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オズワルドの悲しき過去

途中オズワルドの回想が入ります。

昼食を終えた二人はリデルの部屋でくつろいでいた。

ソファに座ったリデルの向かい側には、シルフィーラがお茶を飲みながら腰掛けていた。



「お義母様、体は大丈夫なのですか?」

「えッ!?な、何……?体!?」

「……?ライアス様に傷付けられたりしてないかなって」

「あ、ああ、全然平気よ!」

「なら良かったです。……………お義母様、どうしてそんなに顔が赤いんですか?」

「な、何でも無いのよ!」



顔を真っ赤にしてあたふたするシルフィーラを、リデルはきょとんとした顔で見つめた。



(こんなお義母様、初めて見た……)



不思議に思いながらもテーブルの上に置かれていたお菓子を一つ口に運んだそのとき、部屋の扉がノックされた。



「奥様、お嬢様。旦那様がいらっしゃっています」

「お父様が?」

「旦那様……」



それからすぐ、部屋にオズワルドが入って来た。



「シルフィーラ、リデル」

「お父様、どうしてこちらに?」

「二人がここにいると聞いてな」



オズワルドはソファに座っていたシルフィーラの隣に腰掛けた。

彼女はそんな彼から恥ずかしそうに顔を逸らした。



(お父様……)



オズワルドが来たことを確認した侍女が、彼の前にお茶を出した。

彼は出されたお茶を一口飲んでふぅと息を吐いた。

何か用があってここへ来たというわけではなさそうである。



「お父様。お父様に聞きたいことがあったんです」

「何だ?」

「たくさんあるんですけど、全部答えてくれますか」

「……そうだな、俺が答えられるものであれば何だって答えよう」



そこでオズワルドは、部屋にいた侍女を下がらせた。

残ったのはリデルとシルフィーラ、オズワルドの三人だけだ。

侍女が部屋から出て行った後、リデルはすぐに最初の質問をした。



「ライアス様たちはどうなりますか?」

「明日、公爵家から追い出すつもりだ」



オズワルドは何の迷いも無くそう答えた。

もう彼の中では決定事項のようである。



「旦那様……」

「母上は猛反対するだろうが……たとえ王家の血が入っていようともあの三人の父親は罪人だ。その事実は変わらない」

「王家の血……?」

「あ……」



首をかしげるリデルを、シルフィーラが心配そうに見た。

オズワルドはそこでリデルに視線を向けた。



「リデル……そういえばお前、マリナたちの父親が俺では無いことを知っているようだったな」

「旦那様……申し訳ありません……私が少し前にオースウェル様について言ってしまったんです……」

「いいや、かまわない。リデルには知る権利がある」

「……」



オズワルドは視線を少し下に向けてポツポツと話し始めた。



「俺とオースウェル兄上はな、父親が違うんだ」

「え……それってつまり……異父兄弟ってことですか……?」

「あぁ、そうだ」



それから彼は少し悲しそうな表情で自身の過去について語り始めた。



「母上は元々ベルクォーツ公爵家の一人娘だった。この国では爵位を継ぐのは男性であるべきだという考えが強く根付いているから母上は公爵家の当主としては認められなかった」

「……」



(どうしてダメなんだろう……?)



何故男性は良くて女性はダメなのか。

一体男女で何が違うというのだろうか。

リデルにはどうしてもそれが理解出来なかった。



「だが、何百年にも渡って続いている王国の名門公爵家の血を途絶えさせるわけにもいかない。だから母上は婿を取ることにした」

「もしかして、それが……」

「あぁ、そうだ。母上の最初の夫がオースウェル兄上の父親――当時のヴォルシュタイン王国の第二王子殿下だ。先王陛下の弟に当たる人でもあるな」

「……!」



(第二王子殿下……!)



この国で最も高貴な身分である王族だ。



「つまり、オースウェル兄上には王家の血が入っている。もちろんライアスたち三人もだ」

「……だから、お祖母様はあれほどまでにライアス様を溺愛してたんですね」

「そうだ。ライアスは兄上にそっくりだからな。それに加えて母親の身分も申し分ない」



エリザベータは異様なまでにライアスに執着していた。

少し前まではそれを不思議に思っていたが、そういうことならライアスがやたらとエリザベータに気に入られていたのも納得だ。

きっとライアスを自分の息子であるオースウェルに重ねていたに違いない。



「しかし、兄上が生まれてすぐ父である王子殿下は出征先で戦死した。本当に突然のことで母上は深い悲しみに暮れたそうだ。それから少しして、後継者が一人では心許ないからと母上の両親――祖父母は新しく婿を取らせた」

「じゃあ、そっちの方がお父様の実父だったということですか」

「その通りだ、ヴォルシュタイン王国の侯爵令息だった人だ」

「侯爵令息……」



たしかに王族と比べると劣るが、侯爵家であれば名門ベルクォーツ公爵家とも十分家格は釣り合っている。

しかし、このオズワルドの様子からして母であるエリザベータはそのような考えを持ってはいなかったのだろう。



「実際に母上は幼い頃から俺よりも兄上を重宝していた。王家の血を引く兄上を何が何でも後継者にしたかったんだろう。だからといって別に虐げられていたわけではなかったがな。まぁ、俺にもベルクォーツ公爵家の血は間違いなく入ってるわけだし」

「お父様……」



彼は笑いながらそう言ったが、その笑みに哀惜が含まれていることにリデルは気付いた。

オズワルドとオースウェルは同じベルクォーツ公爵家の血を引く子供だったが、その待遇には明らかな格差があったようだ。



「父上は俺はもちろん、兄上のことも自分の息子のように可愛がっていた。そして母上とも良き夫婦になるために尽くしてきた。しかし、母上はそんな夫に無関心なままだった。母上にとって一番大事なのは王族の血が混じっている兄上だったから」

「そ、そんな……!」

「……そして、そんな父上は最期まで母上のことを想いながら死んでいった」



そこでオズワルドは、自身の父親の最期についてを語り始めた。





***




『父上……!逝かないでください……!』



オズワルドはもう何日も床に臥す父の手を握りながら必死で語りかけた。

今にも泣きそうな顔をしている彼に、父親は優しい口調で言った。



『オズワルド……お前ならきっと大丈夫……お前は私よりもずっと有能だからな……』

『父上!』

『…………母さんは、来ていないのか?』



横になりながら部屋の中に視線を彷徨わせた父親が、オズワルドに尋ねた。

彼は一瞬返答に困ったが、正直に答えるほかなかった。



『……はい、母上は来ていません』

『そうか……』



そう、エリザベータは自身の夫の最期にも立ち会わなかった。

しかし、それを知っても父の表情は変わらなかった。

もしかすると、こうなることを心のどこかで分かっていたのかもしれない。



『オズワルド』

『はい、父上』

『母さんを……頼んだぞ……』

『……………父上?父上ッ!!!』



ただそれだけ言い残して、彼は息を引き取った。

大声で泣き崩れるオズワルドを背後に控えていたシルフィーラが涙を流しながらもそっと支えた。

最後の最後まで報われることの無かった想い。

オズワルドの父は死の間際まで妻となったエリザベータのことを気にかけていたのだ。




***




オズワルドが話を終え、それまでずっと彼の話を聞いているだけだったシルフィーラが口を開いた。



「お義父様は本当に優しい方だったわ。いつだって家族のことを一番に考えていた」

「ああ、血の繋がりの無いオースウェル兄上ですら父上には懐いていた。執務面においては天才とまで言われていた前公爵である第二王子殿下と比べられて肩身の狭い思いをしていたはずなのにな」

「お祖父様……」



エリザベータは最後までオズワルドの実父に関心を向けることは無かった。

そのことを考えると、リデルは胸がギュッと締め付けられるような気持ちになった。



「どうして……お祖母様は……そこまでお祖父様のことを……」

「ああ、それには色々と訳があるんだが……」



オズワルドは何から話せばいいのか……とでも言いたげに言葉を詰まらせた。



「そうだな、母上が第二王子だった前夫を深く愛していたというのもあるが……」

「……」

「父上が、前夫の喪が明ける前に迎えられた夫だったというのもあるな」

「……えッ!?」



後妻や後夫を迎えることは貴族においては別に珍しいことではない。

しかし、喪が明ける前に再婚するなどという話は聞いたことが無かったリデルは衝撃を隠しきれなかった。



(そんなことをすればそれこそ社交界で良くない噂が立ってしまう……)



前夫を深く愛していたのなら、エリザベータは一体何故そのようなことをしたのだろうか。

そんなリデルの疑問を読んだのであろうオズワルドが口を開いた。



「ああ、もちろん父上はそのことに関しては無関係だ。母上もだ。それをやったのは先々代公爵夫妻――母上の両親だからな」

「先々代……お祖母様のご両親……」

「いわゆる毒親というやつだな。母上もなかなか苦労して生きてきたようだ」

「毒親……ですか……?」

「ああ、先々代の公爵夫妻は戦死した義理の息子や夫の死で悲しみに暮れている娘のことなど気にも留めなかったそうだ。そのときの彼らにとって最大の悩みは後継者が一人しかいないことだった」

「そ、そんな……!」



それを考えればエリザベータもまた被害者だったのだ。

今までエリザベータを完全な加害者だと思っていたリデルは少しだけ複雑な気持ちになった。



(お祖母様にも色々あったんだなぁ……だからといってお祖父様を蔑ろにしていいわけではないけれど……)



そして、その話を全て聞き終えたリデルはふと気になったことを尋ねた。



「お父様、お義母様。ライアス様と伯父さんはそんなに似ているんですか?」



リデルの問いに、シルフィーラとオズワルドが顔を見合わせた。



「……まぁ、見る人が見れば気付くかも?」

「……遅かれ早かれ、ライアスの出自の秘密はバレていたかもしれないな」

「……」



(そんなに似てるんだ……)



いっそ騒ぎになる前にこうなって良かったのかもしれない。

二人の反応を見たリデルは心の中でそんなことを思ったが、結局それを口に出すことはしなかった。




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