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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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14/31

ページ7 ハーブソルトの豚バラ串(後半)

9/23 途中の展開を見直しました。(修羅場→仲良し夫婦へ)

「?」


 雑味を帯びた中年男の声がする。ノルの声だ。

 ロゼはきょろきょろと地面を見渡すが、ノルの姿はない。空耳だろうか?

 そう思ったら、うしろからぽんと誰かに肩を叩かれた。


「きゃっ!」


「うぉう⁉」


 驚いて、悲鳴を上げてしまった。リリックが目を丸くして「リック」とつぶやいている。

 リック?

 ロゼが横を向くと、五歳くらいの男の子を連れた人間体のノルが立っていた。可愛くない。


「びっくりさせるよー、ノルさん驚いて、おっさんみたいな声出ちまったじゃねぇか」


「いえ、ノルさんは元からおじさんの声ですし……」


「相変わらず失礼な言い草ー。まあいいけど。なんだよロゼ、きょう依頼受けてたのか?」


「ええ、お昼ごろに。ノルさんが『祭りのパトロールだ!』とかいって、一緒に行くはずだったお祭りへ先に行ってしまったあとにいらっしゃったお客さんです」


「ごめんて」


 ロゼが責める目つきで淡々と返すと、ノルはぽりぽりと頭を掻いた。その横でノルから手を離し、男の子がリリックに近づいた。


「おとうさん」


「リックどうした、こんなところで。おかあさんは一緒じゃないのか?」


「おかあさん迷子になっちゃった」


(迷子……)


 そこでロゼは気がついた。そういえば、前にオムライスを作ってあげた男の子がいた。あのときの子供が確かリックと名乗っていたはず。


『リリック』と『リック』。


 なるほど親子か。ロゼの中でふたりの関係が結びついた。


「こんにちは、リックくん。お久しぶりですね」


 ロゼはリックの側にしゃがんで笑いかける。きょとんとした顔で首をかしげている。しかしすぐに思い出したのか、にぱっと笑って「オムライスのおねえちゃん。こんにちは」とあいさつしてくれた。


「まさかリリックさんのお子様でしたとは。これはまた偶然ですね」


「ああ! もしかして、前にこの子を保護してくれたお嬢さんっていうのは」


「ロゼのことだな」


 驚くリリックにノルが相槌を打った。


「えっと、じゃあノルっていうのは」


「俺のことだなぁ」


 これにもうんうんと頷き、ノルは付け足す。すると、男はノルを見て可笑しそうに吹き出した。


「あはは、なんだ。そうですよね。この子がノルっていう喋るうさぎに助けられたとかいうから、なにかと思っていたら、こちらのお兄さんでしたか」


「あ、うん。まぁ間違ってはいないけどな……」


 実はうさぎ(星霊)なんです。

 とは、ふたりも言えないので、互いに目で合図しあって適当に笑っておいた。


「おとうさん、それなぁに?」


「これか? お母さんへのプレゼントだよ」


「ぼくには?」


「あー……すまん。それは今度なぁ」


 リックがすこし拗ねた様子で、プレゼント箱を自分が持つと言い出した。リリックから箱を受けとると大切そうに抱えた。

 ノルが屈んでリックと目線を合わせて笑う。


「それじゃあ、リック。おとうさんと会えたみたいだし、ノルさんはここまでなー」


「うん。ありがとう、うさぎさん」


「おうよ。もう迷子になんなよー」


 ノルがリックの頭を撫でてやると、彼は嬉しそうに目を細めた。


「では、リリックさんも。これで──って、あ」


「?」


 ふいにロゼが言葉を止め、通りの先を見る。

 人混みに紛れてやってきたのは、空色のワンピースを着た綺麗な女性だった。ロゼたちを見て、女性の顔がパッと華やぐ。駆け足で近づいてくると、リックに抱き付いた。


「リック! もうっ、探したのよ? あなたってば、また迷子になって」


「お母さん、見つけたー」


「ジェシー?」


 リリックが目を丸くする。青い帽子を被った栗毛髪の女性。年は二十半ばくらい。王都に来てすぐ出会ったリックの母親だ。

 ジェシーと呼ばれた女性は立ち上がり、リリックを見て首をかしげた。


「リリックさんもこんなところに居たのね。用事があるって朝言ってたけれど、もう終わったの?」


「うん。さっきね。こちらの魔導師さんに依頼をしていたんだよ」


 ロゼがちょこんとお辞儀する。ジェシーが目をぱちくりさせた。


「あら、あなたはこの前の……。もしかしてまたこの子が迷惑を?」


「いえ、わたしは何も。広場の近くで迷子になっていたリックくんをノルさんが見つけて、ここまで連れてきてくれたんですよ」


「ノルさん?」


「この人だよ、ジェシー」


 リリックが示すとノルが片手をあげて応じた。


「ああ、リックが言っていた、うさぎのノルさんの……。ふふ、この子が喋るうさぎさんが、なんて言うから驚いてしまったけれど、こんなにかっこいい方だとは思わなかったわ。リックのこと、ありがとうございました」


「いやいや。気をつけてくれればそれで」


 ノルが苦笑する。

 まあ、言ったところでまた迷子になりそうな親子ではあるが、顔も名前も覚えたから、今度からはもっと見つけやすくなるだろう。 

 隣でノルとジェシーの会話を聞いていたロゼはひとり心の中で頷く。


「あ、そうだ。リリックさん。せっかくですからこちらでお渡ししたらどうですか?」


「ああ、そうですね、リック。それをお母さんに」


「うん! おかあさん、これ」


 リックが箱を持ち上げる。


「これは……?」


 ジェシカが不思議そうに差し出された箱を見つめる。リリックが優しい笑みを浮かべて箱のリボンをほどいた。

 蓋をあけて中身を取り出す。つばの長い白い帽子だ。それをジェシーに見せて、リリックは笑った。


「明日が何の日か覚えているかい?」


「あした?」


「そう、祭りの最終日。あの日の君はこれと同じ白い帽子を被っていただろう?」


「──!」


 ジェシーの瞳が大きく開かれる。


「そうだよ。明日は君と僕がはじめて出会った日だ」


 そういって彼はジェシーの頭から青い帽子を外すと、白い帽子をそっと乗せた。


「本当はもっと早くにプレゼントを用意するつもりだったんだけど、あれこれ悩んで今日まで買えなかったんだ。それで、ロゼさんに頼んで、プレゼント選びを手伝ってもらっていたんだよ」


 恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いて、リリックは「よく似合っているよ」と付け足した。


「ありがとう、リリックさん……!」


 ジェシーがリリックの頬に、ちゅっと軽く口づける。するとリリックからもお返しが。それを繰り返すこと数回。なんと仲睦まじい光景だろうか。しかし奇しくもここは天下の往来だ。みんなの視線が集まってくる……と思いきや、通行人は誰も気に止めていない。

 というより、よく見るとあちこちで手を握る男女カップルたちが。


「知っていますか、ノルさん。豊穣祭は別名愛の日とも呼ばれているんですよ」


「ああ……それで」


 ロゼとノルは遠い目で空を見上げる。

 夕焼け空。そろそろ本格的な祭りの時間だ。リックの「僕もー」という声を聞きながら、ふたりは同時に思った。


 うん。別に寂しくなんか無いもん、と。


 ◇ ◇ ◇


 それからロゼたちは噴水広場に移動して、祭りの夜を楽しんでいた。ぼっと爆ぜるかがり火と、軽快な音楽。そして愉しげに語らう人々の姿。とうに陽は落ち、あたりは暗いが、ここだけは昼間のように明るく、陽気な世界が広がっている。

 ノルは広場のすみのブロックに腰かけて、豚串を買いにいったロゼを待っていた。ロゼが両手に飲み物と串焼きを持って戻ってくる。


「ノルさーん、夜ご飯ですよー!」


「おお、おつかれさん」


 ノルは身体を横にずらしてロゼの席を作った。ロゼがノルの隣に腰かけ、彼の前に木のうつわに注がれたりんごジュースを置いた。

 いまのノルはうさぎの姿だ。

 おっさんとは歩きたくないというロゼたっての希望でこちらの姿に戻った。

 ノルは皿に顔を埋めて、ぺちゃぺちゃとりんごジュースをかぶ飲みした。


「しかしまぁ、今日は疲れたなぁ。結局、リックの母親探しで半日潰れちまったぜ」


「まぁまぁ。でもよかったじゃありませんか、無事に再会できて」


「そうだけど、子供のお守りとかまじ勘弁。つか、随分と仲のいい夫婦だっだなー。あれは二人目も近いとみた」


「む、ノルさんのすけべ」


「ええ? 普通のこと言っただけだけど?」


 ぴこんとノルの額を小突き、ロゼはリンゴジュースのはいをかたむける。


「まあ……両親の、家族の仲が良いことがいちばんですよね。一緒にいるのに心が離れていては寂しいものですから」


「ほう……。そんな言葉が飛び出すってことは、ロゼんとこもやっぱり仲良し家族だったりするのか?」


「いえ、逆ですね」


「逆?」


 首をひねりロゼを見上げると、すこし悲しげな横顔がノルの瞳に映った。ロゼが微笑を浮かべて話す。


「わたしの両親は……いつもわたしのことで喧嘩をしていて、気づいたときにはふたりとも居なくなっていました。それでずっと親戚のお家でお世話になっていたから、あんな風に仲の良いリックくんのご両親がすこしだけ羨ましかったりしますね」


「…………」


 眉を寄せて見上げてくるノルの背を撫でて、ロゼはかすかに苦笑する。

 小さい頃のことだ。

 記憶にあるのは父と母の口論する姿。決まって喧嘩の理由は自分のこと。


 ──どうしてあの子の魔力はあれほどに弱いのか。


 生まれつきだった。

 優れた魔力を持つ一族の中で、ロゼだけがその才に恵まれなかった。だから両親は自分を捨ててどこかへ行ってしまったのだと祖父が話していた。

 ロゼはノルの背から手を離して、半分ほど自分の膝に顔をうずめて広場を眺めた。

 なんだか遠い。

 ほの暗い闇の中。静かな炎に照られてぼんやりとうつる人々の姿。手を伸ばせば届くのに、掴むことのできないもどかしさ。

 まるで、夢を見ているような感覚。

 それはかつての両親の姿と重なって、ロゼの心に影を落とした。

 ──ぱちん。

 真横で火花が散って、ロゼは頭を振った。


(いけませんね。ノルさんが困っています)


 さきほどからだんまりを決めこむノルを一瞥して、そういえば買った串焼きがあったのだと思い出す。こんな話をしてしまったから、しんみりした空気になってしまった。ここはおいしい豚串でも食べて暗澹あんたんとした気持ちを吹きとばそう。

 そう思って、彼女が横を向いた時だ。


「俺がいる」


 隣からぽつりと声がきこえた。ノルが彼女をまっすぐみて目を細めた。


「ロゼの隣には俺がいる。いまはそれで充分だろ?」


「ノルさん……」


 ロゼの目が見開かれると、今度は慌てるようにふわふわの毛を逆立てた。


「な……なんだよ! なにか不服か? うさぎの戯言なんて耳に入らないっていいたいのか⁉」


 可愛らしくぷいっと顔を背けてしまった。どうやら拗ねてしまったらしい。

 その様子がなんだか可笑しくて、ロゼはくすりと笑った。

 ロゼはノルを持ち上げ、膝に乗せる。


(そうですよね……)


 いまの自分にはノルがいる。こんなにもモフモフで温かな家族が。

 横をむけば、いつだってノルがいるのだ。楽しいときにはさらに楽しく、寂しいときにはこんな風に静かに寄り添ってくれる。


 ロゼは爆ぜる炎を見て微笑んだ。


「ふふ。ノルさんは、わたしにとってのかがり火ですね」


「かがり火? どうした急に」


「いいえ、なんとなくそう思っただけです。──それよりも、こちらを食べましょうか」


 ロゼは串焼きを袋から出した。

 たれのかかっていない塩焼きのもの。炭火で焼いたのだろう、ほどよい焦げと香ばしいかおりが漂ってくる。ロゼの腹がきゅるると小さく鳴った。


「お、塩のやつか。いいな、さっそく食おうぜ」


 ノルがよだれを垂らして豚肉を見上げている。いまはうさぎの姿なので、肉を前に物欲しそうな瞳を向けるノルの姿にロゼは苦笑した。


「ああ、待ってください。いただく前にこちらを」


「んあ?」


 串にかぶりつこうとしたノルの鼻先に手のひらを置いて制すと、ロゼは小袋から塩を取り出しだ。つまんで、ぱらぱらと豚串にかける。

 かすかに香草の薫りが広がった。ハーブソルト。リリックがお礼にと買ってくれたものだ。ロゼは串から豚肉をひとつ外して手のひらに乗せると、ノルの口元に持っていく。ぱくり。ノルが勢いよく頬張った。熱いのか、口をハフハフとさせている。


「知っていますか、ノルさん。むかしは魔女の作る塩は、どんな病も癒すと言われていたそうですよ」


「ほふ? そうなん?」


「ええ。お塩は魔を祓うといわれていますし、薬草や香草は身体の不調を払う効果がありますから、そんな風に信じられていたのだとか」


「ほーん」


 肉にせっつくノルを見て、ロゼも豚串にかぶりついた。


「ん、おいひぃ……!」


 ぎゅっとつまった赤身をぷるりとした脂が包んで、ほどよい柔らかさを両立している。

 口を動かせばしっかりとした噛み応え。たれの串もあったけれど、ロゼは塩で食べる素朴な味わいも好きだった。

 もぐもぐと堪能し、ふとノルが顔を上げて聞いてきた。


「でも、なんで魔女なんだ? 誰が作っても塩は塩だし、同じだろ?」


 どうやら渡した分を食べ終わり、ひと心地ついたらしい。さきほどした話が気になるようで、塩が入った小袋をつんつんと鼻でつついている。


「うーん、みゃぁ(まあ)ほふ(そう)なんですけど……」


「飲み込んでから喋れよ」


 ロゼはごくんと肉を飲み込み、星空を眺めて記憶を手繰りよせる。


「ちょっと難しいお話をするとですね?」


 と、前置きしてから、ロゼは追加の塩を肉に振る。


「この国の魔導師たちは、すこし前まで神官や祭司と呼ばれていて、薬師を兼ねていることが多かったそうです」


 ぎゅむ、と口に肉を詰める。


そりぇへ(それで)、とりわけ──んくっ、女性の神官たちが料理に薬草を混ぜて使っていたこともあり、もぐ……そきょ(そこ)で作られたのがハーブソルト。だから『魔女の塩』といわれているわけですね」


「ふむ……食いながら喋るなと言いたいが、まぁさすがにその分野は詳しいのな」


「もちろん! わたしは篝火かがりの魔女。教養にも明るいのですよ」


「それ関係なくね?」


 胸を張るロゼにノルはつっこみ、ぴょんっと豚串の前に移動した。


「ほれ、話もいーけど。残りの分、さっさと食わねぇと肉が冷えて硬くなっちまうぞ? ノルさんがぜーんぶくっちまってもいいっていうなら、遠慮せずにいただくが?」


「あ! 駄目ですよ、ノルさん。それはわたしの分なんですから、取らないで下さい」


「わーってるよ」


「とか、いって。ちゃっかり一本持っていっていますし……」


「けちけちすんな。無くなったらまた買いにいけばいいだろーが」


「まったくもう……」


 ノルが豚串にかぶりついた。たれた脂をすするように小さな舌を出している。そんな様子を見ながらロゼも祭りの炎を眺めて豚串をかじった。


「うん、沁みいるおいしさです」


 家族と並んでとる食事は、やっぱり最高ですね。

 だからどうか、この時間がいつまで続きますように。

 ロゼは美しい星空に祈りを捧げた。

次回「紅茶のスコーン」

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ゼノの追想譚
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