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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みだりに触れてはなりません!

作者: 有機野菜

その学園は主に貴族が通う場所だが、平民の中でも優秀と認められた者は推薦で通うことができた。将来は貴族社会の一部になれると平民達の憧れの枠だ。


「まあ…あの方は?」


侯爵令嬢のインテグラは足を止めた。視線の先には、男達の中心で楽しそうに笑う女生徒がいる。


高価そうなアクセサリーを身に着けているし、制服も真新しくて身なりがよく見える。けれど、端々の所作から貴族ではなく平民だと解る。インテグラは眉をひそめた。


「あの方は特待生の一人です」

「やはり平民なのね」


一緒に歩いていた友人の言葉に、インテグラは深く溜息をつく。彼女を囲む男の中には見知った者もいた。侯爵家でありながら、あのように平民に近付くなどと憤りを通り越して呆れてしまう。


「いかがなさいますか?」

「注意するわ。見て見ぬふりはできないもの」


なにやら時間が来たのか、男達の大半はその場から去る。そのタイミングを見計らってインテグラは彼らの元へ向かった。


「少しよろしくて?」


楽しい会話を遮られて、その場にいた者たちは不快そうな表情でインテグラを見る。だが、その場にいるのが侯爵令嬢だと気付いて大半は背筋をしゃんと伸ばした。


「そこの方、貴方は平民でしょう?みだりに貴族に近付いてはいけませんわ」


インテグラが声をかけると女生徒は大袈裟なぐらい体を震わせた。そして、側にいた侯爵令息の服をきゅっと掴んで背中に隠れる。言葉の続きを紡ごうとしたインテグラを遮るように男が大きな声を出した。


「嫉妬とは感心しないなあ!侯爵令嬢ともあろうものが!」

「私がいったい何に嫉妬をすると言うのです?私は当然の注意をしたまでです」

「おお、怖い怖い。そう目を吊り上げると貰い手がいなくなるぞ?」


ゲラゲラと笑う男にインテグラは不快しか感じない。女生徒を見れば、彼女は男の背に隠れながら、ちらちらインテグラを見てニヤニヤ笑っている。卑怯なことをする女だ。


インテグラがぐっと怒りを堪えていると、女生徒の猫撫で声がした。


「怖い!私のこと睨みつけた〜!」

「やめてくれないか。彼女のほうが可愛いからといって怖い顔をするのは」


こんな茶番に付き合っていられない、インテグラは再度溜息をついた。もう諦めるしかないだろう。


「もう結構です。二度とお会いすることもないでしょうから」


彼らをおいてインテグラはその場を離れる。ずっとインテグラの後ろにひっそりと佇んでいた友人が口を開いた。


「インテグラ様はご立派でした」

「ありがとう」 


注意はした。義務は果たした。それ以上はインテグラの知ったことではない。




女生徒は去っていくインテグラを見て、誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。


平民として窮屈な生活をしていた彼女は、ずっと貴族の暮らしに憧れていた。この学園に来て、貴族の男達に囲まれて、夢見た生活に近付いているのを感じている。


(侯爵家の娘がすごすごと帰っていくのを見るのは気持ちいいわね)


自分は勝ち組である。男を手玉に取り、貢がせて、最後は玉の輿に乗ればいいのだから。何もかもが順風満帆だった。


「今度、夜会に行かないか?僕がエスコートしてあげるよ」

「本当?でもドレスを持っていなくて」

「僕がプレゼントしてあげる」


内緒話をするように告げる男に、女生徒の胸は高鳴った。侯爵夫人になるのも夢じゃないわ…と心を躍らせた。


「アクセサリーも持っていなくて」

「おいおい、この前にプレゼントしたばかりだろう?でも、いいよ。そんなところも可愛い。新しいの買ってあげる」


わざとらしく「きゃっ」と喜べば男達はニヤニヤと笑った。なんて男は単純なのだろう、と女生徒の胸は人生で一番満たされていた。




あの日から二週間が経った。


「先日の女生徒は自死されたそうです」

「ああ、やっぱり」


インテグラは残念そうに溜息をついた。だが、それだけだ。彼女はちゃんと忠告をしたのだから。


「噂によれば馬の相手をしたと…」

「惨いことをするわ」


あの女生徒はきちんとインテグラの言葉に耳を傾けるべきだった。せめて、ちゃんと最後まで忠告を聞くべきだったのだ。


“そこの方、貴方は平民でしょう?みだりに貴族に近付いてはいけませんわ。貴族の戯れに使われたって、誰も貴方を助けてはくれないのだから”


あの女生徒が一人になるタイミングが無かったので、結局誰もこの言葉を告げることはできなかった。


「彼女は同じ方法で推薦状をもらったのですから、遅かれ早かれこうなっていたかと」


インテグラの友人である彼女もまた平民だった。彼女は学力によって推薦状を勝ち取った秀才であり、入学して初日にインテグラに声をかけられている。


本物を貴族の戯れで潰すわけにはいかない。インテグラのような高位貴族が平民達を保護することで危険から遠ざけているのだ。彼女達はそれをよく知っている。


「特別外交官になる道はあったのだけれどね」


体で推薦状を取る者を規制しない理由こそが、特別外交官の存在だ。肩書は立派だが、ようは娼婦である。


貴族ばかりいる学園に放り込まれながら、のらりくらりと危険をかわした女だけがなれる道。王族とあまり変わらない衣食住が提供されて、仕事がないときは自由に過ごしていい夢の生活だ。時々ある仕事は過酷だが、彼女達を壊すような行為は禁止されているので安全ではある。


少なくとも馬の相手をさせられることはないだろう。


「私はきちんと勉学で身を立てます」

「それがいいわ。そのうち我が家から誰かを紹介するわね」


インテグラは邪気のない顔で笑う。


それは貴族の後ろ盾を与えるという、彼女なりの親切だった。

港区女子、ドバイの話をちらっと見てね。それをマイルドにした奴です。


インテグラと侯爵令息は婚約者とかではないです。ただの顔見知り。


友人は十歳上の男の後妻になりますが、わりと幸せなのでインテグラに感謝しています。

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― 新着の感想 ―
作者様はエリザベート・バートリーにこだわりがあるのでしょうか 全年齢で馬はなかなかのインパクトです
日本だって150年くらい前はそーゆーことよくあったので身分差がある世界での身分のない人なんて犬や猫以下ですからね…民草とはよくいいますが、道に生えてる草の名前とか知りませんし興味もないですものね…。 …
「特別外交官」の影の任務は、ハニートラップ要員でしょうか。 王族と変わらない衣食住と自由時間は、高級娼婦であっても簡単には得られない厚遇に思われます。 学園で高等教育を受けるだけの地頭と処世術があるな…
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