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リデル出生の秘密

「あの……」



控えめなリデルの声に、二人が反応した。

オズワルドから叔父であるオースウェルの話を聞いた後、リデルは自身が最も知りたかったことを尋ねようとした。



何度も聞こうとしたが、結局いつも聞けずじまいだった話。

オズワルドとシルフィーラにとってそれはパンドラの箱であるような気がして、どうしても聞くことが出来なかったのだ。



「どうした、リデル?」



言いにくそうにしたリデルを、オズワルドとシルフィーラがじっと見つめた。

父親から向けられたその瞳は、以前よりも優しかった。

二人ともリデルが話すのを待ってくれているのだ。

それを見ると、ソワソワしていた気持ちが落ち着いていくようだった。



(……今なら、言える気がする)



リデルは一度深呼吸をしてから、口を開いた。



「マリナ様たちの父親がお父様では無いということは知っていましたが…………じゃあ、私は?私はどうやって生まれたんですか?」

「「………」」



予想通りと言うべきか、二人は黙り込んでしまった。



実際、リデルはそのことがずっと引っ掛かっていた。

シルフィーラとオズワルドは他人の入る隙も無いくらいに愛し合っていた。

それなら何故自分という存在は生まれたのか。

一時は自分もオズワルドの子供ではない……という可能性も考えたが、それは少し前に侍従であるカイゼルにキッパリと否定された。



どうしても真実を知りたかった。

知る必要があると思った。

たとえそれが、どれほど残酷なことだったとしてもだ。



「――お父様、お義母様」

「旦那様……」

「そうだな……隠し事は出来ないな」



リデルの真剣な眼差しに、オズワルドは観念したかのように重い口を開いた。





***




十三年前。



ベルクォーツ公爵家にはそのとき既に愛人の子供が二人養子として迎えられており、あれほど愛し合っていた公爵夫妻の仲は冷え切っていた。



そんな中でまたしても事件は起こってしまう。

オズワルドは領地の視察の帰りにある一人の女と出会う。

女は酷く痩せ細っていて、肌はガサガサ。

帰る場所が無いのだということが誰から見ても一目瞭然だった。



「おい、大丈夫か?」



自身の治める領地内でのことだ。

オズワルドはそんな彼女を放っておけず、声をかけた。



「……」



女の濁った瞳がオズワルドを視界に入れた。



「カイゼル」

「はい、旦那様」

「この女を保護してやれ」

「承知致しました」



それからオズワルドは侍従に命令して女を保護させた。

そして女はベルクォーツ公爵邸へ行くこととなる。



後に分かったことだが、どうやら彼女は金に困り、路頭に迷っていたようだった。

オズワルドはしばらくの間は公爵邸で面倒を見て、女の容態が回復したら働き先を見つけてやるつもりだった。

しかし、彼女は頑なにそれを嫌がった。



「公爵様!私はずっとここにいたいのです!ここを離れるだなんて嫌です!どうか私をここに置いてくださいませんか!」



オズワルドは困り果てたが、結局女の圧に負けて妻であるシルフィーラの侍女として雇うことを決めた。

彼がこのような決定を下したのには色々と訳があった。

まずは女とシルフィーラの年齢が近かったこと。

それに加えてシルフィーラは何かとこの女を気にかけていたため、良き相談相手になるだろうと思ったからだ。



――しかし、この女が原因でさらにシルフィーラとの溝が深まってしまうことを彼はまだ知らない。



その女の名前はリアラ。

それは、リアラが公爵家の侍女になってから三年が過ぎた頃のことだった。



「旦那様、お茶をお持ちしました」

「入れ」



オズワルドのその一言で彼の執務室の扉が開いた。



「お前……」



中に入って来たのはリアラだった。

何故シルフィーラの侍女が、と不思議に思ったものの他に手の空いている人間がいなかったのだろうと特に気にしなかった。



それからリアラはオズワルドの机の上にそっとお茶を置いた。



オズワルドは何の疑いも無く彼女が持ってきたお茶を口にした。

それをすぐ傍でじっと見ていたリアラが醜い笑みを浮かべていることにも気付かずに――



お茶を飲んだオズワルドの身体にはすぐに異変が訪れた。



「……ッ!?」



飲んだ途端に体が熱を帯びた。

一瞬、毒を盛られたのかと思ったがこれは明らかに人を死に至らしめるようなものではなかった。



「お、まえ……茶に……何を入れた……!」



リアラを鋭く睨み付けるオズワルド。

しかしリアラはそんなものにも一切怯まなかった。



「――旦那様」



リアラは動くこともままならないオズワルドにゆっくりと近付いた。

そして彼の傍まで来たかと思うと、彼の身体を触り始めた。



「や、やめろ……!」



オズワルドは不快でたまらなかったが、思うように身体は動かなかった。

そんな彼を嘲笑うようにリアラはニヤリと口の端を上げた。



「ねぇ、旦那様。私ずっと貴方のことが好きだったんです」

「な、何……?」



オズワルドの鍛えられた腹筋を触りながらリアラはポツリポツリと話し始めた。



「初めて貴方を見たとき、本当に美しい人だと思ったんです。漆黒の髪も、宝石のように美しい青い瞳もこの世のものとは思えないくらいに綺麗だった。そして人気のない路地裏で途方に暮れていた私を拾ってくれたそのとき、私は完全に貴方に恋に落ちました」

「は、放せ……」



オズワルドの拒絶など気にも留めずにリアラは話し続ける。



「間違いなく運命だと思ってました。私と旦那様は運命の赤い糸で結ばれた二人なのだと。――ですが、そんな貴方には既に奥方がいた」



そのとき、リアラの声質が異様なまでに低くなった。



「それを知ったとき目の前が真っ暗になりました。全てが憎かった。貴方と結婚した奥方もそれを教えてくれなかった周囲も――私を助けた貴方も」

「……」



オズワルドに盛られた薬は強力なもので、彼ですらもう自我を保てなかった。



「ですから旦那様……」



そこまで言うと、リアラは胸元のリボンをするりと解いた。



「――私に、一時の夢を見させてください」

「や、やめろ……」



リアラを押しのけようとするオズワルドだったが、彼女はそんなこと気にせずに彼に迫った。



「貴方が悪いんですよ?貴方があのとき私を助けるから」



リアラはシルフィーラの侍女になるまで彼女の存在をまるで知らなかった。

ここにいたいと涙ながらに懇願したのも全てはオズワルドの傍にいたいがため。



それなのに、オズワルドに妻の侍女になるようにと言われたときは我が耳を疑った。

愛する人には妻がいたのかと。

そして何故周りはそれを教えてくれなかったのかと。



正気を失ってしまったリアラは、その日何が何でもオズワルドを手に入れて憎き正妻であるシルフィーラを苦しめてやろうと心に誓った。

彼に言われた通り公爵家で侍女として真面目に働き、着々と周りからの信頼を勝ち取っていったのだ。

そして、今回の一件を引き起こした。



「旦那様、私を好きにしてください……」

「う……」



結果として、オズワルドは薬の効力に抗うことが出来なかった。






それからオズワルドとリアラは一夜を過ごした。



「……ハッ!」



朝になって目が覚めたオズワルドは隣で吐息を立てて眠るリアラを見て我に返った。

それが夢ならどれほど良かったか。

しかし、互いに服を着ていないその状況が彼を現実に引き戻した。



「ああ……ああ……」



オズワルドはベッドの上で涙を流した。

苦しかった。悔しかった。薬に勝てなかった自分の愚かさを呪った。

しかし、それ以上に愛する妻を裏切ってしまったということが彼を何よりも苦しめた。



それから彼は公爵邸にいた騎士を呼び、リアラの捕縛を命じた。

彼女はすぐに公爵邸にある地下牢に入れられることとなった。

しかし、オズワルドと一夜を過ごせたのがそれほど嬉しかったのか後悔はしていなさそうだった。



「旦那様、リアラの処遇に関してはどういたしますか?」

「……」



オズワルドは深い悲しみに暮れていた。

自身が他の女を抱いたということはきっとシルフィーラの耳にも入っているだろう。

彼女はもしかすると彼を見限るかもしれない。

そんなことを考えてばかりで、オズワルドは数ヵ月もの間執務をこなすことが出来ない状態にまでなっていた。



「……このままじゃダメだ」



しかし、いつまでもそうは言ってられない。

彼は多くの部下を持つ公爵閣下だったから。

自分がいつまでもこうでは周りにいる者たちを不安にさせてしまうだろう。

それからオズワルドはしばらくして仕事に復帰した。



「旦那様!旦那様に薬を盛ったあの女はやはり処刑するべきです!旦那様と奥様にあれほど優しくしてもらっておきながら、恩を仇で返すだなんて!」

「……そうだな」



いつまでも地下牢に閉じ込めておくわけにはいかないと思ったオズワルドはリアラの処遇を決定するため、彼女が閉じ込められている地下牢へと向かった。



「旦那様!!!」



リアラはオズワルドを見るなり飛び付いた。

数ヵ月もの間牢に入れられていたからか情熱的だった彼女の赤い髪はすっかり色褪せていて、オズワルドがリアラを拾ったあの頃と似た姿をしていた。



「……」



しかし今のオズワルドにとってリアラに抱いているのは強い憎しみだけ。

肉体関係を持ったからといって好きになるだなんてことはありえない。

彼が愛しているのは今も昔もシルフィーラただ一人だったから。



胸の奥から湧き上がってくる憎しみを必死で抑えながらもオズワルドは冷静に話した。



「リアラ、お前は――」

「旦那様!私、妊娠しているんです!」

「……………何?」



オズワルドは自分の言葉を遮ってそんなとんでもないことを口にしたリアラに眉をひそめた。



「旦那様の子供です!間違いありません!」

「……」



オズワルドももちろん最初はそんなこと信じなかった。

しかし、見張りをしていた騎士が時々彼女が体調不良を訴えているということを伝えたとき彼はまさかと思った。



「……いや、まさかな。そんなはずはない」



念のため、オズワルドは医者を呼びリアラの体を診察させた。

すると――



「――ご懐妊です」

「じょ、冗談だろう……?」



それを聞いたときオズワルドは頭を抱えた。

リアラが自身の子供を宿している今、彼女をむやみに処刑することは出来ない。



「旦那様……生まれてくる子供に罪はありません……」

「分かっている……」



結局、オズワルドはリアラの処刑を急遽取り止め母子に別邸を与えたのだった。




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