番外編1 冷製カルボナーラ・後半
「城の厨房で働いてみないかい?」
料理工房バーン事件。
もとい、麦刈祭から戻ってきた日に天空からご降臨遊ばされた白い奴ことジー様をロゼが店ごと爆破した。
その結果、店は大壊。
住む家も働く場所も一度に失ったロゼはフィーティア神殿に身を寄せながら町の依頼をこなしていくことになる。
宿を提供してくれたアルバさんにはほんと感謝が尽きない。
そんなある日のこと。
なにかといつもロゼのことを気にかけてくれる眼鏡の兄ちゃんがさっきの台詞を言ってきた。
「お城の厨房ですか?」
「うん、そう。僕の知りあいが厨房で働いてくれる人を探していてね。ほら、いま夏休みの時期だろ? 城でも帰省する人が多くて人手が足りないんだ。今月限定の仕事にはなるけれど、どうかな?」
「夏休みだろ? って言われても、こっちはそんなお城の事情なんざ知らねぇんだけど。そうなのか?」
ロゼと一緒に子供たちと遊んでいたアルバが呆れた目で返す。
フィーティア神殿内にある中庭。狭いが、追いかけっこが出来る程度の広さはある。
四方を建物に囲まれた中庭早くでは、ただいまかくれんぼの真っ最中である。
「麦狩祭があるからね。それに合わせて休暇申請が多いんだよ。よかったらアルバさんも侍女の仕事、やるかい?」
「遠慮しとくわ」
話は終わりとばかりにアルバはかくれんぼに戻った。
チビッ子どもが隠れている場所を的確に言い当てている。見事なものだ。
「わたしはその話、ぜひ受けたいです! お願いしてもいいですか?」
ロゼが元気よく手を挙げる。
「もちろん。もともとロゼに持ってきた話だからね。じゃあ、あすからよろしくね。話は僕から通しておくから」
「ありがとうございます。ペリードさん」
◇ ◇ ◇
で、翌日指定された場所に向かうと圧巻。
巨大な城がそびえたつ門の前にやってきたオレたちは揃いもそろって口を開けて呆けていた。
「なに立ち止まってんだ? とっとと入んぞ」
アルバが欠伸を噛み締めて先を行く。
なんたっていまの時刻は朝の五時。
まだまだ寝床に潜っていたい時間だ。
「おまえは何できたんだよ? 行かねぇってきのう行ってたくせに」
「んー、まあ気が向いたから来た」
「適当だな、おい」
そこからは早かった。
すでに朝の準備を始めていた厨房は、バタバタとしていて説明もそこそこに野菜の皮剥きをやらされた。
その際、支給されたメイド服にロゼたちは袖を通したわけなんだが、うん、まあなんだ……。
メイド服っていいよな。
しかもクラシカルタイプ。
最近じゃあスカート丈の短いものや、やたらと肌を露出した布面積の少ないデザインなんかも流行っているそうだが、オレは断然正統派。
なぜなら夏でもロングスカートに長袖という重装備の下にはどんな夢が詰まっているのやら、と考え時にワクワクするだろ? …… しないか。
ともかくだ。
ロゼたちが着ているのはそんな王道メイド服。
青いワンピースの上に白のエプロンドレスをまとい、頭にはヒラヒラとしたヘッドドレスを着用。
胸元の細いリボンは階級別で色が分かれているらしく、ロゼたちは臙脂のリボンだった。
──尊い。いいね。グッとくる!
などと、月並みな感想を並べ立ててみたが、さしものクールでハードボイルドなオレですら、ふたりのメイド服には萌え燃えた。
オムライスにトマトソースで『ノルきゅんあいしてる♡』とか書いてほしい。
「ノルさん、厨房には動物はダメだと言われたので、しばらくのあいだお散歩してきてください」
まじまじとふたりのメイドさん姿を観察していたオレは厨房からつまみ出された。
◆ ◆ ◆
──と、いうわけである。回想終了。
オレがふんふんとひとり頷いていると、さっきの少女が戻ってきた。
「あ、あの……」
「?」
なにやら手をもじもじさせて、口をもごもごさせている。
言いたいことがあるならハッキリ言いたまえ、キミィ!
──とか、もしオレが意地悪な性格なら言ってるぞ?
海より広い心を持つナイスガイ(死語)なオレは少女が頑張って話を切り出すまで言葉を待ってあげた。
「星霊様……ですか?」
少女がじっと見つめてくる。
好奇心旺盛。
爛々とした瞳を向けて、オレの答えを聞くべく居ずまい正して待機している。
これにはオレも驚いた。
まず星霊、という単語を知っていること。
それから一発でこちらの正体を見抜いた少女の洞察力。
そして、彼女の柔らかそうな頬にクリームがついていることだ。
いや、なんでクリーム?
お菓子でも食べてたのかな?
「ケーキでも食ってたん?」
思わず聞いたね。
そしたら少女はこくりと頷いた。
食べたんだ。
「昼食が、また届かないというのでチーズケーキを少々……」
もじもじと恥ずかしそうに少女は言った。
食事前にチーズケーキはベビーだろ。腹一杯で昼飯どころじゃ無くなるぞ。
「よくわかったな、嬢ちゃん。オレは土の星霊だ。こんなことも出来るぞ」
前足でタンッと地面を叩くと等身大のオレ人形を作ってみせた。
少女は可愛い…と呟いてふにゃりと笑った。やべぇ超癒される笑顔。
「あの……星霊様。よろしかったらお昼をご一緒しませんか? 今エリィがお城の厨房に取りに行ってくれていまして」
「あのメイドさんが? つかここ、お城じゃねーの?」
「いえ、なんと申しますか……ここは本城とは別の離城。花の離宮と呼ばれています」
「花……。ほーん、それでこんなたくさん花が咲いているんか」
薔薇こそ咲いていないが、この薔薇園らしき場所には夏の花も見える。
そこかしこに咲く太陽花や、名前はわからないが色彩豊かな草花はオレから見てもよく手入れされていた。
さきほど薔薇の剪定をしていたことから少女がここを管理しているのかもしれない。
「星霊様はどこからいらしたんですか?」
「んー? 東のほうの森? いまは王都に住んでるけどな」
「東……というと、ベルルーク領の緑の森ですか?」
「森はぜんぶ緑だよ?」
なに言ってんのかなこの子? と思ったら本当にそういう名前の森があるらしい。
多分オレが住んでた森よりもっと東だ。
オレの故郷はこんな場所だったぜ、と簡単に話してやれば少女は目を輝かせてオレの話を聞いてくれた。
「いいな。わたしも外に出てみたいな……」
「出たことないのか? ……まあ、お姫様だもんな。だがあんまり歩かない生活していると将来病気になるぞ? 生活習慣病とか怖いんだからな」
「?」
おっと、つい説教臭くなってしまった。お姫様がポカンとしている。
しかしその顔はどこか赤らめていて、ほんのわすがに頬が上気している。
……え? もしかしてオレのこと好きになった?
うそうそ冗談です。
もふっと少女の額に前足をつければ、その顔はひどく熱かった。
「夏風邪か? 熱あんぞ、嬢ちゃん」
「……っ、いつもの、ことですから……」
「いつも? もしかして身体が弱いんか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……少し」
……?
お姫様は歯切れが悪そうに答えると額をさっと前髪で隠した。
「ふぅむ」
これは単なる想像だが、おそらく病弱なお姫様は城の外には出られず、こうして毎日庭園の片隅でひとり淋しく過ごしているんだろう。
カゴの鳥。
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
だからだろう。
オレは少しばかり彼女の境遇に同情して、もう少しだけそばにいてやることにした。
「今日の昼飯なに?」
「カルボナーラだと聞いています」
「このクソ暑いのにこってり系行く?」
そこは酸味の効いたトマト系だろうて。
つーか、お姫様熱ありますけど、そこんところお城の人たちは無視ですかい。
「んーじゃあ、ま、ご馳走になるかな。オレはノル。嬢ちゃん、名前は?」
「リフィリア。リフィリア・フィロウ・ユーハルドです。よろしくお願いします。ノーくん」
少女はオレを抱えて歩き出した。
すごいな。
二文字を略してきたよ、このお姫様。
◇ ◇ ◇
花の離宮とやらにつくと、たいそう不機嫌な様子でメイドさんがオレを見てきた。
「姫様……そのウサギ、連れてこられたんですか? ライアス様に怒られますよ」
ライアス様って?
誰だソイツと思えばお姫様の兄貴らしい。
少女はオレを床に降ろしてその慎ましやかな胸を張った。
「ライ兄様はグラン侯爵のところにお出かけしているもの。つまり、この離宮でわたしを叱れる人はいません!」
「はあ……またそんなワガママを。それから食事の前にケーキをお召し上がりなってはいけませんとあれほど……」
メイドさんが疲れた顔でちらりと机の上を見る。
大きなホールケーキがどてん。
お姫様の顔の五倍はありそうなチーズケーキ(しかもレア)が半分ほど消費されて鎮座している。
え? まさかあれひとりで食べたん? 熱があんのに?
少女の細い腰を見る。
どこに入れたのあれ状態だ。メイドさんがぼそっとつぶやく。
「……太りますよ」
「!」
ぴくりと反応する肩。そこにさらなる猛追が襲う。
「もしも、太った姫様を見たら、あの補佐官はなんて言うのかしら」
ぴぴくんっ!
「……いえ、それ以前にそんなだからゼノ様に相手にされないんですよ。もっと姫君らしい食の細さを身に付けては?」
「よ、余計なお世話だよっ、もう~~!」
堪えきれずにお姫様が叫んだ。
目端に涙を溜めてうわーんって感じに。
ぽかぽかとメイドさんの肩を叩くお姫様の反応はたいへん可愛らしい。
そのゼノ様とやらは誰だか知らないが、大丈夫だ、リーア。
栄養はたくさん取るべし。
なんたってキミは成長期だ。もうロゼは手遅れだが(年齢的に)、キミはまだまだ成長する。
どことは言わんが大きくなるさ。
オレは上にそびえる大きな山とやや控えめなお山(それでも同年代よりは大きい)を見て思った。
ちなみに『リーア』とは彼女の愛称だ。
みんなそう呼ぶからノーくんも、と言われた。
なんで『リフィリア』なのに『リーア』なん? その略しかたおかしくね?
とは思うが、まあ本人がそう呼んでほしいようだから、遠慮なく愛称呼びさせてもらうことにしよう。
リーアが椅子に腰かけるとメイドのエリィさんが彼女の前に皿を置いた。
「ほう、冷製カルボナーラか」
オレが机の上にぴょんと飛び乗るとエリィさんが怪訝な顔をした。
「中年男の声が聞こえたのだわ」
「あ、ノーくんは土の星霊様なんだって。ね?」
「おうよ! 大星霊ノル! よろしくな、メイドのエリィさん」
「そうですか。では、粉チーズはこちらに置かせていただきますね。お好きなだけおかけください」
「スルー!? スルーしたけど、このメイドさん」
「エリィは物怖じしない性格なので……」
リーアがフォークを手に取ると、エリィさんは壁際に移動した。
冷製カルボナーラを食べている。立ち食いで。自由なメイドさんだな、おい。
「ノーくんはチーズは食べられますか?」
リーアがオレの小皿にカルボナーラを取り分けてくれる。
さきほどの質問に「おう、大好きだぜ!」と返したら粉チーズを山盛りにかけられた。
下のパスタが見えないんですけど。
「いただきます」
くるくるとパスタをフォークで巻いて小さな口に入れるリーア。
洗練された所作はさすがはお姫様だな。
すぐにふにゃりとした笑顔に変わって幸せそうに咀嚼する。
美味しそうに食べる子って見てるこっちまでなんか笑顔になるよな。
「オレも食うか」
もはや粉チーズしか見えないけど、オレは鼻をチーズに潜りこませてパスタをすすった。
「──うまっ!!!」
まず感じたのはクリーミーな生クリームの味。
たしかカルボナーラには牛乳とタマゴが使われていた気がするが、これは生クリーム主体で作られているらしい。
乾麺と、スライスされたタマネギやらベーコン。
そこに生クリームと黒胡椒を加えたものだった。
こってりなのにさっぱり。
その不思議な味わいにオレは一心不乱にパスタをすすった。
うまい。
そうしてついぞ皿は空になった。
「なあ、お代わり──」
見上げると、リーアはすでに食後のデザートに突入していた。
さっき彼女が言っていたチーズケーキだ。
青紫のベリーが載っていてうまそうだが、それを小さなお口でぱくぱくいっている。
半ホールをひとりでだ。
「あ、デザートも食べますか?」
「う、うん……もらう」
この細い身体のどこにこれだけの量が入るのだろうか。
食欲旺盛な女の子は可愛いが、そのへんほんとに不思議だ。
◇ ◇ ◇
「いたいた、ノルさーん! 帰りますよ」
城に戻ると普段着に着替えたロゼとアルバが待っていた。
すでに空は夕暮れで、からりとした涼しい風がオレのひげを優しく揺らす。
あんなに恨めしかった太陽も、今は山かげに隠れて緋色の光が地上を覆う。
それはまるで、この国ができた当初に国を治めていた緋竜王のような輝きだなと、柄にもなくオレはセンチな気分になった。
「フッ……たそがれるノルさんもかっこいいぜ……」
「夏の暑さにでもやられたか?」
ひどい!
「んで? どうだったよ? メイドさんの仕事は続けられそうか?」
「それが今日でクビになっちゃいました」
「なんで!?」
なにやらかしたんだ、コイツは。
えへへとはにかむロゼにオレがアルバへ視線を向けると、彼女は頭を抱えてため息を吐いた。
「ロゼが作ったカルボナーラ。タマゴ入れるの忘れたらしくてさ。タマゴ好きの貴族の子息からお叱りを食らったんだよ。それで今日限りで終いになった」
「ああ、あれか。ソース黄色くねぇなーと思ったらタマゴ無しだったのね。だがさっぱりしてうまかったぞ。あれはあれでアリだと思うね。あとロゼッタからロゼ呼びになったん? おめでとう」
「うるせぇよ」
「ふたりとも違いますようっ! タマゴを入れ忘れたんじゃなくて、あれはああいうカルボナーラなんです。でも、ビスなんとかっていう方から苦情が入って……」
「ビスホープ侯爵のところのバカ息子だろ? あんなんでも一応長男なんだからなぁ……。ま、相手が悪かったよ」
肩を竦めると、アルバはくるりと踵を返して背中を向けた。
「まあ、なんだ……。仕事なら、あたしがいいとこ斡旋してやるからそんなに心配すんなよ」
さっさと帰んぞ、と後ろ手をふってアルバは歩き出した。
ロゼが歓喜に震えている。
まるで女神様でも見ているようだ。
だからオレもそれに合わせて、
「「アルバ様!」」
ちょっと悪ふざけのノリでアルバの背中に抱きついた。
そしてオレだけ殴られた。
なんでだよ!
つづく!