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氷の魔女の料理屋さん  作者: 遠野イナバ
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ページ6 ゴマ香る海苔のおにぎり(前半)

※バトルにつき、グロ注意。

 可憐な少女を追ってもぐらの穴に落ちると、そこは地下の異郷くにでした。

 花が咲き誇る楽園。

 穏やかな春の気候。

 たわわに実るりんごをかじり、ああ、しまった!

 うさぎのノルさんは地上に戻れなくなってしまうのでした!




「──っと、こんなはじまりはどうでしょうか?」


「ないわー! さすがに自分で『可憐な少女』はないわー!」


「う……それはわたしとて、本意ではないのですよ? ただ、そうしたほうが詩歌おはなし的にはえるかと!」


「確かにそうだけど! 確かにそうだけれども今はさっさとここから引っ張り出してもらえる!?」


 ノルは穴底から叫んだ。


 ◇ ◇ ◇


 森狼もりおおかみの討伐依頼。

 再び城から依頼を受けたロゼたちは、アルバに助力をうとニアの森へとやってきた。

 さっそく森狼を見つけたロゼが駆け出し、ノルが慌てて追いかける。しかしその数秒後にはノルは落とし穴に真っ逆さま。

 現在、そんなノルを救出するべく、縄の代わりになるものをアルバが探し、ロゼは地上から穴底をのぞいて、ノルを勇気付けていた。

 吟遊詩人さながら、声高こわだかにうたうロゼの姿はなかなかさまになっている。


「そうして戦士となったノルさんは、勇猛果敢に不思議な異郷をめぐり──」


「ロゼッタ、これなんかどうだ?」


「あ、いいですね。──ノルさーん! アルバさんがつるを持ってくれました。今から垂らすので捕まってください、引き上げます」


「いや! そこはお前の魔法でなんとかしろよ!」


「すみません。わたし、風の魔法はあまり得意ではなくて……。どうしてもと仰るならそうしますが、その場合はノルさんの身体が木っ端みじんになりますが、いいですか?」


「ツルでお願いします」


 しゅるるとつるを落ちてくる。ノルが捕まると、ロゼが引っ張り上げた。


「ふぃー、危なかった……。助かったぜ、ロゼ。ありがとな、礼を言う」


「いえいえ。それより今度から気をつけて下さいね? ノルさんなんてモグラの前では一口でぱくりですから」


 ロゼが脅かすようにぐわりと両手をノルに向ける。

 モグラは肉食動物だ。

 こうした人里近いところに出るモグラは比較的に身体が小さいからそうでもないが、山林に入れば人が襲われることもある。ノルのような小動物も例外ではない。

 モグラは命を脅かす害獣なのだ。


「──こわっ! 脅かすなよっ、と言いたいところだが……うん、気をつけるわ。アルバも、礼を言うぞ」


「おう。──じゃ、さっさと依頼こなすぞ」


 淡々と答えてアルバがあたりに首を巡らせる。

 ノルも一緒に首を動かすと、可愛いニアウサギを見つけた。

 まぁ俺の可愛さには負けるがな。

 などと、自賛してから視線を外して、ノルは依頼の内容を思い出す。


森狼もりおおかみだっけ? 増えすぎたから駆除しろってやつ。相変わらず人間は勝手だよなぁ、もっと生きものいたわれってんだ」


 ぼやくノルにロゼが苦笑する。


「まぁ、こういうのは避けては通れませんからね。わたしたちが討伐した狼たちの亡骸は、彼らの食卓にのぼり、ふたたび新たな生命いのちを育むのです」


「合掌すんな。つかそれ、さらに狼が増えるだけじゃね? しかも共食いだし……」


「さぁ、ノルさん、アルバさん。張りきって倒しますよ!」


「ねぇ、きいてる? せめて炎で燃やして弔ってあげて?」


「じゃ、わたしはあっちから狩るわ。じゃあな」


「はい! アルバさんもお気をつけて!」


 そのまま駆け出すふたりの背中を見つめて、ふうっとため息ひとつ。


「──俺を追いていくなよぉぉぉぉぉ!」


 ノルはぴょんぴょんと高く飛んでふたりを追いかけた。


 ◇ ◇ ◇


「全然いないな」


「ですね」


 追いついたロゼの腕に抱かれて、ノルはあたりを見渡す。

 さきほどから狼のいっぴきも出てこない。楽で助かるが、きっちり仕事をこなさないと先日のように報酬がもらえなくなるのでは?

 ノルは心配になって、つぶらな瞳をロゼに向けた。


「あの眼鏡の兄ちゃん。この国の王子様に仕えてるって言ってたけどよ。それでその……なんとか王子? そいつの指揮のもとで依頼を出してるから、今回はけっこうな額が城から払われるって話だが、また偽の情報とかじゃないだろうな?」


「そこはご安心ください。こちらにくる前に下調べをしておきました。なんでも森狼たちが爆発的に増えてしまい、街道の行商人を襲うまでになってしまったとか。ちょうどいまは春の時期ですからね。食べ盛りの子供たちを抱えて色々と大変なのでしょう」


「いろいろ大変って……」


 ノルが内心で「ええ……」と思っていると、近くの茂みが揺れた。ぴたりとロゼが足をとめて右手で杖を構える。


 狼がいっぴき飛び出してきた。ちょうど大型犬くらいの大きさだ。ノルが王都を散歩中に近所で見かける犬と同じくらい。牙をむき出し、ぐるると低くうなった狼は、天高く跳躍してノルたちに飛びかかる。

 だが、ロゼはその場を動かない。

 一瞬だけ目を閉じてから、すぐさままぶたをかっと開いて叫んだ。


「あなたの身体を鉄串に! 縫いとめましょう、炙りましょう。炎の鉄串(ルイン・ナ・イグニス)!」


 瞬間、ごうっと燃えさかる炎の槍が狼の後方に三本顕現する。こちらに牙が届く寸前だった狼を背後から突き刺し、罪人さながら地面に突き立てた。

 串刺しだ。炎の槍に身体を取られた狼は、口から血霧を吹いてこと切れた。ぶらんと力なく垂れた手足が痛々しい。

 ノルが呆気に取られているうちに、狼たちがわらわらと茂みの影から現れた。その数、数十匹。しかしロゼはおくさない。彼らを視界に収めると、


「あなたの舌は大火傷。あつあつのハーブティーを淹れてさしあげます」


 今度は彼女の杖から閃光がまたたいた。大気を炎が走り、あっという間に狼たちを業火の海へと閉じこめる。

『ヒャウン……』

 か細い声をあげて狼たちが後退する。尾をたらして頭を低くし、怯えているようにもとれる。しかしロゼは容赦しない。


「──さぁ、逃げられませよ? 灼熱の海流(メル・ノル・イグニス)!」


 彼女が詠唱を終えた時、狼たちは炎渦えんかにのまれて高く上昇し、その身を赤く焼いた。

 まぶしいばかりの炎の竜巻。

 あたりの木々を巻き込んでやがて収束すると、黒く染まった狼たちの骸が空からぼとぼとと落ちてきた。高く積まれた骸の山。ノルがぽつりとこぼす。


「うわ……」


 自分はロゼに抱えられていたから火傷ひとつ起こさなかったが、周囲を見る限り、焼け焦げた葉から白煙があがっていて、さすがのノルも身震いした。


「お前……けっこう、えぐい魔法使うのな。ノルさん、あまりの衝撃に耳が垂れちまったよ」


「それはいつものことじゃないですか。元々ノルさん垂れ耳ですし」


「そうだけど、もちっとこう……手加減とかしてやったら?」


「いえいえ。敵に情けはいけません。それに、これでもわたしはまだ可愛いほうですよ? 師匠ししょーなんてもっとすごいですし」


「たとえば?」


「そうですね……」


 ロゼがあたりに首をめぐらせると、都合よくいっぴきの狼が林の間から現れた。


「ああ、あれで行きましょう」


 彼女が杖をかざす。


「──内からぜろ。忘却の光ラディス・オヴィリーオン


 その刹那。狼の内側から破裂するように閃光と肉片が飛び散った。びしゃりと地面を汚した血液と、足元に転がる焦げた肉塊が物々しさを語っている。


「……ね?」


「うん……」


 血生臭い風が薫ってきて、ノルは鼻を両手で覆った。


「さてと、このへんの森狼は駆除したでしょうか?」


 ノルを地面におろして、ロゼが木々の隙間に目を凝らす。


「まぁ、こんだけやれば、狼のほうもびびって出てこないだろ。どうだ? ここいらで王都に戻るのは」


「ですが……、兵士さんたちの話では、ヌシなる森狼がいるとかいないとか。それを倒さないと、この街道を襲い続けると思いますよ?」


「それな。大岩のごときでっかい狼だっけ? どうせ単なる誇張だろ、そんなんいたらノルさんの小さな心臓ハートは時をとめちまうよ」


「そうですね。ノルさんびびりですし……」


「違うわ! いまのは時計と心臓ハートを掛けたんですねっていうところ!」


「え、ちょっと意味がわかりませんけど……」


 ノルが後ろ足で立って叫ぶと、ロゼがなんともいえない顔をした。


「はあ……まぁいいや。ならとりあえず、もうちょいこのへん散策するか? それとも、もっと奥までいくか?」


「いえ、このまま少し歩きましょう。それで遭遇しなければ帰るという形で」


「りょーかい。んじゃ、ほい」


「はいはい」


 両手を伸ばすノルの身体を抱き上げようとロゼが腰を折る。

 意外と甘えん坊ですね、とか言ってくるロゼに対して、だって狼の死骸、踏みたくないし……とノルが返したときだった。


「わ、わわ!」


 唐突に、ロゼが叫んで尻もちをつく。

 ずしんずしん。

 足元がぐらつき、ノルもぴくりと耳を立てて首をめぐらせた。地面を揺らして何かがくる。耳に悪い、大きな音。

 鳥たちが慌てるように木々から羽ばたき、広範囲の林を動かして──それはやってきた。

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ロゼの師匠の物語はこちら↓

ゼノの追想譚
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