ページ5 春のロールキャベツ(後半)
「ロシェさん。すこし遅くなってしまいましたが、よければお昼ご飯にどうですか?」
「いただくよ。皿はそこのやつでいいかな?」
ロシェが椅子から立ち上がると、ロゼが慌ててノルに指示を出す。
「あ! いえ、座っていてください。──ほら、ノルさんお皿を並べてください」
「へいへい」
ノルは棚に飛び乗り、器用に皿を頭に乗せると、今度は調理台に移動して皿を並べた。そこへロゼがロールキャベツを盛り付けていく。最後に海雫草の葉を添えたら、
「はい、完成です!」
「おお、うまそうだな」
ロシェが皿を覗き込む。目を細めて嬉しそうだ。三人でホールに移動して食卓を囲む。
今日の昼食はロールキャベツに、パンとにんじんスープ。それからデザードはりんごだ。もちろんうさぎの形に整えられている。
ぱんと白い布を広げて膝の上に置いたロシェがいちばん最初にロールキャベツを口にする。
「うん。うまいな」
「それはよかったです!」
ロゼも彼女に続いて、ナイフとフォークを使ってロールキャベツを切り分ける。
うまく切れていない。
隣で見ていたノルは、『何でこいつ、今日、ナイフなんか使ってんだ?』と不思議に思ったが、なるほど彼女の対面で綺麗に食事をするロシェを見て納得した。
きっとロシェに合わせているのだろう。無理などせずに自由に食べればいいものを。
(さて──)
ノルは皿に鼻を近づけ、すんすんと匂いをかぐと、渋みを深めた顔を作った。
(ほほう。かぐわしい香りに誘われて、顔を上げると、琥珀色の海にたゆたう大きな宝箱。中身を開けるとそこには……)
うまい表現が見つからない。だが、頑張って言葉を探す。
(つまり─)
フォークですんなり切れるほどに柔らかなキャベツの中には、肉汁たっぷりのひき肉が詰まっている。
香りは上々。ぱくりとひとくち頬張れば、たちまち口の中にじゅわりと汁気が広がり、粗びき特有の歯ごたえを感じる。しっかりと肉を食べているこの感じ。
ああ、最高だ。
くわえてキャベツはほどよくとろけて、ノルの小さな歯でもきっちり噛みきれるほどに柔らかい。
さすがは春のキャベツといったところか。琥珀色のスープもうまい。肉のうまみと野菜の甘みが溶けて絶妙な味わいを奏でている。ライスがあれば、スープに沈めて食べたかったなぁ……以上!
ノルは鼻先に置いてある、パンのカゴに目を向ける。
(パンでもいいんだが……。今日はライスの気分だよなぁ、やっぱり)
当然ながら、スープにすべての旨味が凝縮されているから、リゾットにしたら最高だろう。
なによりロールキャベツ→ライス→ロールキャベツ→ライスと交互に食べるあの感じがノルは堪らなく好きなのだ。
(まっ、パンをひたひたにして、オニオンスープ的な楽しみ方をしますかね!)
パンの綿をちぎって、沈ませる。これもまたうまいんだよなぁーとノルがひとりでロールキャベツに没頭しているうちに、ロシェは二皿目に突入していたらしい。
ロゼから皿を受け取り、彼女はどこか懐かしそうに目を細めた。
「やはりうまいな」
ロールキャベツをフォークに乗せて、ロシェがしみじみと語る。
「実はわたしはこの味のロールキャベツが好きでな。あまりこちらでは見かけないから、こうして口にできるのがとても嬉しいよ」
「そうなのか?」
ノルもお代わりをもらって、ロシェの顔を見上げた。
「ああ。琥珀色のスープのやつは珍しい。もしかして、ロゼは竜帝国の出身かな?」
「はい、大陸湖の近くです」
「そうか、ではわたしと同郷だ。この国のロールキャベツは赤いからな。酸味が強くて苦手なんだ。今日はロゼのところに来て正解だったな」
「じゃあ、それで修理代はちゃらってことで」
「それは出来ない相談だ」
「ちぇー」
ノルはぴょんぴよんと魔動機に近づき、ぺしぺしと叩いた。こちらに移動する朱鷺にロシェが持ってきて、カウンターに置いたのだ。
「ノ、ノルさん! なにをしているんですか! そんなことをして壊れでもしたら──」
ロゼが慌てて椅子から立ち上がる。
「いやな? このままだと高い修理費を払わなくちゃいけなくなるだろ? でもこれが直って、その姉ちゃんのいう被写体? の実験ができればタダになるかなーって──」
身体をひねり、反動を利用してばちんと叩く。すると、
〈パシャリ〉
「あ!」
箱の下部から、するりと紙が落ちた。そこに写っていたのは、もふもふの、薄いニンジン色の毛並み。
ミルクティーの色合いにも近いそれは、ノルのお腹の毛だった。
「あん? なんだこれ、俺の腹か?」
「──なに! 直ったか⁉」
ロシェが勢いよく立ち上がり、ノルのもとに小走りで近づくと魔動機を持ち上げた。
「ちょっ──」
彼女がいきなり魔動機を奪ったせいで、ノルはこてんと転がり、床に激突した。涙を浮かべて上を向くと、嬉々とした顔で魔動機を観察するロシェがいる。そして、パシャリと音が鳴った。今度はノルの全身が写った紙が吐き出される。
「これは──」
ロシェが感動した面持ちで振り向く。いまにも告白してきそうな勢いだ。
「ノル!」
「な、なんだよ」
「よくやった。礼を言う。修理代はちゃらにしてやろう」
「ほんとうか!」
ノルとロゼが互いに「やった!」と顔を見合わせる。思いもよらぬ幸運だ。偶然にも直った魔動機をノルたちに向けてロシェが言った。
「ああ、また何かあればうちに持ってくるといい。今後はすべて一割引きで直してやろう」
「一割なんだ」
「一割なんですね……」
もっと値引きしてほしい。ふたたび『パシャリ』と音がして、出てきた紙にはふたりのなんとも言えない顔が写っていた。
「──いや、なに。今日は魔動機といい、ロールキャベツといい、実によい一日だった。ありがとう、ロゼ。そしてノル」
そうしてお客様は、きょういちばんの笑顔で笑った。
ノルさんが直した謎のチェキは、旧文明当時でも珍しく、おそらくこちらは試作機。古さもあり、少々動作不良があるようです。
次回「ゴマ香る海苔のおにぎり」