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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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ページ13 オレンジリゾット(1)

しばらく本編が続きます

 ちらちらと空から雪が舞い降りてきた。

 季節は冬本番。

 ノルが暖炉の前に陣取り身づくろいをしていると急に身体が浮いて驚いた。

 振り向くと自分を掴むロゼ。

 暖炉の前からノルをどかすとロゼは新しい薪を火にくべた。


 それをぽんやりとノルが眺めていると、今度はこつこつと戸を叩く音が聞こえた。

 ロゼが窓を開ける。

 灰青色のハトが入ってきた。

 ロゼの大叔父が飼っているハトのクルックーくんだ。

 クルックーくんの足には手紙が結ばれているようで、ロゼが丁寧な手つきで外している。

 手紙を開く。

 百面相。

 何が書いてあったんだ? とノルが脇からのぞくと、


『今度王都に行くわ。差し入れなにがいい? 追伸:鳥難ちょうなんの星が出てるから注意な』


 と、書いてあった。


「鳥難……?」


 なにそれ。

 ノルが疑問に首をひねると、棚から便箋を引っ張り出してロゼは返事を書き始めた。


(なになに……、師匠、か)


 差し入れにお師匠さんを望むとは。

 健気だねぇほんとに、と思いながらノルはぶるりと身体を震わせた。


 メレディアの月も半ばに入った。

 寒さ厳しい冬の季節はうさぎのノルとって正直しんどいものだった。

 ふわふわもこもこ冬毛はもちろんのこと、最近寒いからと散歩に出なくなったら一気に太った。超太った。びっくりするくらい激太りした。


 よって、ノルはさながら戦場に赴く兵士のごとくつねに重装備で過ごしているので、少し動いただけで汗だくになる。

 だからこうしてじっとしているわけだが、それはそれで寒い。

 暑いのか寒いのか、どっちかにして欲しいノルだった。


「暖炉の前でじっとしているが最適解」


 いそいそと暖炉の前に戻り、ノルは身体を丸めて待機モードに入った。

 カランコロンと玄関のベルが鳴る。


「あ、アルバちゃんいらっしゃいませ~」


「おう、いつもの頼むわ」


「なんだ、今日も来たんか。アルバも暇だなぁ」


「お前だけには言われたくねぇよ、このブタウサギが」


「ブヒッ」


 冗談のつもりでブタの鳴き真似をしたら、ゴミを見るような目で見られた。

 ありがとうございますご褒美です、といつもならば返すノルだが今日はちょっぴり傷ついた。

 これもすべて冬の日光不足が原因だ。

 人間もうさぎも太陽に当たらないと心が沈む。

 まるで深海を彷徨っているかのような、重い孤独の闇にノルは瞳を潤ませた。

 つまるところ冬なので、ちょっと心がセンチメンタルなのである。


「ロゼ、少しいいか?」


 食事を終えるとアルバはスッと一枚の紙を机の上に滑らせた。


「これは……」


「捜索依頼。──ほら、あんたの師匠のことで向こうの支部と最近手紙のやり取りをするようになってさ。それで所属している神官のひとりがしばらく行方不明なんだそうだ」


 アルバの話によるとこうだった。

 隣国イナキアの小さな村で魔病まびょうと呼ばれる死病が蔓延まんえんしている。

 その治療と調査のためにフィーティア機関のイナキア支部から神官一人を向かわせたところ、村に入ったあたりで連絡が途切れ消息が掴めなくなった。


「一週間前の話だっていうから、もう少し待ってみる、とは手紙にも書いてあるけど、どうも心配みたいでな。可能なら探してほしいって話が来たんだよ」


「なるほど……。でもそれなら現地の方々が向かえばいいのでは? なぜわざわざ外国にいるアルバちゃんに話が?」


「うちから行くほうが近いからだよ」


 アルバは地図を開いてノルたちに見せた。


「例の村はうちとの国境を越えたあたりにあるんだが、イナキア内にあるフィーティア支部は全部で三つ。商都しょうとと呼ばれるこっちでいう王都みたいなデカい町と、雪海(ゆきうみ)の街ネージュメルン、それから工芸の町シスタス。──つまり、どこから向かおうとユーハルドから行ったほうが近いってわけだ」


 商都はイナキア内でも西の端。

 ネージュメルンは北の端。

 シスタスは東の端に位置している。


 今回の捜索依頼はユーハルドとの国境沿い──イナキアから見て南の端になるので、依頼主の心の内を代弁するなら『シンプルに行くのがめんどくさい』。

 加えて、奇病が蔓延する村の調査とかほんと勘弁なのでそっちで調べてくれない? という丸投げである。


「アルバさんいいように使われてますね」


 デコピンが返ってきた。


「──というわけだ。そしてこれはわたし個人からの依頼だが……」


 机の上に置かれた銀貨三枚。


「いまはこれしか出せねぇが、帰りに向こうの支部から報酬をたんまりもらうから、それを全部あんたにやる。具体的には金貨十枚。どうだ?」


「やります」


 ロゼさん即答である。


「えへへ……金貨が十枚も……」


 にまにまと頬がゆるんでいるロゼだが、高い報酬をもらえるということは、それだけ大変な依頼であるという証左だ。

 ノルは大丈夫かなぁと心配になったが、まあロゼのことだから、どうにか依頼をこなすだろう。

 こいつ、運だけはウルトラスーパーいいし。

 ノルがぐぐっと背伸びをすると、どうやら話が固まったらしい。


「じゃ、旅支度もある。あさっての朝に正門前で待ち合わせな」


 というわけで、ぶらり冬のイナキアグルメ旅行が決まったのであった。



 ◇ ◇ ◇



 二日後、朝食を済ませたノルたちは正門前でアルバを待った。


「なぁ、ロゼ。ほんとにいいのか? ひと月半も店休んだら客が来なくなっちまうぜ」


「そりゃ、そうですけど」


 イナキアの国土は広い。

 今回行く村は国境付近だから比較的近い場所にあるけれど、それだって往復だけでひと月以上はかかるだろう。


 夏の料理工房アトリエ爆発事件。

 その騒動を境に遠退いていた客足が最近やっと戻ってきたのだ。

 そこへ来て、長期の再休業。

 今度こそお客さんが誰も来なくなってしまうのではとノルは危惧するが、ロゼはさして気にしていないようだった。


 うーん、この能天気具合。

 やはり寿命が長い種族だけあって、経営に関しても長期目線なのかもしれない。


(オレは別にいいけどよ。早く店有名にして再会しないとお師匠死んじゃうんじゃね?)


 ロゼのお師匠さんは人間だ。

 あまり長くかかっては、会うどころか訃報を聞く羽目になってしまう。


(再会が墓の前とか悲しすぎる……)


 でもまぁそのときはそのときだ。

 せいぜい墓前に大量のオレンジでも供えて差し上げよう。

 うむうむと頷くノルをよそに、難しい顔をしてロゼはつぶやいた。


「アルバちゃんが話していた村の様子が少し気になるんですよね……」


「村? ああ、寝たきり起きねぇ住人の話か」


「ええ」


 そこは山間部にある小さな村だった。

 オレンジの栽培を生業なりわいとする村では採れた果実を近隣の町へとおろしており、いつものように村の若い男が納品を終えて村に戻ると異変は起きていた。


 村人全員が眠りについている。


 とても奇妙な光景だったと青年は語る。

 地面に倒れて寝息を立てる者。

 家の中で椅子に座ったまま目を閉じる者。

 ベッドで眠る者。

 寝姿こそ様々とはいえ全員息がある。

 生きている。


 けれど、青年が身体を揺さぶっても起きることはなく、全員眠りについたまま。


 なにかの流行り病だろうか?


 そう思った青年は急に怖くなり、商都(イナキアの首都)に行って、その話を商業組合ギルドに伝えた。


 その後、商都の自警団を中心に調査隊が組まれ、フィーティア機関からも一人随行者を出したがくだんの村に入る前に連絡が途絶えてしまう。

 それが、アルバの依頼に繋がるわけだ。


「アルバの話じゃあ魔病まびょうだったか? 古代の病のひとつで衰弱死がうんぬん言ってたが、ノルさん行きたくないんですけど」


「駄目です道連れです。……というのは冗談ですけど、魔病あれはそんなにポンポンとなるものじゃないので違うと思いますよ。おそらくはですけど──」


「わりぃ! 遅れた!」


 ロゼが何か言う前にアルバが通りの先から駆けてくる。

 その隣にはパティシエの制服に身を包んだペリードもいる。

 どうやら見送りにきてくれたらしい。

 合流すると、アップルパイをくれた。


「そうそう、先日聖国(せいごく)の友人に聞いてみたんだ。そうしたら手紙が返ってきたんだけど……」


 ペリードが懐から手紙を取り出す。


(聖国パトシナ。確か、ロゼのひいばあちゃんを信仰する……ユーハルドから見て南に位置する国だったか)


 ノルが頭の中で地図を開いていると、ペリードは少し曇った表情で手紙を見せた。


「機密事項だから話せない、だってさ。……ごめん」


「え? ──ああ! 大丈夫ですよ! もとから気長に探すつもりでしたから」


 ぶんぶんと両手を振るロゼ。

 ずずーんと落ちこむペリード。

 ノルはペリードに同情した。


(ロゼにいいところ見せたかったんだろうが……どんまい)


 今日からキミには『役立たずのメガネ』の称号を与えよう。

 なんて冗談はさておき。

 アルバがあごに手をやって、考えこむようにして口を開く。


「でも、機密事項だから話せないってことは、やっぱりあんたの師匠、フィーティアから追われてるんだな」


「そうみたいですね」


 実はロゼのお師匠さんの足どりを追跡してくれたユーリ経由でアルバに話が行き、そこからどうやらお師匠さんはフィーティアに追われているらしい、と判明。


 そしてペリードがフィーティア幹部の知り合いに手紙を送り、現在に至るわけである。


「まあ、以前も故郷の村にフィーティアの代表を名乗る子供が来て、おじいさま……前長老様と、師匠の行方がどうのと揉めていましたし。むしろペリードさんのお話から、サラさんのご友人が港で見た男性というのは師匠で間違いないようですね……」


「それなら、これから二人ともイナキアに行くんだし、もしかしたら会えるかもね」


「うーん、だといいですけどねぇー」


 ロゼが苦笑で返すと、ペリードはなにか思い出すように「そうだった」と呟き、上着のポケットをまさぐった。


「エルフィードからこれをロゼにって、今朝手紙と一緒に届いたんだ」


 ロゼの手のひらにぽんと置かれた小さな包み。開けると、耳栓が数組ほど入っていた。

 なぜ耳栓?


「ほら僕、エルフィードとはキミのことでよく手紙のやり取りをしてるからさ」


「……え? 初耳ですけど」


 ちゃっかり外堀から埋めるメガネ。

 俺のヒロインはこうして攻略されてしまうのか……とノルは親心にも似た感慨深い想いを抱いた。でもあげないからね!


「そのうち役に立つから、って手紙には書いてあったよ」


「はあ……」


「ロゼ、そろそろ出るぞ」


「あ、はい。それじゃあペリードさん行ってきますね」


「うん。ふたりとも道中気を付けて」


 手を振るペリードにしばしの別れを告げて、ノルたちは王都を発った。

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