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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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28/31

番外編2 うま辛雑炊と杏仁豆腐・後半

「うまいな」


「ありがとうございます」


(嘘だろ?)


 さっそく竜辛味噌粥(うまからぞうすい)白杏子の寒天(あんにんどうふ)を持っていくと、アルバの予想とは大きく反してロイディールはうまそうに食べ始めた。


 まずは炎の色をした激辛粥から。


 躊躇うことなく口に入れたかと思えば、一心不乱にもくもくと食している。

ロゼに言われてアルバが味見をした時は、思わず時が止まるほど辛かった。

 召天する。

 その一言に尽きるくらいには辛すぎて、美味しいとか以前に舌が痺れて味覚が死んだ。


 一瞬気絶しかけた時に見えた景色は綺麗な花が咲き乱れる幻想的な丘だった。

 前にロゼが見せてくれた幻影世界の中みたいな感じ。

 つまり、そのまま召されるかと思って、その直後に激しく咳き込み、なんとか息を吹き替えした。


 だからこの人の舌はどうなっているんだろう。

 まさかのあれか。

 味覚音痴か。舌バカか。

 だから愉しげな笑みすら浮かべて、なんなく赤い劇物を口に運んでいるのか。


 『からい』をものともしないロイディールの姿にアルバは戦慄した。


「これは……ふむ。さっぱりとした甘みがいいな」


 ロイディールは白杏子の寒天(あんにんどうふ)に突入した。そしてアルバは更なる寒気を感じた。


(そっちは……砂糖かなり入れたやつ……)


 それはもう手が震えるほどに。

 ロゼが砂糖をダバーッとボウルにぶっこんでいた。

 そして当然こちらの料理も味見をさせられたわけだが、おそらく本来の甘さの約三倍。

 胸やけするレベルの超糖分だった。


 ちなみにふつうに作ったやつはさっぱり甘酸っぱくて美味しかった。


 ロイディール専用に味変された激甘シロップ入り白杏子の寒天(あんにんどうふ)を前に、ロゼは得意げに語る。


「それはわたしの故郷の料理です。アンズの種から取れる白い実を使っているんですよ」


「ほう、通りではじめて見るわけだ」


 この国ではリンゴの次にアンズがよく採れる。

 干したり、ジャムにしたり、シロップ漬けにしたり。

 酒に浸けても美味しいからと国内外問わず高い人気を誇る。

 ロゼの故郷の森にも自生していて、昔からよく採って食べていたらしい。

 おいしい実の選び方をロイディール相手に懇切丁寧に説明していた。


 ロイディールは激甘デザートを食べ終えると、ほうとひと息をついて満足そうな顔で笑った。


「うまかった。まさに脳が痺れる刺激的な一品だった。竜帝国ハルーニアで食べた、竜辛らあめん十辛増しと、竜揚げトースト白蜜黒蜜はちみつがけに匹敵する料理と言えるだろう」


「…………」


 料理の感想以前に、味覚が死んでいる彼の舌と身体がアルバは心配になった。

 あと、後者の揚げトーストは、太りそうだなあと思った。


「そうだ。──クレイン」


 ロイディールの目配せで初老の補佐官がアルバに革袋を渡してきた。

 小さな巾着だ。

 受け取った時の重さから、その中身は硬貨なのだとわかる。


「よかったら、店の修繕費の足しにでもしてくれ。美味しい料理への礼だ」


 そう言ってロイディールは早々に席を立つと仕事へと戻った。

 彼の補佐官に促されて部屋の外に出る。

 その際、袋の中に入っていた紙を回収してからアルバは素知らぬ顔でロゼに革袋を渡した。


 中には金貨が五十枚くらい入っていた。

 案の定ロゼは飛び上がり、「こ、こここんなにたくさんいただいていいんですかね⁉」と肩を震わせていた。


 いいもなにも、くれたのだからいいのだろう。


 アルバとしてはどうせならポンと店が建つくらいの額をくれてもいいのにと思う。

 あのひと公爵だし、国から莫大な財を与えられているし、独り身だし。


 まあ、魔導品集めが趣味の人だからそっちでかかるんだろうが……と、アルバは手のひらの中で小さな文字を読んだ。


 そうして戻った厨房にて、ロゼは料理長からクビを宣告された。 


 なんでも、昼食のカルボナーラにタマゴが使われていなかった、と苦情が入ったらしい。

 いやいや細かいクレーマーだな。

 ふつうに食っててタマゴが入ってるかどうかなんて気づかねぇよ。

 どんだけ繊細な舌してんだよ。

 さっきの王佐様とはまるで逆だな。

 と、アルバが内心で毒つけば、相手はどこぞの貴族のバカ息子だというからこれには運が無かった。


 権力万歳。

 得てして人は権力には逆らえないのである。世知辛い世の中なのである。

 あれはそういうカルボナーラなのに……と落ち込むロゼの肩をアルバはそっと叩いた。



 ◇ ◇ ◇



 室内は、血の匂いに満ちていた。


 暑さを伴う夜気のせいで額に張り付いた前髪を、アルバは鬱陶しげに手で払って、生き残りがいないか酒場の中を確認する。


 昼間、ロイディールから受け取った紙にはこうあった。


 ──モグラを捕まえろ


 当然、畑を荒らすモグラのことではない。

 闇に潜む間者のことだ。


 今年の初夏に王都の噴水広場で反乱分子による暴動が起きかけた。

 第四王子が未然に防ぎはしたものの、その残党はいまだこの都の影に根をはっている。

 その排除と根絶に、アルバも加われという指令だった。


「ひっ……」


「ああ、あんたも運がねぇな。おっさん」


 仲間の死体の下に隠れていたらしい。

 命乞いをする残党に向かって電撃を放てば、この場にそぐわない軽い調子の声がかかった。


「そっちは終わった~?」


 残党どもが根城にしていた酒場。

 その外から黒いフードを被った女が顔を出した。


 エレノア(ロビン)だ。


 好戦的な瞳とフードの奥に覗ける森の色をした長い髪。

 一本の、太い三つ編みに結い上げた髪の先には本来ならば小さな鈴がついているのだが、いまはフードに隠れて見えない。

 それでも、彼女が歩くたびにシャリンシャリンと音が鳴って、それでは隠密の意味がないのではアルバは思う。


 血で染まったナイフを投げ捨て、ロビンはにやりと笑った。


「さすがは『夜の蝶』ね。手際がよろしいこと」


「……チッ、聞いてたのかよ、その話」


 昼間にロゼと交わしたやり取りだ。

 食事を持って出て行ったフリをして、まさか立ち聞きしていたとは腹が立つ。


 アルバが睨みつけると、ロビンはからかうように頬をつついてきた。


「なぁ~にが、フィーティアの給金は安いから、よ? ユーハルド支部の副神殿長様ならさぞかしもらってるでしょうに」


「指やめろ。──それから言うほどもらってねぇよ。だいたいフィーティアは大陸の調停機関だぜ? 慈善事業を生業とする場所が儲かってるわけねぇだろ」


「そうかしら? 魔石の占有権を持っているくらいだし、お金には困ってなさそうじゃない?」


「そうでもねぇよ」


 死体を一瞥して、アルバは扉に向かって歩いた。


「異郷返りの保護にはそれなりの金がいる。衣食住の提供に、中には……売られた子供を買い戻すことだってあるだろ」


「あなたのようにね」


 ロビンは欠伸まじりについてくると、外で待機していた仲間たちにあれこれ指示を飛ばし始めた。


「…………」


 昔、家族を殺された。

 すべては自分をさらうため。

 両親と使用人たちの命を奪い、屋敷を燃やし、賊はさらったアルバを裏へと流した。


 異郷返りと呼ばれる魔力を持つ人間はとても高く売れる。


 アルバが売られた先は、子供を専門に扱う人身売買の仲介人だった。

 数人の子供たちと檻に入れられ、アルバは劣悪な環境の中で絶望の一週間を過ごした。


 常に仲介人から聞かされるのは光のない未来。


 買い手のほとんどは、有能な駒を欲して躾のしやすい子供を買っていく。

 けれど、異郷返りのたぐいまれな美しい容貌だけを欲する変態もいる。


 そういう奴に買われたやつの末路はとくに悲惨だ。


 アルバはなまじ容姿が良かっただけに仲介人からの期待は高く、さらわれて一週間が経ったころにはすでに闇市への出品が決まった。


 そこで、アルバは助けられた。

 国王直属の暗部部隊。

 彼らに救われ、彼女はふたたび光の世界に舞い戻ることができた。


 あの日のことは一生忘れない。


 檻の外から差し伸べられた手。

 曇天の切れ間から覗く、太陽のようなまぶしいおさの姿は、きっと死の淵にいても鮮明に覚えていることだろう──。


「──で? これでいいのか? 終わったなら、わたしはとっとと帰らせてもらうぜ」


「あら、まだダメよ。例の件、あなたからまだなにも聞いていないのだわ。どうなったかってうるさいのよアイツが」


「アイツ……って、ロイディール様か?」


「そう。国王陛下(われらがひかり)の代わりにいま指揮を取っているのはアイツでしょ? あたしとしてはあんな男と口なんて聞きたくはないのだけれど、一応(おさ)の代理だし? 報告しないといけないわけよ」


 ロビンは早く寄越せとばかりに手のひらを見せてきた。


 アルバの所属はフィーティアだ。

 だがそれはあくまで任務の一環であり、本来は王の影に属している。


 事件のあと、行き場の無かったアルバを彼らの長が迎えて入れてくれたことで、彼女はそこで生きていくすべを身につけた。

 フィーティアにいるのはその内情を探るため。

 だけど最近忙しすぎてそれどころじゃなかった。


 アルバはロビンの手から視線をそらし、腕を組んでそっぽを向いた。


「まだ出来てねぇよ。こっちもバタバタして忙しかったんでな」


「はぁ? 忙しかったって──ああ、もしかしてあの森族しんぞくの娘?」


 こくりと頷く。


「あいつの家が吹っ飛んじまったから、まあ……仕方がなく、な」


 友人が隣国ハルーニアの魔霧の森に住む森族なことはアルバも知っている。

 本人が隠しているようなのでなにも言わないが、情報なら回ってきている。


 アルバがそう言うとロビンはさして興味も無さそうについと空を見上げた。

 星を見ているのだろう。


「ふーん。……まあ、そのへんは好きにすればいいのだわ。別にあなたの私生活に興味はないし。けれどね。同じ仕事をする者として一応忠告しておくわ」


 ロビンはこきこきと肩を鳴らしてからアルバの顔を見る。


「あまり、あの娘に傾倒しないほうがのちの身のためね。アルバトロス?」


「……っ」


 アルバトロス。

 それは、組織内での彼女のコードネームだ。鳥に冠する名前らしい。

 だからアルバ。

 以前の名前はとうに捨てた。

 代わりに仲間が呼ぶその愛称を自分でも名乗っている。


 だからだろう。

 ふいにその名で呼ばれたことで急に咎められたような気分になって、アルバは不貞腐れた顔で言い返す。


「してねぇよ。だいたいあいつはべつに国に害をもたらすような魔導師じゃねぇだろ」


()()はね。未来なんてわからないのだわ。戦争が始まれば敵になることもあるのだし、そうしたら、あなたはお友達を殺す覚悟ができる?」


「…………そんなにまずいのか、上の国(イナキア)は」


「まあね。変なものを作っているようだし、そのへんはそっちのほうが詳しいんじゃない?」


「……あとで報告書を送る」


「よろしくね」


 ロビンはひらひらと手を降って酒場の中に戻る。そして振り返り、


「まあ、戦争云々は抜きにしても、アルバのこの仕事をあのが知った時、どんな反応をするのかしらね?」


 人の悪い笑みを浮かべて、そんな言葉を残していった。



 ◇ ◇ ◇



 エール大陸で最も古い国といえばこのユーハルドであり、同時に歴史のある王都の町並みは活きた文化遺産と言ってもいいだろう。


 その目抜き通りを歩きながら、すれ違う親子の楽しげな会話を耳にして、自然とアルバもくすりと笑う。


 自分もロゼの店に行ったらオムライスを頼んでみるか。

 いつもはグラタンしか注文しないけれど、さっきの親子がオムライスがおいしかったと話していたから今日はそれにしよう。


 いや、やっと店が修繕したのだから、その祝いも兼ねてたくさん注文してもいいかもしれない。

 食いきれなかったら神殿のチビたちに持って帰ればいいか。


 思わず駆け出す足に、ふいにアルバはこの前言われた言葉を思い出した。


『アルバのこの仕事を彼女が知ったとき、どんな反応をするのかしらね?』


 どんな反応もない。

 どうせいつものように驚くだけできっと彼女はなにも変わらない。

 そう思うのに、そのひとことが頭から離れてくれなかった。


 アルバは手のひらを見る。

 どす黒い赤い色は消えた。

 鉄を帯びた臭気もしない。


 ノルあたりはかすかに残る血の香りに気づくかもしれないが、まあアイツも大概間抜けだから問題ないだろう。

 ロゼも心配ない。けれど──


「あー、やめだやめだ。考えても意味ねぇだろ」


 彼女に怖がられたらどうしようだなんて、こんなのは自分らしくない考えだ。


 アルバは顔の前で手を振ってから、店の扉に右手を乗せる。

 開ければ、すぐに中からいつもの明るい声が迎えてくれた。


「あ、アルバさ……じゃなかったアルバちゃんいらっしゃい~」


「おう、また来たんか、お前もヒマだな」


「テメェだけには言われたくねぇよ」


「ご注文は何にしますか?」


「オムライス……と五層のグラタンと、季節のサンドは二十人前持ち帰りで」


「今日は頼むなぁ、給料でも入ったか? あと、大量注文は店の迷惑になるから前日までに注文しとこうな?」


「別にいいだろ、客なんかいねぇんだし」


「ひどい! ……うん、でもそうだな。今日もヒマでした。リニューアルオープンしたかばかりなのに……」


「なんか悪かった……」


「なっ、なんでそこでふたりして落ち込むんですか⁉」


 綺麗になった店内で、さっそくロゼが料理に取りかかる。

 すぐに美味しい香りが立ち込めて、オムライスを持って彼女は戻ってきた。


「女神のオムライス、入りました!」


 目の前に皿が置かれる。

 トマトソース(ケチャップ)でへたくそな絵がかいてあった。


「じゃじゃんっ、アルバさんの似顔絵をかいてみました~」


「…………」


「いや、ロゼ……、これはちょっとへたくそすぎんだろ。アルバが引いてんぞ」


「ええ? そうですか? 大丈夫ですよ。こういうのは真心がこもっていればいいんです。だいたいノルさんこそ、絵へたじゃないですか」


「だってウサギだもん」


「じゃあ、わたしの天才的な絵に口出ししないでください」


「天才的に終わっている絵だと評しておこう」


「あ! ノルさんひどーいっ!」


 店内に響く騒がしい声と、彼女が作ったおいしい料理。

 いつもの光景だ。


(──そうだよ)


 ずいぶん前に決めていたことじゃないか。

 たとえこの手が赤く染まっていても、最後には闇の中で野垂れ死んだとしても。

 あのとき自分を救ってくれたあの手に報いるため。

 長のため。

 仲間のため。

 そして、大好きなこの国で、大切な人たちが心穏やかに過ごせるように、そのためにわたしはいる。


 アルバはロゼの作ったオムライスを口にして、フッと笑った。


「お味はどうですか、アルバちゃん」


「ああ、今日もうまいよ、ロゼ」


 この日常を守るため。

 かりそめの平穏と、友人の綺麗な幻想ゆめを壊さないためにも。


 今日もアルバはふたりの前ではなにも知らない女神で居続ける。

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ゼノの追想譚
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