宮廷の洗礼②
宮廷に入るとすぐに年をとった使用人頭が現れた。
ラショーンの話を聞いて近くにいた使用人に何かをつげる。使用人は駆け足でどこかにいった。
使用人頭はダンとラショーンの2人を連れて、騎士の訓練を統括しているアガタ公爵の部屋に案内した。
使用人頭は公爵の部屋の戸を叩いていった。「ライナ侯爵家ダン様が仕官のご挨拶にいらっしゃいました」
「入りなさい」部屋の中から低いがよく通る声が聞こえる。
使用人頭はダンとラショーンにうやうやしくお辞儀をして、そのまま扉をあけて中に入るように手で促した。
ダンは宮殿の荘厳さに圧倒されっぱなしだったため、緊張しながら少し早口になりながらいった。「失礼します!」挨拶の順番を間違えないように。深く息を吸う。
まずは両手を少し広げ武器を所持していないことを示す。
その後は左足を後ろに引き膝立ちになる。
この間顔は上げてはならない。
貴族が目上の者に対してする正式な挨拶の順番だ。普段は領主の息子であるため、その他の貴族から礼を受ける立場にある。今回の登城前に繰り返し練習をさせられたのだ。
姿勢を低く保ったまま、事前に練習をしていた口頭での挨拶をする。「ライナ侯爵家ダニエルの子、ダンがご挨拶いたします。わたしはこのオルグレン王国に忠誠を誓い、ライナ領主の子の名に恥じぬよう、騎士の精神と技を学ぶために参りました」ダンは心の中で間違わずに挨拶できたことに安堵しながら、アガタ公爵の返事を待った。
返事をされるまでは顔を上げてはならない。
「顔をあげなさい」低い声がいった。
ダンは顔をあげて目を大きく見開いた。
アガタ公爵その人に少し驚いたからだ。
アガタ公爵は、騎士の訓練を統括するだけでなく、オルグレン王国の軍事の全て担う国防長官だ。
更には最高の剣の持ち主で王の右腕と聞いていたのに、目の前の人物は、なんというか、とても、そうは見えないのだ。
公爵は執務机に座っている為身長は分からないが、長身では無さそうだった。
髪は透けたように明るいブロンドで、肩で切り揃えられ軽く毛先がカールしている。
自分と10も違わないんじゃ無いかというくらいの顔に見えるのに、目には鋭い光があるようで意思の強さと圧迫感を感じた。
公爵は少し微笑んでいった。「大丈夫かい?」
ダンはすぐに、瞬きをしてお詫びをした。「失礼いたしました!アガタ公爵閣下!」何が失礼かは分からないが、驚いた顔をしただけでももしかしたら不快に感じられたかもしれないので、とりあえず謝罪をする。
「謝る必要はない。それから閣下というのも必要ない。公爵という呼び方も私的な場面では必要ない。わたしのことはアガタおじさまとでも呼びなさい」
公爵は豪奢な執務机の向こうから微笑んで言った。
ダンは驚きながらつぶやいた。「アガタ…おじさまですか」