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炯眼の狼  作者: 壱式 光
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第5話 帝都アルン

 召喚の神殿を出発してからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 日は少し落ちて来ていたが、外は依然として明るい。おそらく、長くても二、三時間と言ったところだろうか。

 元々身につけていた腕時計は秒針が十二時半あたりを指したまま止まっていた。気がついた時にはこの状態だったので、こっちに来た時に壊れたのだろう。時刻は、俺たちがコンビニから転移する直前のものだと思われる。

 この世界に来た時に持っていたものはこれだけだった。体に身に着けていたもの以外の荷物は一緒に転送されていないようで、それは俺だけじゃなく他の人も同じだった。


 俺たちを乗せた獣車の一団は、神殿のあった森を抜け、開けた平原の道を進んでいた。


「あ、あれ見てください、あの薄青色のうごめいてる奴。もしかしてスライムじゃないですか!すごい、どういう身体構造なんでしょう?動きは結構遅いみたいいですけど、やはり雑食なんでしょうか、体自体が強い消化器だとすると・・・ブツブツブツブツ」


 車窓にへばりついて興奮気味な様子の紳平が目に入る。出発してから四六時中外の風景を眺めてはこんな調子だった。

 俺はというと、最初こそ一緒になって見慣れない景色に心躍らせていたような気がするが、今はもはやそんなことに意識を向けられる余裕すらなくなっていた。

 

 理由は、うん。乗り物酔いだ。

 

 この獣車は、自動車のようなサスペンションなどなく、加えて固い木製の車輪のおかげで非常に衝撃が伝わりやすい。それに、こちら世界の道は舗装などもしっかりされていないのだ。この揺れの激しさには俺の三半規管ではとても耐えられなかった。

 車内の座席はクッション性の高いもので大分ふかふかではあるが、この程度では俺にとっては焼け石に水でしかない。


「うっぷ、うぅ、はぁはぁ、うっ」

「おいおい、大丈夫かい東くん?」

「だ、大丈夫で、す。ふぅ」

「全然大丈夫じゃなさそうだけど・・・」


 心配した水瀬が声をかけてくる。

 が、もちろん大丈夫なわけがない、ふとした勢いですぐにでも吐きそうだ。しかし、こんなところで吐くわけにもいかない。吐き袋などないのだ。こんな密室でぶちまけるような大惨事だけは回避しなくては、絶対に。


「うっ、うっぷ・・・すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」


やばい、無理そう。



◇◇◇

 

 

 それからしばらくして、小窓から外の御者の声が聞こえた。


「みなさん、そろそろ帝都が見えてきますよ」


 どうやら、到着が近いらしい。俺の吐き気との戦いもピークを越え、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。


 仰向けになっていた状態からゆっくりを起き上がり外を見る。


 日も沈みかけており、夕暮れに差し掛かってるようだ。街が近いせいか、外にはすれ違う人や荷馬車がちらほら見えていた。


「東先輩、もう大丈夫なんですか?」

「ああ、横になったおかげで随分楽になった」

「そうですか。よかったです」


 向かいの席から、安心したような様子の紳平の顔がこちらを覗いている。


「それよりもう着くんだろ、帝都に」

「そうみたいだね。何やら城壁のようなものが見えて来たよ」


 開けた車窓から顔を外に出していた水瀬が答える。


「東くん霧島くん、見てみなよ。すごい大きさだ」


 言われてから俺たちも、車窓から顔を出し、一団の進む前方に目を向けた。


「す、すごい、あんなの見たことないです…!」

「あれが、帝都アルンか」


 俺たちに立ちふさがるがごとく巨大な壁が、地平線に沿うようにどこまでも続いていた。その向こうには、広大な街並みが広がっている。

 まだ少し距離があるが、それでもはっきりと見えるくらいの大きさだ。


「はは、すごいでしょう?あれが、帝都を守る鉄壁のバルドス城壁でさぁ。かつて、始皇帝バルドス一世により作られたというこの壮大な城壁は、帝国建国以来、300年間一度も破られたことがないのです。始皇帝の名を冠すだけあり、その威光は見た目だけではなく…#%$%&」


 そう誇らしげに語りだす御者の話を、さながら観光案内のような気分で聞きながら、進んでいく。


 少しして、城壁の前まで来た。


 近くで見ると、その巨大さには改めて圧倒される。御者の話によると少なくとも30から40メートル近くはあるそうだ。

 ガルデルシア帝国という国の国力をまざまざと見せつけられたような気分である。


 上に目を向けてみると、櫓のようなものから甲冑を身に着けた兵士らしき人影が姿をのぞかせていた。


 しばらくして、大きな号令と共に強大な城門が重く開き始める。


「開門!!」


 そうして、俺たちの一行は門内部から来た護衛らしき兵士たちと合流しながら、中へと進んでいった。


「さあて、いよいよ帝都に入りますよお三方」


 悠々と進む獣車の窓から見えるのは、それはそれは目を見張る光景だった。見慣れないはずが、何処かなつかしさを感じさせるその景色は、さながら映画やアニメで見るような幻想世界に覚えがあった。


 中世風の建築様式に、何処かアジアンテイストな装飾を散りばめたようなエキゾチックな雰囲気のある街並み、行きかう人々の服装もそれに準ずるものであった。


「おお!アステラン様だ!!」

「きゃー!ほんとよ、アステラス様だわ!」

「おーい、黒鉄の騎士が帰ってきたぞー!」


 一団の先頭では、アステラス団長の元に人だかりができ始めていた。


「何の騒ぎだろう?」


 水瀬の問いに御者が答える。


「あの方は、5年前の北方征伐戦の英雄でしてね、それ以来、黒鉄の騎士という異名で呼ばれるようになったそうです。腕っぷしに加えて、あの容姿でしょう?民からの人気も相当なんですよ」


「へぇー、凄い方なんですね」


「ええ、それはもう!あの方の下で働けるなんて私も光栄ですよ」


 黒鉄の騎士か…。あの黒い鎧に由来するのか?ともかく、これじゃ道が塞がれて進めないぞ。


「アステラン様!今回はどのような任務で?」

「魔獣共の討伐に向かわれたと聞きましたが、もう倒して来られたのですか!」


「まあ、落ち着くのだ皆よ。今回は皇帝陛下勅命の任務だ。それゆえ具体的なことを話すことはできん」


「陛下勅命ですか!それはすごい!」

「この獣車の列。ずいぶん高貴な御方々をお連れになっているように見えますが…」


「悪いが、詮索は厳禁だ。近々、陛下からもお達しが下されるだろう。それまでは、見なかったことにしてくれるかな?」


「そりゃもう、騎士様のご命令とあらば!」

「おい!みんな聞いただろう?道を開けるんだ!」


 ぞろぞろと人だまりが道の両側にはけていき、ようやく塞がれていた道が姿を露わにした。


「皆よ、感謝する。よし、道が開けた。――進め!」


 アステランの号令と共に、俺たち一団の進行は再開した。


 窓の外からは、過ぎ去る人々が興味深そうに中を覗こうとしているのが見えるが、 この車窓には特殊な魔法がかけられているらしく。外から中の様子を見ることはできないらしい。


 しばらくすると、街中を抜けていき、荘厳な屋敷が立ち並ぶ区画に入った。


「ここからが上民区ですよ」


 上民区、そこは貴族や一部商人など富裕層が多く住むと言われる区画だという。

 さっきまでと違い、行き交う人々も随分上品な衣服に身を包んでいるのがわかるし、道もきれいに舗装され清潔に保たれているのが見て取れる。


 そして、こちらでもアステランの人気は相変わらずで、うわさを聞き付けたのか、いつの間にか集まっていた淑女たちの黄色い悲鳴がちらほら聞こえる。


 この帝都は、大きく分けて3つの区画から構成される。皇帝を含めた皇族たちが住む皇宮とこの上民区、そしてそれ以外の一般市民が住む中民区である。


「これはあまり大きな声で言えないんですがね、実を言うと公的には認められていない4つ目の区画があるんですよ」


「それは一体どんなことろなんですか?」


 紳平の問いに、御者が続ける。


「私たちは下民区と呼んでいます。中民区のある区画、城壁近くにある場所です。犯罪者や浮浪者、違法移民などが多く住んでおり治安も非常に悪く、普通の市民は近寄らないところです」


「スラム街ってやつか」

「やっぱり、どこの世界でもそういう場所はあるんですね」


「衛兵の巡回ルートからも外されるような場所です、皆様は近づかないようにお願いしますよ」


「言われなくても、そんな危険なところには行きませんよ」

「僕もです。まだ死にたくはないですから」


 俺もそうだと言わんばかりに頷いた。


 聞く通りの場所なら、本当にやばいところなのだろう。ただでさえ危険がはびこる世界のようだし、絶対に近づきたくない。


 そうこうしているうちに、ついに一団は皇帝がいる皇宮へと到着した。


 最初に見た城壁ほどではないにしろ、それでも立派な作りの白い外壁が見えた。


「開門!!」


 号令と共に門外開き、獣車が動き出す。


 外壁内は随分物々しい様相を呈していた。

 白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが出迎える形となり、開けた道には一定間隔で彼らが配置されている。


「アステラン様、勅命任務ご苦労であります。これより先陛下がお待ちです」


「うむ、出迎え感謝する」


 一団は、彼らに追従する形で皇宮への道を進んでいく。


「彼らは?」

 

 水瀬に対して御者は少々訝しそうに答える。


「最近新設されたという、皇帝陛下直属の親衛騎士団です」


「随分と華やかなんですね」


「彼らは一般市民出身も多い我々とは違い、有力貴族や皇族出身の方が多いのです」


 御者は少し歯切れが悪そうに小声でつづけた。


「その、ですから、我々とも意見の食い違い等少なくないんです」


「ああ、なるほど。お立場お察しします」


 帝国も一枚岩じゃないってことなのだろう。俺たちのことに関しても、これはなんだか裏がありそうできな臭くなってきたな。


「さあて、着きましたよ。あれがヘルタビア皇宮です」


 豪華な庭園を抜けていくと、純白の荘厳な宮殿がその全貌を露わにした。

 ヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせるような豪華な屋敷が広がり、中央には一際大きな双塔が突き出ている。細部にまで施された絢爛豪華な装飾は、一体どれだけの人と時間を使って建てられたのか想像もできない。


「バルドス城壁を見たときも驚きましたが、これはまた別の意味で圧巻ですね」

「スマホが使えていれば、一枚記念に撮っておきたかったよ。まったく、残念だ」


 こちらの世界に来てから、電子機器はどれも使うことはできなくなっていた。


 まあ、使えたとしてもどうせ圏外だろうし、充電することもできないんじゃどちらにしろ使い物にならなかっただろう。


「無理もありません。私も初めて見たときはそれはそれは感動した覚えがありますよ」


 御者の話を聞き皇宮を眺めながら、俺はハッとした。


 ついつい観光気分になってしまうが、最悪帰れないかもしれない状況であることを忘れてはならない。この美しい宮殿に住むのは、何を隠そう俺たちを勝手に異世界に呼び出した誘拐犯なのだから。


 俺は今一度気を引き締めながら、近づく皇宮を見据えた。


「東くん、親でも殺されたような目つきしてどうかしたのかい?」


「(ギロリ)」


「あ、もしかして何か気に障ったかい…」

「いえ、別に、これは生まれつきなので気にしないでください」


 少々気まずそうな水瀬は、紳平の元に駆け寄りひそひそと話し始めた。


「ねえねえ、僕何かまずいことと言っちゃったかな?」

「まあ、先輩、ずっと目元を前髪で隠されていたので少なからず気にされているんじゃないでしょうか?」

「だよねぇ、僕もちょっと軽率だったかもって後悔してるよ…」


 ふう、いつの間にか前髪がそれて目元が露わになっていたようだ。

 俺としたことが、風に煽られでもしたか。


 再び、捲れた前髪を下ろしながら、一団は皇宮前に到着した。


「着きましたよ、皆さん。ここから先は宮中の使用人の案内に従ってください」


「ふぁ~、やっと外に出られますね」

「まったくだ。流石に疲れたよ」


 ようやく、このくそ乗り心地の悪い獣車ともお別れというわけか。

 必死に持ち堪えたおかげで何とか最悪の事態は免れたが、未だに気分は万全とは言いがたい。


「ありがとうございました。…ええと、そういえば名前聞いませんでした」

「レントンです。一介の下級騎士の名前など覚えていただかなくても大丈夫ですよ。それに感謝の言葉も不要です。私はただ任務をこなしただけですので」

「お世話になった方に感謝を伝えるのは当たり前です。それが礼儀ですから」

「そうそう、それに身分なんて気にしないでくだいさいよ。僕たちの国では基本的に人は皆平等の権利を持っていたんです。そんなもので差別はしません」


「なるほど。お話を聞く限り皆さんの世界はとても良い世界のようですね。心遣い感謝します。皆様の行く先が良いものであるように健闘を祈っておりますよ」


 そうして、レントンさん含めた獣車の一団は皇宮を後にした。


 少々口の軽い人だったが、おかげでこの国についていろいろと知ることができた。成り行きとはいえ、乗ったのが彼の獣車で良かったのかもしれない。

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