お義母様とお出かけです
外に連れ出されたリデルは、シルフィーラと共に一時間ほど馬車に乗りある場所まで来た。
シルフィーラに言われるがままに馬車から降りたリデルは、目の前に広がった光景に目を見開いた。
「お義母様、ここはどこですか?」
「ここは海辺の街よ!」
「海辺の街……」
どうやらリデルが今シルフィーラと共に来ているのは、海の近くに形成された都市である港町のファビアスというところのようだ。
馬車が停まった辺り一帯には色とりどりの家が立ち並んでいて、遠くにお城のような建物も見える。
(綺麗……)
海が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
そしてその付近では訪れた観光客のためにボートがいくつも出されていた。
「わぁ……とっても綺麗です、お義母様!」
「そうでしょう?ここはいつ見ても美しいわね」
生まれて初めて見る美しい景色にキャッキャッと騒ぎ始めたリデルを、周囲の人々が注目した。
しかし、ベルクォーツ公爵家の一員になってまだ間もないリデルよりも人々の関心はその隣にいる美しき公爵夫人シルフィーラへと向かっていた。
「ねえ、あれってベルクォーツ公爵夫人じゃない?」
「本当だ、何て美しさなんだ……!」
奇跡の美貌を持つシルフィーラを見て頬を赤らめる者。
「どうして公爵様はあんなに美しい人を放っておいているんだろう」
「決まってるでしょ!きっとあの美貌を台無しにしてしまうくらい性格が悪いのよ」
「あの頬の傷は一体何だ?まさか、公爵様がやったんじゃ……」
訳アリのベルクォーツ公爵家を面白おかしく噂する者。
シルフィーラを見た人々の反応は三者三様だった。
しかしリデルとシルフィーラはそんな根も葉もない噂話など気にも留めなかった。
「お義母様、私あれやりたいです!」
リデルは海に浮かんでいる観光客の乗ったボートを指差した。
それを見たシルフィーラが困ったように笑った。
「本当は行くつもりは無かったんだけど……もう、仕方ないわね」
「やったぁ!」
シルフィーラははぐれないようにリデルの手を引いて海辺まで向かった。
「こんにちは、お二人様ですか?」
「ええ、頼むわね」
リデルは一足先に海に浮かんでいるボートへと乗り込んだ。
そしてその後にはシルフィーラが続いた。
穏やかな海を、二人の乗ったボートがゆっくりと進んで行く。
「わぁ、こんなの初めてです!」
初めての体験に感極まって、リデルは思わずボートから身を乗り出した。
「あまりはしゃぎすぎると落ちるわよ」
そんなリデルを見て、クスクス笑いながらもシルフィーラは軽く注意をした。
「お義母様、海って広いんですね」
「そうね、この世界の大半は海だから」
リデルはボートの上から果てしなく続く海をじっと眺めた。
よく晴れた空も相まって、より一層海の美しさが引き立っているようだ。
(本当に綺麗だなぁ……)
気付けばリデルは終わりの見えないこの海から目を離すことが出来なくなっていた。
二人の間を吹き抜ける涼しい夏の風が心地良い。
こんなにも気持ちの良い空間は初めてだった。
しばらく海を眺めた後、リデルとシルフィーラはボートから降りた。
「お帰りなさいませ、シルフィーラ様、リデル様」
降りた先では二人の外出について来ていた侍女のミーアが待っていた。
「ただいま、ミーア」
「ただいま!」
ボートから降りてすぐ、昼の十二時を知らせる鐘の音が街中に鳴り響いた。
どうやらもう正午のようだ。
(もうそんな時間……?そういえば、お腹空いたな……)
鐘の音を聞いたシルフィーラが二人にある提案をした。
「じゃあ、次は美味しいものでも食べに行きましょうか」
「え、本当ですか!?」
「もちろん!」
「わーい!お義母様大好きー!」
シルフィーラとリデルとミーアの二人を連れて街のレストランへと向かった。
何でもシルフィーライチオシの店があるようだ。
「二人とも、ここが私のオススメするお店よ!昔から大好きなのよ!」
「わぁ……ここが……」
「良い雰囲気ですね」
海辺沿いにあるその店では、美しい海を眺めながら食事をすることが出来るという特権付きだ。
店主がシルフィーラと知り合いだったということもあって、リデルたちは一番眺めの良い席を用意してもらうことが出来た。
「美味しそう!」
そこで出てきたのは近くの海で獲れた新鮮な海の幸だった。
初めて見る美味しそうな食事に、リデルの目がキラキラと輝いた。
「お義母様!これとっても美味しいです!」
「まぁ、それは良かったわ」
「流石はシルフィーラ様ですね。良いお店です」
「うふふ、ありがとう」
リデルはそこで二人と昼食を摂った。
(ふぅ……美味しかったなぁ……)
食べ終えて満腹になったリデルに、シルフィーラが声を掛けた。
「リデル、お腹も膨らんだことだしそろそろ目的地へ行きましょうか」
「え、これが目的じゃなかったんですか?」
「ふふふ、残念だけど不正解よ」
「……?」
それから二人は再び歩き始めた。
しばらくして、リデルが連れて来られたのは遠くに見えていた大聖堂だった。
「お、おっきい……」
港町にある大聖堂は、まるで物語に出てくるお姫様が住んでいるお城のようだった。
「リデル、大司教様に祝福を貰いに行きましょう」
「祝福……ですか?」
「ええ、ヴォルシュタイン王国の貴族なら誰しもが通ってきた道なのよ」
リデルはよく分からないままだったが、とりあえず言われるがまま大聖堂に入った。
「リデル、こっちよ」
「あ、はいお義母様!」
二人はそのまま礼拝堂へと向かった。
中に入ると、一際目立つステンドグラスが目に入った。
そこで待っていたかのように一人の老人がリデルたちを出迎えた。
「お久しぶりです、ベルクォーツ公爵夫人」
老人は胸に手を置いてシルフィーラに挨拶をした。
「お久しぶりですわ、大司教様が元気そうで何よりです」
「ハハハ……この老いぼれはまだまだ長生きしますよ」
冗談っぽく言った大司教の視線が、今度はリデルに向けられた。
「そちらが新しく養女となられたリデル様ですか?」
「はい、今回は祝福を授けて頂ければなと……」
「もちろんです、では早速準備をしてきます」
それだけ言うと、大司教は奥へと入って行った。
(何をするんだろう……?)
しばらくして、大司教が戻ってきた。
特に変化は無いように思える。
「それではリデル様、こちらへ」
「あ、は、はい!」
リデルは身を固くしながらも、大司教の前に移動した。
それを確認した大司教は、目を閉じて何かを唱え始めた。
リデルには何を言っているかなどもちろん分からない。
(な、何だろう、何だか緊張する!)
その瞬間、リデルの体を白い光が包み込んだ。
「!?」
光はしばらくの間リデルの小さな体を覆っていたが、時間が経つにつれて少しずつ小さくなっていった。
そして光が消え、今度は金色の粒子が大聖堂の中に降り注いだ。
「わぁ……綺麗……」
リデルは自身に降り注いだ金色の粒子を一つ手の平に乗せた。
粒子はリデルの手の平でひとしきり輝いた後、跡形も無く消えていった。
(祝福ってこれのことだったのかぁ……)
リデルが納得していたそのとき、大聖堂の中から驚いたような声が聞こえた。
「こ……これは……」
ふと見てみると、目の前にいた大司教がリデルを見て目を大きく見開いていた。
(え……何……?)
「長い間司教をしていますが、こんなのは初めてです」
「え……?」
「リデル、貴方今一体何したの!?」
「お、お義母様……!?」
シルフィーラも驚愕の表情でリデルを見つめている。
(何!?私何かしたの!?)
心当たりが無く、大いに困惑していたそのとき、大司教が突然フッと笑った。
「どうやら、神がリデル様を祝福してくださっているようです」
「か、神が……?」
「やっぱりリデルは普通の子供では無かったんだわ!」
それを聞いてはしゃぐようなシルフィーラの声が聞こえた。
気付けば彼女はすぐ傍まで来ていた。
(よ、よく分かんないけどすごいことなのかな……?)
嬉しそうな顔で何かを話し合うシルフィーラと大司教。
一方のリデルは、わけも分からずただその光景をポカーンと見つめていた。