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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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ページ9 太陽のピザ(前半)

 夏だ! 麦だ! 黄金畑にようこそ!

 ユーハルド、夏のパン祭り開催中!

 たくさん麦を刈ったひとは、白いパンがいっぱいもらえますよ。



「──なんて、うたい文句はどうでしょうか?」


「それ、なんかどっかで聞いたことのあるフレーズだなぁ」


 春のパンしかり夏のパン。

 ユーハルドでは現在夏のパン祭りが開催されている。


 正式には『麦刈祭むぎがりさい』。


 小麦の収穫を祝い、太陽の恵みに感謝を捧げる祭りだ。

 ロゼとノルはベルルーク領にある小さな村に来ていた。小麦の収穫。その手伝いをするべく、ガタコトと馬車に揺られて約五日。目の前には黄金の麦畑が広がっている。


「しかしまぁ……この炎天下で畑って……」


 ノルは額に垂れる汗をぬぐった。

 この依頼をしてきた人いわく、最近は田舎から都に出ていく若者が多いとかで、農村部は深刻な人手不足らしい。それでロゼのところにもいらいがかかった。だからこうしてうだるような暑さの中、麦を刈っているわけだ。

 ロゼが両手を広げて言った。


「ノルさん、ノルさん! 見てください。こんなにたわわな小麦が実っていますよ」


「だなー、たわわだなー。ところでさぁー?」


「なんでしょう、ノルさん」


「どうして俺まで手伝わされてるわけ? しかも今日のノルさん、人間仕様だし。お前、この格好可愛くないから嫌だとか言ってなかったか?」


「それはそれ。これはこれ。今日は男手があるほうが色々と助かるからですね!」


「あ、そう」


 ノルは小さくため息を落とした。今日の彼は人間体だ。眼前に広がる美しい黄金畑にて、労働力のひとりとしてコキ使われているのだ。

 いつもは可愛くないとかいって、この姿を取ることをよしとしないのに。こういうときだけ調子のいいやつ……とノルはロゼを横目で見た。


「ふふふ、こんなにみごとな畑だと『ほらほら、俺をつかまえてごらん!』『待ってー、ノルさーん!』とか、やってみたくなりますね」


「いや、それ海でやるやつじゃね? しかも配役逆だし」


「ほほう、海ときましたか。つまりノルさんはわたしの水着姿が見たいと」


「まぁ、そりゃあ、そんな格好よりはなぁ……」


 隣にしゃがみこむ彼女。いつもの暑苦しいローブではなく、ノースリーブのシャツにショートパンツと涼やかな格好だ。

 しかし首には白いタオルを巻き、頭には麦わら帽子。完全に農作業仕様(スタイル)といえる。まったくロマンの欠片もない。


(しかも、ふつうは虫に刺されるから長袖が基本装備なんだけどなぁ……)


 あと日焼けもする。実際まわりの村人たちは暑そうな格好で麦を刈っているし、ノルの格好もそうだ。

 彼はちらりと隣を見た。

 さくさくと鋭い鎌で麦穂を器用に刈り取るロゼ。彼女の動きを見ながらノルも真似てみるが、刃が滑ってうまく切れない。なにかコツでもあるのだろうか?


「こら、ノルさん。手がとまってますよ?」


「へいへーい」


 ノルは目の前の小麦に集中した。けれどそこに大きな影が落ちてきたのでふと見上げると、気立ての良さそうな女性が立っていた。妙齢の、ふくよかなご婦人だ。彼女は朗らかに笑った。


「すみませんねぇ。魔導師さまにこんなことまで手伝わせてしまって」


「いえいえ。氷の魔女ロゼッタは国内どこからでもご依頼を承りますよ。どうかみなさんに火の加護がありますように」


「そうかい? それは助かるよ。じゃあ悪いけど、そこの一面が終ったら向こうもお願いできるかしらねぇ」


「お任せください!」


 ロゼが笑って答えると、女性は嬉しそうに頷いて去っていった。


「どした? 今日はいつにも増して、やけに目をきらっきらさせて張り切っているようだが……そんなに麦が好きだったのか?」


「ええ? そうですか? でもそうですねぇ……」


 一瞬考える素振りをしたあとロゼが拳を握る。


「ほらっ、麦刈りってテンションあがるじゃないですか!」


「そうか?」


「はい! たとえばですが、こうして麦穂を掴み、茎の部分を嫌な相手の首に見立てて、こう……」


 ロゼが麦を数束つかみ、鎌を振りかぶる。

 ズバンッと見事に茎が切れた。

 はらりと麦の一本が地面に落ちる。


「ね? さくっとするとスカッとしますよね? こんなにたくさん小麦くびがあれば刈り放題です!」


「いや、怖いよ」


 ね? じゃないし。

 綺麗な笑顔を向けてくるロゼが怖い。今日の彼女はテンション上がりすぎて危ない方向に傾きかけている。

 ノルは、話をそらすことに決めた。


「まぁなんだ。草むしりみたいなもんだよな。黙々と無心で草をむしる。ああ、心が落ちつくよなぁ」


「そうですね。嫌な相手の頭髪に見立ててぶちぶちと……」


「それはもういいよ」


 さっくさく。軽快な鎌さばきをしながら、ノルは話題を探した。


「あー、ところでさ。麦を刈ってわいわい騒ぐってのも、変な祭りだよなぁ。ふつうにただの農作業だろ? わざわざ祭りにしないといけないくらい麦刈るのがめんどくせぇってことなのか? 祭りにして下がったテンションあげようーみたいな」


「ははは、まさか。そういうわけじゃないと思いますよ?」


 やや気だるげに話すノルに、ロゼが苦笑で返す。


「この国では農耕が盛んですから。こうして豊かな恵みをもたらしてくれる夏の太陽に感謝の祈りを捧げるお祭りなんですよ」


「感謝ねぇ」


「はい。それに麦はパンにもなるし、粥にもなるし、お菓子も作れるしで、いわゆる必須穀物なのです!」


「必須穀物……つまりすごく大切な食べものってことな」


 ノルはちらりと遠くをみた。ばちばちと大きな炎が焚かれていて、村人たちが火のそばで休憩している。

 茶を片手に談笑する老婆たちや、麦草を高くかかげて走り回る子供たち。

 年老いた農夫が麦を地面に並べて天日に干している姿もある。


(たしかに若者不足が深刻そうだが……それよりも、いま真夏だぞ? 火のそばとかみんな熱くねぇのか?)


 注意深く目を凝らして見ると、村人たちの顔は汗だくだ。ほれ、見ろ。熱いじゃないか。つか、見てるこっちが暑いわ!


「冷たいアイスが食べたい……」


 ノルは目の前の麦に視線を戻すと、無言で鎌を動かした。


 ◇ ◇ ◇


 それから気づけば一時間が経っていた。

 無心で麦を刈っていたから、ロゼに「そろそろ休憩しましょう」と声をかけられるまで気づかなかった。

 ノルは立ち上がり、腰をぐっとうしろにそらす。ばきばきと小気味いい音がなる。ずっと座りこんでいたから、あちこち凝り固まっているようだ。ぐぐっと伸ばされる筋肉が心地よい。ぐるぐると肩を回しながら、ノルはロゼのもとに向かった。


「ノルさん! もうじきお昼が出ますよ!」


 うきうきとした顔だ。ロゼは簡易的に設置された席に座っていた。机の上には様々なジャムが並んでいる。彼女がこの村を訪れる前に店で作っていたものだ。


(ははーん、なるほどこれかぁ)


 ロゼの目当ては昼食だ。

 この村のパン祭りでは、焼きたてのパンが好きなだけ食べられる。これから出てくるだろうごちそうにノルがよだれをすすっていると、さきほどロゼに声をかけてきた女性がやってきた。


「すみません、ロゼッタさん。今日のパンはお休みになっちゃいましてねぇ」


(なぬ⁉)


「ええ⁉ どうしてですか⁉」


 ロゼががたりと立ち上がる。テーブルの上に両手をついて前のめりな姿勢だ。さすがに女性も戸惑ったようで、申し訳なさそうに返した。


「実はパン焼きおじさんが腰をやってしまってねぇ。それで今日はパンは無しって話になってたんですよ」


 パン焼きおじさん……?


「そ、そんな……! パンが食べ放題だというから無料ただで受けた依頼だったのに!」


「え? 無償だったの、これ」


 悲壮感たっぷりな声を聞いてノルは別の意味で衝撃を受けた。


「本当に申し訳ないのですが……。代わりに先日ひいたばかりの小麦粉をお好きなだけお渡ししますので、王都に戻ったらたくさんパンを焼いていただけたらと思います」


「小麦粉……」


「そんなぁ……」


 ロゼが力なくうなだれる。

 そうか。いままで自分はただ働きさせられていたのか。無償奉仕、切ない。

 ノルもがっくりと肩を落とした。


(まぁだが、しょうがないよなぁ……)


 聞けば、ほかの村人たちがパンを焼くと言ったのだが、そのパン焼きおじさんなる者が、断固として窯の前から動かないのだそうだ。ここは小さな村だから、共同で石窯を使っているので、そうなるとどうしようもないと女性が嘆いていた。

 正直、腰をぎっくりしたなら寝ていなければ駄目だろうとノルは思ったのだが、そのパン焼きおじさんなる者は、パンを焼くことに並々ならぬ情熱を持っているそうで無理らしい。いろいろ突っ込みどころのある話ではあるが、ノルは納得した。

 しかし、ロゼは憤慨する。


「納得いきません! そのかたをわたしが、しばき倒してさしあげますっ!」


「いやいや止めとけよ。きっとそのヒトにもいろいろ事情があるんだろうさ。残念だがパンは諦めろ」


「クソがぁっ!」


「こら、そういう汚い言葉を使ってはいけません」


「だってぇーー!」


 ロゼが机のへりにごつごつと額を叩きつけて荒れている。

 子供かお前は。癇癪おこすなよ。

 ノルは若干引いたが、まぁ気持ちはわかる。ここは小麦粉を多めにいただいて、早々にお暇しよう。ノルは内心で頷いたが、とつぜん彼女が鬼気迫る顔を向けてきた。


「わかりましたっ、わたしがパンを焼きます!」


「ええ? 窯は? どうすんだよ?」


「いりません!」


「はぁ? それはさすがに無理だろ」


 ノルが呆れてロゼを見ると、彼女は清まし顔でいつもの決め台詞を告げた。


「わたしは篝火かがりの魔女。かまどなしでもパンを焼いてさしあげましょう!」

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ロゼの師匠の物語はこちら↓

ゼノの追想譚
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