誰かを守るための『盾』**になろうと。二度と、理不尽な被害を出さないために」
彼女の瞳の奥には、攻撃できないことへの無力感と、それを乗り越えようとする強い意志が燃えていた。そして、「安らかにお眠りください」と呟いていたのは、攻撃魔術を極められず、狂気に囚われた魔物たちを救うことができない自分への、哀悼の念の現れだったのだ。
遥斗(攻撃魔術の才能がないからこそ、防御と補助に全リソースを集中している。その極端な特化こそが、俺たちのパーティにとって、最も重要な力になる)
遥斗はレンに目線で合図を送り、レンはフィオナに向かい、力強い意志を込めて言った。
レン「フィオナ。俺たちは、その『異常な魔力の暴走』を引き起こした黒幕を突き止め、復讐を果たすためにこの学校に来た。あんたの究極の防御魔術は、俺たちのパーティにとって、命綱だ」
遥斗は一歩踏み出し、フィオナに視線を合わた。
遥斗「俺たちのパーティは、攻撃力と制御力は高いが、致命的に防御力が低い。あんたの究極の防御と《アクセル・ブースト》による高速補助があれば、俺たちは安全を確保しながら、最大限の火力を叩き込める」
遥斗(特に、俺がERROR能力で無防備になった瞬間、彼女の防御結界と高速化魔術こそが、俺の生存戦略の要になる)
フィオナは、自分に向けられた、信頼と期待の視線を感じた。彼女の防御力が、誰かの命を繋ぐ、決定的な役割を果たす。その事実に、彼女の内に秘めていた強い意志が確信に変わった。
フィオナ「私は、人を傷つける攻撃魔術の才能はありません。ですが、あなたたちを、そしてこの世界から二度と犠牲者を出さないために、私にできる限りの防御と補助を提供します。私を、あなたの『盾』として使ってください」
こうして、このパーティに、三番目の仲間が加わった。
ハルト: 瞬間火力と近接戦闘 (攻撃担当)
課題:HP 1のリスクと、魔法陣の精密制御
レン: 封印と拘束 (制御担当)
課題:多重魔法陣展開に要する時間
フィオナ: 究極の防御と補助 (防御担当)
課題:攻撃手段の完全な欠如
攻撃、制御、防御という、実戦に必要な役割が揃った。
◇◇◇
フィオナ・リズの加入から三日後。遥斗、レン、フィオナの三人は、ルミナの家の訓練場に集まっていた。実技テストを目前に控え、彼らは秘密裏に連携訓練を開始する必要があった。
訓練場の中央で、遥斗は短剣を握り、レンとフィオナに向き合った。
遥斗「改めて、役割の確認だ。俺は攻撃特化。短剣術と魔術の併用で、一瞬で超火力を出すのが俺の役割だ。だが、俺は**『防御が致命的に弱い』。接近戦で油断すれば、即座に致命傷になりかねない」
レン「俺は封印と拘束、そして戦場の制御を担当する。多重魔法陣を展開できれば、敵の動きを止め、ハルトの攻撃チャンスを生み出せる。だが、俺が詠唱に入ったら、動けない。その間の守りが必要だ」
フィオナ「……私は、あなたたちの命を守る『盾』**となります。私の魔術は全て、防御と補助に特化しています。攻撃魔術の才能がない私にとって、仲間を守り抜くことこそが、唯一の存在意義です」
フィオナは、首に巻かれた赤いマフラーを強く握りしめ、強い決意を瞳に宿していた。彼女の言葉には、攻撃できないことへの無力感と、それを上回る「守る」ことへの強い意志が込められていた。
レン「よし、まずは基礎からだ。ハルト、あんたの修行の成果を見せろ。魔法陣の『強度』を上げながら、インフェルノ・ブラストを撃て。フィオナ、魔術が暴発しても、ハルトを巻き込むことがないよう、防御結界で訓練場の区画を隔離しろ」
レンの指示で、フィオナが即座に動いた。彼女の詠唱は極めて早く、淀みがなかった。
フィオナ「《ディフェンス・ウェーブ》」
淡い銀色の結界が、訓練場の半分の区画をドーム状に包み込んだ。それは、レンの封印魔術の魔法陣の幾何学模様とは異なり、円錐と球体が何層にも重なり合った、極めて複雑な構造をしていた。その緻密さからは、彼女が防御魔術をどれほど極めているかが一目瞭然だった。
遥斗(これが、究極の防御魔術か。俺の防御魔術とは、根本的に緻密さが違う)
遥斗は深呼吸し、集中した。レンに指摘されてから数日間、彼は**『魔力で回路を鋳造する』**訓練に費やしてきた。スピードを犠牲にし、魔力の流れを均一に保ち、魔法陣の線を一本一本、意識的に硬く編み上げていく。
遥斗「インフェルノ・ブラスト……展開」
今度は瞬時ではない。約三秒の時間をかけて、遥斗の足元に青い魔法陣がゆっくりと姿を現した。それは以前よりも濃い青色で、光の線に揺らぎがなかった。
遥斗は魔力を注ぎ込んだ。その魔力は、彼の身体から湧き出る最大出力ではなく、魔法陣がギリギリ耐えられる限界値を見極めた、精密に調整された力だった。
魔法陣は崩壊しなかった。炎魔力は回路を通り、収束し、訓練用のホログラムに向かって灼熱のブラストとして放たれた。ホログラムは瞬時に破壊される。
レン「成功だ! 魔法陣の強度を制御したな! だが、まだ実戦では通用しない。三秒の隙は致命的だ」
遥斗「わかっている。次は、ホログラム三体を相手に、短剣術で突っ込みながら攻撃魔術を放つ。その際、俺は魔術の精度に意識を集中させる。防御はフィオナに任せる」
レンは訓練用のホログラムを三体展開させた。ホログラムは、魔剣士を模しており、高速で遥斗に斬りかかってくる。
遥斗は短剣を握り、ホログラムの攻撃を紙一重でかわしながら、魔術の詠唱と魔法陣の展開を同時に行った。
遥斗(魔術の精度を上げながら、この速度で動くのは難しい! 防御に意識を割く余裕はない!)
遥斗が魔法陣を描き終え、《インフェルノ・ブラスト》を放つ直前、一体のホログラムが遥斗の側面に回り込み、剣を振り下ろした。遥斗は魔術の発動を優先し、防御を捨てた。
その瞬間だった。
遥斗の側面にいたレンが、焦った声を上げるよりも早く、フィオナの体が動いた。彼女は遥斗からやや距離を取った位置にいたにもかかわらず、自分自身に**《アクセル・ブースト》**の高速化魔術をかけ、移動した。
フィオナ「《アイギスの壁》!」
フィオナは、遥斗とホログラムの間に割り込むように立ち、黄金に輝く巨大な六角形の結界を展開させた。それは、彼女の究極の防御魔術。ホログラムの剣は結界に激突し、「キィィィン!」という甲高い金属音と共に弾き返された。
結界の展開と同時に、遥斗の《インフェルノ・ブラスト》が炸裂し、三体のホログラムは消滅した。
結界が消えた後、フィオナはぜいぜいと息をしていたが、その視線は遥斗の無防備な側面に固定されていた。
レン「完璧だ、フィオナ! よく間に合った! あの剣速に反応し、介入できる魔術士はそうはいない!」
遥斗「助かった……。あれは、俺が絶対に避けられないタイミングだった」
フィオナは、その結界が、遥斗を物理的な脅威から守るだけでなく、彼の集中を乱す要因を排除し、攻撃に専念させるという役割を果たしたことに満足感を覚えたようだった。
◇◇◇
休憩に入り、遥斗はフィオナに改めて感謝を伝えた。
遥斗「フィオナ。あんたの防御魔術は、俺の『致命的な防御の弱さ』を完璧に補ってくれた。あの反射速度と結界の強度は、B級クラスどころか、A級クラスでも通用するだろう」
フィオナは赤いマフラーをいじりながら、少し寂しそうに言った。
フィオナ「攻撃魔術師になれなかった私にとって、これは唯一、誇れることです。私は、故郷の街を襲った異常な魔力の暴走の悲劇を二度と起こしたくない。そのためには、あなたたちの攻撃力が不可欠です。だから、私は絶対にあなたたちを倒させません」
レン「そうだな。フィオナの防御は、俺たちのパーティの生存率を飛躍的に向上させる。フィオナ、あんたは単なる防御役じゃない。**『絶対的な安全保障』**だ」
レンは、フィオナの過去、そして彼女の才能が偏っていることの背景を知っているからこそ、その防御の魔術が持つ価値を理解していた。フィオナの魔術は、外部からの物理的な攻撃や魔術的な干渉から遥斗とレンを完全に隔離できる。
遥斗(俺のERROR能力は、HPが1になるというリスクを伴う。その状態は、フィオナが言うように『致命的な防御の弱さ』そのものだ。だが、その瞬間をフィオナの防御が完全にカバーしてくれる。彼女は、俺が安心して最大の力を引き出せるための土台になってくれる)
遥斗は、フィオナにまだERRORの真相を明かしていない。それは、彼の能力が持つ特殊性と、それを知られることで生じるリスクを考慮してのことだった。しかし、彼女の能力と「守る意志」が、自身の命を守る唯一の保険となることを確信した。
◇◇◇
訓練を終え、日が傾き始めた頃、三人は訓練場の隅で今後の作戦を話し合った。
レン「フィオナの防御性能は合格だ。だが、俺たちの連携はまだ単純すぎる。次のステップは、多角的な連携と戦場制御だ」
遥斗「多角的な連携?」
レン「そうだ。ハルト、あんたは次、短剣術で接近戦に入りつつ、魔法陣の精密な制御に集中しろ。俺は、その隙を狙ってホログラムを三体同時に拘束する。フィオナ、あんたは、その二つの動作が完了するまで、俺たち両方を守りきれ」
レンが提案したのは、難易度が飛躍的に高いものだった。遥斗が攻撃と精密な魔力制御を両立させる隙、レンが多重魔法陣を展開する集中状態。その二つの最も脆弱な瞬間を、フィオナ一人の防御と補助魔術でカバーするというものだ。
フィオナ「わかりました。私の多重結界の展開速度と、**《アクセル・ブースト》**によるあなたたちへの補助のタイミングを極めます」
遥斗「俺は、テストに向けて『魔法陣の鋳造』のスピードを極限まで引き上げる。フィオナ、レン。頼む」
三人は、それぞれの持つ課題と、協力によって生まれる無限の可能性を感じていた。一ヶ月後の生き残りテストを最初の試練として捉え、彼らの秘密裏の訓練はさらに深い段階へと進んでいく。
第11話に続く――。
こんにちは、くるまえびです。第10話はどうでしょうか?
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