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お義母様と朝ごはんを食べます

「リデル、ちょっと遅くなっちゃったけどご飯にしましょうか」



頬の手当てを終えたシルフィーラは彼女の自室のベッドサイドに座らせていたリデルに話しかけた。



「あ、はい!」



ちょうどお腹が空いていたリデルはシルフィーラのその提案に頷いた。



「行きましょう、リデル」

「あ……」



そこでシルフィーラはリデルに手を差し出した。

実母とも手を繋いだことなど一度も無かったリデルは一瞬どうするべきか悩んだ。

しかし――



「……はい」



リデルは自然と手を伸ばし、シルフィーラの手をギュッと握った。

そんなリデルを見たシルフィーラがクスッと笑いながらその小さな手を握り返した。



(……温かい)



そしてそのままリデルとシルフィーラはミーアを引き連れてもう一度食堂へと向かった。

もちろん二人手を繋ぎながら。



(何だか安心する……)



先ほどまではあれほど不安感を覚えていたのに、シルフィーラとこうしていると拭いきれなかったその感情が消えていくようだった。

それは紛れもなく、リデルにとっては生まれてから一度も受け取ったことのない母の愛だった。



それから少しして、今度こそ食堂へと到着した。

誰かに会ったらどうしようと思っていたリデルはほっと胸を撫で下ろした。



「リデルはここへ来るのは初めて?」

「はい、お義母様」

「そう、これからしっかりと食事のマナーを覚えていかないとね」

「マ、マナー……ですか……?」

「ええ、リデルはもう公爵令嬢なんだから」



シルフィーラのその言葉で、リデルは自分が高貴な身分の人間になったのだということを改めて実感した。



(何だか難しそう……)



リデルとシルフィーラはそれぞれ席に着いた。



食堂にあるテーブルの上に用意されていた食事は全部で六人分。

しかしここにいるのはリデルとシルフィーラの二人だけである。



(どうして……)



その疑問を読み取ったのか、ミーアがリデルの傍まで来てそっと耳打ちした。



「本当なら、家族全員で食べるのが普通なのですが旦那様はほとんど本邸へ帰って来ず、養子となった方々もいつもいらっしゃらないので……」

「そ、そうだったんですね……」



そういうことだったのかと納得出来たが、何だか悲しい気持ちになった。



(じゃあ、この料理たちは捨てられるのかな……)



「それに関しては心配いりません、お嬢様」

「え……?」



後ろからリデルの顔を覗き込んだミーアが付け加えた。



「手を付けていない料理は私たち使用人の賄いとなっておりますので」

「あ……それはよかった……」



リデルが安心してそう答えたそのとき、腹の音が食堂中に鳴り響いた。



「「……」」



豪快なその音を聞いて、固まるシルフィーラとミーア。

もちろんリデルも例外ではなかった。



(は、は、恥ずかしい……!)



リデルの顔は真っ赤になった。

きっとはしたない子供だと思われてしまっただろう。



しかし、二人の反応はリデルが予想していたものとは大きく異なった。



「ふ……ふふふ……」



シルフィーラは笑いを我慢出来ないと言ったように声を上げて笑い始めた。

リデルの近くから移動して彼女の後ろに控えていたミーアもこみ上げてくる笑いを必死で堪えているような顔をしている。



「す、すみません……」

「リデルったら、そんなにお腹空いてたのね。それなら早く食べましょう」

「あ……はい……」



リデルはかなり恥ずかしい思いをしたものの、結局空腹には勝てずナイフとフォークを握って目の前にある料理に手を付けた。

しかし、テーブルマナーなどもちろん教わったことの無いリデルはガチャンと音を立ててしまった。



「あ、すみません……」



慌てて謝罪するも、シルフィーラは不快感を露わにすることも無くただただ温かい目で見つめているだけだった。



「リデルお嬢様のテーブルマナーのお勉強は明日から始めることにしましょう」

「そうね、いつあの人が帰って来るか分からないから……」



シルフィーラとミーアはリデルに聞こえないような小さな声で話した。

しかし、リデルは耳が良かったのかしっかりとその言葉を聞き取ることが出来た。



(お、お勉強かぁ……)



勉強という言葉を聞いたリデルはガックリと肩を落とした。



「リデル、美味しい?」

「はい、とっても美味しいです」



シルフィーラは料理を口に運びながら、時々視線を移してリデルの食事の様を静かに見守っていた。

そんな彼女の食事の所作は、この世のものとは思えないほどに美しかった。



(本当に綺麗……)



背筋をピンと伸ばして物音一つ立てずに優雅に料理を口に運ぶ姿はまさに淑女の鑑だった。



(私が一体何年勉強すればああなれるんだろう……?)



「ふふ、奥様が美しすぎてリデルお嬢様が見惚れてしまっているようです」

「あ……」



そこでリデルは自分がシルフィーラをじっと凝視してしまっていたことに気が付いた。



「あら、そう思ってくれるなんて嬉しいわ」



シルフィーラは冗談っぽく笑いながらそんなことを口にした。

公爵夫人の顔を凝視するだなんてかなり失礼なことだというのに、シルフィーラは気分を害すどころか嬉しそうに笑っていた。



「ふぅ……美味しかったわ。ご馳走様」



リデルより先に食事を終えたシルフィーラは、ナプキンで口元を軽く拭いた。

またしてもそんな彼女から目が離せなくなっていた。



(あっ!私も早く食べないと……!)



それからしばらくしてリデルも急いで食事を終えた。

ナイフとフォークをテーブルに置き、食事を終えたことを確認したシルフィーラが口を開いた。



「リデル、自分の部屋の場所はもう覚えたかしら?」

「あ、いえ、それがまだ……」



公爵邸はリデルが以前暮らしていた別邸とは比べ物にならないほど広かったため、リデルは未だに自分の部屋の場所すら覚えられずにいた。

それを聞いたシルフィーラが、何故かパァッと顔を輝かせた。



「まぁ、そうだったのね!なら、この後私と一緒に公爵邸の中を探検しましょうか!」

「た、探検……ですか……?」

「私が公爵邸の中を案内するわ!二十年近くここで暮らしてるんだから、任せて!」



屋敷の案内など本来なら公爵夫人のすることではない。

しかし完全にその気になっているシルフィーラを止められる者は誰もいなかった。




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