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1.異形の魂

 シェイプシフター


それは不定の姿を持つもの。


街を行く人々を見る。人々が作る社会を見る。

みんな人間だ。耳がとがっていようが背が小さかろうが獣の特徴を持っていようが。

僕も人間だ。でも人間じゃない。

街を人々が行きかう。埋めようのない孤独を身に隠し、僕は仕事場に向かった。


「おい!モルフ!お前なんて辞めちまえ!」


親方の怒号が僕に突き刺さった。僕はまた間違えたのか。

ここは街の木工工房。僕は下っ端の雑用だ。


「この木は湿気に弱い材質だから必ず陰干ししろと言ったはずだよな!」


確かにそんなことを言われた気がする。でも他のどうでもいい雑用を押し付けられて覚えていなかった。


「なんでほおっておいた!」


放置していない。ただわからなかった。わかろうとしたけどお前たちが僕を無視した。


「もういい!お前は帰れ!二度と顔を見せるなぁ!」


僕の心があふれそうだった。必死に蓋をする。だめだあふれる。僕の手が粘り気を持ち始めた。だめだ!

僕は走った。悲しかったからじゃない。いや悲しかったけど、それよりこのままだと僕が僕でなくなる。

心を失う。すべてを憎みだした僕の感情が心を捨てろとささやく。それはだめだ。

だから僕はすべてを置き去りにするために工房を走り去った。


 自分の部屋に戻って来た僕はベッドの上でひざまずいてうずくまる。なぜ僕だけがこうなのだろう。

なぜ僕はこの街にあふれている人のようにうまくいかないのだ。おのれの運命はもう呪い飽きたが、どうにもならない負の感情を僕は心に押し込めようとしていた。


 家賃3万ゴールドの狭い部屋。家財は何もない。そして僕の財布は空になりつつあったし、先月の家賃も払っていない。

別の仕事を探すか?でも同じだろう。僕は他人に興味を持てない。また重大な事を僕は分からなくなって悲しみを繰り返すだけだ。


僕はもうあきらめた。最後に残った百ゴールド硬貨一枚を指ではじく。表が出たら、まだ人間であろうと頑張る。裏が出たら感情の赴くまま獣になろう。獣になってしまって思う存分喰らおう。あの親方を喰い殺そう。僕を仲間はずれにする人間を全部喰い殺す!


僕はコインをはじいた。


 真夜中。僕は街道を東に往く。あの名も知らぬ街から逃げてきた。でも僕は久しぶりに気分が晴れていた。

僕の口には血の跡がべったりとついていたし、背嚢には金貨がたくさんあった。

皮肉だった。人間で有り続けようと思えば、茨の道を這いつくばって進むしかなかった。そして同じはずの人間からは足蹴にされ、たくさん苦しんだ。でも。一度獣になってしまえばとても楽だった。貧弱な人間の姿のまま街を行けば怪しまれなかった。

強固なカギは1mmを通れる粘性生物になれば意味をなさない。寝息を立てている親方やその妻と幼い子供を食い殺すには狼になれば簡単だ。全部貪り喰って喰い殺してやった。


口の血を洗おうと近くの川に近づく。水面に僕の顔が映る。人間の顔が映るはずのそれには穴が開いていた。口も鼻も目も虚無で塗りつぶされていた。




 僕は汗みどろで目を覚ました。いつの間にか寝ていた。空を見ると夢と同じ真夜中だった。僕は結局この街を去った。

親方は殺してないし、金貨も奪っていない。僕は最後に残った少しの荷物を背嚢に入れ、人のまま街道を進んだ。


 もうすぐ明け方になるころ、僕は街道から離れた平原のふちで肉を焼いていた。さっき兎を狩った。弓矢はおろか、剣の類も持っていないが、僕には神に呪われた異形の武器がある。あの故郷を焼いた、おぞましき炎が残した武器。僕は人の姿だけではなく数種類の魔物の姿をとれる。でも決して便利なものではない。長く獣の姿でいれば人の心は薄れる。僕が他人に興味を持てないのも、生き残るために使った力の対価だった。


兎の足をかじる。獣臭さが鼻についたが、さっきまで変化していたシルバーウルフの本能はその匂いに満足していた。


その時視線を感じた。ふと後ろを見ると。頭からフードを被ったローブの旅人の姿があった。彼は言った。


「すまないけど、その肉を売ってくれないだろうか。」


軽やかで澄んだ声だ。女性だった。僕は悩んだ振りをしてその旅人を観察する。肌を隠しているけどとても綺麗だ。

髪も不自然なほど整っている。身を隠すローブは汚れてボロボロなのに彼女の体にはその汚れが届いていないようだった。


僕は兎の半分を差し出した。彼女は僕の親切に対価を払い、食事を共にする。

だが、お互い黙っている。僕は身の上を明かすことは無いし、彼女も何も語らない。場所と食糧を共有するだけの仲。


 無心に兎の肉を口に入れる彼女の動きが止まる。それは狼を発見した兎のような動きだった。

彼女が街道を見る。僕が逃げてきた方だ。男が3名。彼女をみて近づいてくる。

不自然だった。姿は山賊のようだが、歩き方が訓練された者のそれだ。

彼らはいきなり腰の剣を抜き放ち駆けてくる。彼女は食べかけの兎を放りだし走った。街道を離れ平原の奥へ潜ろうとしている。

男のうち2人はそちらを追いかける。内一人は僕に剣を突き出し問うた。


「あの女とどういう関係だ。」


ただならぬ圧を感じる。


「ただ食糧を分けただけです。僕は何も見てないし聞いていません。本当です。」


精一杯の説得と恭順のサインだ。


「そうか、わかった。悪かったな。」


そういいながら笑顔と共に剣を鞘に戻そうとする男。だが僕の中の獣が知覚した。彼の腕の外側の筋肉が収縮する様を。

僕は周りを視る。目ではなく夜を飛ぶ獣の受容器官で。目撃者は居ない。覚悟を決める。


男は剣の切っ先を鞘の内側に押し付けて力をためる。そしてそれを一気に解放した。

彼のなまくらに偽装された業物が僕を一刀両断した。


袈裟切りにされた個所から僕の身体が崩れ落ちる。男は剣をふるって血を落とそうとする。だがそれは落ちない。

何故なら血ではなく、粘りつく粘性生物「スライム」の体液だからだ。それに気づく男は一瞬で冷静になり反撃を試みる。

だが遅かった。

スライムになった僕が男の顔に張り付く。男の顔の皮と肉を溶かし体を増殖させる。そしてそれで彼の気管と食道をふさぐ。

男は手で僕をはがそうとするが無駄だ。時間とともに顔の肉の養分で男の肺を僕で満たす。男が声にならぬ声を漏らす。

そして謎多き男は哀れにも顔を焼かれ陸上で溺れ死んだ。


僕は時間の許す限り男の顔や、個人を識別できる特徴を焼いた。あとは魔物や野生動物が処理してくれるだろう。


 僕は人の心が消え去っていない事を確認し、姿をシルバーウルフへと変化させる。

後の2人を迅速に始末しなければ。必要ならばあの女も。

厄介なことになった。そう思いながら僕は平原を4つ足で疾走した。


気が向いたら続きを書きます。

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