宮廷の洗礼③
「あの、アガタ公爵は、わたしの、その…本当におじさまなのですか?」ダンはとても気まずそうにいった。
「そうだよ。君はお父上から聞いていないかい?わたしと君のお父上は兄弟分だって」
ダンは思わずラショーンをふりかえって睨みつけた。
ラショーンは顔をあげずに膝立ちの低い姿勢を続けて静かに話を聞いていた。
ダンの視線を感じて少し顔をあげ、前を見るように視線で促した。
ダンはアガタ公爵に向き直りながら、険しい顔をして首を振った。
そんなことは両親からもラショーンからも一言も聞いてない。
そもそもアガタ公爵が兄弟分なら自分と一度も面識が無いのはおかしいのではと思い始めた時にアガタ公爵がいった。
「ああ!よく考えると、君のお父上からは何も聞かされるはずがないのかも。兄弟の誓いを立てたのは、わたしと君のお父上が君より少し年上くらいの頃で遥か昔だし。誓いを立てた理由についてもおおっぴらに人に話せる内容ではないからね」アガタ公爵はダンにいたずらっぽくクックッと笑いながらいった。「ということで、兄弟分についてのくだりは忘れてくれ。ただ、おじさまと呼んでも良いのは変わりない。誰かに聞かれたら遠い遠い親戚だと言いなさい。そして君のお父上には少なからず借りがあるから、君がなにか困った時には助けになれるよう努めよう。」公爵は流れるようにそう言ってダンを見つめた。
ダンは言われたことを必死で飲み込むようにゆっくり頷いた。「はい。そのようにしたいと思います…おじさま」
「よろしい。」公爵は満足そうにそういって、ラショーンに目を向ける。「久しぶりだな。ラショーン。また国を守る仲間と再会できて嬉しいよ」
「お久しぶりです。アガタ公爵。わたしもまた王宮に戻って来られてお役に立てるのを嬉しく思っています」ラショーンは膝立ちのまま顔をあげて、公爵にお礼をいった。
「ラショーン、君にはダンが授業を受けている間、以前のように国の守りの任に就いてもらいたい。もし、可能であれば後ほど責任者から業務内容を伝えるように取り計らおう」公爵はラショーンに続けていった。
ラショーンはニッと笑いながら「光栄です。すぐに任につけるよう訓練だけは続けています」
公爵は頷いた。「期待している。」
ダンは公爵とラショーンが話しをしている間、公爵を見て考えていた。
おとうさんに借りがあるって?
一体、公爵は何をして、おとうさんはどうやって助けたんだろう。
それに、公爵は随分若く見えるけど、おとうさんやラショーンのこともしってるみたいだ…。
考えても答えは何も思い浮かばないまま、疑問だけが増えていった。
考えにふけっていたときにまた公爵から話しかけられた。
公爵の顔から笑顔が消えていた。
「いいかい、ダン」公爵は真剣な表情でいった。
「今から言うことは、君のお父上やラショーンから聞かされているはずだし、今後も周りの大人から繰り返し言われるだろうから、わたしからは今日しか言わない」公爵は一旦言葉をきった。「騎士になるための訓練は厳しい。それこそ訓練で命を落としたり、心を病む者や、耐えきれず逃げ出す者もいる。宮廷での暮らしは、一見すると華やかで楽しみも多いが、その何倍も厳しいや辛いこともある。騎士になったら、お父上から領地を引き継いだあとは領地を治める責任も生じる。もしかすると、嫌なことや不本意なことを命じられたり、命じる立場になることもあるかもしれない」公爵はゆっくりとおとうさんやラショーンからも繰り返し聞かされていたことをダンに言った。「心を強くもって、しっかり訓練に励みなさい。何するにしても、よく考えて慎重にことをはこびなさい。…わたしから言えることはそれだけだ」
「…胸に刻みます!」ダンは公爵の目を見ながら、胸に手を当てて、誓いのかたちをとる。
公爵が急に自分のおじさまになったこともあるかもしれないが、自分のことを思って真剣にかけてくれた言葉によってダンは公爵のことが気に入った。
公爵はゆっくり頷いてまた笑顔を取り戻した。
執務机から立ち上がり、ダンに向かって歩いてくる。