お義母様と屋敷の中を探検します
「さぁ、リデル!行きましょう!」
「は、はい……お義母様……」
シルフィーラはノリノリである。
そんな彼女を見た通りすがりの使用人たちが口々に言った。
「奥様、随分と張り切ってるわね」
「ええ、そうね。可愛い娘が出来て嬉しいんじゃないかしら」
「何だかあんなにイキイキしてる奥様は久しぶりに見る気がするわ」
そこに悪意や敵意はまるで感じられず、シルフィーラがどれだけ使用人たちに好かれているかを一瞬で感じ取った。
「まずはどこから案内するべきかしら……私の部屋はさっき行ったから……」
公爵邸を案内するとは言ったものの、慣れないことに開始早々頭を悩ませるシルフィーラにミーアが助け舟を出した。
「奥様、旦那様の執務室はいかがでしょうか?中に入ることは出来ないでしょうが、もしかするとお嬢様がこれから旦那様にお呼ばれされることもあるかもしれません」
「それが良いわ!そうしましょう!」
ミーアの言葉にシルフィーラは良い提案だとでも言いたげにポンと手を叩いて頷いた。
「それじゃあ早速行きましょうか」
「はい、お義母様」
リデルとシルフィーラは再び手を繋いで公爵邸の廊下を歩き始めた。
「奥様、リデルお嬢様。おはようございます」
「ええ、おはよう」
「あ、お、おはようございます……」
その道中、廊下で何人かの使用人たちとすれ違ったがあからさまにシルフィーラに敵意を示すマリナとは違って皆がリデルたち二人に友好的であった。
その光景を見たリデルは公爵邸に来てからもう何度目かの驚きを見せた。
(この人たちはきっと……私とお母様を違う人間として見てくれてるんだ……!)
リデルは世間から見たら公爵夫人を殺そうとした女の娘だった。
恨まれて当然、虐げられて当然だと、そう思っていた。
だが、シルフィーラを始めとしたこの邸にいる人間たちはきっとリデルを罪人の娘ではなく普通の女の子として見てくれているのだ。
(……嬉しい)
「――リデル、お父様の執務室に着いたわよ!」
考え事をしていたリデルは、シルフィーラのその声で顔を上げた。
「ここが……」
「ええ、お父様の執務室よ。これからお父様に呼び出されたらここへ来ればいいわ」
リデルの目の前には茶色い二枚扉があった。
他の部屋よりも扉の作りが若干豪華で、これならすぐに覚えられそうだ。
「……はい、案内してくれてありがとうございます」
リデルは隣にいたシルフィーラを見上げてコクリと頷いた。
そんなリデルを見下ろした彼女は優しく笑い返した。
「次はどこへ行こうかしら?そうね、一通り部屋を見ておきましょうか」
「あ、はい……お義母様……」
それからリデルはシルフィーラに手を引かれて公爵邸の中を歩き回った。
「リデル!ここが厨房よ!」
「お、奥様!?それにリデルお嬢様まで……」
休憩中だった料理人たちは、突然やって来たシルフィーラとリデルを見て慌てて礼を尽くした。
「あら、そんなに堅くならないで楽にしてちょうだい」
シルフィーラのその声で料理人たちが顔を上げた。
「もう知っていると思うけど、改めて紹介するわ。新しく私の娘になったリデルよ!とっても可愛いでしょう?」
シルフィーラがリデルの肩に手を置きながら、まるで自慢の娘を見せびらかすようにして言った。
料理人たちの視線が一斉にリデルに集中する。
「よ、よろしくお願いします!」
ペコリとお辞儀をしながら挨拶をすると、瞬く間に料理人たちの顔に笑みが広がった。
どうやら彼らは初対面からリデルに好印象を抱いたようだ。
「初めまして、リデルお嬢様」
そして、そのうちの一人の料理人がリデルの前で彼女と視線を合わせるようにして膝を着いた。
リデルの父である公爵と同じくらいの年齢の穏やかで優しそうな男性だった。
「私はベルクォーツ公爵家の料理長をしています。アルベルクと申します」
「あ、初めまして!リデルです!」
リデルも料理長に挨拶を返した。
そこでシルフィーラがリデルの後ろから口を挟んだ。
「アルベルク!今日の食事もとっても美味しかったわ!」
「私などまだまだ未熟者ですが……そう言ってくださり光栄です、奥様」
「何を言っているの!貴方はこの国最高の料理人よ!それに、皆もいつも本当にありがとう」
シルフィーラが厨房にいた料理人たち全員に視線を向けた。
「お、奥様……!」
「私たち使用人にそんなことを言ってくれるだなんて……!」
料理人たちが感動したかのように涙目になった。
(お義母様は本当に色んな人に好かれているんだなぁ……)
リデルはそんなシルフィーラを横目で見ながらそんなことを思った。
「じゃあ、私たちはそろそろ行くわね」
「はい、奥様!」
料理人たちとの挨拶を終えた後、リデルとシルフィーラは一度厨房を後にした。
それから二人が次に訪れたのは――
「わぁ……!お義母様、これは一体……」
「これはね、ベルクォーツ公爵家の歴代公爵一家たちよ」
別の部屋へと向かう途中の廊下で、たくさんの肖像画が飾られていた。
おそらく歴代公爵と、その家族たちが描かれているのだろう。
「リデルの描かれた肖像画がここに飾られる日も近いかもしれないわね」
「もしそうなら、お義母様と一緒がいいです!」
「まぁ、とっても嬉しいわ」
リデルは長い廊下に飾られていた肖像画を一つずつ視界に入れていく。
そして、その中のある一つの画に目を奪われた。
「これってもしかして……お義母様とお父様ですか?」
「!」
リデルはその肖像画の前に立ってシルフィーラに尋ねた。
数多くある肖像画の中で、今目の前にいるシルフィーラと、馬車の中でチラッと見た父親にそっくりな二人が描かれているものがあった。
訪ねられた彼女は肖像画をしばらく見つめた後、少し照れ臭そうに頷いた。
「ええ、そうよ」
「わぁ……!」
絵の中で美しく微笑んでいるシルフィーラは今よりも少しだけ若い。
しかしその美しさは相変わらず健在である。
(本当にお似合いな二人だなぁ……)
紙の劣化からしておそらく十年以上前に描かれたものだろう。
シルフィーラと父公爵が並んでいるところを初めて見たリデルは、あまりの美しさに目がクラクラした。
絶世の美女であるシルフィーラと、その隣に並んでも違和感の無い父親。
普段は疎遠になっていると聞く二人だが、こうして見ると本当に仲の良い夫婦に見える。
(何よ、いつもは愛人の元へ入り浸っているくせに……)
しかし、リデルはその肖像画を見て何だか悔しい気持ちになった。
大好きな義母とそんな彼女を蔑ろにしている父親がお似合いだということを認めたくなかったのかもしれない。
「あれ……この隣にあるのって……」
「ああ、それは先代公爵閣下の肖像画ね」
リデルは次に、シルフィーラと父親の絵のすぐ横に飾られていた肖像画に目を留めた。
父公爵に顔立ちがどことなく似ている男性が描かれていたため、つい釘付けになってしまったのだ。
(やっぱりお父様のお父様だったんだ……)
しかし、そんな彼には他の公爵たちと違う箇所が一つだけあった。
(あれ……髪と瞳の色が違う……)
ベルクォーツ公爵家の人間は皆黒い髪と青い瞳を持って生まれると聞いていたが、先代公爵閣下の髪は茶色で、瞳の色も青色ではない。
リデルはそれを疑問に思ってシルフィーラに聞こうとしたが――
「見て、リデル!貴方のお父様もいるわ!」
「え……?」
リデルが口を開く前にシルフィーラが絵の中を指差した。
肖像画をよく見てみると、先代公爵閣下の隣には青年時代の父公爵の姿も描かれていた。
(あ……ほんとだ……)
少しあどけなさが残るが、それは間違いなくリデルの父親の姿だった。
おそらく成人する前の父公爵だろう。
シルフィーラはそんな自身の夫を見てキャッキャッと嬉しそうにしている。
(お義母様……可愛い……)
それからしばらくの間、リデルは廊下に飾られている絵画に目を通していた。
そこで気付いたのは、先代を除いた全ての歴代公爵がリデルと同じ黒い髪に青い瞳をしているということだ。
(でも、腹違いの兄弟たちの描かれたものは無いんだなぁ……)
リデルがそんなことを考えながら辺りを見回していると、突然扉がガチャリと開いた。
扉から顔を覗かせたのはついさっきまで共にいた侍女のミーアだった。
「奥様!馬車のご用意が出来ましたよ!」
「あら、本当?」
それを聞いたシルフィーラはくるっと振り向いて笑みを深めた。
(え、何……?)
しかし、何も知らされていないリデルはただただ困惑した。
「ば、馬車……?お義母様、一体どういうことですか……?」
「リデル、内緒にしててごめんなさいね。でもどうしても貴方と一緒に行きたいところがあったのよ」
「行きたいところですか……?」
「まぁ、詳しい話は後にして早く行きましょう!」
「あ、お、お義母様……」
リデルはよく分からないまま、シルフィーラに外へと連れて行かれた。
結局このとき、リデルの疑問は解決しないままだった。