みあげてごらん
胸に蝶が迷い込んだような夜だった。どうにも眠れなくて、僕は仕方なく寝室から出た。トイレに行っても何も出ず、ただ居てもたってもいられない居心地の悪さに酔わされながら廊下を歩く。
ふと、窓の外に、星を認めた。漆黒の闇に、転々と光り輝く。大きく赤く輝く星がひとつ、散らばる大小の星が無数。吸い込まれるように魅せられて、僕はその場に腰をかけ、しばらくぼうっとしていた。
「君も眠れないの?」
見やると、隣のクラスのやつだった。あまり記憶にないし、もちろん名前も知らない。だけど不思議と、声をかけられても不快じゃなかった。それどころか、古い親友が来たような親しみさえ感じる。
彼は、ごく自然に僕の横に腰かけると、同じように星たちを見つめた。
「星、近いね」
「うん」
彼の言葉に頷く。星が確かに近い。まるでこちらに落ちてくるみたいだ。故郷では星なんか、霧のなかに漂う砂のように霞んでいたのに。
僕たちは故郷からこんなにも離れてしまったのだ。
「疎開先は、良いところだって」
彼は笑う。僕は苦笑する。
「疎開先が悪いところなら、誰もいきたがらないだろ。大人の嘘だ」
「……そうだね。すごく優しい嘘だ」
柔らかい声色。自分の与えられた選択に納得をしているのか、諦めているのか、すべてを受け入れたかのような横顔に、僕はどうしようもなく胸が痛くなった。
いつの間にやら蝶は、その数を増やし、その羽を刃に変えたらしい。
気づけば僕は、号泣していた。こんなに美しい夜を、星を、僕は自分の人生に許したくないはずなのに。
でも僕らは子供で、未来で、生きなくてはならない。生き残らなくてはならない。だから、行かなくてはならない。
「あぁ、地球って本当に綺麗だ」
星屑に囲まれ、赤い薔薇のように輝き遠ざかってゆく故郷を、僕らは静かに見送った。