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国王陛下に謁見

リデル、シルフィーラ、オズワルドの三人が本当の意味で家族になったあの日から一ヶ月が経った。



「んん……」



早朝リデルはベッドから起き上がり、着替えを始めた。

もうすぐオズワルドとシルフィーラの二人と朝食を摂る時間である。



「よし!準備完了!」



着替えを終えたリデルは部屋の外に出た。

彼女が向かっているのはもちろん、父と母の待つ食堂だ。



あれから本当に色々なことがあった。



まず、マリナとクララ、そしてその母親たちは公爵家を追放された。

マリナの頼みの綱であったヴァンフリード殿下は罪を犯した彼女を完全に見捨てたようだ。

しかし、シルフィーラが彼女たちに最後の慈悲として市井に下りても当分は暮らせていけるだけの金銭を渡したそうだ。

オズワルドはそんな妻の行動を理解出来ないというような顔をしていたものの、あえて止めるようなことはしなかった。



ライアスは身分剥奪の上に国外追放となった。

何故国外追放まで加えられたのかというと、シルフィーラの身を案じたオズワルドが国王陛下に直々に頼み込んだらしい。

彼は二度とヴォルシュタイン王国の土を踏めなくなったようである。



もちろん彼の悪事に加担したシャティ・リベリス嬢も無事ではいられなかった。

父親であるリベリス侯爵により勘当され、平民となったそうだ。



そして、先代公爵夫人エリザベータは領地に軟禁という形でこの一件は終わりを迎えた。

オズワルドの話によるとどこへ行こうにも見張りの騎士がついて来るため、もう二度と勝手な行動は出来ないだろうとのことだ。



「あ……」



食堂への道を歩いていたリデルは、何かを思い出したかのように立ち止まった。

そして突然、くるりと方向転換をすると来た道を急いで戻り始めた。



リデルがやって来たのは、まだ公爵邸に来て日が浅かった頃にシルフィーラと共に訪れた場所だった。

歴代公爵家の肖像画が飾られている廊下。



「……」



リデルはベルクォーツ公爵家の長い歴史を表しているこの廊下をゆっくりと歩いた。

そして、一番新しく飾られた画の前で足を止めた。



絵の中にいたのはオズワルド、シルフィーラ、そしてリデルの三人だった。

少し前に描いてもらった三人の肖像画である。

その絵が完成してからというもの、リデルは毎日のようにここに足を運んでいた。

三人が本当の意味で家族になったのだと、この絵が表してくれているようで。



「……」



そしてその隣には、オズワルドの父――先代公爵の肖像画が飾られていた。

そのすぐ傍には絵の中で優しく微笑むオズワルドもいた。

こうして見てみると本当に仲の良い親子のようだ。



(お祖父様……)



リデルは父からの話でしか聞いたことのない祖父の肖像画の前で、手を合わせた。



――どうか、天国で幸せに暮らしていますように。



リデルは心の中でそう願って、ようやく歩みを進めた。

そして、今度こそ家族の待つ食堂へと向かった。

足取りが羽根のように軽い。



「お父様、お義母様!おはようございます!」



リデルは大きな声で中で待っている父と母に挨拶をしながら食堂の扉を開けた。



「リデル、おはよう」

「今日はいつもより遅かったな。寝坊したのか?」



食堂に入った途端、シルフィーラとオズワルドは笑顔でリデルを出迎えた。

この三人で食事をするのは、正直今でもまだ慣れない。

こんなにも幸せな日が訪れるとは、全く予想していなかったことだ。



「お父様、お義母様、今日は天気が良いからお庭でお茶しましょうよ!」

「あら、それは良いわね」

「お前、だんだんシルフィーラに似てきたな」



ベルクォーツ公爵家の食堂に三人の楽しそうな笑い声が響いた。

少し前までギクシャクしていたのが嘘のようである。



「お義母様、それでね……」

「まあ、そんなことがあったのね」



楽しそうに会話をするリデルとシルフィーラを、オズワルドは終始優しい瞳で見つめていた。

しかし食事の途中、ふと何かを思いついたかのように彼がリデルに話しかけた。



「そうだ、リデル」

「はい、お父様」

「近いうちに国王陛下に会うことになるだろう」

「え、私がですか?」

「ああ、そうだ」



ベルクォーツ公爵家の後継者はリデルだともうほとんど決まったようなものである。

これからは次期当主として社交の場に出ることも増えるだろう。

しかし、リデルはまだ一度もそのような経験は無いし、国王とも会ったことは無い。



(だ、大丈夫なのかな……)



「正式な後継者となれば、この先会うことも増えてくるだろう。今のうちに慣れておいた方がいい」

「その通りね」

「……」



ヴォルシュタイン王国の最高権力者に会うとなって、リデルの気持ちは分かりやすく沈んだ。



「リデル、不安かしら?」

「お義母様……」

「きっと大丈夫よ。そんなに不安にならないで。貴方は誰よりも優秀な子なんだから」



シルフィーラの安心させるような優しい笑みに、リデルの心はすぐに落ち着きを取り戻した。






***






そして、その日はリデルが思ったよりも早くやって来た。



「国王陛下にご挨拶申し上げます」

「――顔を上げろ」



その声でオズワルドたちが顔を上げた。



リデルは今、人生で初めて感じるほどの緊張感を味わっていた。

生まれて初めて父親を見たときや、先代公爵夫人であるエリザベータに会ったときとは比べ物にならないほどの。

隣には正装姿のオズワルドとシルフィーラが並んで立っている。



リデルたちが今いるのはヴォルシュタイン王城にある謁見の間だ。

何でも王がリデルに興味を抱いたらしく、次に登城するときは是非ご家族でと遠回しに言われたようだ。



「よく来たな、ベルクォーツ公爵」

「お久しぶりでございます、陛下」



リデルは目の前の王をじっと見つめた。



(この人が……ヴォルシュタイン王国の国王陛下……)



ヴォルシュタイン王国のトップである国王は、頬杖をつきながら玉座に座ってリデルたちを見下ろしていた。

一言で言えば怖いおじさんである。



「ベルクォーツ公爵夫人も元気そうで良かった」

「ありがとうございます、陛下」



王の言葉にシルフィーラが軽く頭を下げた。

そして次に、王の視線は二人の間にいたリデルに向けられた。

獣のような鋭い視線に、リデルは思わず固まってしまった。

そんな娘を見たシルフィーラがツンツンとつついた。



「リデル、ご挨拶を」

「あ、は、はい……」



そこでリデルはようやく自分が犯した失態に気が付いた。



「お初にお目にかかります。リデル・ベルクォーツと申します」



リデルは王の前で以前よりもかなり上達したカーテシーを披露した。

王の後ろに控えていた宰相が、まだ幼いにもかかわらず洗練されたカーテシーを見て感心したかのようにほうっと息を漏らした。

しかし、肝心の王はそれを見ても黙ったままである。

それどころか、不機嫌そうな顔をしている。



「――公爵」

「はい、陛下」

「まさかとは思うが、そこにいる小娘をベルクォーツ公爵家の次期当主にするつもりではあるまいな?」



リデルの肩がビクリとなった。

そう簡単に認められるとは思っていなかったが、予想以上に厳しい言葉である。



「そのまさかですよ、陛下。リデルは公爵家のたった一人の後継者です」

「ほう……」



小娘という言葉が気に食わなかったのか、オズワルドは眉をピクリと上げた。

そんな彼を見て、ヴォルシュタイン王が面白そうに口の端を上げた。



「……」



再び王の視線がリデルを捉えた。

その冷たい瞳に恐ろしくなったが、ここで目を逸らしてはいけないと思い、負けじと王を見つめ返した。



「……」



王は顎に手を当てながらじっとリデルを見つめていたが、突然オズワルドの方を向いたかと思うと不満げな言葉を漏らした。



「その娘が次期当主になれるほど優れているようには見えないが」

「そう思っていらっしゃるのなら、それは大きな間違いです」

「……何?」



王は怪訝な顔でオズワルドを見た。

そんな王に、彼はハッキリと告げた。



「リデルは賢い子です」

「それを私の前で証明出来るのか」

「もちろんです」



彼は負けじと王に言い返した。



(ちょ、ちょっと待ってよ、お父様)



このときばかりは父を恨んだ。



「では娘に聞こう。お前は公爵家の当主になって何がしたい?」

「えッ……」



王からの突然の質問にリデルは困惑した。



(な、何その質問……急……)



当主になって何がしたいか、そんなことは考えたことが無かった。

考えた末に、リデルが出した答えは――



「それは――」






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