シルフィーラの失踪
「ふあ~……よく寝た……」
しばらくして、リデルは馬車の中で目を覚ました。
「起きたか」
「お父様……!」
馬車の中ではオズワルドが足を組んでリデルの向かい側に座っていた。
久しぶりのお出かけで余程疲れていたようで、歩いている途中で居眠りをしてしまったらしい。
「私、どれくらい寝てたんですか?」
「二十分ほどだ」
(結構寝たと思ったのに……それだけしか経ってなかったんだ……)
馬車の中から外の景色を見てみると、既に街からは離れており公爵邸の近辺を走っていた。
(楽しい時間はあっという間なんだなぁ……)
そう思いながら、リデルは今日一日を振り返ってみた。
父親との初めてのお出かけ。
王都の街は驚くほど煌びやかな場所だった。
シルフィーラと海辺の街へ行ったときと同じく、見たことの無い景色をたくさん見ることが出来た。
そして、それに加えて父との交流も深められたような気がした。
そのことを考えると、何だか嬉しくなった。
「着いたぞ」
「あ、はい!」
二人は馬車から降りて、公爵邸へと入った。
(早くお義母様に会いたいな!)
シルフィーラがきっとエントランスで出迎えをしてくれているはずだ。
そのことを思うと自然と足取りが軽くなった。
「お義母様!」
しかし、シルフィーラの姿はどこにも無かった。
(あれ……?何だろう……?)
中に入ると、公爵邸が騒がしいことにリデルは気が付いた。
「何だ……?」
オズワルドもリデルと同じく異変を感じ取ったようで、真っ直ぐな眉をピクリと上げた。
彼はすぐに落ち着きの無い様子で走り回っていた一人の使用人を捕まえた。
「おい、何をそんなに慌てている」
「そ、それが奥様が突然いなくなってしまわれたのです!」
「…………何?」
オズワルドの顔が一瞬にして険しいものとなった。
彼は強張った表情で他の使用人たちを問い詰めた。
「おい、シルフィーラがいないとは一体どういうことだ!?」
「だ、旦那様……!」
「それは私たちにもよく……」
「クソッ……!」
オズワルドは苛ついた様子で髪の毛を手でかき上げた。
「お義母様がいなくなった……?」
「リデルお嬢様……」
呆然とするリデルを、使用人たちが心配そうに見つめた。
彼らはリデルがどれほどシルフィーラに懐いていたかをよく知っていたからだ。
「屋敷の中は捜したのか」
「はい、どこにもいらっしゃいませんでした」
「何だと……?」
シルフィーラがいなくなったことを聞いた彼はグッと拳を握り締めた。
「お父様……!」
「すぐに探せ!どんな手を使ってでも構わない!」
「は、はい!旦那様!」
それからオズワルドは公爵家の騎士団を動かして突如失踪したシルフィーラの捜索を開始した。
公爵邸の中はもちろん、その周辺、公爵家の領地などシルフィーラがいる可能性のある場所を隅々まで捜させた。
しかし、捜索を始めてから数時間が経っても未だ見つかったという報告は無い。
「シルフィーラが突然いなくなったなんて……一体どこに行ったんだ……俺はお前がいないと……」
オズワルドは今にも泣きそうな顔で部屋の中を歩き回った。
(お義母様が急にいなくなるだなんて……)
不測の事態に、リデルも動揺を隠せなかった。
それでもオズワルドに比べたらだいぶ落ち着いている方だが。
「シルフィーラ……ああ……どこにいるんだ……まさか俺を見限ったのか……?」
オズワルドが人生に絶望したかのように顔を手で覆って座り込んだ。
(す、すぐに解決しないと……!)
これはまずいと思ったリデルは、シルフィーラ捜索のため一人部屋を飛び出した。
***
「お義母様!」
公爵邸の中でシルフィーラが好きだった場所を手当たり次第に捜したが、やはり彼女の姿はどこにも無かった。
(やっぱり外なのかなぁ……?お義母様、どこ行っちゃったんだろう……)
まだ誘拐だと確定しているわけではないが、リデルもまたオズワルドと同じく内心落ち着かなかった。
(お父様もいくらお義母様がいなくなったからってあんなに情けなくなるだなんて!)
オズワルドは普段は優秀な公爵閣下だが、シルフィーラのこととなると途端に情けなくなってしまうのだ。
『あれ、リデルだ!』
「………ルー?」
そのとき、庭園の茂みから飛び出したのはルーだった。
『どうしたの?ものすごく暗い顔をしているね』
「ルー……それがね……」
リデルはルーに事情を説明した。
『ええ!?シルフィーラがいなくなったの!?』
それを聞いたルーは途端に不安げな顔になった。
「うん……本当にどこ行っちゃったんだろう」
『屋敷の中は全て捜したのかい?』
「多分……使用人たちが既に捜してると思う」
『そっか……』
そこでルーは何かを考え込むような素振りを見せた。
『シルフィーラがいなくなるだなんて……』
オズワルドに比べたらだいぶマシだが、ルーも少しだけ顔色が悪くなっている。
彼はシルフィーラにかなり懐いていたようだから無理もないだろう。
『リデル、みんなに協力してもらうのが一番良いと思う』
「それは良い提案ね!ありがとう、ルー!」
ルーは公爵邸の庭園に住んでいる精霊を全員呼び寄せた。
『みんなに聞いてほしいことがある。実はシルフィーラがいなくなったそうなんだ」
それを聞いた精霊たちの間にどよめきが広がった。
『シルフィーラがいなくなった!?』
『そんなこと今まで一度も無かったのに!』
『まさか、誰かに連れていかれちゃったのかな……?』
広がるざわめきの中で、ルーが全員にしっかりと聞こえるように声を張り上げた。
『みんな落ち着いて。そこで、みんなにシルフィーラを捜す手伝いをしてほしいんだ』
『もちろんだよ!』
『僕とリデルは公爵邸の中の痕跡を辿るからみんなは外を捜してほしい』
『『『『『了解!』』』』』
それからすぐに精霊たちはそれぞれ飛び立っていった。
『リデル、僕たちは邸の中を捜そう」
「うん、そうだね!」
そしてリデルもルーと共に公爵邸に戻り、シルフィーラの捜索を再開した。




