宮廷の洗礼⑦
ダンは咄嗟に声をあげようとしたが、音にならない空気と微かなうめき声のようなものが喉からもれただけで声はでなかった。
動かないのは腕ばかりか、脚も、首も、胴も全身に力が入らない。
なんとか抵抗しようと体に力を入れると石か何かでベッドに固定されてるように重く感じて、しばらく体を動かそうとしていると動かないだけでなく、終いにはひどく頭が痛んだ。
頭痛に耐えて体を動かそうとしながら、少し時間がたつにつれ目だけはさえてきた。目だけを動かして周りを見るが何者もいない。
誰かがいる気配も感じない。
暗闇の中で自分の荒い呼吸と、隣の部屋からラショーンの微かないびきだけが聞こえる。
既に体はぐったりとして、汗をかいて、高熱を出した時のように頭もボーっとしている。
朝までこのまま体が動かなかったら?
ラショーンが必ず助けてくれると頭の片隅では分かっていたけど、何故だか抵抗を続けないとならない気がして、動かない体を動かそうとしながらぼんやりと曇った思考を巡らせて解決策を考える。
ふと幼い時の両親の言葉が頭の中で思い出される。
『ダン。この間教えた、魔法をつかうために必要な二つのものを覚えてるかい?』おとうさんが幼い自分に、魔法に必要な2大要素を問いかける。
ダンはすぐに答えた。『まりょく!』
『正解。もう一つは?』
『あのね、いしのちから!』何度も繰り返し教わって、まだ理解するにはいたらなかったけど、答えだけは知っていた。
『そう。意思の力だ』お父さんは道具を使わずにろうそくをジッと見つめて火をつけてみせてくれた。
『どうやったの?』ダンはろうそくに息を吹きかけて火を消すと、父と同じようにろうそくをみつめる。ろうそくは火が消えたままで何も起こらない。何度見てもどうしてろうそくに火がつくのか分からなかった。
おとうさんは少し考えていった。『口で説明するのは難しい。ろうそくの芯が火で燃えることを想像しながら、体の中にある魔力を感じるんだ。それをろうそくに向かって投げると』またろうそくに火がついた。『火をつけたいという強い気持ちと、その魔法に見合った魔力が必要なんだ。我々騎士はあまりしないが、口に出してどんなことをしたいか唱えることで魔法を起こしやすくしたり、古い呪文や決められた絵を描いて魔法を起こすこともできる人たちもいる』
…魔力と意思の力。
ダンは体の中にある魔力の流れを感じる。
体は動かないが魔力は絶えず流れているようで少し安心した。
この暗闇。
瞳しか動かせない状態で何ができるだろうか。
最初に思いついたのは、ラショーンの部屋に続くドアに火をつけるか、物を投げて音を出すかして気がついてもらうことだった。
ただ、物を魔法で動かしたことはないし、ドアに防火の魔法がかかっていたら無駄に魔力を使うことになると考えて、すぐに別の方法を考える。
今一番必要なのは体を動かせるようになること。
試しに、動けと命じながら指先に魔力を集中させた。
指先に魔力が集まっているのは感じるが相変わらず体は鉛でできたように動かないし、頭痛はどんどん激しくなっていって、今は体に少し力を入れようとするだけで何かで頭を殴られているように痛んだ。
体を動かそうとするのは諦めた方が良さそうだ。
少しだけ目を閉じる。
しばらく目を閉じてじっとしていたら頭痛は続いているが、殴られるような痛みは消えた。
今度は音を出してみることができないか考える。
何か、割れて音がなるようなものがないかを目につく範囲で確認したが、そもそも今日はじめて案内された部屋には必要最低限のもの以外見当たらない。
結局一番最初に思いついたものの実行しなかった、ドアに火をつけてみることにする。
ベッドからドアまでは、大人の男が1人足を伸ばして寝られるくらいの距離があった。
薪に火をつけるならそんなに離れる必要はないから、正直なところこの距離からドアを燃やすことができるのか不安だったが、そんな気持ちを押し殺して、ドアに集中する。
(燃えろ)ダンは念じながらドアに彫られた彫刻のような、模様のようなものを見つめて魔力を投げつける。
ドアの模様は防火の魔術そのものだったようで、ダンが投げた魔力に反応してゆっくり輝きだす。
投げる魔力に比例してどんどん光が強くなる模様を見つめ続ける。
(燃えろ!)
今まで薪を燃やすくらいでは使ったことがないほどの魔力を流し続けながら、これは魔術を極めることにはならないのかな?と、一瞬疑問がよぎったが、模様からかすかに上がった煙を見て、疑問はまた一瞬で吹き飛ぶ。
(もっと燃えろ!)
煙が部屋に充満してきたが、模様がある辺りをめがけて魔力をぶつけ続ける。
次第に煙の中から橙色の炎が見えはじめた。
魔力を送るのをやめたら炎が消えてしまうのではないかと怖くて、大きな炎になるまで集中し続ける。
既に魔力を限界まで使ってしまったことに気がつくと同時に、ドアからバチバチと火がはぜる音が聞こえて、それと同時に防火の模様だった部分が完全に燃え尽きて向こうの部屋が見え出した。
ダンはこの時あまりに集中していたため気づいていなかったが、完全な暗闇しかなかった部屋の中にはうっすら朝日の気配が入り込み、異変を感じた時から既に相当な時間が経っていた。
ラショーンのイビキが聞こえなくなって、聞いたことがないような悪態を言ってるのが聞こえてくる。
ダンは思わず嬉しくなった。体を動かそうとして、またひどい頭痛に襲われた。
「ダン!一体何をしでかしたら、ドアの真ん中からそっちの部屋が見えるんだ!」ラショーンは怒鳴って、すぐにドアに近づいて穴からダンの部屋を見た。
ラショーンとダンは一瞬見合って、すぐにラショーンが炎の穴に手を突っ込んでダンの部屋からしか開かないドアの鍵を開ける。
ダンはラショーンと目を合わせた時点で気を失った。




