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炯眼の狼  作者: 壱式 光
7/10

第7話 謁見

 しかしおかしい、なぜこんなかわいい子が俺の目の前に?


「あの、どうかいたしましたか?」

「い、いや、なんでもないです!」

「そうですか、朝食をお持ちいたしましたのでよろしければどうぞ!」

「あ、ありがとうございます」

 

 彼女はワゴンのようなものを押して部屋に入ってきた。その上段には、銀色のプレートに並べられた豪華な食事が乗せられていた。パンに、サラダ、後は肉が入ったスープのようなものもある。その周りには彩の豊かなフルーツらしきものもあり、朝食というにはかなり量があった。


「すごい豪華ですね…」

「はい、お好きなだけどうぞ!」


 そう彼女は満面の笑みを向けてくる。


 しかし、良いのだろうか。何やら良くないものが入っている可能性も無きにしも非ずだ。それに、この世界の食事が体に合わない可能性もあるかもしれない。


 ぐぅ~


 小さく腹の虫が鳴る。


 だが、気付けば昨日から何も食べていない。腹が減っては何とやらというし、ここはしっかりエネルギーを補給するのも大事だ。まあ、後のことは食べてから考えよう、うん、そうしよう。


「じゃあ、いただきます」


***


 はぁ~、食った~。


 それなりの量があったが、意外とすんなり腹に入った。緊張と不安で気づかなかったが、よほど空腹だったらしい。

 野菜や果物など、中には見慣れない物や形は同じでも俺の世界の物と色が違う物などがあり、少し不安だったが普通にうまかった。異世界でも、食事は普通にとれるということが分かったのは幸いだった。


「アズマ様、お風呂などもご用意しておりますが、いかがいたしますか?」

「え、お風呂あるんですか?」

「はい、客室に隣接された専用の浴室がございます。」


 リディアさんに示された方を見ると、何やら扉のようなものがもう一つあることに気づいた。薄暗いときは気づかなかったが、小窓のようなものが付いており、中を覗くと浴槽のようなものが見える。


 こりゃ、結構本格的な浴室だな。それなりのホテルにありそうな感じで、シャワーらしきものもあった。


 これはいい。


「お着替えもご用意しておりますのでお使いください」

「え、あ、お気遣い感謝します」

「いえ、それと、一介の侍女にそのような畏まった言葉遣いはなさらないでください。陛下のお客人にそのように振舞われては宮廷侍女として面目が立ちません」

「なるほど、わかりました。あ、いえ、わかった!」

「ふふ、感謝します。ではごゆっくり」


 リディアさんはそういって部屋を後にした。


 レントンさんの時もそうだったが、使用人たちにへりくだった態度で接するにはあまり良くないことみたいだな。偉ぶるのは好きじゃないが、それなりの待遇で客人として招かれている以上、彼女たちの対面を保つためにも合わせた方がいいだろう。まあ、郷に入っては郷に従えという奴だ。


 さあて、異世界の風呂はどうかな。


***


 コンコンッ


「どうぞー」


 ガチャ


「失礼します。お加減はいかがでしたか?」

「ああ、最高だったよ。汗も流せたし、ちょうどよかった」

「そうですか、それは何よりです。お召し物も大変お似合いです」

「はは、ちょっと着慣れないけど、大きさはちょうどいいみたいだ」


 用意された着替えは、紺色の裾の長いコートに黒いズボンと革のブーツという組み合わせで、俺くらいの年の貴族によくある服装らしい。まあ、着心地は悪くないが背広を着ているような気分で、少々暑苦しさはあった。


「それで、何か用でも?」

「陛下への謁見が許可されたので、異世界人の皆様をお連れするようにと」

「なるほど、わかったすぐに準備する」


 遂に、俺たちを召喚させた張本人にお目通りできるのか。問いただしたこと、聞きたいことはいろいろある、だがまずは状況を把握することが必要だ。成り行きでここまで来てしまったが、まだまだ知らないことばかりなんだ。


 不安と期待と僅かな好奇心を胸に、俺はリディアさんと部屋を後にした。


***


 リディアさんに案内されたのは、巨大な扉の前だった。その両側には、槍を持った2人の番兵が佇んでいる。


「他の人たちはもう来ているのか?」

「はい、みなさん中でお待ちになっています」


 ふー、なんかちょっと緊張してきた。これから謁見するのは、何を隠そうこの国の皇帝、つまりこの国で一番偉い人物だ。見た感じ、封建的な色合いが強そうな国だし、下手したら即処刑なんてことも権力者の一存でできてしまったりするんじゃないか?


 うん、あんまり失礼のないようにしよう!


「クロウアズマ様をお連れ致しました」

「――通れ」


 番兵の一声によって、甲高い金属音と共に重く厚そうな扉がゆっくりと開く。

 隙間から光が漏れ、徐々にその中が見えてくる。


 すご。


 扉の先は、大聖堂のような荘厳な空間が広がっていた。鮮やかな光源に覆われた天井はとても高く、節々に見られる彫刻はどれもが一級品の存在感を放っている。まさに、皇帝の玉座を飾るにふさわしい場所だ。


「あ、東先輩来ました」


 紳平の呼びかけでふと我に返り前方に目を向けると、俺以外の全員がすでに集まっているのが見えた。

 俺は慌てるようにして、少し駆け足で向かっていった。


「すいません、皆さんお待たせしました」

「大丈夫ですよ、自分もさっき来たばかりなんで」

「そうなのか、ならよかった」


 見渡すと、皆一様に異世界の衣装に身を包んでおり、女性陣の着るドレスはどれも個性溢れる色彩で特に目を引いた。


「どうやら、全員集まったようですね」


 声のする方を見ると、端に控えていた文官らしき男が目に入った。


「皇帝陛下がお見えになりました」


 王座の左手にある扉が開き、数名の側近と護衛を引き連れた皇帝が姿を現す。裾の長い衣装を引きずり、威風堂々とした佇まいで近づいてくる。玉座の前に立ちゆっくりと腰かけると、その眼光は真っすぐ俺たちの方を見据えた。


「わしが、オルダイン3世、このガルデルシアを束ねる現皇帝である。会えてうれしいぞ、異世界人達よ」


 こういう公の場でどう振舞えばいいのかわからず固まっていると、誰よりも先に田中さんが言葉を発した。


「陛下、お会いできて光栄です。私は、タナカ・コウジと申します」

「そなたがタナカ殿か、ガンダールから聞いているぞ、とても思慮深く礼節を弁えた男だとな。どうやら嘘ではなかったらしい」

「ガンダールさんがそんなことを、身に余るご評価で恐縮です」


 ガンダールと田中さん、いつの間にか随分と親密になってたんだな、これも社会人のしたたかさってやつなのだろうか。


「失礼します、あなたが私たちを召喚させたと聞きましたが本当ですか?」


 会話に割って入る形で、美咲明日香が一気に本題に切り込む。


「ふむ、そなたは?」

「ミサキ・アスカです」

「ふむ、そなたがガンダールと密約を交わしたという異世界人か、ふふ、これまた随分と気の強そうな女子よ」

「御託は結構ですので、質問に答えていただけますか?」

「これ!陛下にそのような物言い、不敬であろう!」


 我慢ならないという様子で、傍に控える文官の一人らしき老人が声を上げる。


「宰相よ、良い、彼らは客人だ」

「し、しかしですね…」

「このわしが、良いと言っておるのだ、わかるな?」

「は、はい、仰せのままに」


 皇帝の静止を受けて、宰相は不服ながらもあっさりと身を引いた。

 皇帝というだけあって、その権力の大きさはかなりのものと見える。


 それに美咲明日香、よくあんな強気に出れるもんだ。その無尽蔵の胆力が一体どこから来るのか――まったく、感心するな。


「ではミサキ殿、そなたの問いに答えるとしよう――そうだ、そなた等の召喚を命じたのは何を隠そうこのわしである」

「そうですか、なら、今すぐに私たちを元の世界に返してください」


 しばしの沈黙の後、慌てている様子の側近たちを他所に、皇帝は重々しく口を開いた。


「――残念ながら、それはできない。ガンダールから聞いたように、あの召喚陣は呼び出すことはできても、送り返すことはできない代物なのだ」


 やはりそうか、とはいえ予め聞かされていたことで何も今更驚くようなことではない。しかし、皇帝から改めて言われるとそこ事実は俺たちにより一層重くなしかかってきた。


「では、あなたは我々が帰れないというとこと承知で召喚を行ったということですか?」

「ああ、その通りだ」

「それはあまりにも無責任な行いじゃないですか?」

「返す言葉もないな」


 皇帝は、俺たちを見据えながらただ淡々と答える。


 美咲の言う通り、皇帝の行いはまさに無責任の極みだ。断りもなく連れ去った挙句に、家には返せないと言っているのだ。まさしく、理不尽の押し付けに他ならない。


 不安と同様の空気が立ち込める中、田中さんが沈黙を断つように切り出す。


「陛下、では教えてください。なぜ我々を召喚したのか、その目的を」


 そうだ、なぜ俺たちを呼んだのか、その理由を俺たちは聞かなければならない。


「はは、よくぞ聞いてくれたな、今日はまさにその話をしたかったのだ!」


 皇帝は待ってましたと言わんばかりに声を荒げた。


「わしがそなた等を召喚した理由、それは――お前たちの持つ異能だ、その力が我が国に必要なのだ」


 ・・・異能だと?また大きく話がぶっ飛んできたぞこれは。


「――異能、そのような力が私たちにあると?」

「ああ、正しくは権能(オーソリティ)と呼ばれている。それは、異世界人のみが扱うことができる特別な力と言われ、ものによっては一国の情勢や戦争の行方をも左右する可能性を秘めている」


 いよいよきな臭くなってきたなぁ、一国の行方を左右する力、権能か…。ほんとに俺達にそんなものが備わっているのか?

 

 掌に視線を移し、改めて自分の体を見下ろしてみるが、特別何か変わった感じはしない。目つきが悪いだけのどこにでもいる男子大学生だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「では、試してみるとしよう。おい、あれを持って参れ」


 皇帝の命令によって、奥の方から人影が入ってきた。

 明かりに照らされて姿を見せたのは、真っ白な長いひげを蓄えた魔法使いだった。


「ガンダールさん」

「田中殿、そして皆よ、また会ったな」


 初めて会った時とは違い、ガンダールはより煌びやかな装いに身と包んでいた。単一色のローブは細かな刺繍の施された物に代わり、手や首にはいくつものアクセサリーを身に着けている。


「宮廷魔術師長、頼む」

「はい、お任せくださいじゃ」


 そう言うとガンダールは手に持った杖を掲げ、何やら準備を始めた。杖には大きな水晶玉が取り付けられており、その中で青白い光が渦巻いている。


「何をするつもりなんですか?」

「お前たちの中に眠る権能を覚醒させるのだ。力が目覚めれば私の言葉も信じられるだろう」

「ちょっと待ってください、もう少しちゃんと説明して頂かないと」


 まったくだ、一体何をするつもりなんだ?


「あーあー、さっきから聞いてりゃ勝手なことばっかほざきやがって、いい加減にしろよお前ら」


 そう言って、曾川が皇帝に歩み寄ろうとしたとき、


「押さえろ!」


 ある衛兵の号令により、後ろに控えていた兵士たちが一斉に曾川を取り押さえた。


「って、おい、離せ、があっ!」


 それなりに体格のいい曾川がなすすべもなく地面に押さえつけられてしまった。


「ちょっと、乱暴な真似はやめてください!」


 抗議の声を上げる美咲を一蹴すると、皇帝は手を軽く上げ合図のようなものをする。

 曾川を開放するのかと思いきや、残りの兵士が今度は俺たちを取り押さえる。


「きゃっ、何するんですか!」

「お兄ちゃん!」

「おい!明日香とひまから離れろ!」


「ひゃっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「くっ!女子に乱暴すんじゃないよ!って、ちょ、どこ触ってんのよ!」


「お前たち!混乱に乗じてセクハラとはなんて羨ましっ、じゃなくて、僕と女の子達だけでいいから離せ!」

「水瀬さん、本性表しましたね…。あ、僕は無害なのでお手柔らかにお願いします」


 紳平も随分余裕そうだな、いやパニクってるだけか、目はどこかうつろで今にも気絶しそうな勢いだ。

 かく言うおれも、両手を組まされ、跪くような状態であっという間に取り押さえられてしまう。


 っ!ああ、だめだこれ、力で振りほどける気がしない。


 田中さんはだんまりか、まあ、こうなった以上抵抗したところであまり意味はなさそうだしな。


「手荒な真似をして申し訳ない、なにすぐに済むことだ、今は従ってくれ」


 皇帝はそういうと、ガンダールに対して合図を送る。

 ガンダールが頷くと、杖の先の水晶が一層光を増したように感じた。


「権能の覚醒にはいくつかの条件があると言われとるが、その中でも多いのが体に強い付加がかかった場合、つまり命の危険を感じたときじゃ。この聖杖レーヴァテインは、対象者の魔力を吸い取る力があるんじゃよ。魔力の枯渇は、死にも繋がる危険な状態じゃ、権能を覚醒させる条件にピッタリじゃろ」


 は?それって一歩間違えたら死ぬってことじゃんか!

 ふざけんじゃねぇえええええ!


「悪いがこれもそなた等のためじゃ、では始めるぞい」


 自分たちのための間違いだろうが!


 心の訴えも空しく、聖杖の放つ光はさらに増す。

 気のせいか、体から薄い光が漏れ出て、杖に吸い込まれるように宙に漂っていくのが見える。


 これが、魔力ってやつか?


 しばらくすると、急激に力が抜ける感覚に陥り、強い倦怠感が体を覆った。


 ん、なんか、眠くなってきた――があっ、頭が!


 睡魔が来たかと思ったら、直後、今まで経験したことがないような頭痛が押し寄せた。まるで、頭をハンマーで殴られているかのような強烈な衝撃だった。


 痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ、これマジで死ぬって!ぐぁああああああああ!


 プツ


 痛みが限界に達したことで、体が耐えきれなくなったのか、俺はそこで意識を失った。

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