旅立ち④
山の夜は気温が下がる。
春先とはいえ山越えだけでも3日以上かかることを考えてラショーンはダンに指示していく。「気温が下がってきたらすぐに着られるようにマントを出しておけ。あとは馬の体力を消耗しないように休ませながら歩かせよう」ラショーンはダンの従僕ではあるが、王宮までの旅ではダンの健康と無事到着することを考えて必要な指示を出す。
ダンはわかったと頷いて、荷袋からマントと、歩きながら食べられるようにとうもろこしのパンをいくつか出した。
パンはポケットに、マントはトッドの鞍の手前にかけてすぐにかぶれるようにした。
「出発だ」ラショーンに指示されることについては何も感じない。
ラショーンは何度も山越えをしてるし、父が騎士として王国を回ったり、都市の警備に就いていた時も、父の従僕として共に過ごしできたことを知っているから。
そして何より、赤ん坊の頃から育ててきた自分を危険にさらすのを何より恐れてるのをわかってるからだ。
山道といっても、長い年月をかけてできた道は街道とそれほど変わりない。
でこぼこしたり、ずっと登ったり降ったりする以外は。
道中、ダンはラショーンに山での過ごし方を教わりながら、周りの景色を見ながら後ろを振り返ったりして関所からどれくらい離れたか確認していた。しかし、黙々と小馬を進めることに夢中になっていたら、振り返るともう関所は見えなくて舗装されたような山道と暗い森しか見えなくなっていた。
「今日はそろそろ休もう」ラショーンは馬を降りて少し開けた道の窪みに簡易的なテントをはった。
「わかった」ダンはいった。
ラショーンがはったテントに2人で入って、とうもろこしのパンの残りとネリーがおまけしてくれたサラミを少し食べた。
サラミの塩気が強くて、ラショーンが見てない隙にテントの外に吐き出したのは秘密だ。
その夜は、来る途中に山道で拾ってきた小枝に火をつけて、それが消えるまでラショーンが騎士になるまでの生活を教えてくれた。
火をつけるのはダンの役目だ。
騎士になる者、貴族、王族は大小に差はあれど、魔力を持つものが多い。
全員ではないが、王家の一族、領主なんかになると持ってない者は皆無だ。
ダンも、幼い頃から両親に教わりながら、魔法の基礎の勉強や、魔力のコントロールを学んできた。魔法で火を起こすなどの初歩的なことはできる。
しかし、騎士は魔法を極めてはならないと言われている。
魔法は、騎士の剣や、生活を補助するためのものであって、魔法だけを修めるのは騎士の道にもとる行為だからだ。
ダンも何となく戦いに魔法を使うことは卑怯だと感じていた。
魔法を極めるのは学者や魔術師、シャーマンで、騎士ではない、と。
おとうさんがおかあさんに言っていた言葉を思い出す。『魔法と剣の才能は、同じ器から注がれるそうだ。魔法を極めたら、剣は極められない。また逆もしかり。両方とも極められたのは古代の国王くらいだ』そう言っていたことがある。
ダンは、ラショーンの話を聴き流しながら、古代の王たちの、魔法や剣の両方を極めた不思議な力に心を奪われた。
いつのまにか眠っていた。