第9話 模擬試合
訓練場の各所で、随伴していた騎士や魔術師たちと晴斗達三人の訓練が始まろうとしているなか、俺はベンチに腰掛けながら、その様子を観察していた。
どうやら、今日の訓練は模擬試合を行う模様だ。三人の実力を確かめる上で、こちらとしては非常に好都合だろう。
さてと、あれをやっとくか。
俺は、木剣を素振りしている晴斗に視線を移し、目に力を入れ注視した。
良し、見えた。
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名前:天野晴斗
年齢:17 性別:男性 種族:異世界人
身長:175 体重:62
称号:なし
職業:学生
権能:閃迅…物体加速、動体視力
技能:剣術、火属性魔術、風属性魔術
肉体能力:300 魔力総量:200
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視界に突如出てきたウィンドウのような文字の羅列。これこそが俺の権能”炯眼”の能力である。
能力自体は注視した対象の部分的な情報を覗き見ることができるというものだ。
やはり何時見てもこのウィンドウの見覚えあるUIは、俺がよくやっていたゲームのものにどことなく似ている気がする。
表示情報にはいくつかの項目が存在するがなぜこのラインナップなのかはよくわからない。
UIは似ているが、ゲームのパラメーターが反映されているわけでもないし、単なる権能の仕様か、もしくはこの世界特有の一般的なプロフィール項目なのかもしれない。
ゲーム的に言えば、所謂ステータスウィンドウに合致するものに見える。いちいち深く考えても仕方ないのでとりあえずはそういう風に理解している。
一人勝手にウィンドウを眺めながら考えていると、すでに眼前の模擬試合が始まろうとしていた。
訓練場の中央には、軽装の晴斗とフルプレートに身を包んだ騎士が立っている。
木剣を手にする晴斗に対して、騎士が持つのは上半身をすっぽり覆うほどのランドシールドに金属製のロングソードだ。
お誂え向きの鞘を腰に据えているのを見る限り、おそらく真剣。
ついこの間までただの学生だった少年に対して、完全武装の戦士が相対する構図は、はたから見れば異様にも見えるだろう。
しかし、この場にいる誰もがそのことについて疑問視するものはいない。
その理由は模擬試合開始の合図が出てすぐに明らかになった。
「では、これより、近衛騎士キース・バーンと異世界人ハルト・アマノ殿による模擬試合を執り行う。両者、前へ」
監督役の騎士の号令で、両者が訓練場中央にて向かい合う。
「勝敗は、どちらか一方の戦闘不能もしくは、負けを認めた場合に決するとする。両者、用意は良いですか?」
「無論、全力で行かせていただく」
あの声は、さっき相手してもらってたおっさんだな。そうだ、ついでにステータス見とくか。
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名前:キース・バーン
年齢:48 性別:男性 種族:只人族
身長:182 体重:76
称号:ガルデルシア帝国近衛騎士
職業:騎士
技能:剣術、体術、盾術、馬術
肉体能力:50 魔力総量:30
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ふむ、俺の知る限り一般的な騎士の平均数値が確か、肉体能力30~40、魔力総量10~20くらいだったはずだが、あのおっさんはどちらも平均以上だな。
さすが近衛騎士に選ばれるだけはあるということか。
ただ、それでも晴斗の数値には遠く及ばないのを見ると、改めてその化け物っぷりがわかる。
項目にある技能というのは、おそらく習得した技術などを列挙したものだと思われる。
あ、ちなみに俺のステータスはこんな感じだった。
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名前:東玖郎
年齢:21 性別:男性 種族:異世界人
身長:178 体重:65
称号:なし
職業:学生
権能:炯眼…見分鑑定、????
技能:なし
肉体能力:20 魔力総量:50
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改めてみると悲しくなる。
肉体能力はほぼ一般市民並み、魔力総量はそれなりだが怪物と比べるとそれも大して意味のないものに見えてしまう。
それに、表示されていない権能の項目も気になるところだ。
だが、まあ今は試合に集中しよう。
「僕も大丈夫です。できるだけ怪我させないようにするので安心してください」
相変わらずの余裕、しかし、このステータス差を見てしまってはそれも納得せざる終えない。
「では、開始!」
いよいよ始まった模擬試合、だがその結果は気が付いた時には終わっていた。
俺も何が起こったのかははっきりわからなかった。
捉えたのは、開始の合図とともに舞った軽い土煙がくらいだ。
直後に見えたのは場外で伸びている騎士の姿と、試合場中央で残心の構えを取る晴斗の姿だった。
目で追えずとも、何が起きたかは考えなくてもわかる。
権能の力によるものだ、具体的には晴斗の持つ権能”閃迅”の能力”物体加速”だ。
その名の通り、超高速で移動できる単純な能力。
単純だからこそ非常に強力でもあった。
さっきの一戦も晴斗がやったことは簡単だった。
高速移動によって加速し、その勢いのままキースに一撃を叩き込んだ。ただそれだけだろう。
だが、それだけでこれほどの威力を発揮してしまうのがこの能力の恐ろしいところだ。
高速で移動するものはそれだけ大きな運動エネルギーをもつ、そこから放たれる一撃は単純な一撃よりもすさまじい威力を発揮することは想像に難くない。
「あっ、すいません大丈夫ですか!加減したつもりだったんですけど、やっぱりまだ制御が難しくて」
加減した上でいっぱしの騎士を一撃で倒してしまうような威力、全力だったならどうなっていたか想像したくもないな。
倒れた騎士に駆け寄ろうとする晴斗だったが、監督の騎士がそれを制止する。
「ご安心ください、彼は気絶しているだけです。にしても、素晴らしい!歴戦の騎士であるバーン卿を一撃とは、やはりあなたは英雄と呼ぶにふさわしい方だ」
「はは、ありがたいですが、僕はたまたま良い権能を授かっただけに過ぎません。この力が無ければ僕なんてただの平凡な学生に過ぎないですよ」
買いかぶりすぎだと言わんばかりに肩をすくめる晴斗だが、無自覚にも自己評価の低いその振る舞いは、俺から見れば怒りを通り越してもはや呆れてしまう。
容姿端麗で性格もよく、文武両道に優れた”平凡”な学生なんて居てたまるか!
いっそのこと、曾川のように傍若無人な態度でいてくれた方がまだ気が楽だ。
劣等感を煮詰めたような穿った考え方しかできない自分を自覚する中、早々に二戦目の模擬試合が始まろうとしていた。
「うっし、次はひまの番だね!」
晴斗に代わって訓練場に歩み出たのは妹の陽葵だった。
身に着けたその装備は、肩口や太ももなど、ところどころ肌が露出したかなりの軽装だった。
動きやすさに極振りし、まるで防御を捨てたように見える風貌で、彼女が手にする獲物は己の身長ほどもある巨大な木製の大剣だ。
そんな彼女に相対するのは、晴斗の時と同じようなフルプレート騎士である。
その数なんと五人。
しかも、それぞれ、大斧、槍、メイス、ハンマー、斧槍という決して少女に向けるものとは思えないような、殺意の高めな得物を手にしている。
その様相は、どうみても対人を想定した構成には見えない。どちらかというと巨大な魔物を相手取ろうとする出で立ちだ。
さっきとは比較にならない異常な光景が眼前に広がっていた。
「へぇー、今日は五人かぁ。それになんか物騒なものまでいっぱいあるし、女の子に五人掛かりとか恥ずかしいと思わないの?」
端から見ればそのの抗議は当然のものだが、彼女の実力を知るこの場の誰もその言葉を真に受ける者はいない。
相対する騎士たちの表情も真剣そのもので、まるで気を抜く気配はなかった。
「ひまー、あんまりやりすぎるなよー」
「わかってるよ!てかお兄ちゃんに言われたくないんですけど!」
二人の気の抜けたやり取りに、騎士たちの形相が一段と強張っているのが見て取れる。
皇帝選りすぐりの精鋭騎士、己の武勇に絶対の自信を持つ彼らからすれば、実戦経験もない素人、それも年端のいかない少女に軽く扱われるなど、戦士としてのプライドが許さないのだろう。
「ヒマリ殿、そろそろよろしいですかな?」
「あ、はいはい、私はいつでもいいよー」
騎士の皆さん、あり得ないほどキレてる気がするけど大丈夫だろうか。
「では始め!」
試合開始の合図とともに一気に三人の騎士が走り出し、陽葵との距離を詰める。
上部から振り下ろされるハンマー、左右から叩き込まれる大斧と斧槍によって三方向を封じられ逃げ場を失う。
あまりにも大人気のない攻撃の応酬に、陽葵の表情は全く揺らがず、攻撃を回避するどころか防御姿勢すらも取る気配がない。
ガンッ
華奢な身体に叩き込まれたと思えない重く鈍い打撃音。
三撃をもろに食らう形となり、勝敗が決したかのように見えるが、その結果は驚くべきものだった。
「ば、かな、あり得ん!」
「びっくりしたー、でも痛くもかゆくもないんだよね」
目の前に広がるのは、騎士たちの本気の一撃を受け、何事もなかったかのようにただ立ち尽くす少女の姿だった。
攻撃によって傷がつくどころか怯むことすらないという尋常ならざる事態の原因はやはり陽葵の権能の力によるものに他ならない。
俺は、陽葵に視線を合わせ、ステータスを覗く。
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名前:天野陽葵
年齢:15 性別:女性 種族:異世界人
身長:155 体重:48000
称号:なし
職業:学生
権能:剛重…重量操作、硬質強化
技能:剣術、土属性魔術
肉体能力:500 魔力総量:100
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およそ、女子中学生のステータスとは思えない数値だ。
あの晴斗すら大きく上回る肉体能力。体重の項目に見える4万という数字。
それは、権能”剛堅”の重量操作よるものだ。
その能力は一言でいえば文字通り対象の重さを操作するというものだ。
騎士たちの攻撃に対し、怯まず無傷で済んだのも、肉体を硬化し身体重量を引き上げたからだろう。
彼女の装備が素肌をさらすほどの軽装であったのも、権能によって彼女自身が絶対的な防御力を有していたためであった。
「くっ、おい!全員で掛かるぞ!」
後方で待機していた二人の騎士たちも加わり、五人掛かりの凄まじい攻撃の応酬が繰り出される。
動じる気配のない彼女を見れば、どの一撃も効果を上げていないのは誰の目にも明らかだった。
「だから、効いてないって言ってるでしょー」
「くっ、はぁはぁ、うっ」
まるで、大岩に切りかかっているような手ごたえのなさに、騎士たちはただ体力を消耗させるだけだった。
「はあ、じゃ、そろそろこっちからも反撃するね」
ブンッ!
振りかぶることなく放たれた横一線の一撃は、木製の大剣とは思えないような重々しい風切り音と共に二人の騎士に直撃し、そのまま十メートル近くまで吹き飛ばしてしまった。
強烈な一撃に悶える騎士たちの防具は大きく凹み、防御に使ったはずの得物は見事に折れ曲がっていた。
木製の得物で金属製の武具を破壊するとは、能力を武器にも反映させたのか。
能力によって増幅させた身体重量によって放たれた一撃は、さながら巨人のごとき膂力を再現させたのだろう。
「降参、します」
眼前に広がる光景に、立ち尽くしていた三人の騎士の一人が降伏宣言をする。
他の二人もその意見に同意するように手に持った武器を捨て降参の意を示した。
こうして、二戦目も勝敗が決し、天野兄妹は権能の圧倒的な力を改めて示した。
そして俺は、二人に絶対ケンカを売るまいと固く心に誓ったのであった。
怖過ぎだろぉ…。