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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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番外編3 緑の奇跡!マジカル☆あにまるカップケーキ・前半

 ユーハルドの商業通りといえば、多種多様な専門店が立ち並び、連日多くの買い物客で賑わいを見せている。


 野菜、肉、魚。武器から防具に何でもござれ。

 ここに来ればなんでも揃うともっぱらの定評だが、中でもスイーツ店の激戦区としても有名である。


 スイーツ大好き王都市民の舌は肥えている。

 彼らはこぞって菓子店に殺到し、日々甘味を消費することに精を出していた。

 ゆえに、彼らのお眼鏡にかなわなかった菓子店は、出店わずかひと月で潰れてしまうほどにここでの経営は難しいとされている。

 そんな中、この地にひとりの無謀な挑戦者がやってきた。


 名を、ペリード・ラン・ベルルークという。


 ユーハルド王国・五大侯爵家のひとつ、ベルルーク家の三男である彼は数奇な運命をたどったとすえ、この地に流れ着き、スイーツ店の運営へと乗り出した。

 そして彼は思った。


 ユーハルドの菓子には『アニマルみ』が足りない……!


 動物こそ最大の癒し。

 人はカワイイ生き物に目を奪われ、心惹かれるのだ。

 なのに無い。

 蝶をモチーフにした菓子ならいっぱいあるのに、クソッ……、犬がない!

 ペリードはコールドテーブル(冷蔵魔動機付き料理台)に拳を叩きついて顔を上げた。

 そうだ。無いなら作ればいい!


「見ていてください、サフィール殿下! 貴方のもとで過ごした学びをいまここに! 僕は必ず史上最強の可愛いあにまるケーキを作って、我らが愛する民たちを笑顔にしてみせます!」


 菓子スイーツの力で王国ユーハルドを元気にするんだ!


 こうして、熱い宣言と共にペリードの飽くなき『あにまるケーキ』への探究が始まったのだった。



 ◆ ◆ ◆



 ユーハルド王都の北西区には、貴族や富裕層の屋敷が多く集まっている。

 例にもれず、ぼんぼん育ちのペリードもこの区画に住んでいるのだが、自室で菓子の図案を広げてペリードは悩んでいた。


 疲れた人々へ送る、史上最強・究極かわいい魔法のお菓子、あにまるケーキ。


 来月オープン予定の〈眠り猫の菓子店〉に出すべくその試作品第一号を彼は考えていた。


「ペリード坊ちゃま」


 聞き慣れた声にペリードが振り返ると、仕立てのよい執事服をまとった初老の男性──じいやが手紙を持ってこちらに歩いてきた。


「坊ちゃまはやめてくれといつも言っているだろう? 僕はもう十九だぞ? 子供扱いはよしてくれ」


「ほほほ、これは失礼いたしました。──こちら、お城からのお呼び出しにございます」


「城? なんでまた? 僕はもう政務官でもなんでもないけど……」


 渡された手紙を開くと、今度城で開かれる茶会への誘いだった。

 手紙の差し出し人は王佐ロイディール。

 今月末に行われる秋の収穫祭で、城下の子供たちに振る舞う菓子の試食会を開催するから参加してほしいとのことだった。

 おそらく気を使ってくれたのだろう。

 手紙には、『多忙なら無理にとは言わない』と書いてある。


「茶会か……懐かしいな」


 今年の初夏までペリードは第二王子サフィール付きの補佐官だった。

 しかし、第二王子は政争に負け失脚。ペリードも宮廷を去ることになった。

 だから本来ならば自分が茶会に呼ばれるはずはないのだが、そこは王国に五つしかない侯爵家。

 その三男であるペリードにも声をかけないわけにはいかないというわけだ。


 おそらく収穫祭を取り仕切る第一王子自ら手紙を寄越さないのは、まわりの貴族たちの目があるからだろう。へたに親しくして、やれ派閥への取り込みだのなんだとウワサされても面倒だ。

 それに、ベルルーク家の立場もある。

 中立の立場を重んじるペリードの家は、本来ならば特定の王族に肩入れしてはいけない。


 魔導師たるもの公平であれ、真実を見定めよ。

 要するに、大衆の為に魔法を使おうね、暴君に利用されちゃダメだぞ☆


 みたいな家訓である。

 きっとそのへんのめんどくさい事情を汲み取り、第一王子の代わりに王佐ロイディールが手紙を代筆したのだろう。

 なにより国のナンバーツーからの誘いとなれば、ペリードが茶会に参加したところでまわりからとやかく言われる心配はなくなる。

 さりげなく参加を強制してこないのもロイディールの優しさだ。


 ……まあ、もしかしたらやんわりと参加を辞退するよう促しているのかもしれないが。

 そもそもこの手紙自体が社交辞令とかだったらどうしよう。いやいやまさか。でもあの人ならあり得そう。たまに目の奥が笑ってないし……。


 ペリードはあれこれ心の中で葛藤して、ひとまず参加することに決めた。


 ◇ ◇ ◇


 時刻は早朝。茶会が始まる前に魔導師団長を務める兄の様子を見るべく早めに出かけたペリードは、兵舎に向かう途中で友人を見かけた。


「やあ、これからどこかへ行くのかい?」


「? 緑?」


「緑じゃない! ペリードだ!」


「ああ、そうか。お前も試食会に呼ばれたのか」


 反射的に返した叫びを華麗にスルーして友人は納得した顔で頷いた。

 白髪に、炎の色をした瞳。文官用のローブを羽織った一歳年下の少年は自分の元同僚だ。

 第四王子に仕える政務官。

 一時は敵対したこともあったが、いまはなんだかんだ仲良くやっている。

 出会い頭にいつもペリードのことを髪の色(緑色)で呼んでくるせいで、たまにこちらの名前を覚えているのか心配になるけれど、ペリードは友達と思っている。


「あれ? でも、開催昼からだよな。時間、間違えたのか?」


「違うよ。兄さんのところに顔を出しに行くんだよ。あとロイディール様やルベリウス殿下にもご挨拶しないとね」


「ふーん。そりゃ律儀なこって」


「キミは? その恰好、旅行にでも行くのかい?」


「まあな。ちょっとこれからイナキアに行ってくる」


 大きめの布袋を肩に引っ掛けた友人は、ふいに横を見ると片手を上げた。


「リィグ。馬車は?」


「兵士さんに言って玄関前に用意してもらったよ。マスターこそロイドのおじさんへの挨拶は終わったの?」


「ああ。忙しそうだったから、補佐官の人に伝えておいた」


 友人のもとにやってきたのは金髪の少年だった。こちらを一瞥すると、『早く』と友人を促した。


「じゃあな、ペリード。忘れなかったら土産買ってくるよ」


 ひらひらと後ろ手を振って友人は去って行った。


「そうだ、僕も早く兄さんのところに行かないと」


 ペリードは上着をひるがして兵舎に向かって駆けた。


 ◇ ◇ ◇


 十月の中旬。

 今月末に控える収穫祭は、一年の実りに感謝の祈りを捧げる由緒正しい伝統行事だ。


 昼は子供たちが菓子を求めて各家を回り、夜はカボチャのランタンを玄関に飾って静かに祈りを捧げて過ごす。

 その際に食べるドライフルーツ入りのケーキには、銀貨(洗浄殺菌済み)を忍ばせ、引き当てた者は翌日限定で幸運が訪れるという、ちょっとしたゲームなんかもあったりしてけっこう盛り上がる。

 そんな楽しい収穫祭の前に王城では秋の味覚を使った菓子の試食会が開かれていた。


 子供たち、ひいては民たちにお菓子を配ろう!


 と、二代前の国王が反対する部下たちを押しのけ決めたことから慣例として毎年開催されているそうだ。

 歴史ある試食会。ペリードは正装に身を包んで、城の庭園へと向うとすでに試食会は始まっていた。


「今年もなかなかに圧巻だね」


 庭園内を飾る色とりどりのお菓子たち。

 そこに優美なドレスをまとった美しい令嬢たちが赤い軍服姿の美青年を囲って談笑している。


 第一王子ルベリウスだ。


 輝く金髪と落ちついた翠の瞳。相変わらず高貴な彼の姿は遠目からでもよく目立つ。

 近くには補佐官の女性──ジュリアが待機していて、こちらに身体を向けると一礼してきた。

 ペリードもあわせるように会釈して、会場の中心へと歩いていく。

 すると、よく知る少女に似た後ろ姿を見つけた。


「あれ? ロゼ? なんでキミがここに……」


「?」


 かけられた声に少女が振り向く。

 その拍子に長い黒髪が揺れて、小さな顔に嵌まったアイスブルーの瞳が大きく開かれる。

 ふわりと舞うニンジン色のスカート。

 今日はいつもの地味なローブ(失礼)とは違い、華やかなドレスの装いだ。

 クッキーを口にくわえて彼女は素っ頓狂な声を上げた。


「ひゅえ? ふぇ、ふぇりーどさん⁉」


 まずは飲みこんでから喋ろうか。

 こくりと喉を鳴らすと少女──ロゼはにこやかな笑顔を向けた。


「ロイディールさんから招待されたんですよ。本当はアルバちゃんも一緒に来る予定だったんですが、別の用事が入ったとかで来れなくなって……。──あ、このお菓子とかおいしいですよ? ペリードさんも食べますか?」


 ロゼが皿をぐいっとペリードの前に突き出す。

 立食式のこの会場では、好きな菓子を皿によそって味見ができる。

 参加者からいちばん人気の高かった菓子を収穫祭当日に城へやってきた民たちに配るのだ。

 だから、なるべく多くの菓子を味見して、品評表に記入しなければならないので二人でひとつの菓子をシェアするのは理に適っているといえる。


 だが、ペリードはさっと周囲に視線を走らせた。

 こういう場で男女が同じ皿を共有すると、あとで要らぬウワサをされてしまう。

 とはいえ世情に疎いロゼのことだ。

 ここはこちらもあえて無礼講と行こう。彼女とならばウワサされてもべつに困らないし……。

 ペリードはロゼの皿からクッキーを一枚もらった。


「うん、美味しいね。アマイモが練りこまれているようだけど、今年採れたものかな」


「はい。去年よりも収穫は少なかったそうですが、実が大振りで、艶のあるアマイモが取れたとさきほど料理長さんが話されていました」


「へえ、こっちのは……ふかしたアマイモをこして丸めて焼いたものかな」


「そうですね。舌の上で溶ける滑らかさが絶品です」


 ロゼが頬に手をあてて、うっとりとした顔をする。

 それを見てペリードは「あれ?」と首をかしげた。


「今日はノルは連れてきていないのかい?」


 いつも彼女のそばに居る、うさぎのノルさんがいない。


 オレンジ色の毛並みをした可愛いうさぎさんなのだが、近くには見当たらないようだ。

 ペリードが首を動かすと、ロゼが小さく手を振った。


「うさぎのノルさんはお留守番です。代わりに人間のノルさんが来ていますよ」


 人間のノルさん?

 どういう意味だと思えば、横からざらついた中年男の声が聞こえた。


「お、眼鏡の兄ちゃんじゃねぇか」


 オレンジがかった茶髪を後頭部の高い位置で半分だけ結い上げた、二十代後半……いや三十路過ぎくらいの男性だろうか。

 服装こそシックなスーツを着ているが、シャツはよれついていて、この場の空気にそぐわない。

 彼はロゼの皿から焼き菓子をひとつ摘まむと口に入れてうなった。


「んー! うまい! やっぱり城の菓子は最高だなぁー」


 ひょいぱくひょいぱく。

 口いっぱいに菓子を頬張る彼は無作法にもほどがある。

 ペリードは注意しようと口を開いたが、先にロゼがたしなめたので口を閉じた。


「もー、だめですよノルさん。こういう場では紳士にしてないと。お菓子ならわたしがあとでいくらでも作ってあげますから、これ以上は我慢してください」


「いやお前、菓子焼けねぇじゃん……」


 アルバじゃあるまいし、と付け足す彼はロゼとずいぶんと親しげだ。


 まさか、彼女の恋人だろうか? 


 いやいやいや。たしかにロゼは綺麗だけれど彼女のまわりに男の影はなかったはず。

 そもそもロゼの口から彼女の師匠以外の男の話など聞いたことがない。

 つまりは違う。断じて違う。

 ペリードは心に妙な引っかかりを覚えて、遠回しにロゼに訊ねてみた。


「その人はロゼの恋人かい?」


 直球だった。

 遠間しどころか、ド直球に聞いてしまった。

 こんな自分はスマートじゃない。超恥ずかしい。うさぎのように地面を掘って穴の中に入りたい。

 胸中での大パニックを隠すようにペリードは、にこやかな笑みを作ると紹介してほしいなと続けた。

 するとロゼは首を振ってこう言った。


「人間のノルさんは親戚のおじさんですよ」


 なるほど親戚か。なら安心だ。

 ちょっととっさについたウソのような紹介だが、彼女が言うならそうなのだろう。

 ペリードはホッと胸を撫でおろして、ノルおじさんに手のひらを向けた。


「ペリードです。ロゼにはいつもお世話になっております。どうぞよろしく」


「うん、知ってっけどな」


 ノルはペリードの手を握り返して曖昧な笑顔を返した。

 ロゼがそういえばと紙を取り出す。菓子の品評表だった。


「ところで、この紙はどのように書けばいいのでしょうか」


「ああ、それかい? 食べた菓子の感想を書いて、最後に順位をつけるんだ。……ほら下の方に菓子の名前を書く欄があるだろう?」


 紙の上を指でなぞって教えると、ロゼは納得したらしく頷いた。


「順位ですか、難しいですね……。どれも美味しいので甲乙つけがたいのですが」


「まあね。ここにある菓子は城の料理人が作ったほかにも城下の有名店から出品させた菓子も混ざっているからね。おいしさで言ったらどれも一級品だと思うよ」


「なるほど、それはどうりでおいしいわけですね」


「うん。だから、味だけじゃなくて見た目の良さも審査に加えるといいんじゃないかな」


「見た目……」


 美と美味の融合を目指すユーハルド菓子は芸術面から見ても高い評価を誇る。

 味のよさはもちろんのこと、見た目の美しさに関しては他国から『これ、食べられるの?』と驚かれるほどだ。

 決して使っている材料的に『食べられるの?』の意味ではない。

 確かにたまに芸術美を極めるばかりに赤々しい竜辛ソースを混ぜこむバカもいるが、基本は安心安全、おいしいお菓子なのである。


 だからこの場合、味のよさ以外に芸術性も考慮されるのが慣例なのだが、ロゼとしてはしっくりこないようだ。


「うーん、なんというのでしょうか? たしかに綺麗でおいしいのですが、手に取りづらいんですよね……」


「というと?」


「ほら、あんまり美しいものって気後れしちゃうじゃないですか。装飾品しかり服しかりヒトしかり……。触れるのも恐れ多いといいますか。お菓子もそれと一緒で、綺麗だと口に入れるのをためらっちゃいまして」


 ああ、なるほど。

 その気持ちは分かる気がする。

 この城にも『妖精姫』と呼ばれるたいそう美しい姫がいるのだが、ペリードも彼女と話すときにはどうにも勇気がいる。

 自分が発した言葉のひと端が、妖精姫のしょぼんの琴線に触れてしまったらどうしよう。

 何気ない言葉が姫の心を傷つけてしまうのではないかと必要以上に気後れしてしまうのだ。


 まあ、そもそも姫は滅多に人前には顔を出さないし、近づいても逃げてしまうから話すこともないのだが。……あれ? もしかして僕は姫に嫌われているのか?


 ペリードが心に静かなダメージを食らっているとノルもうんうんと頷いた。


「だよなぁ。庶民派のオレからすると、菓子ってのは高級路線よりも手軽に食べられるおやつであってほしい。じゃなきゃ間食の意味ないし。メシとメシのあいだに食うもんなのに、やたらめったら高かったら家計に響くだろ。一日四食くのかよって値段になっちまう」


「ええ? そんなに高いかな、ユーハルドの菓子は」


「まあ、ぴんきりですかね? 最近、タマゴが値上げしてますし……」


 タマゴだけではない。

 牛乳も、バターも高い。

 今年の夏はとくに暑いからなのか、ニワトリさんや牛さんたちが熱中症でバタバタ倒れているらしい。

 なので、ケーキの材料以外にも市場に並ぶ肉も価格が高騰している。

 秋になれば落ちつくと思うが、値上げ問題はユーハルドでも早急に解決すべき課題なのである。


「こう……、どこかに安くてうまくてたくさん食える菓子はないものかねぇ……」


 ノルが腕を組んでつぶやいた。すると、


「──じゃあ、キミたちで考えてくれると嬉しいな」

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