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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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番外編3 緑の奇跡!マジカル☆あにまるカップケーキ・後半

 爽やかな春風のような声がした。


「殿下⁉」


 ペリードは仰天する。

 なぜなら背後に立っていたのは、この国の第一王子たるルベリウスだったからだ。

 ……この人、いつもうしろ取ってくるんだよなぁ。

 怖い。人知れずペリードがひるんでいるとルベリウスがにこりと笑いかけてきた。


「やあ、さっきぶりだね。そちらのキレイなご令嬢は?」


「はい。彼女はロゼッタと言います。篝火の魔女の」


「ああ、ロイドが言っていた、脳がしびれるほど辛い粥と異郷あのよを見るほど甘いデザートを作ってくれた子か」


 脳? あの世?

 ちょっと何の話かよくわからないが、ひとまずペリードは頷いておく。


「でんか?」


 ロゼがぽけっとした顔で首をかしげている。

 彼女にそっと『この国の第一王子だよ』と耳打ちしてやると、ロゼは少しばかり慌てた様子で頭をさげた。

 ルベリウスは片手を上げて微笑する。


「ああ、そんなかしこばらなくても大丈夫だよ。それよりも、『安くてうまくてたくさん食える菓子』だったかな? その話、よかったら教えてくれないかな? 実は最近材料が高騰していて、王宮としても民に配る菓子の経費を押さえたいところなんだよ」


 ルベリウスはあごを撫でて考え込んだ。

 その様子が思ったよりも切実だったのでペリードはなにも言えなかった。

 王宮のフトコロ事情が切ない。


「あ、じゃあカップケーキなんていかがですか? 少しの材料でたくさん作れますよ。ユノヴィア祭(バレンタイン)で配る、いちばん人気の手作りお菓子ですし」


「カップケーキか……、それならこの会場にもあるけれど」


 青、緑、黄色。ごてごてにデコられたカップケーキが長テーブルに置いてある。

 近くには、花と一緒に飾られたシュークリームの山とティーセット。

 これから終わらぬ茶会でも始まりそうな、メルヘン満載なレイアウトだった。

 ロゼがふふんと慎ましやかな胸をそらす。


「ただのカップケーキではありません! 動物に見立てた飾りつけをするんです。名付けて、マジカル☆あにまるカップケーキ、です!」


 マジカルの要素は一体どこに。


「動物型のカップケーキか。いいね。それなら可愛いし、リーアが喜ぶかな」


「子供やご婦人方にも喜ばれますね」


 ルベリウスの斜めうしろに立つ補佐官ジュリアがきっちりと訂正した。

 ちなみにリーアとはルベリウスの妹姫であり、かの妖精姫こと第二王女リフィリア姫である。


「厨房でしたら、いま休憩時間だと思いますので使用は可能かと」


「じゃあ、さっそくだけど試作品を作ってきてもらえるかな?」


 こうしてシスコン王子もとい赤薔薇の王子ことルベリウスの一存で、ペリードはマジカル☆あにまるカップケーキを作ることになった。


 ◇ ◇ ◇


「さて、材料だけど」


 小麦粉、タマゴ、砂糖、牛乳、植物油、爆裂粉(ふくらまし粉)。これだけ。


 ペリードは上着を脱いでシャツの袖をまくるとさっそく棚からボウルを取り出した。


「すみません、ペリードさん。わたしお菓子を作るのは苦手で……。ゼリーとかクッキーとか簡単なものならできるんですけど」


「気にしなくていいよ。ここは僕の出番だからね。おいしいマフィンを作るから、ふたりとも楽しみにしていてくれ」


「カップケーキ、ですよ、ペリードさん」


「どっちも一緒じゃね?」


 微妙に違う。


「さあ、はじめようか」


 ぱんと手を叩く。助手のロゼとノルを従えてペリードはカップケーキを作り始めた。


 まずは常温に戻したバターをボウルに入れて、クリーム状になるまで泡だて器で混ぜる。……をやると、バター代がかかるので節制対策のために今回は油を使う。


 よってタマゴ、砂糖、植物油をボウルへ投下(☆)。


 混ぜ合わせたら、小麦粉と爆裂粉を合わせた混合粉を振るいにかけながら半分ほどボウルへ入れる。(なお、この時に粉振るいが無い場合は茶こしなどで代用可)

 牛乳を少しずつ加えて切るように混ぜ合わせ、残りの混合粉をやっぱり振るいにかけて投入、混ぜる(◇)。生地のできあがり。


 ここでふわふわな生地にしたい場合は、☆の段階でタマゴを黄身と白身に分けて黄身だけ使おう。

 白身の方は茶こし(これだと早い)で泡立てておいて、メレンゲ状にしたものを◇の段階で優しく加えるといいかもしれない。

 シフォンケーキの要領でレッツトライ。


「──あとは型に流して焼けば」


 手のひらサイズの金属型に生地を流して、あとは焼くだけ。

 いつもは一般的な石窯を使うのだが、さすがは城の厨房だ。

 魔導オーブン機が置いてある。

 使い方がいまいち分からないが、なんとか稼働させて十五分から約二十分。

 焼き上がったものに、固く絞った濡れ布巾を被せて冷ましたら次は飾りつけだ。


「あとはここに小さく切った果物を盛れば……」


 細長くカットしたアマイモ(さつまいも)を、耳に見立ててカップケーキの上部二か所にぷすりと刺す。

 その下に、クランベリーを二個くっつけてやれば、赤い瞳をしたかわいいウサギさんのカップケーキの完成だ。


 ほかにも、色とりどりのクリームや、溶かしたショコラ、グレーズ(砂糖と牛乳を混ぜ合わせたもの)で模様を作れば、猫だって犬だって、もちろんクマさんだって出来る。


 三人で一緒に可愛いを尽くした動物カップケーキを製作し、声高に完成を祝う。


「いいね。子供が喜びそうな出来映えだね」


「ですね! 見てください、ノルさん。このクマさんなんてとってもかわいいですよ!」


「──フッ、俺は知ってるぜ? 女子が動物見て『かわいい』と言う時は、動物可愛いって言ってる自分が『カワイイ♡』アピールだってことくらいはなっ! ……あとクマとか俺のトラウマ踏んでますけど嫌がらせですか?」


「ええ? 違いますよ? 女の子が『かわいい』を口にする時は心からの賛美の場合と、とりあえずそう言っておけばまわりの空気的に良さそうって時に使うんです。動物しかり、スイーツしかり、このクマさんしかり。先輩上司のお子様しかり(アルバちゃん談)。『かわいい~♡』は、マジカル☆ワードなのです!」


「ここへきて、やっとマジカル要素が出てきたな」


「うん、そして僕が作ったクマのカップケーキは可愛くないという……」


 ペリードはガクリと肩を落とした。

 出来れば知りたくないマジカルな裏話だった。


 ◇ ◇ ◇


 さっそく作ったカップケーキを庭園内に持っていくと、すでにスペースが用意されていた。

 会場中央にある長テーブル。

 ここなら目立つし、全員の口にも入るだろう。

 ルベリウスが率先して賓客たちに声をかけている。


「どれどれ……」


「あ! 駄目ですよノルさん、食べちゃ」


 ロゼの制止も聞かずにノルがカップケーキをぱくり。すると──


「な、なにぃ……!」


 突然、ノルが飛び跳ねた。太陽を背にして天高く。

 そのまま腕を広げてくるりと一回転して着地。

 その際なぜか庭園に、一陣の風が吹いてノルの姿を砂けむりの中へと隠した。

 そうして風が去った頃に現れたのはなんと……! 


 かわいいウサギさんだった。


 というか、かわいいウサギのノルさんだった。


「え……? ノルおじさんからウサギのノルさんに⁉」


 ペリードは驚愕する。


「あ、やべ……あまりのうまさにうっかりウサギの姿に戻っちまった」


 再び風が吹いて、いまの呟きはよく聞こえなかった。

 会場が騒然としている。

 無理もない。おっさ……お兄さんがいきなりウサギの姿になったのだ。ざわざわとざわめく衆目にロゼは慌てて笑った。


「ま、まさか~、ウサギの姿になるほど魔法的なおいしさだったとは~」


 誤魔化し切れていない。どんな言い訳だ。

 しかし、ペリードはわりと信じた。


「……そうか。それで『マジカル☆あにまる』なのか……」


 違う。素でボケるペリードはさておき、会場の観客たちはそれでは納得しない。

 どうするか。

 ロゼとノルがごくりと喉を鳴らしたとき、ルベリウスが目を見開いて手を打った。


「すごいね。いまの手品マジックはどうやったんだい?」


 パチパチと、小さな音に感化されて会場は次第に大きな拍手の渦へと包まれる。


「これは驚いた! まさかあんな小汚ない男がこんな可愛いうさぎに変身するなんて! まさに奇跡を見せられた気分だよ」


「素敵! ほかにはどんなすごい魔法があるの?」


「もっと見せてくれ!」


 娯楽に目がない貴族の観客たちは手を叩いて口笛を吹き、すごいすごいと囃し立てた。

 これにはロゼも照れているようだ。


「いやー、こんなのちょっとしたお遊びですよ~」


「……」


 ノルがなにか言いたげな目でロゼを見上げていた。


「お見事」


 ルベリウスが拍手をしながらこちらへ歩いてくる。


「ありがとう。おかげで今年の試食会はおおいに盛況だ。三人に感謝を」


 王子スマイル。もうすぐこの庭園を彩る秋薔薇のような華やかな笑顔だった。


(……うん? 三人?)


 ペリードは一瞬だけ首をかしげる。

 しかし、すぐにその疑問を頭の奥へと押しやり、ルベリウスと握手を交わした。


「ペリードさん」


「?」


 ちょんちょんと肩を叩かれてペリードが振り向くと、かわいい犬のカップケーキを両手で包んだロゼが立っていた。


「確か犬、お好きでしたよね? わたしが作ったやつだから、あまり上手ではないのですが、よかったらどうぞ」


 手のひらの上に置かれた子犬型のカップケーキ。模様が崩れて若干ホラーテイストだが、かわいい。

 礼を言って受け取ろう。ペリードは顔を上げ──思わず息を呑んだ。


 目の前にいるのはふわりと笑うロゼ。


 その恰好はいつもと違い、秋をまとったやや露出の高いワンピースドレスだが、上品で洗練されたデザインが彼女によく似合っている。

 布端から伸びた、すらりとした白い手足。

 少しばかり化粧を施した桃色の頬。

 潤った唇には自然と目が向いてしまう。


 美しい。


 まるで庭園の片隅に現れた妖精の乙女のようだと思った。

 そしてなにより、ロゼ×(かける)犬。

 ドキドキする。


「ペリードさん?」


「──あ、いや……その」


 呼ばれて、急に我に返ったペリードは慌てて笑顔を作ると礼を伝えた。



「うん。ありがとう、ロゼ。とても──可愛いよ」



 この胸の高鳴りの意味を彼が知るのは、もう少し先の未来の話。



 ◇ ◇ ◇


 結局、そのあとは満場一致でマジカル☆あにまるカップケーキが採用され、収穫祭の当日に配られた。

 国民からは可愛いと大いに喜ばれ、今年の収穫祭は近年いちばんの盛り上がりを見せたという。

 おかげで翌月オープンしたペリードの店、〈眠り猫の菓子店〉のいい宣伝にもなり、開店早々多くの客たちがかわいい菓子を求めて押し寄せた。


 今日もこれから店を開いてお客様たちのお出迎えだ。

 ペリードは店内の暖炉に薪をくべて立ち上がる。

 いまはオープン前の準備で忙しい。

 それぞれ持ち場につくスタッフたちが準備をしてくれているおかげでなんとか今日も時間通りに店を開けることができそうだ。


 今日は開店から一か月の記念日だ。

 客に配るちょっとしたプレゼントも用意している。


「看板を変えてくるね」


 スタッフに声をかけてペリードは扉を開く。

 外からひんやりとした空気が舞いこんできた。

 もう冬だ。

 今日は陽ざしが出ているとはいえ、空には分厚い灰雲がかかっている。

 午後からは、雪が降るかもしれない。


 寒いなか、店の前に並んでくれているお客様たちに一礼してペリードは、『開店』の文字へと看板を変えようとしてふいに見慣れた姿を見つけた。


 白髪に炎の色をした瞳。政務官時代からの友人だ。


 隣には、この国の第一王女の赤毛の姫もいる。

 それからもう一人は誰だろう?

 栗毛の髪をした綺麗な少女が友人に笑顔で話しかけている。

 けれど、友人の笑みはどこか作りものじみていて、なんだかぎこちない。


 雰囲気もずいぶん前と変わった。

 今年の秋に城で会った時よりも、ほんの少しだけ背丈が伸びて、大人びて見える横顔は、まるで波風ひとつ立たない夜の湖水のような静寂さを湛えていた。


 なぜだろう? 


 一瞬だけ、ロゼが話していた恩師のことを思い出した。ペリードはかすかに生じた違和感を胸にしまって友人に声をかけた。


「帰ってきたのかい? ──ゼノ」




番外編・Fin

次回『ノルのお客様名簿』

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ゼノの追想譚
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