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ページ1 森のオムライス(後半)

「さーて、どっから探すかね」


 ノルはぴょんぴょんと走りながら、あたりに首をめぐらせる。

 噴水広場まで戻ってきたはいいが、どうやって母親を探そうか。

 ノルは道行く人々の顔を見上げて唸った。


(正直、どいつも同じにみえる……)


 人間の顔なんてどれも同じだ。

 多少の美醜はあれど、ノルから見れば大差ない。

 ひとまず母親と言うからには女だろう。

 なら、あの子供に似た容姿の女を探せばいいか。

 ノルはひとりひとりの足元に近づいて、しげしげと彼らの顔を観察した。


(……駄目だ、わからん)


 そもそも子供の顔を忘れた。金髪だったか、茶髪だったか……。

 さすがに首を上げ続けるのも疲れたので、ノルは噴水のへりに飛び乗った。

 ひんやりとした石の感触が腹に伝わってきて、ぶるりと身体を震わせる。


(うう……さぶっ!)


 もう春だというのに、まだ肌寒い。

 天気も曇り空。まもなく雨が降ってきそうだ。

 早く見つけて、さっさと戻りたい。

 ノルが立ち上がると、つるんと嫌な感触が足に走った。


「おわっ⁉」


 どぼんっ。


(しまっ──)


 うっかり水の中に落ちてしまった!

 ノルは必死に短い手足を動かすが、身体が重くてうまく岸にあがれない。

 ふわもこボディがここにきて仇となった。


 まずいっ、このままだと溺れ死ぬ……!


 そう思って死を覚悟した直後に、身体がふわりと浮いた。


(な、なんだなんだ?)


 ひとまず助かった。

 息も絶え絶えにノルが顔をあげると、銀髪の少女が目の前にいた。

 可愛らしい犬耳フードを被った十歳前後の子供だ。無言でノルを見つめている。


「えっと……助かったぜ! ありがとな、嬢ちゃん!」


 穴が開くような視線に耐えかね、礼を述べると、子供はこくんと頷き、ノルの身体を白いタオルで拭いてくれた。

 わしわしと雑な拭き方だった。


「あ、うさぎさんだー」


 銀髪少女の子分だろうか? わらわらと幼児たちが集まってきた。

 どの子も珍しい髪の色をしている。

 ノルのまわりが一気に華やいだ。


「ちょ、あの、痛い。痛いから!」


 子供たちの手が伸びてきて、モフモフされてしまう。


「ま、待て! もふるなら、もっと優しくしてくれ────!」


 ノルの悲鳴が噴水広場に木霊した。


 ◇ ◇ ◇


「困りましたね。どうしましょうか……」


 ノルが子供たちにモフモフされている頃。ロゼは冷蔵魔動機れいぞうこを開けて悩んでいた。

 ここに店を構えてから、あれよこれよと開店準備に追われていた。

 あまりの忙しさにずっと外食だった。

 だから食材がない。


(うーん……)


 ちらりとホールをみると、困った顔でテーブルに腰かける男の子がいる。

 そわそわと落ちつかないのか、さきほどから出してあげた水をガブ飲みしている。

 早くなにか作ってあげないと、彼のお腹は水でいっぱいになってしまうだろう。

 そう、彼女のいう『飛びきり元気になる魔法』とは、おいしい料理を男の子に振る舞うことだった。


「とりあえず、玉ねぎと玉子と……」


 ロゼは調理台を眺めた。

 さきほど買った玉子が十個と玉ねぎ数個。

 それときのう購入した、薄紅色が美しい生肉。

 肉屋の店主が目の前で首をはねてくれた鶏肉だが、あれは心的外傷トラウマ級の惨劇だった。


「ここはやはり親子丼。……いえ、開店早々そんな地味な料理を提供したら、師匠シショーに『最初の掴みが肝心だ』と怒られてしまう……」


 新店舗の印象クチコミは大切だ。

 あそこの料理店はえない料理を提供するなどと広められては客足が遠退く。

 なにか見た目にインパクトのあるものをと思って、ロゼは棚のすみに赤い液体が入った瓶をみつける。

 トマトソースだ。


「───うん、決まりですね!」


 ロゼはさっそく料理にとりかかる。

 とんとんと包丁を動かし、玉ねぎをみじん切り。鶏肉をひとくちサイズに切り分けたら、フライパンに油を引いて、中火で炒める。炊いたライスを投下して、次は味付けを。


「トマトは多めですとも」


 塩、コショウ、それからトマトソースをたっぷりと絡ませたら軽く炒めて器に盛り、次は玉子の固さをどうするか。


「固めと柔らかめ……」


 男の子を見る。

 うん、あれは柔らかめが好きそうな顔だ。

 直感的(外れることも多い)に判断して、フライパンにバターをひとかけ溶かす。


 ふつふつと泡が立ってきたら、一気に玉子を流しこんで手早く半熟のオムレツを作り、盛りつけた赤いライス(チキンライス)の上に乗せる。


「あとはこちらで──」


 包丁を片手に、すっとオムレツを真ん中に切れ目を入れると、左右にぺろんと玉子がめくれて、とろとろの中身がこぼれ出る。

 最後に小さくちぎったパセリを添えて、


「完成です!」


 さっそく男の子に持っていく。目をきらきらさせてオムライスに釘づけだ。

 男の子がスプーンを玉子に沈ませ、ひとくち大に切りとると、口を大きく開けて頬張った。


「ど、どうでしょうか? おいしいですか? リックくん」


 ──どうかおいしいと言ってくれますように!


 そんな祈りをこめて男の子に訊ねてみると、弾けるような笑顔が返ってきた。


「うん! すごくおいしいよ、お姉ちゃん」


 良かった……。

 心の中でほっと息をつき、ロゼは余裕のあるお姉さんとして振る舞った。


「それは良かったです。おかわりもあるので遠慮せずにジャンジャンどうぞ!」


「やったー!」


 もぐもぐと嬉しそうに食べ進めるリックをみて、ロゼは『そういえば』と思い出す。


 自分が初めて王都に来た時もそうだった。


 珍しい異国の景色に気を取られて師匠とはぐれてしまい、迷子になって入ったのが小さな料理店だった。

 お金は持っていなかった。

 けれど、店内から漂うおいしい匂いに惹かれて、つい扉を開けてしまったのだ。

 玄関先で立ち往生しているロゼに、店の奥から出てきた店主がまかないで良ければと出してくれたのが、この料理だった。


 おいしかった。 


 口の中でとろけるオムレツと、甘酸っぱい赤いライス。

 あとで知った、オムライスという名の料理。

 懐かしい記憶を思い出し、ロゼが口元を緩ませていると、ちょうどそこにノルが帰ってきたようだ。

 カランカランと玄関のベルが鳴り響く。


「あ、ノルさん、お帰りなさい。どうしたんですか? その格好」


「おう、た、ただいま……」


 ボロ雑巾のような姿だ。

 よたよたしながらノルがこちらに歩いてくる。


「聞いてくれよ、母親探してたら噴水に落ちてさー」


「それは大変でしたね。それでお母さんは?」


「おまえ、ヒトの話聞く気ないだろ」


 ロゼがノルを急かすと勢いよく店の扉が開いた。


「リック!」


「お母さん!」


 ひしと抱きしめあう親子。

 感動の再開だ。


「お姉ちゃん、うさぎさん、ありがとう!」


「いえいえ、今度からはお母さんとはぐれちゃダメですよ? あとオムライス美味しかったってお友達に広めてくださいね」


「…………」


 ノルは無言でロゼを見上げた。

 彼女はこうみえて意外とちゃっかりしているのだ。

 母親に連れられて男の子をふたりは見送った。

 満腹になった男の子は母親と会えたこともあり、笑顔いっぱいで帰っていった。


 ◇ ◇ ◇


「──なぁ、ロゼ。お前なんで店なんか開いたんだ?」


 親子が帰ってすぐ、夕飯のオムライスを作るロゼの傍らで、ノルは彼女手製の料理日記を眺めていた。


「それはですねー、──内緒です!」


「内緒かよ」


 ぽんっと、オムレツがフライパンの上でひっくり返った。

 見事なものだ。

 ロゼが得意気に胸をそらして話す。


「ふふふ、魅力のある女性には秘密の百や千個はあるもの、ですよ。ノルさん」


「いいから。そういうのいいから早く言え。あと、そんなにあったらただのめんどくさい女だから」


「むぅ……じゃあ、いろんな料理と出会うため、でしょうか?」


「じゃあってなんだよ、じゃあって……。つーか、出会うも何もお前は料理を提供する側だろうが」


「まあ、そうなんですが」


 ノルが前足を向けてぴしりと指摘すると、ちょうどライスの上に乗せたオムレツを切るところらしい。

 包丁をスッと入れて、ぺろり。とろとろの半熟玉子がこぼれて、森のオムライスの完成だ。

 ロゼが二枚の皿を持ってホールに移動する。


「その本を少しめくってみてください」


「おう」


 ノルも机の上の移動して本を開いた。

 ぺらぺらとめくること数十ページ。

 途中で白紙に変わった。それ以上は何も書かれていない。

 オムライスのページを開いてノルは首をかしげた。


「なんで途中から白紙?」


「実はそこに書いてある料理以外は食べたことが無くて」


 …………え?


「嘘だろ? だってお前これ、数十品しか載って無いけど?」


 しかも、半分くらいは飲み物だし。


「そうですよ。ずっと大陸湖たいりくこの森で暮らしていたので、外に出たのもこれで三度目ですし」


「ああそっか。お前、ド田舎の出身だっけ」


「……む、ド田舎とは失敬な」


「事実だろ?」


「まあ……」


 しぶしぶ顔のロゼを視界に入れてノルは思い出す。


 彼女は『森族しんぞく』と呼ばれる森の民らしい。

 長い命を持ち、人間とほとんど変わらぬ外見でありながら、その耳先はほんのわずかに尖っている。

 一説よると、ふるき神たちの成れの果て。あるいは森の精。あるいはその眷属。あるいは──


 本人たちですらその始まり(ルーツ)を忘れた、人に似た、人ではないヒトたち。


 彼らは表舞台に出ることを良しとせず、普段は幻霧まぎりに隠された深い森で暮らしているそうだ。

 それがこうして、はるばる遠い地までやって来たのは料理店を開くため。理由はいま彼女が言った通りだが──


「わたしの目標は、ここを誰もが知る料理屋さんにすることです」


 日記を持ち上げ、ロゼは言う。


「だから、色んな料理と出会ってこの本に記したいんです。そうすれば、こちらのページがすべて埋まる頃にはきっと、この国一番の人気を誇る有名店になっているはずです」


 希望と期待に満ちた顔。拳を握る彼女に、なかなか大それた夢を持つ子だなとノルは思う。しかし──


「だったら先に旅でもして、色んな町をまわって、いっぱい料理を集めてから店をひらいた方がいいんじゃねぇの?」


 そっちのほうが、効率いいし、楽しいし。なにより世界を回ったはくもつく。

 大陸中の料理を出す店。

 きっと国一番の人気店とやらにもなれるだろう。

 そう思って軽くたずねたつもりだったのだが、ロゼの表情がズンと暗くなった。


「旅はちょっと。それにここを出した時の借金もあるので……その、早く返さないと利子がですね……?」


「切実すぎる問題」


 旅から帰って数年後。場合によっては十年、数十年先の利子など考えたくもない。

 しょぼんと肩を落とすロゼを見て、ノルは首のうしろを掻いて話題を変えた。


「……まー、それじゃあ、さっさと有名になって借金返しちまうか。ノルさんも手伝うからよ。──ほれ、せっかくのオムライスが冷めちまう。早く食おうぜ?」


「あ! そうですね。上にかけるトマトソース、持ってきます」


「待った。俺、デミ希望~」


「当店のオムライスはトマトソース(ケチャップ)仕様です」


「そなの?」


 オムライスにかけるソースはデミ一択だろうとノルは思うが、まああれを用意するのは大変だ。

 たまには素朴な味も悪くない。

 厨房に入ったロゼを見送りノルはオムライス見つめた。

 てらりと輝く半熟玉子。

 店内の照明を浴びてよりいっそう色鮮やかだ。

 玉子の隙間からのぞく赤いライス。

 鶏肉がごろごろ入って粗く刻んだ玉ねぎが光沢を発している。

 鼻をひくひくさせれば、この酸味の強い香りはトマトだ。

 同時にバターの香る湯気が立ち込めて、ノルの腹が『きゅるる』と叫ぶ。


(うまそう……)


 じゅるり。

 前足でよだれを拭き取り、ノルは厨房へと視線を向ける。戸棚を漁るロゼ。

 トマトソースが見つからないのだろう。なにせ彼女の探すものはカウンターの上(すぐそこ)にある。

 ノルは大きく頷いた。


(──うむ。これは毒味である……!)


 大義名分。

 つまりは、ぱくりっ。

 ノルはオムライスをかじった。もぐもぐ。ごっくん。


(うっっまぁぁあああああああ!)


 慌てて、口を塞ぐ。

 うっかり叫んでしまったら、先に食べていることがロゼにバレてしまう。いや、どのみちバレるだろうが。

 ともかく、ノルは心の中で戦慄した。


 玉子がすごい。バターのコクにほどよい塩気。ちゅるんと飲める半熟食感!


(しかも、っっ)


 野生み溢れる濃厚玉子。

 オレンジ帯びた鮮やかな黄色だとは思っていたが、なるほど、味まで濃いとは頷ける。

 加えて、もうひとくち。

 甘酸っぱいライス。鶏肉。玉ねぎ。なによりニンジン。うまい。

 ノルが大好きなニンジンを噛みしめていると、ロゼが厨房から戻ってきた。


「あ! ノルさん、先にずるいです!」


「おう、なかなかうまいぞ」


 ノルが前足かたてを挙げて応じると、ぺちんと額を小突かれた。


「おしおきしますよ?」


「いま、されましたけど!?」


「トマトソース。すぐそこのテーブルにありました。ノルさん、知ってて黙っていましたね? もう一回、ぺちっとしますよ?」


 中指と親指をくっつけ、ぺんっと弾く仕草を見せるロゼ。ノルがつぶらな瞳(可愛いポーズ付き)で謝ると、彼女は呆れた顔で瓶の蓋を外した。

 その際、「中身はおじさんなのに……」と聞こえたが、きっと空耳だろう。


「ご褒美です」


「褒美?」


「リックくんの母親探し。一応頑張ってくれたみたいですから。なにかノルさんの好きな言葉を書いて差しあげます」


「一応は余計なんだが。そうだなぁ……」


 なにがいいですか? と付け足して、彼女がスプーンを片手にトマトソースの入った瓶をかかげる。

 ほんのわずかなあいだ逡巡してノルは口を開いた。


「ノルさん、大好き」


「却下です」


「ノルさん、すごくかっこいい」


「却下です」


「ノルさん、愛し──」


「真面目にお願いします」


 ぜんぶ即答だった。なんなら最後は言い終わらないうちに切られた。


「……じゃ、『お疲れさん』」


 ノルが言い直すとロゼはトマトソースをスプーンですくった。

 つらつらと黄色のキャンバスに赤い文字が書かれていく。

 大陸語だ。

 ノルも詳しくはないが、昔はいくつかあった言語がいまはひとつになったのだとか。

 下手くそな文字が完成し、労いの言葉を彼女が口にする。


「お疲れ様です、ノルさん。今日も一日頑張りましたね」


「おうよ。ロゼもお疲れさん」


 互いにこつんと木のコップを打ち鳴らす。


「ではでは」


 ロゼがスプーンを手に持ち、ノルがオムライスの前に陣取ったら、声を揃えて──


 ──いただきます!

次回『ホットジンジャー』

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ゼノの追想譚
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