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公爵家に引き取られることになりました

「どうしてなの……!どうして私の元へ訪れてくれないの……!」



(――あぁ、またか)



質素な灰色のワンピースを着た幼い少女は目の前にいる女性を見てそう思った。

彼女にとってそれはよく見慣れた光景だったからだ。



少女は汚れたウサギのぬいぐるみを胸に抱き締めながら部屋の隅でじっと息を潜めていた。

いつものように、彼女の癇癪が収まるまで。



(早く終わらないかな……)







その少女の名はリデル。今年で八歳だ。



そして、髪を振り乱しながら部屋の中で大暴れしているのはリデルの実の母親だ。もうこれを見るのは何回目だろう。

リデルの母はいつもこんな様子である。

実の娘である彼女のことなど眼中にも無く、ただただ一人の男を待ち続けている。



「何見てるのよ!さっさと出て行きなさい!目障りなのよ!」



実母は部屋の隅にいたリデルを視界に入れると忌々しそうに顔を歪めて怒鳴り付けた。

どうやら今日はいつもより機嫌が悪いらしい。

それを聞いたリデルはぬいぐるみを抱きかかえたまま無言で部屋を出て行った。






***



――リデル



母親はさっきの女で、父親はヴォルシュタイン王国の名門貴族であるベルクォーツ公爵閣下だ。

だがリデルの母親はベルクォーツ公爵夫人ではない。ベルクォーツ公爵の愛人だ。

そしてリデルはその二人の間にできた子供。つまり婚外子である。



リデルと母は本邸ではなく別邸に二人で住んでいる。

母はベルクォーツ公爵の愛人をしているため、衣食住には困っていない。

リデルの父である公爵はもうずっと母の元へ訪れていないが、それでも母子に金銭的な援助をしてくれていた。



リデルはそれだけでもありがたいと思っていた。

しかし母の方は違った。



母は本気でベルクォーツ公爵を愛しているらしく、金銭的な援助だけでは満足しなかった。

彼女はきっと今日も公爵がここへ来るのを待っているのだ。



リデルの養育費として渡されたお金は全て母の美容代に消えた。

美しく着飾った自分を見てほしいのだろう。

しかし、公爵が母の元へ来ることはないということを知っているリデルからしたらただの無駄遣いである。



「リデル様、お食事でございます」



リデルは別邸にいるメイドから出された食事を一人黙々と部屋で食べ始める。

食事を出すたびに申し訳なさそうな顔をするメイド。

母の散財が激しすぎてこれ以上良いものは出せないのだろう。



メイドは文句一つ言わずに食事を口に運ぶ幼いリデルを同情の眼差しで見つめていた。



(私は食べるのに困らなければそれでいいのに……)



リデルの母は平民で、元々お金に困って路頭に迷っていたところを公爵に拾われた。

本来ならそれだけでも公爵に感謝するべきだが、母は公爵が自分の元へ訪れないということに不満を隠しきれないようだ。



リデルは実の父である公爵には会ったことがない。

噂によると、父親には母の他に何人も愛人がいるようだ。

本当にろくでもない父親だなと思う。



(……でも、私は穏やかな暮らしが出来ればそれでいいかな)




このときのリデルはそう思っていた。

自分は母と違って父がいなくても平気だと。




しかしある日、そんなリデルの生活は一変した。



「え……」

「リデル様……」



別邸のメイドからその話を聞いたとき、リデルは衝撃のあまり声を出すことが出来なかった。



どうやら、母が殺人未遂事件を起こしたようなのだ。

何でもベルクォーツ公爵の正妻である公爵夫人を殺害しようとしたらしい。



騎士に取り押さえられ未遂に終わったそうだが、平民が公爵夫人を害そうとしたのだ。

当然母はその日のうちに処刑された。



そして、リデルはというと……





あの後父親である公爵がやってきて、リデルは豪華な馬車に乗せられた。

生まれて初めて見る父親はリデルと同じ黒い髪に青い瞳をした美丈夫だった。



それからしばらくの間走り続けた馬車はある場所で止まった。



リデルが連れて来られたのは大きな屋敷だった。

母と共に暮らしていた別邸とは比べ物にならないほどに立派な屋敷。



(……ここはどこだろう?)



リデルは疑問に思いながらも前を歩いている父親に必死で付いて行った。

置いて行かれるのが怖かった。頼れる大人は父親しかいなかったから。

道中、何人かのメイドとすれ違ったリデルは好奇の目に晒された。



それから父に付いてリデルは屋敷の中へと入って行く。

中に入ったリデルはすぐに確信した。



(ここ、公爵邸だ……!)



エントランスだけでも別邸に用意されたリデルの部屋と同じくらいの広さだった。



その瞬間、全てを悟った。

おそらく母親が亡くなったことでベルクォーツ公爵家に引き取られたのだ。

そして、この大きな屋敷は公爵家の本邸なのだろう。



(待って……どうして……)



しかし、リデルはそのことを知った途端絶望した。



こんなことになるぐらいなら母と一緒に処刑してほしかった。

そう思わざるを得なかった。



何故ならここには母に殺されかけた正妻が住んでいるからだ。

正妻からすればリデルは自分の夫と愛人の娘、ましてや自分を殺そうとした女の娘である。

きっと虐げられる。



リデルはそのことを思って恐怖で震え上がった。



しかし、ここで予想だにしない出来事が起こった。



公爵邸に入ってすぐ、目の前にあった階段を金髪で菫色の瞳をした美しい女の人が降りて来た。

こんなにも美しい人は見たことがなかった。



(誰だろう?すごく綺麗な人……)



リデルが思わず見惚れていると、その人物はフッと優しく微笑んだ。



「――あなたがリデルね?」

「あ、は、はい……」



その声は澄んでいてとても美しかった。

まるで聖書の中に出てくる聖母様のようで、ドキリとなる。



(……私のことを知っているのかな?)



「お、奥様!」



そのとき、エントランスの近くに控えていた侍女が焦ったように声を上げた。



(……奥様?)



それを聞いて、目の前にいる美しい人と侍女を交互に見てみる。



(ってことはこの人が………お父様……いや、ベルクォーツ公爵の正妻――!?)




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