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今度はお父様の愛人たちがやってきました

突然の来訪者であるエリザベータはライアスとどこかへ行ってしまい、公爵邸には再び平穏が戻って来た。



エリザベータが去った後、リデルは部屋に戻ってふぅと一息ついた。

シルフィーラは公爵夫人としての仕事があるようで、そのまま自室へと戻っていった。



(何はともあれ良かった……これで勉強に集中出来そう……)



自室で再び本を手に取って開いた。

しかし、それは嵐の前の静けさであったことをこのときのリデルはまだ知らない。



(私もお義母様みたいな完璧な淑女になりたいな)



リデルにとってシルフィーラは憧れだった。

彼女のようになるにはたくさん勉強しなければいけないだろう。

そう思ったリデルは、机に置かれている本の内容をじっくりと読んだ。





「ここはこうで……こっちは……」



それは、リデルが自室で今日の授業の復習をしていたときのことだった。

突然、外が騒がしくなったのだ。



(え、何……?)



気になったリデルは部屋の外に出た。

使用人たちが何故だかバタバタしている。

リデルはたまたま部屋の前を通りかかった慌てた様子の侍女を一人捕まえ、事情を聞いた。



「そ、それが、旦那様の愛人の方たちが公爵邸にいらっしゃっていて……」

「え!?」



それを聞いたリデルは最悪の事態を想定した。



(…………………お義母様が危ない!)



シルフィーラの身が危ないと悟ったリデルはすぐにエントランスにいるであろうシルフィーラの元へと向かった。

その途中でリデルと合流したミーアはあたふたしながらも、リデルと共にシルフィーラの元へと急いだ。



「きっと大奥様の差し金です!」

「お祖母様の……?」

「はい、あの方はいつも旦那様の愛人たちを奥様の元へ送り込んでいるのです!」

「なッ……」



(あの人……自分で手を下すのが嫌だからって……)



それを聞いたリデルは全てを理解した。

おそらく公爵の愛人たちをまとめるボス的な存在がエリザベータなのだろう。



(お義母様!今助けに行くからね!)



全力で公爵邸の廊下を駆け抜けていたため、リデルたちはすぐにエントランスへと着いた。

案の定、そこではシルフィーラと三人の女性が対峙していた。



(お義母様……!)



リデルがシルフィーラの元へと近付くにつれ、醜悪な言葉が耳に入ってくる。



「――いつまでここにいるのよ!さっさと公爵様と離婚しなさいよ!」

「……何度も申し上げておりますが、それは私の一存で決められることではありません」



声を荒げて暴言を吐く女性に対して、シルフィーラは一切動じずに言葉を返した。

しかし、そんな姿が気に食わなかったのか後ろにいた女性二人がシルフィーラを挑発するかのように口を開いた。



「ハッ、本当はいつまでも公爵様に縋りついてるくせに強がっちゃって……」

「寵愛を得られない正妻ほど惨めなものはないわね」



(な、何~!?)



頭の中で何かが切れる音がしたリデルは、自分でも驚くほどのスピードでシルフィーラと愛人たちの間に割って入った。



「お義母様!」

「……………リデル?」



突然現れた娘を見て驚くシルフィーラ。



「な、何よこの子!」



そしてそれは愛人たちも同じだった。

”お義母様”という言葉を聞いた愛人の一人が、青褪めた顔になった。



「ちょ、ちょっと待って……まさか、アンタ子供いたの……?」

「バカッ!そんなわけないでしょ!この女は子供が産めないんだから!」

「そうよ!きっと新しく迎えられた愛人の子じゃないの?」



三人のうちの一人が、ヒールの音をカツカツと鳴らして近付いて来る。



「ちょっと、そこどきなさいよ!」



そして、シルフィーラを庇うようにして立つリデルに手を伸ばした。



――パシンッ!



「イヤ、触らないで!」

「な……」



リデルは愛人が伸ばした手を払い除けた。



「何するのよ!!!」

「お義母様、この人たちだあれ?」

「な、何ですって……?」

「何よ、この子供!アンタこそ一体誰なのよ!」



後ろにいた愛人がリデルの態度に憤慨した。

しかしそれでもリデルは怯まない。



「知らない人に名前教えちゃいけないってお義母様が言ってたの」

「生意気ね!私たちが誰だか分からないというの!?」

「知らないものは知らないもん」



そんなリデルに愛人は怒りで肩を震わせながらも、口の端を上げた。



「ハッ……良いわ、教えてあげましょう。私たちはね、ベルクォーツ公爵家の子供たちの母親なのよ!」



(……………予想通りだ)



実はリデルは父公爵の愛人とその子供たちについて事前に使用人たちに聞いて情報を得ていた。

その結果、現在公爵に愛人は三人いることが判明した。



――ビビアン・ラステーネ



公爵の一人目の愛人であり、マリナ・ベルクォーツの実母。

ラステーネ男爵家の令嬢。



――ラリー・フィリス



公爵の二人目の愛人で、クララ・ベルクォーツの母親。

フィリス子爵家の令嬢。



――セレナ



公爵の三人目の愛人で、ライアス・ベルクォーツの母親。

元々ヴォルシュタイン王国の伯爵令嬢だったが、既に実家からは勘当されており今は平民の身分だ。



しかし、どれだけ公爵の寵愛を得ていようと彼女たちはただの愛人に過ぎない。

そのため、公爵の正妻であるシルフィーラの方が立場は明らかに上である。

それを彼女たちに分からせなければいけない。



「………………だからなあに?」

「な、何ですって!?」



そこでリデルはわざとらしく鼻を押さえた。



「おばさんたち怖いから嫌い!化粧濃すぎて変な顔になってるし香水臭い!」

「なッ……………!」



リデルの言葉に三人は顔を真っ赤にした。



「リ、リデル………!」



背後から、シルフィーラの焦ったような声が聞こえてくる。



「このッ………!」



そのとき、怒りに満ちた顔で愛人の一人ビビアンがリデルの前に出た。



――バチンッ!



「ッ……」



彼女は大きく手を振りかぶったかと思うと、リデルの頬を思いきり叩いた。

その衝撃で思わず倒れそうになったが、こんな苦痛を今までに何度も経験してきたシルフィーラのことを思って必死で耐えた。



「リデル!」



後ろからシルフィーラの悲痛な叫びが聞こえてくる。

しかしそれでもビビアンの怒りは収まらないようで、彼女はもう一度リデルの頬を叩こうと手を上げる。



(また来る……!)



再び訪れるであろう痛みを覚悟したそのとき、シルフィーラがリデルを庇って前に出た。



「やめて!リデルに手出さないで!」



(お義母様……!?)



リデルは焦った。

このままいけばシルフィーラにその手が当たってしまうからだ。



「――お義母様、ダメ!」



シルフィーラを守るためにしたことなのに、これでは意味が無いではないか。

目の前で自身を守るようにして立ちはだかった彼女に向かって手を伸ばした、そのときだった――



「――何をしている?」

「!?」



突然、この場に低い声が響き渡った。

驚いて声のした方に目をやると――



「お、お父様……?」

「旦那様……!?」



そこにいたのは、こちらに絶対零度の視線を向けているベルクォーツ公爵オズワルドだった。



リデルとシルフィーラは驚いた。

二人ともオズワルドは当分公爵邸へは帰ってこないと思っていたからだ。



「――公爵様ぁ!」



オズワルドを見たビビアンが、彼に駆け寄ってその胸にピッタリと張り付いた。



「こ、この女が私のことを馬鹿にしてきたんです……」



ビビアンは目に涙を溜めてオズワルドを見上げた。



(お義母様を馬鹿にしたのはアンタの方なのに……)



悪いのはどう考えてもビビアンたちの方だが、もしかするとオズワルドは彼女たちを信じるかもしれない。

もしそうなったとしても、自分だけは絶対にシルフィーラの味方でいなければならない。

リデルが警戒を強めていたそのとき、オズワルドがビビアンの右手を自身の手でそっと包み込んだ。



(お父様……?)



と、思いきや突然握っていた手に力を込めた。



「ウッ………こ、公爵様!?」

「おい、答えろ」



余程強い力で握られているのか、ビビアンが苦しそうに顔を歪めた。

しかし、オズワルドは手の力を緩めようとはしなかった。

それどころか、険しい表情で彼女を問い詰める。



「この手は一体何をするつもりだったんだ?」

「あ……あ……」



オズワルドは自分の体にくっついていたビビアンを強引に引き剥がした。

そして、今度はラリーとセレナの二人に目を向けた。



「俺がいつ本邸に来ていいと言った?」

「「「……」」」



三人はグッと黙り込んだ。

しかし、その中でもビビアンだけは負けじとオズワルドに反論した。



「で、ですが公爵様……私たちは子供たちの母親です……」

「だからといって、お前たちをベルクォーツ公爵家の者にした覚えは無い」

「そ、そんな……!」

「立場を弁えろ」



オズワルドはそれだけ言って彼女たちの前から立ち去ろうとする。



「ま、待ってください。公爵様……!」



それでもまだオズワルドに縋りつくように彼の上着の裾を掴んだビビアンの手を、彼が思いきり振り払った。

その反応に、ビビアンはショックを受けたような顔をした。



オズワルドはそんな彼女に冷たく告げた。



「もし次にこのようなことがあれば……お前たちの子供を公爵家から追い出すことも視野に入れるつもりだ」

「こ、公爵様……それは……!」

「まさか分からないわけではないだろう?俺には今すぐにでもそれを実行出来る”名分”があるからな」

「ぐ……」



オズワルドのその言葉に三人は瞬く間に大人しくなった。

それどころか、冷や汗を流して気まずそうな顔をしている。



(名分……?)



オズワルドは項垂れる三人を無視してシルフィーラとリデルの元へと歩いて来た。

彼は最初に、ビビアンに頬を打たれたリデルを視界に入れた。



「……」

「……」



相変わらず無表情ではあったが、その瞳はほんの少しだけ揺れているように見えた。



「……カイゼル、娘を医務室へ」

「はい、旦那様」



オズワルドは侍従のカイゼルに短く命令し、今度はビビアンに手を挙げられそうになっていたシルフィーラの傍へと歩み寄った。



「シルフィーラ」

「……はい、旦那様」

「大丈夫か?」

「何ともありません」



オズワルドは俯いて目を合わせようとしないシルフィーラの肩にそっと触れようとしたが、結局彼女に触れることなくその手を下ろしてしまった。



「まさか、帰って来られるとは思いませんでした」

「……急用があってな」

「……そうですか」



そして、オズワルドは結局何かを諦めたかのようにそのままリデルとシルフィーラの前から去って行った。



(………………間違いない)



昨日からある疑念を抱いていたリデルは、その光景を見て確信した。



(お父様はお義母様のことを愛している)



リデルはオズワルドがシルフィーラを見つめる目に、触れようとしたその手に愛情が込められていることを見逃さなかった。




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