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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
続・本編

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カボチャのシチュー

「半年ぶりでしょうか」


 久しぶりに足を踏み入れた王都は相変わらず活気に満ちていた。

 ステイルは大通りを進み、フィーティア神殿へと向かう。


 リーゼの月も半ばを過ぎた。

 とうに収穫祭の飾りは片付けられ、来月行われる国王生誕祭に向けた装飾がちらほらと目に入る。

 赤、緑、白。

 赤は初代王リーゼを讃えるカラーであり、緑は自然との調和。そして白は初代大祭司(だいさいし)不死蝶ふしちょうのオーゼンを示したカラーなのだという。


 それらの三つの色を眺めながら、ステイルはふいに思い出す。


「そういえば、今月の一日は彼の誕生日でしたっけ」


 リーゼの月のついたち。懐かしい友人の誕生日だ。

 毎年その日になると、大きなケーキを用意して、姉と一緒に友人の誕生日を祝った。

 開かれたプレゼント箱。

 いつも困ったようにはにかみながら「ありがとう」と口にする友人は、いま思えば本当の誕生日ではないから、あんな表情をしていたのかもしれない。


「──ねぇ、来月の生誕祭。国王様はお顔を出すかしら」


 買い物客だろう。

 腕に買い物かごを下げた女性が、店の前で飾りつけをしている店主らしき男に声をかけている。

 店主は脚立(きゃたつ)から降りると難しい顔で答えた。


「どうだかなぁ。ご病気になられて長い。今年も第一王子が代役をお努めになられるだろうよ」


「そうよねぇ。私としてはルベリウス様のお顔が見られることはうれしいけれど……。まったく亡くなられたシオン王子のことといい、幽閉されたサフィール様のことといい、ご不幸が続いて国王様もご心労が尽きないわね」


「そういうなって。それに最近じゃあ、第四王子が頑張っているそうじゃないか。ほら、隣国で侯爵様の悪事を暴いたんだって? あの問題児だった王子が立派になってまあ……、国王陛下もさぞご安心だろうさ」


「ええ、あの青豚王子? 興味ないわね。──それより、サフィール様といえばお仕えしていた補佐官が……」


 その先はとくべつ興味をそそる話ではなかった。


「さて、仕事ですね」


 大通りの一角にある小さな神殿。その階段を上り、ステイルは扉を開けた。


 ◇


 結論からいえば、会談は次回に流れた。

 交渉がうまくまとまらなかったのだ。

 まあ当然だとステイルは思う。

 なにせこの会談は、ユーハルド王国第二王子サフィールの命を差し出せ、という主旨の話し合いなのである。


 とうぜん王国側は異を唱えるだろうし、会談は長丁場になると踏んでいた。

 それでも、ステイルは早々に会談をまとめ、この国から去りたかった。


 大通りから一本伸びた深い闇。

 貧民街へと続く路地裏を見て、もうなにも感じない空虚な胸の上に手を置いて、ステイルは深いため息をついた。


「あまり長く滞在するのは気が進みませんが……、しょうがないですね」


 こういうのは相手方の事情もある。どんなに気を揉んでも進まないものは進まない。

 それに交渉の結果がどうなろうとすでに沙汰は決定しているのだ。

 王国側がごねるなら別の手を考えるまで。


 ステイルは手近な店のドアに手をかけた。

 昼食でも取りながら、来週までどうやって時間を潰すか考えよう。


 店に入ると、すぐに「いらっしゃいませ」と明るい声が飛んでくる。

 まあまあ混んでいる食堂だ。

 どうやら少女がひとりで切り盛りしているらしい。

 内装は可愛らしく、さすがは妖精国と呼ばれるユーハルドに店を構えていることだけはあるなとステイルは思った。


 店内に立ち込めるいい香り。

 どんな料理が出てくるだろうかと期待に胸を膨らませ、少女に案内されるままカウンター席へと座る。


 会計脇のクッションに鎮座するうさぎ。

 招き猫ならぬ招きうさぎだろうか? 

 胡乱(うろん)げなまなざし……もとい、眉間にしわを寄せてステイルを見あげている。


(なるほど、この子は星霊か)


 自分はこの手のものから歓迎されない。


 ステイルはモフッとうさぎの頭を撫でると、メニュー表を開いた。

 さて、どれを食べようか。

 悩んでいると、『秋冬限定』と書かれた文字が目に入った。


「かぼちゃのシチュー……。これにしましょうか」


 少女を呼んで注文する。

 十分後、白い湯気をくゆらせた、オレンジ色のシチューとほかほかのパンが出てきた。

 うまそうだ。

 ステイルはまず口に水含んで、乾燥した口内を潤してから、スプーンを掴んだ。


「いただきます」


 ごろっとしたカボチャの実。

 それを一気に頬張る。

 たちまち優しい甘みが口内に広がった。


 続いて豚肉。

 ひとくち大に粗くカットされた綺麗なサクラ色の豚肉は、この国のグランポーン地方が誇るピナート豚だろう。

 しっかりとした歯触り。ひとくち噛むごとに甘みの強い肉のうま味を感じる。


 存分に具を堪能したあとは、パンに手を伸ばす。

 半分に割ると、パリッと音を奏でて糸引くように、生地が裂けて豊かな小麦の香りが広がった。

 口に入れればかすかにシャリシャリとした食感。

 リンゴが生地に練りこまれているらしい。

 ほのかに感じる果実の匂いにステイルは懐かしさを覚えた。


(よく、リンゴの収穫手伝ったな)


 ピナート豚と地方を同じくするポエミ村。

 かの農村はリンゴの名産地で有名だ。

 ステイルもよく幼いころは村に遊びに行って、農民たちに混じり、友人と一緒にリンゴの収穫を手伝ったものだった。


 楽しかった。

 けれど、友人とってはそうではないようで、決まって嫌そうな顔をしていた。

 リンゴが大の苦手なのだ。

 だから収穫後の宴でも、出されたリンゴ料理を見て毎回うめいていた。

 それがまた面白いんだよなとステイルは苦笑する。


(──誰もが笑って暮らせる国にしよう、か)


 もう叶わない夢だ。

 自分が王になって、友人が王佐に。

 そしていつか、ふたりで一緒に笑顔(ひかり)に満ちた国を作ろうと約束した。


「──」


 切なげな表情でふっと笑うとステイル──いや、シオンは残りのシチューを平らげた。


 ◆


「今日来た兄ちゃん、なんかすげぇ思いつめた顔してたけど、お前が出したカボチャのシチュー、まずかったんじゃねぇの?」


 お客さんたちが帰ったあと、ノルはまかないという名の遅めの昼食を取っていた。

 対面に座るロゼが首をかしげて、シチューを口に運ぶ。


「ええ? ちゃんとおいしいですけど……。ちゃんとパピヨン亭の店主さん直伝のアマイモシチューのカボチャバージョンですよ?」


「うん。だからアレンジキメたのがまずいんじゃね?」


 レシピ通りに作れよ、とノルは思う。


「だがまあ、確かに悪くはない味だよなぁ。……このシチューごはん」


 シチューなのになぜかライスの上に乗っていることはこの際目をつぶるとして、とりわけ味が悪いというわけではない。

 それなりにおいしい。

 おそらくこの店のメニューの中でも上位に入るうまさだろう。


 それがあの表情。

 もしかしたらシチューの味が原因なのではなく、別の理由が彼の心を曇らせていたのかもしれないなノルは思った。


「まあいいや。さっさとこれ食って、夜の仕込みしようぜ」


「そうですね。今日の夜はなんと! 団体さんの予約が入っていますからね。張り切って準備しなければ」


「団体つっても身内だけどな。ペリードの兄ちゃんの店のオープン祝いだし」


 先日オープンした〈眠り猫の菓子店〉。

 ノルも人間体になってビラ配りを手伝った。今日はその祝賀会だ。


「よし、行くぞ。ロゼ」


「はい、ノルさん」


 光に満ちた妖精国。ノルはロゼと一緒にユーハルドの街へと繰り出した。

リーゼの月…11月

国王生誕祭(冬至祭)…クリスマス

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