お義母様とピクニックをします
時はあっという間に過ぎ、リデルが公爵邸に来てから一週間が経った。
「リデル!今日は天気が良いからお庭でピクニックでもしましょう!」
「お義母様!」
あれからというもの、リデルはかなりの時間を義母となったシルフィーラと共にした。
(本当に優しい人……)
「行きましょう、リデル!」
「はい、お義母様!」
それからリデルたちはピクニックの準備をして公爵邸にある庭へ出た。
「本当に良い天気ね!日差しが暖かいわ!」
長い髪を後ろで三つ編みにして外に出たシルフィーラは、雲一つ無い青空の中で輝く太陽を見て眩しそうに目を細めた。
(ま、眩しい!)
もっとも、リデルにとっては太陽よりもシルフィーラの方がよっぽど眩しかったが。
「奥様、雑用は私が……」
リデルとシルフィーラについて来ていた侍女が地面にシートを敷いた。
「あら、ありがとう」
リデルたちはそこに座り、シルフィーラがシートの上に厨房から持って来ていたバスケットを置いた。
「貴方も座ってちょうだい。一緒に食べましょう」
「え……で、ですが奥様……」
「いいのよ、そんな細かいこと気にしないで」
二人の傍に立っていた侍女がシートの空いているところに遠慮がちに正座した。
侍女が座ったのを確認した彼女はシートの上に置いたバスケットを開けた。
「わぁ……とっても美味しそう……!」
バスケットの中に入っていたのは種類豊富なサンドイッチだった。
中を見たリデルと侍女の顔に笑みが広がる。
「二人ともたくさん食べてね」
シルフィーラはそんな二人を見て笑いながら言った。
「はーい!」
「私、紅茶を持ってきます!」
リデルは紅茶を取りに行った侍女が戻ってくるまで待とうと思ったが、いざ美味しそうな料理を目の前にすると我慢することなど到底出来なかった。
結局、レタスとハムのサンドイッチを一つ手に取って口にした。
(美味しい……!)
一つ食べると、もう手が止まらなくなった。
美味しそうにサンドイッチを頬張るリデルにシルフィーラが尋ねた。
「リデル、美味しい?」
「はい、とっても……」
リデルにとって公爵邸で食べる食事はどれも本当に美味しいものばかりだった。
「リデルが嬉しそうで私も嬉しいわ」
「お義母様……」
「後でこれを作ってくれた料理長にお礼を言いに行きましょうね」
「はい、お義母様!」
それから少しして、紅茶を取りに行っていた侍女が戻って来た。
「奥様、リデルお嬢様、お待たせいたしました!」
「あら、紅茶を持って来てくれたのね。ありがとう」
「あ、ありがとうございます!」
侍女はティーカップに三人分の紅茶を注ぎながらリデルに言った。
「お嬢様、私に対して敬語はいけません。お嬢様はベルクォーツ公爵家のご令嬢なのですから」
「あ……は、はい……」
ガチガチに固まってしまっているリデルを見て、シルフィーラがクスクスと笑った。
「リデルったら、また敬語になってるわよ」
「あ……!」
公爵令嬢だと言われても突然すぎてまだ慣れていない。
そんなリデルの気持ちを理解したのか、侍女が優しく付け加えた。
「慣れるまでは時間がかかるでしょうが……少しずつでかまいませんから」
「あ、はい!じゃあ慣れたら外します!」
リデルがそう言うと、侍女は嬉しそうに笑った。
『――あれぇ?初めて見る顔の子がいるなぁ』
「!?」
その瞬間、どこからか声がした。
「だ、誰……!?」
驚いて辺りを見回してみるも、誰もいない。
もしかすると聞き間違いだったのだろうか。
しかし、隣に座っていたその声を聞いてシルフィーラがハァとため息をついた。
「こら、出てきなさい」
『はーい』
幼い子供を叱りつけるかのようにそう言ったシルフィーラのすぐ後に、再び声が聞こえた。
(い、一体誰なの……?)
もう一度キョロキョロと周囲を見渡してみるも、やはり誰もいない。
困惑するリデルをよそに、シルフィーラは謎の人物の声と会話を続けた。
「もう、リデルが驚いちゃうでしょ」
『へへ、ごめんなさーい』
そのとき、シルフィーラの肩からピョコッと何かが飛び出した。
「キャッ……!」
リデルは驚いて思わず後ろに飛び跳ねてしまった。
怯えながらも、シルフィーラの影から飛び出した何かをよく観察してみる。
「も、もしかして精霊……?」
『正解!』
その正体は、幼い男の子の姿をした精霊だった。
背中には羽が生えていて、大きさはリデルの手の平に乗ってしまうほどのサイズである。
「わぁ……!」
本でしか見たことの無いその姿に、リデルは言葉が出なかった。
「リデル、驚かせてごめんなさいね」
「い、いえ……」
(精霊って実在したんだ……!)
そう思いながら、シルフィーラの周りを飛び回っている精霊をじっと眺めた。
「ルー、ご挨拶を」
『あ、はーい』
そこでルーと呼ばれた彼は、リデルの前でピタリと動きを止めた。
『初めまして!僕の名前はルーって言うんだ!』
「は、初めまして……」
ルーはニッコリ微笑んだ後、リデルの肩に乗った。
『そうだ、せっかくだから僕の仲間を紹介しよう!』
「な、仲間ですか……?」
『みんな!こっちにおいで!』
ルーのその呼びかけに、庭園の影から次々と精霊が飛び出してきた。
『呼んだ?ルー』
『その子は一体だぁれ?』
『何か良い香りがする~』
大きさは同じだが、姿形は一人一人全く違う。
男の子の精霊もいれば、女の子の精霊もいる。
来て早々、バスケットの中のサンドイッチをつまみ食いしようとしている食いしん坊な子まで。
『あ、シルフィーラだぁ!』
『ほんとだ、シルフィーラ!』
そんな精霊たちはシルフィーラを見るなり、嬉しそうに彼女の周りを飛び回った。
「みんな、久しぶりね」
『シルフィーラ!』
彼らはシルフィーラの肩や手の平に乗って楽しそうに踊り始めた。
その光景をポカンと見つめているリデルに、侍女が声を掛けた。
「奥様は精霊に好かれていらっしゃるのですよ」
「精霊にも好き嫌いとかってあるんですか?」
「そうですね、精霊は心の綺麗な人間が好きですから」
「なるほど……」
シルフィーラがやたらと彼らに好かれているのはそういう理由があったようだ。
彼女なら納得の理由である。
そのとき、後に来た精霊たちがリデルの方を見た。
『シルフィーラ、あの子を紹介してよ!』
『シルフィーラのお友達~?』
『初めて見る顔だなぁ』
そこでシルフィーラがリデルの方を見た。
「あの子はリデル。私の娘になったのよ!」
『え、シルフィーラの娘だったの!?』
それを聞いた途端、シルフィーラの傍に集まっていた精霊たちが一斉にリデルの元へと駆け寄って来た。
『よろしくね、リデル!』
「あ……よろしくお願いします……」
『もう、堅い堅い!もっと楽にしてよ!』
「あ、はい……」
しかしそう言われても、やはりまだ慣れない。
普通の人間と違って、彼らは精霊だったから。
(精霊がこの世に存在しているということだけでも驚いたのに……)
生まれて初めて目にする精霊にガチガチに固まったリデルを見たルーが、仲間たちにある提案をした。
『そうだ、新しく友達になった証としてあれやってあげようよ』
『わぁ、それは良い提案だね!』
『やろうやろう!』
精霊たちはリデルを置き去りにして何やら勝手に話を進めている。
「……?」
疑問を浮かべながらその光景を見ていたリデルに、ルーが突然あることを尋ねた。
『――リデル、空を飛んでみたいと思ったことはない?』
「…………え?」
――空を飛ぶ。
もちろん絵本を見ながら何度か憧れを抱いたことはあったものの、やってみたいと思ったことは無かった。
だってそんなこと出来るはずが無いから。
そんなことは子供でも分かる。
(空を……飛べるの……?)
期待するかのようなリデルの反応を見たルーが何かを確信したかのように笑った。
『大人は無理だけど、小さな子供なら僕たち複数人の力を合わせれば空を飛ばせることが出来るんだ!』
『そうそう!僕たちすごいんだ!』
精霊たちは自慢げにそう言った。
任せろというその顔を見て、リデルは無意識にコクコクと頷いていた。
『じゃあ、決まりだね!』
その言葉と同時に、精霊たちがリデルの周りを一斉に取り囲んだ。
『じゃあ、行くよ。せーのっ!』
『『『『『『せーのっ!』』』』』』
ルーの掛け声に合わせて、全員が手の平をリデルに向けた。
しかし、特に大きな変化は感じられなかった。
それから精霊たちは再び声を合わせて両手に力を込めた。
『もう一回いくよ!せーのっ!』
『『『『『『せーのっ!』』』』』』
精霊たちが再び声を合わせたその瞬間、リデルの体がゆっくりと宙に浮かび始めた。
「…………………え」
リデルは地面から浮き上がった自身の足を見て、驚愕に目を見開いた。
(ほ、ほんとに浮いてる……!)
それからも精霊が力を込めるたびにリデルの体はどんどん高く浮かんでいき、やがて公爵邸の屋根付近にまで到達した。
リデルが空に浮かび上がったのを確認した精霊たちが、すぐに高く飛び上がって傍まで駆け寄った。
『リデル!自由に空を飛び回ってみて!』
そう口にしたのは最初に出会った精霊のルーだった。
しかし、突然そんなことを言われたところで何をどうすればいいのか分からない。
「ど、どうやって……」
『両手を広げて、こうするんだ!』
それを見たリデルがルーの真似をして体を動かした。
「両手を広げて……こうッ!」
ルーに言われた通りにやってみると、リデルの体は空中で少しずつ動き始めた。
「わぁ!すごいすごーい!」
「上手だよ、リデル!」
それからリデルは精霊たちと一緒に、空を飛び回った。
(あれ、そんなに難しくもないかも……?)
この短い時間で完全にコツを掴んだリデルは、精霊たちと共に空中を自由自在に動き回った。
『リデル!こっちこっち!』
「まてまて~!」
そしてそんなリデルたちを、シルフィーラと侍女は温かい目で地上から見守っていた。