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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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41/44

ポトフ

「店長~! 荷物ここでいいですか?」

「うん。そこでいいよ。それを置いたらここのケーキを店頭に並べて。よろしくね」

「はーい」


 従業員の少女に指示を出し、ペリードはこれから出すケーキの飾りつけをしていた。

 眠り猫の菓子店。

 この店を出して一週間が過ぎた。

 事前の宣伝や、チラシ配りを手伝ってくれたロゼたちのおかげでオープンしてまもないこの店は、今日も朝からお客様の列が絶えない。


 ペリードはケーキの上にイチゴを乗せ終えると、小さく息をついて白帽子を外した。


「ああ、店長。休憩します? それなら食事用意するんで、休憩室で待っててください」


「悪いね、ありがとう」


 共に厨房に立つ、年上の従業員に礼を言って、ペリードは休憩室へと移動する。

 暖炉に火を入れると、ボッと勢いよく炎が立ち昇る。

 空気が乾燥しているのだろう。


 リーゼの月もまもなく終わる。

 例年よりも暖かな日が続いたとはいえ、さすがに連日寒い。


 窓から見える木の葉は緑から赤へと色変わりしており、それらをきれいだな、と眺めつつ、ペリードはオープン日のことを思い出しながら、暖炉の前の揺り椅子に腰かけた。



 ◆



 木枯らしが吹く、やや肌寒い日だった。

 今日はオーブン初日ということもあり、宣伝がてら店の前で焼き菓子を販売することにした。


「ペリードさん、こちらのクッキー(試食)とチラシを一緒にお配りすればいいんですね?」

「うん。あと呼び込みもよろしくね」

「お任せください! さあ、ノルさん。張り切ってお手伝いしますよ」

「へーい」


 可愛らしい猫の着ぐるみに身を包んだロゼとノル(人間体)に試食を渡して、ペリードは玄関先の札を裏返す。

 開店の文字。

 これから自分は城の文官ではなく、菓子職人として新たな人生を歩き出す。

 この決定に悔いはない。

 けれど、決められたルートから外れることが、こんなにも、不安を感じるとは思わなかった。


 王家のためにこの身を捧げる。


 そういう教育を受けてきた。

 ユーハルドでも屈指の五大侯爵家。その末席をいただくペリードにとって、家の教えは絶対だ。それに背いたことは一度もない。

 言われたことになんの疑問も持たず、ただ王のため、民のために、国に尽力して生きて死んでいく。

 侯爵家に生まれた者の責務であり、自分もそういう道をたどるのだと思っていた。

 それがもうない。


「……よし」


 ペリードは深く息を吸うと、チラシを掴んで呼び込みに参加した。

 そしてすぐにチラシが空を舞った。


「うわっ、風がけっこう強いね」



 今日の天気はあいにくと曇り空。陽が差さない分、寒い上に風も強い。

 従業員の中にはくしゃみをしている者もいる。

 様子を見て、外での販売を下げるか考えたほうがいいかもしれない。


 そうこうしているうちに昼が近くなった。

 客入りは上々。

 こういっては実家の力を借りているようで聞こえは悪いが、侯爵家の名前は伊達じゃない。


 とくにこの日のために、上の兄ふたりがペリードの店を知人たちに広めてくれたのだ。

 そのかいあって、無名の菓子職人の店だというのにこうしてオープン日から行列ができている。

 兄たちには感謝だ。


「はっくしょい!」


 店先で、焼き菓子の販売を手伝っているノルがくしゃみをした。

 やっぱり外での販売は中止したほうがいいだろう。

 そのむねを従業員たちに伝えると、着ぐるみの頭部を外してロゼが言った。


「せっかく売れてるのに下げちゃうのはもったいないですよ。ノルさんは風邪なんか引かないんですから、そのまま売り子さん任せて大丈夫ですよ?」


「そうかい? それなら一度店内の誰かと交代して──」


「ええ? それだとほかの方が風邪ひいちゃいますよ。それは悪いです」


「そうだね、たしかに……。──じゃあ、悪いけど、もう少しだけ頑張ってもらえるかな?」


「ねぇ、ふたりともオレの扱い雑じゃない?」


 もっと労わりやがれ! と叫ぶノルを見て、ロゼがポンっと手を打った。



「でしたら、お昼は身体が温まるものにしましょう。厨房をお借りできれば、わたしなにか作りますよ」


「いいのかい?」


「はい! みなさん頑張ってますからね。なにがいいですか?」


「そうだね……。なにか、野菜を使ったスープはできるかな? あっさりしていて、さっと食べられそうなやつ」


「ならポトフとかどうです? ちょうど今の季節カブが旬ですし、おいしいですよ」


「いいね。じゃあそれでお願いするよ」


 そんな会話をして一時間後。

 いくつかの木の器を乗せた盆を持って、ロゼが店先に出てきた。

 ノルに汁椀を渡してからこちらに来る。


「ペリードさんもどうぞ」


 ロゼから(わん)を受け取り、ペリードも近くの木箱に腰掛ける。

 大きめに切られた具がごろっと入ったポトフ。

 シロカブ、ニンジン、ゴルドイモ、それからソーセージ。

 手に持つ椀を通して、温かなスープの熱を感じる。

 かぐわしい香りを放つ湯気をたっぷりと吸いこみ、ペリードはまずはカブから頬張った。


「──うん!」


 うまい。

 口に入れた瞬間に感じるほのかな甘み。そして舌の上でとろけるカブの実。

 ユーハルドで採れるカブは柔らかい。

 煮こめば歯を立てずとも、ほろりと崩れてしまうので、歯の弱いお年寄りや子供でも食べやすいと定評だ。


 次に、ゴルドイモ。

 黄色みの強いイモの実は、荒れた土地でもよく育つ。

 かつてあったとされる別の大陸。

 そこからこの地に入り、栽培したのが始まりだといわれているが、まあその話はご法度だ。

 口にすれば、フィーティア機関に消されるのでペリードも詳しくは知らない。


 味がしみたゴルドイモとニンジンを堪能し、今度はソーセージに手を付ける。

 プリっと弾ける食感。

 確かな弾力を感じた直後に口の中に広がる汁気。

 肉汁だ。

 粗く引かれた豚肉が、舌の上で(つぶ)さを主張してくる。『肉を食べている』という感がすごい。

 一口一口噛みしめ、ペリードは最後に汁を飲み干し、ほうっと息を吐いた。


「ふう……」


 ほっとする味だ。

 幼いころ一番上の兄が作ってくれたポトフの味に似ている。

 いまでこそ領主を継いで忙しい兄だが、もともと料理が趣味で、武術の稽古のあと厨房に立ってペリードによく食事を作ってくれた。

 兄が作るごはんが好きだった。

 いつも厳しいけれど、料理の味だけは優しかったことを覚えている。



『まあ、失敗したらそんときはそんときだ。早々に尻尾巻いて逃げ帰ってくるようならべつにそれでも構わねぇよ。ただな、覚えておけペリード。戦場しかり、なにごとも結果を残すのは最後まで生き残った奴だ。足掻(あが)いて足掻いて立ち続けろ。そんでどうしてもダメだって言うなら、そんときは……帰ってこい。この俺がコキ使ってやるからよ」



 ペリードが店を出すと決めたとき、一番上の兄が言った言葉だ。

 父には、お前に商売なんか無理だと言われた。

 二番目の兄も、最初は首を縦に振らなかった。

 一番上の兄だけが味方になって、家族を説得してくれたのだ。


「スーフェン兄さん、元気にしてるかな」


 久しぶりに実家に帰って、顔でも拝んでやろう。

 ペリードは小さく笑みをこぼした。


「ペリードさん、そろそろ器を回収してもいいですか?」


「うん。ありがとう、おいしかったよ。──さあさあ、みんな! 午後も気合いを入れて頑張ろう!」


 ペリードはロゼに返して椀を立ち上がった。



 ◆



「店長、昼食持ってきましたよ」 


 暖炉の前でまどろんでいると、いつのまにか休憩室のテーブルに皿が並べられていた。

 ポトフとパン。

 あの時とは違い、白い皿に盛られたポトフは色鮮やかでほのかな湯気を立てている。

 食事を運んでくれた彼に礼を伝えて、ペリードはスプーンを掴んだ。


「──ああ、落ちつく味だ」


 大丈夫。

 この店はきっとうまくいく。

 だって、応援してくれる人たちがいる。

 兄に、友人に、ロゼにノルも。

 みんながいる限り、僕は頑張るよ。だから、


「せいぜいみっともなく足搔いてやるさ」


 こくりとスープを飲み込んで、ペリードは心に浮かぶ人々に感謝した。

ゴルドイモ(黄金イモとも)…じゃがいも

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