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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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ページ9 太陽のピザ(後半)

「で、結局パンじゃなくてピザなわけね……」


「まぁ、どちらも似たようなものですよ」


「全然違うと思うけど」


 ロゼが用意したのはフライパンだ。ピザならそれで焼けるからと、さきほどの女性から借りてきた。


「さて、では焼きましょうか」


 ロゼがの前に腰をおろす。さきほどノルが作ったレンガの炉だ。実は彼は手先が器用なので、ロゼの注文通りに作ってやった。いわゆる簡易式のものだ。

 ノルがレンガを組み立てている間にロゼはピザの生地を作り、具材を敷き詰め、フライパンに乗せ、ちょうどいまから焼くところだ。彼女がフライパンを炉に置いた。


「さて、少し火の加減を調整してあげて……」


 あらかじめノルが準備しておいた火種にロゼが手をかざすと、ボッと火勢が強まった。隣で見ていたノルは「おお」と感嘆の声をあげる。

 フライパンに蓋をして五分程度。

 芳醇な香りが漂ってきた。ロゼが蓋をあけるチーズがふつふつと泡立っていた。トマトの輪切りも、しなっとしている。火が通ったのだろう。

 ロゼはピザを注意深く観察すると、指先に小さな炎を灯した。


「ノルさん。見ていてくださいね。これで、こうして表面をあぶると……」


 ロゼがフライパンに指を向けると、たちまち生地の表面が膨れ上がる。

 見ていて面白い。すぐにほどよい焦げが焼きついて、香ばしい香りがノルの腹を直撃する。ぐぅっと響く腹をおさえてノルはナイフを手に取った。


「そろそろいいんじゃないか?」


「はい。これで完成です!」


 夏の太陽をたっぷり浴びた生トマトとチーズのピザ。

 ロゼが皿に盛り付け、ノルが切り分ける。さらにバジルのオリーブオイルをかけたら完成だ。ふたりで勢いよくかぶりつけば、びよーんとチーズが伸びた。


「ああ、幸せ……」


「だなぁー。やっぱピザは焼きたてに限るよなぁ」


「ですねー」


 もぐもぐとピザを口につめこみ、ノルは麦畑を眺めた。


「これで酒でもあればなぁ」


 麦とはいえばやはりあれだ。エール。目の前の麦は小麦だが、まぁ細かいことはさておき麦酒が飲みたい。

 そんな衝動に駈られていると、ロゼが机の上にグラスをスッと滑られた。


「どうぞノルさん」


「お、いいのか? 酒なんか飲んでも」


「もちろんです。今日いちにち頑張ってくれたご褒美です」


「じゃあ、いただこうかな」


 ノルは木のコップを受け取り一気に煽った。ゴッゴッゴッ……と喉を鳴らして、ああ、うまい……!

 胃に染み渡るこの感じ。きんきんに冷えたエールと熱々のピザを交互に食べ、目の前には笑顔でピザを頬張るロゼがいる。


(幸せだなぁ……)


 この際最早なにも言うまい。

 なぜこの炎天下に冷たい酒が出てくるのか、そもそもこの酒はいったいどこから……などという疑問は全部投げ捨て、ノルはピザに食らいついた。


「それにしても、さすがは腐っても料理屋さんをやってるだけあるよなぁ。こんな状況でピザが思いつくなんてさ。俺、ピザはじめて食ったけど、すげぇうまいよ」


「腐っても、とは失礼ですが……。でも意外ですね、ノルさんピザははじめてですか? さきほど焼きたてに限るとかなんとか言っていたような気がしますが……」


「それはノリだ、ノリ。パンしかり、ピザしかり、こういうのは焼きたてがうまいもんだろ?」


「まぁ、そうですね」


「んで、はじめてかっていうと、そりゃそうだ。俺、うさきだし。可愛いうさぎさんはピザなんて食わないからな」


「いまは可愛くありませんが……」


「そういうこと言わない。傷つくから」


 ロゼがくすりと笑う。彼女は酒が苦手なようでレモン水を飲んでいた。ピザにレモンをかけて食べてもうまいよなぁとノルがじっと見つめていると、ロゼがレモンの輪切りを取り出して渡してくれた。

 いや、それくれても。


「ロゼは? けっこうピザとか食ったことあるのか?」


「はい。何度か自分で作って食べましたよ」


「ほう」


「ただ、トマトのものははじめて食べたので、噂にはきいていましたが、こんなにも美味しいものとは正直驚きました」


 こくこくと頷くロゼにノルは首をかしげた。


「あん? ピザっていったら普通トマトだろ? それともあれか? チーズだけーのやつでも食ったのか?」


「まさか。キノコとか、木の実とか……ベーコンなどが乗ったものも食べたことがありますよ? ただ、森では新鮮なトマトが手に入らないので、時々いらっしゃる行商の方から乾燥したトマトを購入するんです。ですから、こうして生トマトを使ったピザというのは初めてですね」


「ほーん。トマトなんざ、そこかしこで見かけるがなぁ。つか、森でつくればいいんじゃね? 毎回、商人から買うとか面倒だろ」


「たしかに……。どうしてですかね? 育てるのが面倒だからでしょうか?」


「いや、俺に聞かれても」


 ロゼが言うのにはニンジンはあるらしい。元々森に自生している品種のものらしく、食べるととても甘いのだそうだ。

 ニンジンたっぷりのオレンジ色のピザ。とっても美味しそうだ。


「そういえば、ピザといえば」


「うん?」


「もとはイナキアの一部の地方で食べられていた庶民料理らしいのですが、それが広まり、人気になった料理だそうですよ」


「ほう、豆知識。ところで、そのイナキアってなに?」


「ユーハルドの北にある国です。商業国家イナキア。商いが盛んな国で、いろいろな食材が集まるため美食の宝庫とも言われています。食材自体はユーハルドのものが大陸一と呼ばれていますが、こと料理に関しては、こちらが田舎料理なら、あちらは洗練された都会料理といったところでしょうか」


「地味にひどい言い草……。でも、そう言うってことは、ロゼはあるのか、行ったこと。その……イナキアっつう国に」


「ないですよ。遠いですし」


「ないんかい! それでお前田舎だの都会だの言ってたの?」


 ひどくないか?


「そう言われましても、商人さんから聞いた話ですし……」


「そういうことね」


 ノルは納得した。


「しかし……独学にしちゃあ、ずいぶん本格的だが、どっかで習ったのか? これ」


 なん枚目かに突入したノルは、ピザをしげしげと観察する。本場の味こそ知らないが、パン屋に売っているパンとは明らかに違う。華やかで、洗練されていて、まさに都会料理という雰囲気だ。

 お洒落な見た目とは裏腹に、いでは十分。どんどん腹に溜まっていくが、それでもついつい次に手を伸ばしてしまうのだから、この味を出せるロゼは素直にすごい。独学なら相当研究したのだろう。


「すげぇうまいぞ、このピザ」


「ふふ、ありがとうございます。多分、初めて食べたお店のピザがとてもおいしかったので、そのおかげでしょうね。それを元に何度も改良を重ねて、ピザを習得したので」


「ほう、なるほどね……。んじゃ、そのファーストピザとやらが、こんな感じでお洒落なやつだったってわけか。どんなやつだったんだ? そのピザは」


 さきほどトマトは初めてだと言っていたから、魚介とかベーコンチーズの類だろうか。それとも、生野菜を散らして生ハムを添えたような、豪華なピザだろうか。


 ノルが興味本位で訊ねてみると、ロゼの顔からスッと笑顔が消えた。代わりに返ってきたのは深い憂いを帯びた声だった。


「……オレンジジャムのピザでした」


「え?」


「オレンジジャムの上に、オレンジの輪切りが乗ったピザでした」


「クリームチーズとかは?」


 ロゼが首を横に振る。


「無いですね。オレンジオンリーでした。三枚とも」


「……? つまり、その店にはデザートなピザしか置いてなかったってことか?」


「いえ、師匠ししょーが、それしか頼まなかったので……。好きなものを頼んでいいと言われましたが、ほら……そこは気を使うじゃないですか、やっぱり」


「…………」


「…………」


 お師匠さんは、オレンジが主食なのかな?

 ノルの中で、ロゼの師匠に対する偏食説が生まれた。


「そんなわけで、隣のテーブルに並んでいたトマトのピザを羨ましく思っていた当時のわたしは書物を読み、本格的に生地作りから学び、いつしかピザを作る時が来たら挑戦しようと固く心に誓っていたのです。そして……ついにこの日が来たので、柄にもなくはしゃいでしまいました。すみません」


「いや。いいんだぞ? 存分にはしゃいで。あとほれ、残りの分は全部やるから、いっぱい食え?」


「ありがとうございます。それでは遠慮なく」


 ノルがピザの皿を押すと、ロゼはもう一枚ピザを手に取った。かぷりと噛みつく。なんとも幸せそうな笑顔だった。


「しかし、やっぱりいいもんだな。労働のあとのご飯は」


「ですね。今日のノルさん(人間体)は働きものでした。ご褒美に帰ったら、ニンジンをたくさん用意しましょう」


「やったーと、いいたいところだけど、この姿でニンジンが好物はないだろ」


「では何を?」


「やっぱり酒だな。あと干しイカ」


 ロゼがなんともいえない顔をした。そこに村人の女性が歩いてくる。


「あのぉ……お昼を召し上がるのはいいんですどね? もう夕方なので……」


 たいそう言いにくそうに告げた。ふたりは、はっと空を見た。夕焼け色にうっすらと浮かぶ星々が美しい。現在の時刻は五時半。もう夕飯時だった。


「そうでした! ピザを作るのに必死で麦刈りのお手伝いを忘れていました!!」


「うん、まぁ実は俺も思ってた」


 ピザを焼いて食べている間、収穫の手伝いなどそっちのけ。

 村人たちがこちらをちらちらと見ながら麦を刈っていたことをノルは知っていた。

 しかし、わりとマイペースなロゼは気付いていなかった。さすがに依頼をこなしに来たのに、勝手にピザ作って食べていたら怒られるのでは?


 ノルは内心ひやひやだった。しかし、


(まぁ、報酬のパンが食えない時点で依頼は不成立なんだろうが……)


 女性が気まずそうな顔でこちらを見ている。むしろ、いままで放っておいてくれたのは、村人たちなりに後ろめたさがあったからなのかもしれない。


(うーむ、こういうときは)


 ノルはぽんっと両手を合わせた。


「よし、ロゼ! パン祭りならぬピザ祭りをやろうぜ!」


「え? ピザ祭りですか?」


「おうよ。ここにいる奴らの全員が麦刈りを頑張った。だから──」


 ──夕飯は、みんなで火を囲って楽しくピザを食べようぜ?

麦狩祭むぎがりさい…八月の頭に各村で行われる太陽の恵みに感謝を捧げる祭り。


次回「爽やかミントティー」

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ロゼの師匠の物語はこちら↓

ゼノの追想譚
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