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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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42/44

塩煮込みうどん

 その日エレノアは起床と共にずきりと刺す頭の痛みに顔をしかめた。


「やだ、熱があるのだわ」


 かなりの高熱だ。額に手を当てるとひどく熱い。

 起き上がると、身体の節々が痛みを叫びだして、息を吐き出せば鼻水と共に咳が出た。

 ベッド脇に置いてある水差しからグラスに水を注いで一気にあおる。

 喉奥を通る冷水が心地よい。

 薬は、と棚を漁る。出てきたのは飴玉だった。


「はあ……使えない」


 ぽいっと飴玉を放り投げて、エレノアはベッドに沈んだ。

 もう少し寝ていよう。

 さいわい今日は仕事が休みだし、昼まで眠ってそれでも熱が下がらないようなら薬を買いに行けばいいだろう。

 そう思ってエレノアはまぶたを閉じて、一刻ほど眠りについた。

 そして目覚めると、熱が下がるどころかむしろ上がっていることに気が付いて、重い息を吐き出した。


「ま、ぱっと行って帰ってくればいいか」


 厚手のコートを羽織り、外に出る。

 ぞくりと冷たい風がエレノアの頬を撫でる。

 当然だ。

 メレディアの月も十日を過ぎたのだ。

 かじかむ手をこすり合わせて、エレノアはごほごほと咳き込んだ。



 ◇



「さて、薬は買えたし、どこか店に入って昼でも食べようかしら」


 きょろきょろとあたりをうかがうと、幼児レベルにへたくそなうさぎのイラストが描かれた看板を見つけた。

 なになに? 冬のランチ始めました?


「……なんかぱっとしないラインナップね」


 超ふつう。いまひとつ興味のそそるお品書きではないけれど、まあこの寒いなか外を歩くのも億劫だ。なにより熱もあるし。


 エレノアは『ロゼッタの料理工房(アトリエ)』と書かれた店の戸を引いた。

 入ると、黒髪の少女が迎えてくれた。

 なんだか見覚えがある子だ。

 席に案内され、メニュー表を渡される。

 そこでようやく『そうか』と気が付いた。


「あのうさぎ……、夏に姫様が拾ってきた子だわ」


 オレンジ色の毛並みをしたうさぎ。

 カウンター上のクッションに陣取り、すやすやと眠りこけている。


 今年の夏に、フローラ離宮の庭園に迷い込んできた小汚いうさぎだ。

 エレノアが仕えているお姫様が庭園から拾ってきて、勝手に離宮の中まで連れてきた。

 おかげで廊下のあちこちに毛が落ちるわ、泥がつくわで掃除が大変だった。

 たしか、星霊のノル、とうさぎは言っていた。


「つまり、あの女の子がアルバのお友達ってわけね」


 自分の本業を隠し、何も知らないただの神官として親しくしているオトモダチ。

 あのアルバが他人に心を開くなんて、敬愛する長以外にあり得なかったことだった。

 純粋に興味がある。

 ここは、少し試してみようか?

 エレノアは少女にちょっとばかし意地悪な注文をしてみた。


「ねえ、ここに書いてある以外の料理は作れるのかしら?」


「──え? ああ、はい。材料があればですけど、どんなものが食べたいかおっしゃってくだされば作りますよ」


「そう。なら、さらっと食べられるものがいいわね。あたし、いま熱があるからあまり食欲がないのよ」


「熱……でしたら、ミルクがゆとかどうですか? 栄養満点ですよ」


「パス。なんでゴハンなのに甘い粥なんか食べなきゃいけないのよ。違うものにして」


「じゃあ……、リゾットですかね? 今だと、冬季限定の白身魚のトマトリゾットが人気ですよ」


「魚? あたし魚苦手なのよねぇ……。小骨取るの面倒だし、あと酸っぱいものも気分じゃないわ。それから肉もやめてね? 鶏肉ならなんとか食べられるけど、熱がある時に獣臭いものを食べると吐き気がするのよ。──ああそうそう、色の濃い野菜も使わないでね、苦いのも勘弁なのだわ」


「は、はあ……」


 少女が困った顔をする。

 あごに手をやり、ほんわずかに逡巡すると『ちょっと待っててくださいね』と言って、厨房へ引っ込んでいった。


 トントントンとリズミカルな包丁さばきの音がする。

 続いて、ぐつぐつとなにかを茹でる音。

 ふわりと薫ってくる塩気を含んだほのかな香り。なんだろう?


 窓の外を眺めながらエレノアが待っていると、目の前にことりと皿が置かれた。

 土焼きされた深い器。

 中に入っているのは『ウドン』だった。


「塩煮込みうどんです。淡色野菜と、お肉はダシを取るためにトリの皮が少しだけ入っていますが、お召し上がりになられない場合はこちらに。あと、味変用にこちらも」


 そう言って、小皿を二枚渡された。

 ひとつは何かの実をすった、黄色みを帯びた薬味が乗っている。


「あ、お姉さん、オハシって使えます?」


「使えると思う?」


「すみません……」


 そっとフォークが机の上に置かれる。

 ごゆっくり、と告げて少女は厨房へと戻っていった。


「……ま、本当は使えるのだけれど」


 普段は城でメイドをやっているエレノアだが、これでも本職は諜報員だ。

 どの国の、どんな場所でも仕事ができるよう、幼いころから食器の扱いから武器の扱いまで組織に叩き込まれた。

 エレノアはフォークを手に取ると、細長い、乳白色の麺をすくって首を曲げた。


「たしか、サクラナの料理だったかしら?」


 五年前までユーハルドの西の海にあった島国、巫国(かんなぎこく)サクラナ。

 代々『巫女』と呼ばれる女王が治める国であり、エレノアも任務で赴いたことがある。

 変な服に、変な文字。

 味が濃くて茶色い料理の数々。

 全体的に地味だなぁという印象の島国は、東の竜帝国(りゅうていこく)ことハルーニアの皇帝の怒りを買って島ごと沈められた、というのがもっぱら定説だが、真実はわからない。


 このウドンは、そのサクラナ発祥の麺だと聞いている。

 細いもの、太いもの、平べったいもの。形状は様々だが全体を通して白く長い麺は、濃いスープで煮込んで食べるのがサクラナ流だそうだ。


「どれ、まずはひとくち」


 ふうーっとウドンに息をかけ、表面を軽く冷ましたらズルッとすする。

 はふはふと口内に空気を取り込めば、同時にやってくるあっさり風味の塩気。

 優しい味だ。

 ほんのりと肉のうまみも感じる。さきほど少女が言っていたトリの皮だろう。


「ふうん、まあまあね」


 正直風邪のせいで味がぼけているので、うまいかどうかよくわからない。

 しかも、なんか変にぬめりがあって、ウドンを口に入れるたびに舌にまとわりついてくる。

 トリの皮もなんだか脂っぽいし……。

 ハズレを引いたかしら、と内心思いながらグラスを傾けると、小皿の薬味が目に入った。


「……この、黄色いやつはなにかしら?」


 淡黄色の薬味。

 フォークの先にちょんとつけて舐めてみると、ほのかな酸味を感じた。

 レモンとは少し違うが、なにかの果実をすり潰したもので間違いないようだ。


「味変用って言ってたわね」


 つまり、これをウドンにつけて食べろということだろう。


「ちまちまつけるのも面倒ね」


 勢いよく小皿を傾け、薬味をウドンにぶっかける。

 たちまち柑橘系のさわやかな香りが鼻腔をくすぐった。

 いい香り。風邪で鈍った嗅覚に突然色が生じたように、エレノアは不思議と心地のよい気分になった。

 そのままズズ……ズズッと麺をすする。


「──っ! これは……」


 新しい味だ。

 舌にまとわりつく変なウドンの粘り気も、トリの皮の脂っぽさも、すべて消えて食が進む。


「なるほど……、これユズね」


 西の島国のみに生息するレモンの仲間で、島が沈んでからはユーハルドのリーナイツ地方でいくつかのサクラナ原産の植物の復興栽培が行われた。

 おそらくこれもその一環で育てられものだろう。


 もともとあっさりとしたウドンのスープがさらに軽やかな味へと変わる。

 さっぱり。

 ずるずると夢中で麺をすすり、気が付くと、器の中身は空になっていた。

 スープも一滴すら残っていない。

 どうやら最後のひとしずくまで飲み干していたようだ。


「ふう……」


 満足。

 水と一緒にさきほど購入した薬を飲んで、財布を取り出す。

 すると、ひどく嫌そうな声がかけられた。


「──げ、ロビン」


 エレノアが顔を上げると、眉間にしわを寄せたアルバが机の脇に立っていた。

 これまた珍しい。

 いつもの神官服ではなく、フリルをあしらった私服姿だ。

 彼女はこれでも高貴な家柄の出身だから、こういう可愛らしい服を好んで着る傾向がある。

 お嬢様みたいでかわいい恰好ね、と茶化せば、うるせぇよと返ってきた。


「なんでお前がこの店にいるんだよ」


「べつに? たまたま入ったら、ここがあなたのお友達の店だっただけよ」


「そうかよ。食ったのならさっさと帰れよ」


「はいはい。じゃあこのお金、あの子に渡しておいて。──それから次の仕事、あとで連絡するから」


「その話をここですんな」


 キッとにらまれ、エレノアは肩をすくめて外に出る。

 うしろから「またきてくださいね」と明るい声が聞こえて、すぐに「もうくんな」と続いた。アルバの声だ。


「うわさの森の妖精ちゃんがやる店、か」


 悪くない。


「またくるわ」


 本物の妖精が住んでいそうなメルヘンな店。

 森族の少女が開く食堂を見あげてエレノアは微笑みながらきびすを返した。



 ◆



 クッションから飛び降りて、ノルがとことことカウンターの上に移動すると、ロゼが鍋を見せてきた。


「ノルさーん、ウドン食べます? 作りすぎちゃいました」


「食う。つか、あの姉ちゃん、すげぇワガママな注文してきたな」


「そうですか? お客さんなんてそんなものですよ」


「おまえいま、全お客様を敵に回したけど大丈夫?」


 呆れたまなこを向けてノルが返すと、別のテーブルについていたアルバが振り返る。


「ロゼ。あいつ来てももう店に入れんなよ。あんなろくでなしに出す料理はねぇよ」


「ほほう、アルバさん嫉妬ですか? わたしの友達の店に土足で入るな的な? 微笑ましいねぇ」


「うるせぇよ、耳ひっぱたくぞ」


「やめて! 耳はうさぎの命なの! あと毛もやめてください地味に痛いから」


「ふんっ」


「もー、ふたりともケンカしないでくださいよー」


 困惑顔でロゼがノルの前に深皿が置く。

 さわやかなユズの香りがアルバの暴言から心をなだめてくれる。

 ユズ。冬を象徴するノルの好きな香りだ。


「アルバちゃんはグラタンでいいですか?」


「おう、いつものな」


「そこはおまえ……、一緒にウドンの流れだろうよ」


 空気を読め、空気を。

 ノルはやれやれと首を振って、小さな口でちゅるんとウドンをすすった。

メレディアの月…12月

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