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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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ページ10 季節野菜のサンドイッチ(前半)

本日は、ふたりの出会いのお話です。

 かつて、世界はひとつでした。

 色とりどりの花が咲き乱れ、散ることのない穏やかな楽園。

 そこには、三匹の竜たちがいました。

 ある時、竜たちは喧嘩をします。

 自分たちの中で誰がいちばん強いのかと。


 その喧嘩は次第に苛烈を極め、美しい空はかげり、大地は燃え、青き海は朱へと変わりました。

 これを嘆いた楽園の王は争いをとめ、彼らが二度と争うことのないよう世界を三つに分けました。


 以降、三つの世界が交わることはなく、再び大地に平和が訪れました。


 そして、楽園の王は失われた世界──異郷にて、今でも竜たちを見守っているのでした。




「──フィーティア神話序章、と」


 ロゼは本を閉じて立ち上がると、重い鞄を背負い直して出口へと向かった。


 ここは古い遺跡の中だ。かの妖精国に向かう途中で見つけた森の中の遺跡に彼女は潜った。

 おそらくスピルス文明時代のものだろう。煉瓦とも白泥セメントとも違う、不思議な素材で出来た建造物。

 一説には、古代人が住んでいた住居、あるいは何らかの施設だろうと言われているが、いまよりもかなり高度な文明だったとこは明白だ。


 初めはどきどきしながら慎重に足を運んだ。

 しかし、ほんの十分程度歩いて着いた先は行き止まり。壁が崩れていてそれより奧には進めなかった。

 心底がっかりしたロゼはいちど休憩してから外に出るかと手持ちの本を読んでいた。それがいましがたの話。

 ロゼは壁に手をわせ、小さく息をついた。


「はぁ……ひとまずここから出て、あの花畑でお昼を取りましょうか」


 遺跡に入る前、ポポット草(たんぽぽ)の群生地帯を見つけた。

 季節は春だが、まだまだ冷える時期でもあり、ロゼは厚手のローブを着こんでフードを被り、寒さをしのいでいた。


「………っ」


 地上に出るとまぶしい光が目をさした。ロゼは手でひさしを作って、指の隙間から太陽を仰いだ。


「……っと、ありました」


 すぐに黄色の目印を見つけた。近くには小さな川も流れている。

 あそこでいいだろう。

 ロゼは川のほとりに腰をおろした。


「水、水っと」


 木のコップを口半分だけ川にうずめてみると、澄んだ水が入りこんできた。

 それをしげしげと観察すること数秒。

 ロゼはぺろっと舐めてみた。


「うん。大丈夫そうですね。もうちょっと泥味かと思いましたが、なかなかのお味です」


 ごきゅごきゅっと一気に飲み干し口元をぬぐう。


「つぎは……」


 鞄に手を突っ込み、目当てのものを引っ張り出す。

 サンドイッチだ。

 ロゼは膝の上で小さな包みを広げた。丸パンを薄く切ってベーコンと野草を挟んだ素朴な一品。大きく口を開けてかぶりつく。


「……っ!」


 おいしい!

 小麦の甘みとベーコンの塩気が舌の上で混ざりあい、絶妙なうまさを奏でている。

 そして、なによりこのシャキシャキとした食感。

 ここに来る途中の道端みちばたで見つけた野草だ。


 春の初めに黄色の花をつける、コルザ草。


 確かサクラナ国ではナノハナと言ったか。

 初めはロゼもこれが食べられるものだとは知らなかった。

 だけど、前に師匠が教えてくれた。

 花を咲かせたものは苦みが強くなるけれど、つぼみのものを選べば美味しいよと。

 それを覚えていたロゼは、花開く前のナノハナをつんで、塩ゆでし、ベーコンと一緒にパンに挟んだのだ。


 確かに、実を言うとちょっと苦い。

 けれど、瑞々しい汁気が、日が経って固くなったパンに潤いを与えてくれる。

 軽く熱したチーズのソースをかけたこともあり、より一層、味に深みが出てうまい。

 夢中で口に詰めこみ、ロゼはぺろりと指を舐めて一息。

 空腹だったこともあり、次のサンドイッチに手を伸ばす。


(これは何個でも食べられますね……)


 思わず笑みがこぼれて、幸せ気分で昼を堪能していると、ふと、目のはしでなにかが動いた。


「?」


 そちらに顔を向けると、じっとこちらを見つめる小動物がいた。

 うさぎだ。

 もこもこの黒い毛をしたうさぎ。耳がくてんと垂れているようだが、はじめてみる。

 骨でも折れているのだろうか?


(いえいえ、まさか……)


 ロゼは首を曲げる。

 一般的に森のうさぎといえば、耳がぴんと立っているし、体毛も淡い茶色だ。

 長老様おじいさまの話によれば、雪深い土地にはまっしろなうさぎもいるそうだが黒い毛並みのやつは珍しい。

 しかもよく見ると、首元が白くて、まるでスカーフをつけているようだ。

 変わったうさぎだ。


「うーん、でもあんまり可愛くない子ですね……」


 なんだか大きいし、ふてぶてしいし。やはりうさぎは子うさぎサイズに限る。

 ロゼはうさぎから視線をそらした。そのときだった。


「んだと! こらぁ!」


「?」


 どこからか男の声がきこえた。ざらついた雑味を帯びた中年の声。

 ロゼはきょろきょろとあたりを見渡したが誰もいない。

 なんだ気のせいか。

 ロゼは残りのサンドイッチに手を伸ばした。


「わっ!」


 一瞬だった。サンドイッチを掴んだ瞬間。

 いきなりうさぎが跳んできて、手元のお昼をかっさらったあと、一目散に森の奥へと消えていった。


「…………」


 え? まじですか?

 ロゼはぽかーんと口をあけてうさぎが消えた先を見つめた。


「わたしのお昼ごはん……」


 数秒遅れてふつふつと怒りが沸いてくる。

 あのうさぎ! 捕らえてサンドイッチの具にしてくれる……!

 ロゼは急いで荷物を背負って走った。


 ◇ ◇ ◇


「ふぃー、ここまでくれば大丈夫だろ。しかしあのお嬢ちゃん、人のこと可愛くねーだとかいいやがってよー」


 うさぎ──ノルは大樹の根本に空いた穴をねぐらにしていた。

 少女から食べものを奪い、巣穴に戻ると彼はこてんと寝転がり、今日の昼食をかじった。

 なにかの草の塩ゆでと、薄切りした干し肉。

 それをパンとかいうやつで挟んだ食いものか。

 たまに来る人間たちも同じようなものを食べていた。

 味はまぁ、べつに悪くはない。しかし、


「おいおい、塩気つよすぎだろー。こんなん毎日食ってたら寿命縮まるぞ」


 右手で頭部をささえて横になるノル。文句を言いながら、はぐはぐと口を動かすその姿は控え目にいっても、おっさんだ。

 これでは少女に可愛くないと言われても仕方がない話である。


「さてと、なんか飲みたいな」


 外に出て、川の水でも飲むか。ノルが巣穴を出ると、そこには腕を組んだ少女が待ち構えていた。

 何だか不機嫌そうだ。

 ノルは「うお⁉」と驚き少女を見上げた。凍るような眼差しでノルを見下ろしている。


「塩気が強いですか、そうですか、こんにちは」


「お、おう、こんにちは」


「さきほどはよくもわたしのお昼を取りやがりましたね。返してください」


 少女がノルに手のひらを向ける。


「うぐ……悪いがそれはできない相談だ。なぜならさっき食っちまったからな!」


「では代わりにあなたを炙って食べてもよろしいでしょうか」


「あぶっ⁉ はっ⁉ よくねえよ! なにこの嬢ちゃん、こわ……」


 ノルは一歩足をうしろにさげた。すると反対に少女は一歩前に足を滑らせた。そのままずんずんずん。ノルは木の側面に追いやられた。


(ど、どうするよ!)


 目をつむって縮こまっていると、少女がしゃがむ気配がした。すぐに額にごつんと痛みが走る。


「いたぁ⁉」


 どうやら指の腹で小突かれたらしい。額を押さえて彼女をみれば、感情の見えない瞳でノルを見ている。


「──冗談です。わたしの育った故郷では、森に住む動物を狩ることは原則禁じられていましたから、あなたをどうこうしようとは思っていません」


 少女が立ち上がる。


「サンドイッチの件は水に流してさしあげます。ですが代わりにひとつだけ質問に答えてください」


「質問?」


「この森の出口はどこですか」


 出口? ノルはつぶらな目をぱちぱちとさせて彼女を見上げた。


「なんだ、嬢ちゃんもしかして迷ったんか?」


「ええ」


「そっか。そりゃあ大変だなー……って! おい、おかしいだろ!」


 ぴしりと前足を少女に向ける。


「?」


「いやいやいや! そこで首をかしげるなよ! 俺、俺っ! しゃべってんぞ!?」


「それがどうかしましたか?」


「ええ……うさぎが人の言葉しゃべったら驚くだろ普通……」


 なんでこの嬢ちゃん、平然としてんだよ。普通は驚くだろ。もしかしてあれか? クール路線なのか? いやでもクールというより愛想がない。淡々とした子だなぁ。

 ノルは少女の反応をみて何だかひとりだけ疲れた気がした。


「変なかたですね。人の言葉をしゃべる生き物でしたらたまに見かけますし、別に珍しくはないと思いますが」


「ええ? あ、そうなの?」


 自分が知らないだけで意外とふつうなのだろうか。少女が首肯する。


「ときどき森の中を歩いていると、『こっちにおいで』、『遊ぼうよ』と、植物が枝葉を伸ばしてきたり、馬の形をした何かが語りかけてくることがありますから」


「いや、それお化けの類いじゃね?」


 変なお嬢さんだ。ノルはそっと息を吐いた。


「いっとくけど、ノルさんはお化けなんかじゃないぜ? れっきとした星霊せいれいだ! 間違っても、そーいう怪しいもんじゃありません!」


「星霊……ですか」


「そうそー。精なるもの。不思議な生命体。森の神秘。まさに精霊(星霊)ってな!」


 その場でくるりと一回転ターンして少女に主張してみせる。しかし彼女の興味は惹けなかったようだ。


「なるほど、そうですか。それで出口は?」


「うおい! そこはつっこめよ! もっと根掘り葉掘り聞いてくれよ!」


「そう言われましても」


「嘘だろぉ⁉ まさかおまえさん、俺に興味がないっていうのか⁉」


「ええ、まったく」


「がーん……!」


 しくしくしく。ノルは耳を押さえて地面に伏せて泣いた。


「あの、はやく出口を教えてください」


 ぶれないお嬢さんだ。

 そんな淡々と言わなくても。ノルは林の隙間を前足で指した。


「あー、あっちあっち。西の方角にいけば、近くに人里があるからよ。こっから一時間くらいか? そんなもんでつくよ」


「ありがとうございました。それではさようなら」


「ちょいまち」


 ノルは少女を引き留めた。


「嬢ちゃん、このへんじゃ見ない格好だが……どこから来たんだ?」


「……大陸湖の近くです」


「大陸湖? あー、こっからまぁまぁ遠いところにある湖のことか」


 たしか名前の通り、大陸の中央にある湖のことだ。ノルがぼんやりと思い出していると、少女が頷いた。


「ええ、ひとつ山を越えた先ですね」


「ふーん。それで? そんな遠くからなん

でこの森に? ここに来るやつなんざ、近隣の住民か、たまにくる騎士っぽい格好したやつくらいだろうて」


「まぁ単純に。この先の国に向かうのに、ここをつっきるのがもっとも近道でしたので」


「近道って……。あぶねぇぞ? 若ぇ嬢ちゃんがひとりで森に入るなんて。変なやつに襲われたらどーするんだ?」


 最近は春だから頭があれなのも出てくるし。

 ノルは少女を心配したが彼女は平気らしく、すこし誇らしげに胸を張った。


「大丈夫です。こうみえてわたしは魔女ですから」


「魔女?」


「はい。わたしは氷の魔女のロゼッタ。火の魔法が得意なんです」


「氷なのに火なん?」


 問うと、スルーされた。


「そういうわけなので、わたしの心配は無用です。今度こそさようなら」


「まて!」


「なっ──!」


 くるりと背を向ける少女のローブをノルが強く引っ張ると、少女は前につんのめり、首だけかえりみて軽く睨んだ。


「なんですか?」


「いや……あー、あのさ! あんた魔法が使えるってことはけっこう強いのか?」


「とっても」


「自分でいうんだ……まぁいいや。それならさ、ちょいと力をかしてくれよ」


「貸す、とは?」


「実は最近この森には悪い魔物が出るんだよ。それを討伐してほしいんだ」


「魔物? それは魔獣のことでしょうか?」


「魔獣? なんだそれ」


「身体の一部に魔石が生えた獣……いえ、魔石を持たない個体もいるそうなので、『瘴気をまき散らす獣』と言えばいいでしょうか。特定の森の奧地に生息するもので、とても獰猛な存在です」


「ほーん?」


 聞いたことが無いから、この森にはいないのだろう。ノルが逡巡していると少女は冷たく腕を振り払った。


「魔獣退治でしたらフィーティアが専門にしています。そちらに討伐を頼んでください」


「ふぃーてぃあ?」


「……大陸の調停機関。魔獣退治に異郷返りの保護。そのほかいろいろ。それでは今度こそ、さようなら」


「なっ、だから待てってばー!」


 ノルが必死に少女にひっつく。腕を振っても振ってもローブから離れないノルを黙殺して、彼女は嫌悪をあらわにする。


「しつこいです」


「頼む! 助けてくれ!」


「嫌です。わたしは急ぎユーハルドに行かなければなりませんので」


「ユーハルド? ああ、妖精国とかいうところ? だったらそう遠くはないだろ? ここはうさぎを助けると思ってさぁ!」


「お断りです」


「頼むよぉー!」


「ちっ、このうさぎ。本当に燃やしてやりましょうか」


「怖っ! でも俺は引き下がらん!」


 そんな感じであーだこーだ。ローブをひっぱるノルを引き剥がそうと少女はノルの頭を手のひらで押す。

 しかしふとなにかに気づいたのか、少女はローブを脱いで地面に投げた。


「おわっ⁉」


 こてんとノルが尻餅をつく。


「さようなら。そちらのローブは餞別せんべつにさしあげます」


 つかつかと足を早める少女。そのうしろからノルが叫んだ。


「助けてくれたら! 何でもするから! お前の下僕げぼくにでもなってやるからぁ──!」


 少女がぴたり足をとめる。くるりと振り向き、疑心の目をノルに向けた。


「それは、本当ですか?」


 ノルは大きく頷き、彼女のそばに駆け寄った。

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