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18/32

今度はお父様とお出かけです

シルフィーラを傷付けてしまったことでオズワルドは一日中意気消沈していた。



「ハァ……」

「お父様……」



オズワルドの執務室に来ていたリデルは、目の前で机に顔を伏せているオズワルドを心配そうに見つめた。



「……もう、不可能なのかもしれないな」

「そ、そんな……お父様!」

「俺が歩み寄ったところで彼女を傷付けるだけだ。それならいっそ、今まで通りの方が良い」

「お、お父様……」

「ハァ……」

「……」



今はこれ以上何を話しても無駄だと思ったリデルは、一度自室へと戻った。



それからすぐ、ベッドに突っ伏してじっと考え込んだ。

まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。



(今まで通りの方がお義母様にとって良いだなんて……そんなわけない……お義母様だって本当はお父様との関係を改善したいと思っているはず)



リデルはシルフィーラとオズワルドが仲直りする方法を一晩中考えた。

そして、あることを思い付いた。



(…………そうだ!)








***






そして、翌日。



「さぁお父様、行きましょう!」

「……どこへ行くんだ?」



張り切るリデルと、気が乗らない様子のオズワルド。

彼の目の下には薄っすらとクマが出来ていて、昨夜よく寝れなかったのだということが伝わって来た。

しかし、今そんなのは関係ない。



リデルは公爵令嬢だと気付かれないように質素な服を着ていた。

そして、隣にいるオズワルドも白シャツに黒いズボンという目立たない服装をしている。

もちろんこれは全てリデルの指示である。



「王都です!」

「王都に何の用があるんだ?」

「シルフィーラお義母様への贈り物を買いに行くんです!」

「……シルフィーラへの?」



予想外の返答だったのか、オズワルドが目を丸く見開いた。



「仲直りの証として贈り物をするんです!」

「なるほど……」



そこでオズワルドはようやく納得がいったというような顔になった。

それを見たリデルは父親の気が変わらないうちにさっさと行ってしまおうと考え、オズワルドの腕を掴んで引っ張った。



「さぁ、早く馬車に乗って王都に行きましょう」

「……分かった、お前の提案に乗ることにしよう」



それからリデルとオズワルドはカイゼルによって事前に用意された馬車へと向かった。

オズワルドはまだ幼いリデルの体を支えて、馬車に乗るのを手助けした。



「お父様……」



そんな父親の思わぬ変化に驚きながらも、馬車に乗り込んだ。

その後に続いてオズワルドも乗り、馬車の中で父と娘二人きりになった。



(ふぅ……初めてお父様と会ったときのことを思い出すなぁ……)



あのときは目の前にいる父親が恐怖の対象でしか無かったが、今はもう平気だ。

オズワルドはリデルが思っていたようなろくでなしでは無かったということが十分に分かっているから。

それにあの日と違って、オズワルドは目の前に座るリデルをしっかりと視界に入れている。



(まさかお父様とここまで関わるようになるとは思わなかったなぁ)



リデルはそう思いながら心の中でえへへと笑った。



しばらくして、馬車が王都に到着した。

オズワルドよりも一足先に馬車から降りたリデルは、王都の華やかな街並みに感極まった。



「王都!!!」

「何をそんなにはしゃいでいるんだ?」



滅多に来れない場所を前にリデルの胸は躍り、さっきからずっとピョンピョンと飛び跳ねている。

しかし、オズワルドにとっては見慣れた光景らしく首をかしげながらリデルを見つめていた。



「あっ!あのお店は何だろう?」

「あ、おい……はぐれるぞ」



感情の赴くまま右往左往するリデルの後を、オズワルドが慌てて付いて行った。



「わぁ、すごーい!」

「おい、そんなにあっちこっち行くな。迷子になりでもしたらどうするんだ」

「あ、お父様……」



あちこちに動き回るリデルを、オズワルドが困ったような顔で見た。

どうやら彼は今父親として、血の繋がった娘の心配をしているようだ。



(お父様……)



二人の間に気まずい空気が流れたそのとき、外出に付いて来ていたカイゼルが後ろから口を挟んだ。



「旦那様、リデルお嬢様とは手を繋いでさしあげるのがよろしいかと……」

「……何?」



オズワルドの眉がピクリとなった。



「お嬢様はまだ幼いですから……」

「……」



そこでオズワルドはリデルをじっと見つめ、一瞬ためらう素振りを見せた後に大きな手をそっと差し出した。



「……!」



オズワルドが遠慮がちに差し出した手を、満面の笑みでギュッと握った。



「お父様!」

「……ッ」



リデルと手を繋いだオズワルドは一瞬ビクッとしたかのように見えた。

しかし、すぐにいつも通りになったかと思うと、リデルの小さな手を痛くないように握り返した。



(お義母様と違って大きくてゴツゴツしてるなぁ……)



繊細で柔らかいシルフィーラの手とは違って、オズワルドの手は硬く骨ばっていた。

しかし、リデルからしたらその大きな手が頼もしくて仕方が無かった。



「これでもう心配いらないですね!さぁ、早く行きましょう!」

「あ、ああ……」



それからリデルとオズワルドは手を繋いで王都を歩いた。



「お父様、お義母様に何をプレゼントするか決めてるんですか?」

「……いや、まだ何も」

「もう、そんなんでどうするんですか!」

「か、返す言葉も無い……」



オズワルドはリデルのその言葉に落ち込んだように視線を落とした。



「お義母様の好きな物とか知らないんですか?」

「いや、知ってるは知ってるが……」

「じゃあ、そんなに難しい問題でも無いじゃないですか」

「……」



オズワルドは苦い顔をした。



(本当に何も決めてないみたい……)



そこでリデルは辺りを見渡して、シルフィーラへのプレゼントを買えそうな店が無いかを確認した。



「あ!あの宝飾品店行ってみましょうよ」

「あそこで買うのか……?」



ちょうど近くに宝飾品を売っている店があることに気が付いたリデルは、店の方を指差した。

オズワルドはリデルに引っ張られるようにして、王都にある宝飾品店へと入った。



「うわぁ……!すっごい綺麗……!」

「いらっしゃいませ」



店の中に入った二人を店員が笑顔で出迎えた。

リデルはショーケースの中に並べられているたくさんの宝石に目を輝かせた。



「お父様、ここで買いましょうよ!お義母様のプレゼント」

「……」



リデルのその声でオズワルドもショーケースの中のアクセサリーたちに視線をやった。

そんな二人の様子を見た店員が声を掛けた。



「奥様への贈り物ですか?」

「……」

「はい、そうです!」



店員の問いに答えなかったオズワルドの代わりに、さっと答えた。



「そうでしたか、それならとっておきの品物がありますよ。ご覧になられますか?」

「え、本当ですか!見たいです!」



それを聞いた店員がクスリと笑みを浮かべて店の奥へと入って行った。



(何が出てくるんだろう……?)



しばらくして、ケースの中に厳重に保管されている”ある物”を手に二人の元へと戻って来た。



「――こちらになります、お客様」

「………………すっごい綺麗」



店員が持ってきたそれを見た瞬間、感動のあまり思わず声を出してしまった。



「こちらはピンクダイヤモンドのネックレスになります。もちろん天然のものですよ」

「ピンクダイヤモンド……!」



ピンクダイヤモンドはその希少性の高さで知られている宝石だ。



(もうほとんど手に入らないと言われているのに……)



一目見た瞬間、シルフィーラの瞳の色に少しだけ似ているその美しい宝石から目が離せなくなった。



「ピンクダイヤモンドには完全なる愛、美貌、煌めきなどの意味があるのですよ」

「わぁ……お義母様にピッタリじゃないですか……!」



そこでリデルは振り返ってオズワルドを見た。



「……」



オズワルドはリデルの後ろから店員の持つネックレスをじっと見つめていた。

もしかすると彼もまた、リデルと同じようにシルフィーラを連想しているのかもしれない。



「お父様、これにしましょうよ!」



リデルはそんな父親の腕を掴んで揺さぶった。

しばらくして、固まっていたオズワルドは、何かに突き動かされたかのようにネックレスから顔を上げて店員の方を見た。



「……これを、包装してほしいんだが」

「もちろんです、お客様」



店員はニッコリと笑った。



(よし!なかなか良い贈り物じゃない!)



その後、店員からラッピングされたピンクダイヤモンドのネックレスを受け取った二人は店を出た。



(結構高かったけど……公爵家の財産なら大丈夫だよね……?)



リデルはネックレスの値段が想像以上に高かったことに驚いたが、心の中できっと大丈夫だと必死で言い聞かせた。



それから父親と共に再び王都の街を歩いていたとき、リデルはあるものに目を奪われた。



「あ、お父様!私あそこ行きたいです!」

「……?」



リデルが指差した先には、たくさんの屋台が立ち並んでた。

どうやら食べ歩きのコーナーのようだ。

時刻はちょうどお昼時であり、リデルはかなりお腹を空かせていた。



「ねぇ、お父様!行きましょうよ!」

「……分かったから、引っ張るな」

「やったー!」



付近に来たリデルが最初に目を付けたのはチーズの入ったパンだった。



「お父様、これ食べたいです!」

「……分かった分かった」



オズワルドが料金を支払い、店の人からパンを受け取った。



「んー!美味しい!」



口をモグモグさせているリデルを、周囲の人は微笑ましそうにクスクス笑いながら見ていた。



「お父様、次はあっちに行きましょうよ!」

「まだ食べるのか?」



オズワルドはリデルをギョッとした目で見た。

しかしリデルは有無を言わせずに父親を連れて行く。



「これも美味しい!」

「……」



串焼きを両手に持ち、二つ同時に頬張るリデルを見てオズワルドが呆気にとられていた。

そんな父親の視線に気付いたリデルが、彼に話しかけた。



「前にお義母様と海辺の街に行ったことがあったんです」

「……シルフィーラと?」



オズワルドは意外そうに目を見開いた。

どうやら彼はそのことを初めて知ったようだ。



「はい、とっても楽しかったですよ。ボートに乗って、ご飯を食べて……」

「……」



オズワルドはその話をじっと聞いていた。



(もし、ここにお義母様がいたら……)



『――リデル』



オズワルドの隣にシルフィーラがいて。

王都の街並みを見て穏やかな笑みを浮かべる彼女を容易に想像することが出来た。



そんな光景を想像していたリデルは無意識にあることを口にしていた。



「お父様、いつかお義母様とも一緒にここに来れたらいいですね」

「……………あぁ、そうだな」



何気なく放った一言だったが、オズワルドは穏やかな顔で頷いた。

どうやら彼もリデルの提案に賛成のようだ。



(お父様と、お義母様と、私の三人で)



いつになるかは分からない。

だけど、今のオズワルドを見ていると不思議とそう遠くはないような気がしてくる。





お腹いっぱい食べたリデルは、満面の笑みでオズワルドに礼を言った。



「とっても楽しかったです、お父様!付き合ってくれてありがとうございました!」

「……ああ」



オズワルドがいつものように素っ気なく返事をした。

しかし突然、リデルは彼に後ろからポンポンと肩を叩かれた。



「おい」

「……はい?」



リデルがオズワルドの方を見ると、彼は上着のポケットから何かの箱を取り出した。



「――これをお前にやる」

「…………え?」



オズワルドから手渡されたもの。

それはリデルが一番最初に目を惹かれた高級菓子店のクッキー缶だった。

まさかオズワルドがそれをこっそり購入していたとは。



「え……良いんですか……?」

「ああ、今までのお礼だ」

「ありがとうございます、お父様!」



ラッピングされた箱を受け取ったリデルは嬉しそうに笑った。

そんな娘を見た父親はクスリと口元に笑みを浮かべた。



「もう日が暮れるな、そろそろ馬車へ戻ろう」

「はい、そうしましょう!」



二人は再び手を繋いで馬車へと戻った。

しかし、その途中でリデルの体に異変が訪れた。



(ん……何か体重い……)



そんな娘の変化に気付いたオズワルドが声を掛けた。



「おい、リデル。どうし――」



その瞬間、リデルの体は突然前に倒れ込んだ。

そのままリデルの意識は遠のいた。








***





「!?」



娘が倒れた。

オズワルドは慌ててリデルの体を抱き起こした。



「リデル!おい、しっかりしろ!」



オズワルドはリデルを揺すぶって必死で呼びかけるが、彼女からの返事は無い。



「そ、そんな……」



動かない娘を見て、オズワルドの顔が青白くなっていく。

動揺するオズワルドに、後ろにいたカイゼルが声を掛けた。



「旦那様、落ち着いてください」

「この状況で落ち着いていられるか!」

「旦那様、話を……」

「すぐに医者を呼べ!」

「――ただ、眠っているだけです!」

「………………へ?」



その言葉でオズワルドは、冷静になって腕の中にいるリデルを見下ろした。



「ん……」



どうやら本当に寝ているだけのようだ。



「……」



オズワルドは先ほどの自分の慌て様に何だか恥ずかしくなった。

彼はすやすやと吐息を立てて眠りに就いているリデルを抱き上げた。



「あ……」



胸に入った瞬間、リデルの体の温もりが全身に伝わって来た。



(……温かいな)



自分と同じ黒い髪に手を触れてみると、何だか妙な気分になった。

マリナやライアス、クララたちには抱いたことの無い感情。

愛しい、守ってあげたいという感情だ。



そしてオズワルドはそんなリデルを抱きかかえたまま、馬車へと戻って行った。




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