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お父様が帰ってきました

「ふぅ……すっごく楽しかった!」

『それは良かった!』

『また遊ぼうね、リデル!』



遊び終えた後、精霊たちは慎重にリデルを地面に降ろし、手を振りながら元の場所へと帰って行った。



(本当に楽しかったなぁ……)



精霊たちと別れたリデルは、シルフィーラたちの元へと戻った。



「リデル、とっても上手だったわよ」

「はい、まるで妖精のようでした」

「えへへ……みんなのおかげです」



リデルは照れ臭そうにしながら自身が元いた場所に座った。



「運動したら何だかお腹空いちゃいました!」



バスケットの中に残っていたサンドイッチに再び手を伸ばした。



「まあまあ、食べ過ぎちゃダメよ?」

「リデルお嬢様は本当に可愛らしい方ですね」



そんなリデルを見た二人は愛しそうに目を細めた。



(お義母様の言う通りだけれど……まぁ今日くらいはいいよね!)



そう思いながら手に取ったサンドイッチを口に運んだ。

すると、リデルが食べている隙を見て、侍女が横にいたシルフィーラに小さな声で話しかけた。



「――奥様、先ほど使用人たちの会話を耳に入れたのですがどうやら本日旦那様が公爵邸に帰ってくるようなのです」

「……まぁ、旦那様が?」



それを聞いたシルフィーラは一瞬だけ驚いたように目を瞠った。

二人の会話を傍でハッキリと聞き取ったリデルももちろん驚いた。



(お父様が……帰ってくる……?)



リデルは父である公爵とは別邸から公爵邸に向かうときに一度会ったきりで、会話をしたことすらない。

父親とは名ばかりで、ほとんど他人である。



(……お父様が帰ってくるなんて、憂鬱だなぁ)



リデルは実の父親に対してあまり良い感情を抱いてはいない。

その理由は自分でも分かるほどハッキリしている。



(お義母様を蔑ろにしてるから)



そう、こんなにも優しくて美しい正妻を放置して愛人にかまけているというのがどうも気に入らなかった。



「そう……旦那様が……」



夫が帰ってくると聞いたシルフィーラは、どこか複雑な感情を抱いているようだった。

無理もないだろう。

普段から公爵は正妻である彼女を放っておいて愛人の元へ入り浸っているのだから。



そんな人が帰ってくるだなんて、何だか鬱な気持ちになった。

もしかしたら父もまた、マリナたちと同じようにシルフィーラにキツく当たるかもしれない。



「お義母様……お父様が帰って来るんですか……?」

「……!」



リデルの瞳が不安げに揺れていることに気が付いたシルフィーラは、すぐにいつものように優しい笑みを浮かべた。



「そうよ、お父様が帰って来るの。そして今日は家族全員で夕食を共にする晩餐会が開かれるそうよ」



――晩餐会



家族全員が参加するということはリデルやシルフィーラも無論行かなければならない。

そしてそこにはマリナやライアスも一緒だろう。



「旦那様が屋敷に帰って来られたときは毎回開かれるのですよ、お嬢様」

「リデル、不安かしら?」

「はい……」

「大丈夫よ、私も一緒だから。怖いことなんて何も無いわ」



シルフィーラはそう言ったが、果たして彼女は怖くないのだろうかとリデルは疑問に思った。

マリナは明らかにシルフィーラを憎んでいるし、ライアスも夫に放置されている彼女を見下しているようだった。

そしてそこには自分を蔑ろにして愛人にかまける夫までいる。



(今は私がいるけれど……)



――きっと私がここへ来る前は彼女の味方など一人もいなかったに違いない。

リデルは自分のことよりもシルフィーラのことで不安になった。



「お父様やお姉様たちとただ美味しい料理を食べるだけよ?何も心配いらないわ」

「お義母様……」



シルフィーラはリデルを勇気付けるように言ったが、それでも夜になるまで不安が消えることは無かった。





***





そしてすぐにそのときはやってきた。



あっという間に昼が過ぎ、時刻は夜の七時。

晩餐会まであと一時間である。

リデルは今日帰ってくる父親を出迎えるために、エントランスへと向かっていた。



(もうすぐお父様が帰って来るんだよね……)



リデルがエントランスへ到着すると、そこには既にマリナを始めとした腹違いの兄弟たちが出揃っていた。

そしてその中にはリデルが初めて見る顔の女の人もいた。



「今日こそお父様に気に入ってもらうんだから!」



そう意気込んでいるのは公爵の最初の愛人の子供であるマリナだ。

どうやら彼女はかなり気合いを入れているようで、これでもかと美しく着飾っている。



「お父様の寵愛を一番に受けているのは私よ!邪魔しないでよね!」



それに反論したのは隣にいた美しい女の人だった。

年齢はマリナよりも少しだけ若く見える。

そして彼女もまた、ベルクォーツ公爵家の象徴である黒い髪と青い瞳をしている。



「クララ!アンタ何様のつもりよ!」



二人がいがみ合った。



(クララ……)



――クララ・ベルクォーツ



おそらく彼女がミーアがいずれ会うと言っていた二人目の愛人の子供だろう。

そして彼女もまたマリナと同じで性格はあまり良くないようだ。



「お父様は私を一番に愛しているわ!アンタなんかじゃない!」

「何ですって?」



マリナとクララが争いを始めたそのとき二人の間に入り込んだのは、それまでずっと傍観に徹していたライアスだった。



「ハァ……いい加減目を覚ませ。女のお前たち二人じゃどう足掻いても俺には勝てない。公爵家の跡取りは俺しかいないんだから」

「ライアス……ぐぬぬ……」



正論過ぎたのか、クララが悔しそうに顔を歪めた。

ライアスの言う通り、この公爵家で男児は彼だけだったから。

順当に行けば彼が次期当主となる。



しかし、マリナはそんなライアスに勝ち誇ったような笑みを向けた。



「フッ……そんなこと言っていられるのも今のうちだけよ……私には最大の武器があるんだから……」

「……何?」



ライアスとクララが怪訝な顔をした。

何故かマリナは随分と機嫌が良さそうだった。



「まぁ、それは後で分かるわ。二人とも驚くでしょうね」

「「……」」



三人が醜く言い争っている最中、突如公爵邸に侍従の声が響いた。



「――旦那様がお帰りです!」

「「「!」」」



その声で途端に三人は争いをやめて背筋をピンと伸ばした。



(本当にすごい変わり様だなぁ……)



そんな彼らに内心呆れ果てていたが、そのときちょうどシルフィーラも階段から降りて来た。



(お、お義母様……何とお美しい……!)



夫を出迎えるために軽くメイクを施して髪をハーフアップにしたシルフィーラは、例えるならまるで女神のように美しかった。



「シルフィーラ……!」



それを見たマリナとクララが顔をしかめた。

どう足掻いても美しさでは敵わないということを自分でも分かっているのだろう。



それから少ししてエントランスの扉が開き、侍従を引き連れた父親が入って来た。



「……!」



リデルは扉から入ってきた父親の姿をじっと目に焼き付けた。



――オズワルド・ベルクォーツ



ベルクォーツ公爵家の当主であり、リデルを含めた四人の子供の父親である。

そして、シルフィーラの夫でもあった。



「「「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」」」



オズワルドの姿を見た使用人たちが一斉に頭を下げた。



「お父様、お帰りなさい!」

「お父様!」

「父上!」



オズワルドの姿を見るなり、先ほどまで言い争っていた三人は我先にと父親の元へ駆け寄った。



「お父様、お荷物をお持ちしましょうか?」

「力の無いお前では無理だろう、俺がやる」

「お父様、今日はどうしてもお話したいことがあったんです」



そして三人全員がオズワルドに媚を売るようにして話しかけた。



(お義母様にはあんな態度を取っていたのに……!)



家族の中でリデルとシルフィーラだけが完全に置き去りになっていた。

しかしリデルは別に父親に気に入られたいとは思っていないので、彼らのように媚を売ろうとは思わなかった。

リデルには大好きな義母がいるから。



そうやってしばらくの間三人はオズワルドの目の前で攻防を続けていた。



(お父様は誰を一番可愛がっているんだろう……?)



リデルはそう思って目の前にいる父親の姿をじっと観察してみる。

しかし、驚くことにオズワルドは自身の三人の子供たちにこれといって興味を示しているようには見えなかった。



(え……?)



それだけではない。

オズワルドが彼らを見る目には何の感情も宿していなかった。

憎しみを抱いているというわけではないのだろうが、かといって愛情を抱いているわけでもない。

おそらく無関心なのだろう。



(…………どうしてなの?)



あれが果たして実の子供に向ける目だろうか。

リデルがふと横にいるシルフィーラにチラリと目をやると、シルフィーラは子供たちに囲まれているオズワルドを切なげな瞳でじっと見つめていた。



(お義母様……)



いつも笑顔で明るいシルフィーラのそんな顔は初めて見た。

そうしてしばらくの間オズワルドを見つめていたシルフィーラだったが――



「リデル、私たちはもう行きましょうか」



突然何かを諦めたかのようにふっと顔を逸らしたかと思うと、リデルの方を向いた。



「あ、はい、お義母様!」



リデルはシルフィーラの差し出した手に自分の手を重ねた。

包み込むように握られたその手からは、シルフィーラの温もりを感じた。



(私たちにとってはここにいても時間の無駄だもんね……)



二人はそのままオズワルドたちに背を向けて歩き出した。

しかし、彼らの様子が気になったリデルは一瞬だけ後ろを振り返った。

そこで信じられない光景を目にすることになる。



「……!」



オズワルドが、この場から離れていくシルフィーラの後ろ姿を凝視していたのだ。



その瞳は先ほど子供たちに向けているような無機質なものではなく、どこか寂しさや悲しさが込められていた。

ついさっきシルフィーラがオズワルドを見ていたときと似たような目。

それはまるで、シルフィーラがこの場から立ち去ることを悲しんでいるようだった。



(……何なんだろう)



いつも愛人の元へ通ってシルフィーラを蔑ろにしているくせして、この男は一体何のつもりなのだろう。

どうしても父の行動が理解出来なかった。



(……知らない)



リデルはあえてそんな父を無視してシルフィーラと共に歩き続けた。



晩餐会が始まるまではあと一時間程ある。

それまではゆっくりしようと思い、シルフィーラと共に部屋へと向かうことにした。



リデルとシルフィーラは二人並んで彼女の部屋へ行き、ソファに座った。



「晩餐会まではまだ時間があるわね」

「はい、お義母様」



シルフィーラはどうやら久しぶりに帰って来た夫にこれ以上会う気は無いらしく、晩餐会までは部屋に閉じこもっているつもりのようだ。



「リデルは何かやりたいこととかある?興味のあるものとか……」

「いえ……特には……あ!」



シルフィーラに尋ねられたリデルは、突然何かを思い付いたかのように声を上げた。



「どうかした?何かあるの?」



シルフィーラは期待を込めた眼差しで見つめた。



「お義母様、私刺繍をしてみたいです……!」

「まぁ、刺繍を?」

「はい、ミーアさんが前にお義母様は刺繍がお上手だと言っていて……」

「もう、ミーアったら」



シルフィーラは照れたように頬を軽く染めた。



「私、お義母様に刺繍を教わりたいんです……!」

「……私に?」

「はい、是非!」

「…………そこまで言うなら仕方がないわ、刺繍道具を持ってきてちょうだい」

「はい、奥様」



それからしばらくして、部屋を出て行った侍女が刺繍に必要な道具を全て揃えて戻ってきた。



「ありがとう、それじゃあ始めましょうか」

「はい!」



リデルが刺繍を習いたいと言ったのには理由があった。

それはいつかシルフィーラに自分の手で刺繍したものをプレゼントしたいと思ったからだ。

もちろん彼女には内緒で。



「ここをこうやってするのよ、リデル」

「はい!お義母様!」



リデルは張り切りながら、人生で初めての刺繍に精一杯取り組んだ。



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