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炯眼の狼  作者: 壱式 光
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第8話 訓練場

 あれから一週間が経った。


 俺こと東玖郎は、現在、壮年のおっさん騎士と木剣で打ち合いをしている。


「はっ!っちょ、痛っ」

「ほらほら、腰が引いてるぞ!どうした?これじゃゴブリンにする劣るぞ」


 上段から振り下ろした俺の一撃は、あっさりと躱され、ついでとばかりに脚に一太刀受けてしまう。


「はあ、はあ、はあ、もう一度、せいっ!」

「甘い!ふっ」


 カンッ!


 やけくそに放った横一線の一太刀だったが、躱されるどころか木剣を叩き落とされ、止めとばかりに首筋に剣を当てられた。


「打ち合いを頼まれたがこの程度とは、アズマ殿は剣を握る前に、まず体力をつけた方が良いのではないですか」


 大学に入ってから、長らく引きこもり生活をしていたおかげで体力はすっかり落ち切っていた。

 外に出歩くのが億劫で、フードデリバリー頼りの生活をしていた付けが、まさかこんなところで回ってくるとは。


「…そうですね、はぁ」


 バタッ


 疲れが一気に押し寄せ、俺はその場にへたり込んだ。


「今日はこの辺にして置きましょう」


「まだ!やれます!」


「やる気は結構ですが、私も暇ではないのでね。いつまでもあなたに構っているわけにはいかないんですよ。まずは自己鍛錬に励んでみてはどうです?」


 遠回しに迷惑だと言われていることには察しがついた。

 まあ、それは今の俺の立場を思えば当然の反応かもしれない。


「はは、ですよね、無理を言ってすいません…」


「ご理解感謝します、それでは」


 そういって、騎士はその場を後にした。


 俺がいたのは皇宮に隣接する訓練場だ。元々は近衛騎士団用のものだが、今は特別に俺たちの訓練に充てられている。広さは小学校のグラウンドほどあり、頑丈そうな外壁に囲まれている。


 俺は端のベンチに腰掛けながら1週間前の出来事を思い出していた。


 ガンダールの魔術によって意識を失った俺たちは、それぞれの部屋に返されたらしい。俺が目覚めたのはその半日後だった。

 その後、信じられないことに、ガンダールの言う通り俺たちは一様に権能(オーソリティ)を覚醒させ、異能力を発現することができるようになっていたのだ。


 手にした力を前に、浮かれる者や戸惑う者もいたが、皇帝の命令によって俺たちはその力を使いこなせるように訓練することになった。

 正直俺は浮かれている者の一人だった。男なら誰しも子供心に魔法や超能力というものに憧れるものだ。


 しかし、現実はそう甘くない。訓練に参加し意気揚々に振舞っていたのは最初の一日だけだった。

 俺の権能(オーソリティ)は戦闘ではほとんど役に立たないものだった。かといって強力な能力でもなく、はっきり言うと帝国にとって役に立つものではなかったということだ。


 他の面子が強力な権能を発現した事で、相対的な評価は実際よりも低くならざる終えず、期待を裏切った失望感も相まって日に日に周囲からの視線も厳しくなっていった。


 この世界において、俺達異世界人は生殺与奪の権利を皇帝に握られている状態だ。権能(オーソリティ)という力こそが俺たちの存在の保障にもなっている。

 だが、それが役に立たないとなってしまえばどうなるかわからない。最悪、命の危機だ。


 俺は必死になった。どうにかして存在理由を作らねばと思い立ち、必死に能力の活用方法を考え、知識を付けようとこの世界に関する勉強を始め、護身のために騎士に剣術の訓練を頼んだ。


 だが状況は芳しくない、情報収集は何とか進んでいるが、1日2日で簡単に成果が出るものでもない。権能の活用に関しても、これと言って目ぼしいものはまだなく、剣術も才能が無いのか今日のような体たらくだ。


「不味いな、本当にお先真っ暗じゃん…」


 不透明な先行きに絶望していると、訓練場に複数の人影が現れた。


 その存在感は遠目からもはっきり分かった。美咲、陽葵、晴斗の仲良し3人組だ。傍らには、数人の騎士と魔術師が随伴している。騎士の一人はさっきまで俺の相手をしていた人だった。


「今日もいっちょ、頑張ろう!」


 入場して早々に陽気な声を上げる天野妹。


「ひま、最近機嫌良いな」


 いや、機嫌良いのはいつものことじゃないか?

 まあ、兄妹にしかわからない違いというのがあるのかもしれない。


「ふふ、そう思う?ていうか、それ、お兄ちゃんもでしょ」


「ま、まあ、昨日は結構よく眠れたからね、そのせいかな」


 はは、こっちはストレスで眠れず日々苦労しているというのに。


「そっかー、あのメイドさんににマッサージしてもらったんだもんね、気持ちよかった?」


 はい!?何ですかそれ、メイドにマッサージ?

 マジでいいご身分だなまったくよっ!

 初日あんなに気さくだったうちのリディアさんは、何故か扱いがどんどん素っ気なくなっているというのに。


「ばっ、ひま!」


 バキッ


「は・る・とくん、どういうことかしら~」


 晴斗に対してにこやかな笑みを浮かべる美咲。

 だが、目は全くと言っていいほど笑っていない。


 あ、本気でキレてるやつだな。


「あ、明日香落ち着いて、普通のマッサージだって、特別な意味はない」


 馬鹿か、地雷原に突っ込んでどうすんだ。


「特別な意味って?私まだ何も言ってないんだけど?」


「――それは、売り言葉に買い言葉っていうか、特に意味はないっていうか…」


 ふふふ、いい気味だ、お前は一回しばかれとけ鈍感系。


「それに、マッサージなら私がやってあげるのに…」


 前言撤回、やはり自分で手を下す必要がありそうだ。

 くっ、ほしい、力が、力がほしい!


「でも、明日香は訓練で疲れてるし、お願いするのは申し訳ないっていうか」


「やってあげるよ」ニコッ


「あ、うん、お願いします」


 マッサージかぁ、俺もダメもとでリディアさんにお願いしようかな。下心はまったくないんだが、うん、消して下心はない(大事なので2回)。


 そうこうする中、俺はそのまま3人の訓練の様子を伺うことにした。最初の1日から3人がどれだけ成長したのか単純に興味があったからだ。


 ん?あ、しまった。


 しかし、どういうわけか、俺の存在に気が付いた様子の晴斗が美咲の追求から逃れるがごとく駆け寄ってきた。


「東さーん、こんにちは!見ていたんなら声かけてくださいよー」


 やめろー、今はお前の爽やかスマイルなんか見たくないんだ!


「悪いが力は貸せない、自分で対処してくれ」


「は、いや、ちょっとひどいですよ、あ、やばい来た」


 晴斗を追うように、美咲と陽葵がこちらに来ていた。


 くっそ、俺を面倒ごとに巻き込みやがって。


「はるとくん、まだ話の途中でしょ!」


「お兄ちゃん、観念しなよ」


 えーと、なんだろう、すっごい気まずい。


「あー、ごめんごめん、東さんがいたのが目に入って」


「や、やあ、こんにちは」


 そういえば、美咲、陽葵と直接相対するのってあんまりないんだよな、どう話せばいいか全くわからん。


「あっ、お兄さんじゃん、やっほー」


 いや、軽っ。


「東さん、すいませんいらっしゃったのに気が付かなくて」


 だって、気づかれないようにめっちゃ気配消してたもん。


 そうすると、話題を変えるがごとく晴斗が口を開く。


「東さん、もしかして訓練してたんですか?」


 しょーがない、話を合わせてやるか。


「ああ、さっきまで打ち合いをちょっとね」


「そうですか、でも、東さんの権能は戦闘向きじゃないですよね」


 まったく、いちいち痛いとこ突いてきやがって。


「そうだね、でも、俺だけ何もしないわけにはいかないし、少しでも役に立てるようにしたいんだ」


 俺の権能のことはすでに周知のことだ。

 厳しい視線を浴びることは多いし、日に日に状況は悪化している。

 とにかく今は、やれることをやって、少しでも自身の価値を示す必要があるのだ。


「もしかして、あの皇帝の言ったことを気にされているですか?」


 皇帝か…。

 権能の覚醒後、俺の能力を聞かされた奴が俺に言った一言は今でも覚えている。確か、”我に恥をかかせよって、この能無しの役立たずが、これは我救世主ではない”だったか。

 前日との扱いの差にさすがに驚いたが、美咲たちの弁明もあって、それ以来公で何かを言われたことはないが、あれが恐らく皇帝の本性なのだろう。


「あれ、本当にムカついたよね。偉そうにさー、まったく何様だっての!」


 確かに、ムカつくおっさんだってことは同意だ。


「まあ、皇帝様だからね。後、陽葵ちゃん、そういうことはあまり言わない方がいい、騎士たちも見てるし、誰がどこで聞いてるかわからないからね」


 まあ、流石に強力な権能をもつ彼女らが何かされることはないだろうが、俺のせいで彼女たちに迷惑がかかるのはなるべく避けたい。


「お気遣いありがとうございます。ですが、東さんも無理しないでくださいね。それに、何かあったら私が守りますので、絶対にみんなで帰りましょう!」


 そう言いながら真っすぐに俺を見据える美咲の目は、彼女の本気度を何より示していた。

 まったく、年下だっていうのにしっかりしてるなこの子は。


 だが、彼女たちに頼り切ることはできない、最後の最後で自分のことを守れるのは自分だけなんだ。

 人に何かを委ねることはそれだけ弱みにつながる。

 それに、こんな年下の少女に助けられるというのも年長者として情けないというものだ。


「ありがとう。でもやれることはやるつもりだよ。それに、美咲ちゃんが何もかも抱え込む必要はないと思うよ。確かに、君は頼りになるけど、田中さんもいるし、それに君には素晴らしい幼馴染たちがいることだしね」


 まあ、俺みたいな能無しにこんなこと言われてもって感じだけどな。


「そう、ですね…」


 あれ、なんだ、そんなびっくりした顔して、俺なんかまずいこと言っちゃったか。


「あ、いえ、ありがとうございます。東さんも頑張ってください、では!」


 そうして彼女はそそくさと言ってしまった。


「えっと、二人もそろそろ戻った方が良いよ。さっきから後ろの方々の視線が怖い」


 例の壮年の騎士とかすごい睨んでるし。


「あー、そうですね。でも視線でいうなら東さんの方がっ、あ、いや何でもないです、失礼します!」


 やべ、無意識に目元に力が入ってしまった。失敬失敬。


「ふふっ」


「どうしたの?」

「んーいや何でもない、じゃ、お兄さんまた後で!」


 晴斗と陽葵が戻ったことでいよいよ訓練が始まる。

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