ショットガンと花束(こんとらくと・きりんぐ)
〈ジョンの店〉は看板に〈ベッドと風呂 家庭料理〉と書いていたが、女将が死んでから、食べ物は茹でたソラマメだけになっていた。
一階は食堂になっていて、客の泊まる部屋が二階に三部屋ある。
工場から終業のラッパがなると、疲れた顔をした労働者たちが鋳鉄の門から、ぞろぞろ出てきて、そのうち何人かが〈ジョンの店〉に寄って、ビールを注文し、熱いソラマメにビネガーをかけて食べた。
労働者たちは八時半ごろに「兄さんの仇!」と若い娘の叫び声がしてから、バン!バン!と銃声をきいた。
ジョンは壁にかけておいたショットガンを取ると、給仕に使っている少年に警官を呼んで来いと言って、二階に上がった。ジョンは昔、陸軍の突撃部隊にいたことがあったのだ。
殺し屋が二〇一号室の入り口から見たものは、うっかり撃鉄を上げたまま銃を向けた少女が後ろ向きに吹っ飛んでくるところだった。ジョンの撃った鹿弾は少女を茎みたいにへし折った。
ジョンはショットガンを手にしたまま、茫然としていた。
殺し屋は自分の部屋から出てきて、殺人現場になった二〇二号室を覗くと、赤い髭を生やした男が手足を投げだして、仰向けに倒れていた。右足はベッドの端の上にのっていて、小さな丸テーブルの上にはウィスキーグラス、なかは数滴のソースがたらされた卵の黄身。
弾は男の胸の真ん中に一発、そしてもう一発は目と目のあいだに命中していた。
ジョンは上着を脱いで、少女の骸にかけた。大柄なジョンの上着は華奢な少女をすっかり覆ってしまった。
「撃っちまった」
ジョンが言った。
「おれを撃ちっこないって分かってたのに、撃っちまった」
警部のバッジをつけた黒い服の男が労働者とジョンと給仕の少年、そして、殺し屋を尋問した。速記係は殺し屋の容姿について『ショートヘアの少女、もしくは長髪の少年に見える』と記録していた。
「ぼくは隣の部屋に泊まっていたんですけど、その女の子の、兄さんの仇!って、声がして、銃声がしました。それでぼくは外に出たんです」
「銃声がしたのに?」
「馬鹿な勇気が出たんですね。冷静に考えれば、巻き添えで撃たれるかもしれないのに。でも、ぼくが外に出たときは女の子は撃たれて吹っ飛んできたところだったんです」
「被害者と犯人、どちらかと面識はあったかね?」
「女の子とは何度か散歩をいっしょにしました」
「被害者の死体を見たそうだな」
「まだ助かるかもと思って、ジョンさんはがっくりしてましたし」
「どこに弾が当たっていたか、見たか?」
「いえ。死体を見たら、結局動転してしまって、すぐに部屋を出たので」
警部は殺し屋の聴取を終わらせた。
三か月前。
「どこでぼくのことをきいたの?」
「マクシミリアンさんから」
「あなたはマクシミリアンと知り合いになれるタイプには見えないけど」
「家が隣同士で、ミリー、つまりマクシミリアンさんの娘とは遊び友達でした」
「ああ、なるほど。それで、誰を殺してほしいの?」
「いえ、そうではなくて、教えてほしいんです」
「まさか、人の殺し方を?」
「はい。何日もかけて切り刻んで、酸で顔を焼いて、皮を剥いで、もっといろいろなことをして殺したいですが、我慢します。銃を使った殺し方だけ教えてください」
ジョンはピートの奥さんの花壇から花を摘んだ。それをピートの奥さんがきれいな花束にしてくれた。
少女の墓は町の公共墓地の外れに建てられた。
ジョンは花束を少女の墓に置き、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
ショットガンはもう捨ててしまった。