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救出

「だ、旦那様……?」

「ち、父上……」



扉を破壊して現れたオズワルドに、ライアスの顔が青くなっていく。



「お義母様!」

「リデル!」



それから少し遅れてリデルもやって来た。



「……」



オズワルドは無言のままシルフィーラとライアスの元へ近付くと、彼女を押し倒しているライアスの腹部を思いきり蹴り上げた。



「ぐあっ!」



ライアスが苦悶の声を上げて地面に転がった。

しかし、オズワルドにとってはそんなライアスの苦痛などどうだって良いようで彼は汚い物を見るかのような目でライアスを見下ろしていた。



「ち、父上……」

「……」



怯えるライアスに、凍てつくような視線を向けるオズワルド。

彼はそのままライアスの腹を靴で踏みつけた。



「ぐああっ!」



ライアスの呻き声が再び小屋の中に響き渡った。

オズワルドの怒りは相当なようで、今にもライアスを殺しかねない勢いだった。



「ヒ、ヒィ……」



リベリス嬢は完全に脅えているようで、その場にへたり込んで動けなくなっていた。



「旦那様!」



そのことに気が付いたシルフィーラがオズワルドを止めようと声を上げた。



「……!」



そこでオズワルドはライアスから視線を離し、今度は床に倒れていたシルフィーラに顔を向けた。



「……シルフィーラ」

「旦那様……」



オズワルドはその名前を呼びながらゆっくりとシルフィーラの元へ歩み寄り、彼女の前でそっとしゃがみ込んだ。



「……」



そして、シルフィーラの肩を優しく掴んで上半身を起こさせたかと思うと衝動的に彼女を抱き締めた。



「……!」



シルフィーラはオズワルドの胸にすっぽりと入り込んだ。



「だ、旦那様……?」



オズワルドの唐突な行動にシルフィーラの顔が赤くなる。



「良かった……本当に良かった……」



シルフィーラを抱き締めながらそう言ったオズワルドの声は震えていた。



「旦那様……」

「シルフィーラ……俺は……心配で心配で……」



顔は見えなかったが、安堵の涙を流しているのだということが声で伝わってきた。



「だ、旦那様ぁ……」



そこでシルフィーラも安心しきったようにオズワルドの背中に手を回して声を上げて泣き始めた。

誘拐されて怖い思いをしたのだからそうなるのは当然だった。



「……」



リデルはそんなオズワルドとシルフィーラをじっと見つめていた。

普段の二人からは想像もつかない姿である。



(お父様のお義母様……本当に愛し合ってたんだなぁ……)



それからシルフィーラとオズワルドはしばらくの間二人して泣きながら抱き合っていた。



ライアスはというと、オズワルドに向けられた冷たい視線に完全に恐れをなしたのか、二人の邪魔をすることも無くただ怯えた様子でその光景を見つめているだけだった。

リベリス嬢に至っては信じられないものを見るかのような目で二人を見ていた。



「――公爵様」



それから少しして、シルフィーラ捜索に協力していた一人の騎士がコホンと咳払いをしてオズワルドに声をかけた。



「「!」」



そこで二人は見られていることに気付いたのか、ハッとなってお互いに距離を取った。



(今さらそんな風にしなくてもいいのに……)



リデルは初々しい様子の二人を見て心の中でクスリと笑った。



「す、すまない……つい……」

「いえ……気にしておりませんので……」



オズワルドは羽織っていた上着を脱いで、シルフィーラの体をそっと包み込んだ。



「コイツらの捕縛を頼む」

「はい、公爵様」



倒れていたライアスと座り込んでいたリベリス嬢が騎士に手枷を嵌められ、連れて行かれる。



「お、おい!俺はベルクォーツ公爵家の嫡男だぞ!こんなことしてただで済むと思っているのか!」



その罪人のような扱いに、ライアスが不満そうに声を上げた。

しかしそんなライアスの物言いに、オズワルドは不愉快そうに顔をしかめた。



「何を勘違いしているんだ。俺はお前を嫡男にした覚えは無いし、お前に公爵家を継がせるつもりも無い」

「え……?」



ライアスが、衝撃を受けたかのように固まった。



「ま、待ってください、父上。公爵家の男児は俺だけです。普通なら俺が爵位を……」

「継ぐことは無い」

「……ッ!」



ハッキリとそう言われて余程ショックを受けたのか、ライアスの顔が痛ましそうに歪んだ。

そして、今度はオズワルドに敵対的な視線を向けた。



「な、何故ですか……お祖母様もたしかに次期当主は俺だって……」

「何故だと?俺の子供でも無い人間に継がせるわけがないだろう」

「なッ……」



ライアスは絶句した。

近くでその光景を見ていたリデルは、少しだけ彼に同情した。



(ちょっとかわいそう……)



ライアスがやってきたことを思えば因果応報なのかもしれないが、父親の件に関しては本当に知らなかったのだろう。

彼の口元がブルブルと震えている。



「お、俺が父上の子供じゃないなんてそんなことあるわけが……」

「お前は俺の子供じゃない」

「そんな……!」



ライアスは未だに信じられないという顔をしていたが、突然開き直ったかのように叫び始めた。



「じゃ、じゃあ一体誰の子供だと言うんですか!この髪と瞳の色は間違いなくベルクォーツ公爵家の象徴ではありませんか!」

「ハァ……言うつもりは無かったが……」



オズワルドはハァとため息をついた。

たしかに当の本人たちからしたら知らない方が良いことなのかもしれない。



「お前は俺の兄の子供だ」

「あ、あに……?」

「ああ、二十一年前に王の側室と不貞を働いて勘当された兄オースウェルのな」

「!!!」



ライアスは言葉を失った。

まさか自分が罪人の子供だったとは思いもしなかったのだろう。



「お、俺が……罪人の子供……?」



それを聞いたライアスは放心状態になり、一人でブツブツと何かを呟いていた。



「さっさと歩け」



そして、大人しくなったライアスを騎士が無理矢理連れて行った。

そんなライアスの後ろ姿を見送ったオズワルドが、シルフィーラに声を掛けた。



「シルフィーラ、大丈夫か?」

「は、はい……」

「本当に無事で良かった……」

「助けてくださってありがとうございます、旦那様。ですが、どうしてここが分かったのですか?」

「ああ、それはだな……」



そこでオズワルドは言いにくそうに言葉を詰まらせた。

そんな父の様子を見たリデルは部屋中に聞こえるくらいの大声で言った。



「お義母様、お父様ったらすごいんですよ!だって根性でお義母様のこと見つけたんですから!」

「お、おい、やめろ!」

「根性……?」



そう、オズワルドは部屋を出て行ってから当てもなく馬に乗って国中シルフィーラを探し続けていたのだ。

そして見事にここを当ててみせたのである。

もちろん、道中聞き込みをしたりはしていたが。



(本当にすごい執念……)



「そうだったんですね…………リデルもありがとう」

「いえ、お義母様がご無事で何よりです」



そこでリデルはシルフィーラ救出から数時間前のことを思い出した。






***





『リデル、犯人は多分あのライアスって子だよ』

「え!?」



リデルの背に隠れて様子を見守っていたルーが突然そんなことを言い出した。



「で、でもルー……ライアス様にはアリバイが……」

『他の二人があの子を庇っているんだろうね』

「ど、どうしてそんな!?」



ベルクォーツ公爵家の腹違いの兄弟たちの仲は悪かったはずだ。

庇うだなんてそんなことがありえるのか。

予想だにしていないことだった。



『それに関しては僕も分からない。でもこれだけは言える。あの三人は間違いなくグルだ』

「……!」



(まさかあの三人が……)



「ルー、どうしてそんなことが分かるの?」



リデルの問いに、ルーはフッと笑った。



『精霊は心の綺麗な人間が好きなんだ』

「ということは、つまり……」

『ああ、あの三人の性根は腐ってる。あんなに心の汚い人間は見たことがない。欲にまみれている』



精霊の勘というやつなのだろうか。

犯人が分かったとなれば、やることは一つだ。



「私、ライアス様を問い詰めてくる!」

『ダメだよリデル!』



飛び出しそうになっていたリデルを、ルーが慌てて止めた。



「ルー!止めないで!あいつがお義母様を……」

『早まらないで、リデル!相手は大人の男だよ!?君が行ったところで返り討ちに遭うだけだ!』

「う……た、たしかに……」

『騎士が来るまで待つんだ、リデル』



その言葉に、リデルは我に返った。

そして三人に気付かれないようにシルフィーラ捜索のため外に出ていた騎士を呼びに行った。



「そ、それは本当ですか!?」

「急いでください!」

「で、ですが……」

「早く早く!」



しかし、騎士が公爵邸に到着した頃にはもうライアスは邸の中にはいなかった。

彼の部屋に突入してもそこはもぬけの殻だったのだ。



「ライアス様がいない!」

『リ、リデル……』



その瞬間、心臓がヒヤリとした。



『あのライアスって子、相当危険だ……何か深い心の闇を抱えてる』

「え、それは一体どういう……」

『すぐに見つけないとシルフィーラが危ない!!!』

「そ、そんな!」



そのとき、近くにあった窓からシルフィーラを探していた精霊の一人が部屋の中へと入って来た。



『ルー!リデル!シルフィーラが監禁されてる場所が分かったよ!』

「一体どこなの!?」

『南の森の中にある小さな小屋だ!』

「すぐに向かおう!」



それからリデルはあのときのように精霊の力を借りて空を飛び、大急ぎでシルフィーラの元へとやって来たのだ。






***




(お父様が間に合って良かった……)



オズワルドがいなければ、シルフィーラはライアスによって酷い目に遭わされていたに違いない。



(お義母様……ご無事で何よりです……!)



シルフィーラの姿を見て、リデルは泣きそうになった。

そんなリデルを見たシルフィーラがニッコリと笑いかけた。



「……!」



二人はお互いを見て微笑み合った。



「シルフィーラ、怪我は無いか?」



シルフィーラの手をギュッと握ったオズワルドが、彼女の手首に付けられたある物を発見した。



「……………シルフィーラ、ライアスに触られたのか?」

「え……あ、はい……」



シルフィーラの手首には手の形をしたアザがあった。

おそらくライアスに手首を強く掴まれたときに残ってしまったのだろう。

それを聞いたオズワルドの表情が一瞬にして暗いものとなった。



「…………………一体どこを触られたんだ?」

「え、それは……」



シルフィーラが顔を背けて言いにくそうにした途端、オズワルドが突然彼女を抱き上げた。



「キャッ!」



シルフィーラは驚いて小さな悲鳴を上げた。



「カイゼル」

「はい、旦那様」

「俺とシルフィーラは一足先に公爵邸へ戻る。明日まで、俺の部屋には誰も近付けないでくれ」

「え、だ、旦那様……!?」



その意味に気付いたのか、シルフィーラの顔が真っ赤になった。



(わぁ……)



「リデルお嬢様にはまだ早いです」



シルフィーラ捜索に協力していた侍女のミーアが後ろからリデルの目を手で塞いだ。



それからすぐにオズワルドはシルフィーラを抱いたまま夜の闇へと消えて行った。

小屋の中にはリデルとミーア、そしてカイゼルの三人が取り残された。



「……ラブラブなのは結構なことですが、場所を考えてしてほしいものですね」

「本当にその通りですね」



シルフィーラを取られたと感じたリデルが不満げにミーアに同調した。



「まぁまぁ、旦那様も不安で仕方が無かったのですよ」

「それはそうでしょうが……」



それでもまだ納得のいかない顔をしていた二人の姿を見て、カイゼルがクスリと笑みを溢した。



「私たちもそろそろ本邸へ戻りましょうか」

「……そうですね、そうしましょう」



三人は馬車に乗って公爵邸への帰路についた。

馬車の中で、向かいに座っていたミーアが微笑みながらリデルに話しかけた。



「リデルお嬢様、今夜は私の部屋で寝られてはいかがですか?」

「え、どうしてですか?」

「お嬢様のお部屋は旦那様のお部屋からそう遠くは無いので……」

「……?」



リデルがその言葉の意味を知るのはまだまだ先の話である。




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