傲慢才女のやり直し
「こんなことになるなんて残念だよ。君となら、この国の未来を作れたかもしれないのに……ロザリア。君の中に僕の居場所は最初から無かったんだね」
王宮法廷でシリウス王太子が、あたくしを見つめる。
判決は下された。王太子の口から改めて宣言が成された。
「ロザリア。君を死罪にする」
「シリウス殿下……あたくしは……なにもしていませんわ」
言っても、無駄。だって、王家の秘密を漏洩させて外交方針をバラしたのは、あたくしということにされてしまったのだもの。
シリウスか、あたくししか知らないこと。王太子が国家の機密を漏らすはずがない。
なら、王太子妃のあたくしが犯人。そういう筋書きだ。
罪状は国家反逆罪。誰も、あたくしに下された判決に異議を唱えない。大臣も騎士たちも、この公開処刑を見に集まった貴族たちも。
王太子の指示で使用人がトレーにグラスを運んで来る。
赤ワインが揺れていた。
シリウスが言う。
「眠るように旅立てる薬だ……せめて苦しまないようにな」
もう、何もかもが手遅れみたい。
あたくしはグラスを手に取った。
「ごきげんよう、皆様方」
飲み干す。毒入りの赤ワインを。
だって、あたくしが間違っていたのですもの。
・
・
・
目の前が暗くなった。
死の間際がずっと引き延ばされているような感覚。このまま眠りに落ちれば意識も消えて楽になれる。
19歳。死ぬには若いと自分でも思う。
あたくし――ロザリアはロレンツォ伯爵家の令嬢。このベルティエ王国でも名門貴族と呼び名が高い。
中でも飛び抜けて、あたくしは優秀だった。
政治も他の人間たちより先が見えていたし、経済にも明るい。
細腕に見えて武芸も達者で、学園時代にサーベル剣術の試合で一度も敗北したことは無かった。たとえ相手が男でも。
芸術にも造詣が深い。美術史はもちろん、真贋を見極めることもできるし、あたくし自身が筆を執った絵画は高値で取り引きされた。
芸術家たちが教えを請いにくるくらいだ。
文筆もたやすくて、物語を書けば国中で大人気になり写本の争奪戦になるくらい。
加えて生まれ持った金髪碧眼。王国に並ぶ者なしという美貌。
夜会に出れば求婚者が群がって、他の貴族の女の子たちから嫉妬の的にされた。
しょうがないじゃない。あたくしが優れているのだから。
困ったことに、あたくしを求める貴族の令息たちも、誰一人として、あたくしを満足させてくれなかった。
自分より低レベルな相手とは、お付き合いできませんわ。
ああ、こんな風にして、あたくしは独りになっていったのね。
使用人に対しても、あたくしは冷たかった。
誰一人として、あたくしより紅茶を美味しく淹れられないのですもの。
結局――
あたくしはシリウス王太子と結ばれることになった。初めて出会ったダンスパーティーの夜、彼にダンスを教えてあげたのがきっかけね。
足の運びも稚拙で体幹もぶれていた王太子に、ワルツを手ほどき。シリウスは顔はいいけど、気弱そうで自信もなくて……。
悲しくなるほど、退屈な殿方だった。暗君にはならないでしょうけど、あたくしを基準にしたら無能で、軽蔑すらしていた。
ほどなくしてシリウスとの婚約が成立。ロレンツォ伯爵家が王家の外戚になるためのものだった。
彼と結婚。王太子妃になると、シリウスとともに王家の会議にも参加するようになった。
国が抱える諸問題を、あたくしは次々に解決策を提示して片付けた。
だって、できてしまうのだもの。
当初、国王陛下を始め、みんながみんな、あたくしを称賛した。
けれど、二度三度と続けるうちに、あまりにあたくしの意見が正解ばかりなので、段々王家の人たちに畏れられるようになっていった。
子供の頃からずっと、そうだったから慣れている。慣れてしまったのが、そもそもの過ちなのかもしれない。
会議ではシリウスの提案の穴をすべて論破した。彼は喋らなくなった。
だって、間違っているのだもの。
黙っていれば、あたくしが解決策を授けてあげるのだし。
なのに彼ったら「少しは控えて欲しい」ですって。
あたくしは、普通の人々からすれば……傲慢だったみたい。
こんなのが王族だなんて。良いモノを良いと認められないなんて。
あたくしは会議で、改革を打ち出した。血統ではなく、実力を備えた有能な者が上に立ち、政治を動かしていくべきだと。
これが、決定的だった。あたくしに毒ワインを運んだのは、あたくしの口だ。
すっかり王宮で孤立した。悪評がどこからか流れ始め、あたくしを庇う者は皆無だった。
最後に――
機密情報の漏洩の疑いがかけられた。濡れ衣ね。もう、シリウスとの関係はすっかり冷え切っていたから、彼がそうしたのだと確信した。
王宮法廷では自己弁護をしたけれど、判事が国王陛下では、あたくしがいくら正しさを訴えたって、勝ち目はない。
本当に……あたしって愚かね。
他者の気持ちなんて、どうなってもいいと思っていたのだから。
だから――
あたくしは毒を飲んだ。
もう、思い残すことはない。誰も愛さず、誰からも愛されなかった女が一人、この世界から消えたのだ。
・
・
・
目が覚めるなんて、思ってもみなかった。
そこは夜会で、目の前には一年前のシリウス王太子がいた。
手を差し出して彼はこう言うはずだ。
「一曲、いかがですか?」
あたくしは……戻ってきたみたい。死んだのか、それとも生と死の狭間にある夢の続きをみているのか。
彼の手を、今度こそ……そっと取る。
「あの……ワルツを教えていただけますか殿下?」
「え? 君ほどの才女がダンスは苦手なのかい?」
あたくしに苦手なことがあるとすれば、それは誰かとともに手を取り合って生きること。
「はい殿下。あまり……お見苦しいところをお見せしたくはないのですが」
「ああ、なんと慎ましやかなんだ。構わないさ。実は僕もワルツが苦手なんだ。けど……楽しもう」
ハッとした。初めて彼の顔を見た時には感じなかった、不思議な感覚。
シリウスは無邪気な少年のように瞳を輝かせた。
ちゃんと、あたくしを見てくれている気がした。
これが夢なら覚めないで。
曲が流れる。おぼつかない足取りを演じてついて行く。
今度こそ、上手くやらないと。下手な振りをするのって、普通に踊るよりも大変。
リズムをわざと外して、それでも破綻させないように、相手に気づかせないように。
シリウスが眉尻を下げた。
「どうしたのかなロザリア? 緊張してる? ほら、リズムキープなんていいじゃないか」
「皆様が見ています」
「大丈夫だよ。僕が一番下手なのだから。君が少し苦手なくらいでも、全然目立たないさ」
ああ、そうか。シリウスは弱さを知る人だったんだ。だから誰かに優しくできるんだ。
あたくしは――
上手くやろうとすることを止めた。音楽に身を委ねて彼と楽しむことにした。
・
・
・
再び……といっても、シリウスにとっては初めてみたいだけど、婚約が成立した。
すぐに婚姻が結ばれて、あたくしは王太子妃だ。
初めての結婚では何も感じなかったけど、シリウスの優しさを知った今回の挙式は、嬉しかった。
王宮に入って暮らすようになると、ともかくあたくしは自分を弱く見せようと苦労を重ねた。
意識してダメな素振りをしなきゃいけない。
なんて、つい、こんな気持ちになってしまう。
ともかく、使用人たちに頼ることにした。着替えも手伝ってもらうし、紅茶も自分では決して淹れない。
してもらったことに感謝を言葉できちんと伝える。将来、裁判になってまた毒を飲む怖さがあった。
けど、毎日を普通の王太子妃として暮らすうちに、感謝の言葉が自然と出るようになっていった。
メイドたちからは「脱ぎっぱなしにしないでください」と怒られたり。
以前は誰もが、あたくしを畏れて意見なんてしなかった。まるで友達感覚。
今はそんな距離感さえ、心地よくなってしまった。
・
・
・
王家の会議に呼ばれるようになると、あたくしは借りてきた猫のように大人しくした。
遅々として進まない議論。的外れな提案。解決の糸口さえ出ないのを、やきもきしながら口を閉ざす。
意見を求められれば「それよりみんなでピクニックに行きません?」と、はぐらかした。
国王陛下が困り顔で頭を抱えたけど、気にしない。
結局、あたくしが傲慢なことには変わりなかった。
ただ、会議のあと、夜にシリウスと二人きりになった時に、彼にそれとなく「今日、拝聴していて思ったのですけれど」と、伝えるべきことをそっと伝えた。
シリウスったら「なるほど!」だって。本当に素直な人なんだと気づいた。彼は、あたくしに「会議の場で遠慮せずもっと意見を言った方がいい」とまで言ってくれた。
前回の「少しは控えてくれ」と言ったシリウスとは大違い。ううん、変わったのは、あたくしか。
あたくしはシリウスに「難しい政治のお話しは苦手です」とニッコリ微笑み返した。
・
・
・
王に即位したシリウスはベルティアの賢王と近隣諸国から一目置かれる、素晴らしい王様になった。
どんな小さな会議でも必ず王妃のあたくしが同席する。その場では花瓶に活けられた花みたいに溶け込むだけ。
シリウスと二人きりになったら、要点だけを伝える。
彼は「君こそ賢王の名にふさわしいのに」と、あたくしの正体に気づいてしまったみたい。
だけど、毒ワインを飲むようなことにはならなかった。
あたくしに心を許してくれた人々に、こうして今は溺愛されている。
そろそろ大きくなってきたお腹が気になるところだ。
「陛下、あたくしがいない間も、きちんと賢王の名に恥じない働きをなさってくださいまし」
「ああ、約束するよ」
生まれてくるのが王子でも王女でも、優秀すぎるようなら、あたくしと同じ轍だけ踏ませないようにしないと。
シリウスがいてくれるなら、きっと上手くいくわよね。
頼りにしているわね、あなた。
見つめ合うと自然と距離が近づいて、シリウスは優しく唇を重ねてくれた。




