表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炯眼の狼  作者: 壱式 光
4/10

第4話 出立

「そういえばさ、僕たちが召喚された理由ってなんなの?」


 友達に話しかけるような軽い調子で、唐突に水瀬さんがライルたちに問いかける。

 前髪をいじっていたり、今までの会話にも興味なさげに上の空といった態度だったが、意外と話を聞いていたのか、随分的を得た疑問だった。


 ライルの話では、この国の皇帝が俺たちを召喚したという話はあったが、肝心の目的については全く触れられていなかった。俺もそこには疑問を感じていたが、言い出す間を伺っていたところなので正直助かった。


「申し訳ありません。そのことについては我々もほとんど何も聞かされていないのです。あくまでも陛下からの勅命は、召喚された異世界人のみなさんを帝都にお連れするということだけです。詳しい経緯については陛下の御前にて直接なされると思います」


 勅命を与えた団長、副団長クラスにも説明されていないとなると、召喚自体かなり極秘で行われたことなのか?


 まあ、なんにせよ、皇帝の目的ってのはとても気になるところだ。異世界人とやらが話に聞くすごい存在ならば、何かしら期待していることがあるんだろう。紳平の話ではこういう場合、魔王討伐や戦争の終結、世界救済みたいな壮大な話に繋がるらしいが、今のところただの学生である俺がそんなことに貢献できるとは思えない。できれば危険なことに加担させられるのはごめん被りたい。


 俺がそんな杞憂に浸っていると、ドンっと後ろから肩をぶつけられて一瞬こけそうになり、「邪魔だどけ」と一言呟きながら曾川が通り過ぎて行った。そこそこ広いこの神殿内で不注意でぶつかることなどまずあり得ない、明らかにわざとだろう。


(痛っ、なんなんだよまったく、俺になんか恨みでもあんのか!)


 そろそろ一発殴ってやりたいところだが、体格的にもフィジカルで敵う相手ではないのは明白だ。手痛い報復を受けるのが身に見えているだろう。それを承知で強行に及ぶほど俺に度胸はない。できるのは、その背中を睨みつけることくらいだった。


「さっきから黙って聞いてりゃ、異世界がどうたらこうたらとわけのわからんことばかり言ってじゃねぇぞ。お前らもお前らで、こんな怪しげなコスプレ野郎共の話を真に受けやがってよ。どこまでガギなんだ。もううんざりなんだよ、いつまでもこんな茶番に付き合ってられるか、悪いが俺は帰らせてもらう」


 そう吐き捨てるように言いながら、曾川は出口に向かって歩き出していった。


「あ、ちょっと待ってください!勝手に動かれては困ります!」


 引き留めようと慌ててライルが追いかけていき、やがて二人の姿は出口の向こうに消えていった。


「まったく、騒がしいのう。まあ、いつまでもここで時間を潰しておる訳にもいかんか、わしらもそろそろ出るかの」

「ふむ、部下たちをいつまでも待たせておくのも忍びない、それが良いでしょう」


 ガンダールの言葉にアステランが同意し、俺たちの方を向き直った。


 俺たちは、互いに顔を見合わせながらうなずき合い、代表するように田中さんが言葉を発する。


「わかりました。我々はあなた方に同行します。ひとまずは、この事態の発起人でもある皇帝の話を聞くのが先決ですから、これからどうするかはその後判断します」

「そうか、まあ良かろう。我々も勅命を果たすだけだ」


 そうして、俺たちはアステラン達に続いて神殿の出口へと向かう。


 眩しい日差しに目を細めながら、開いた戸をくぐり抜け、この世界で初めて外の世界へ出た。


 やがてぼんやりと視界が晴れて、眼前に広がる景色がくっきりとその姿を現した。


(これは、すごいな……)


 そこに広がっていたのは、見たこともないようなとても幻想的な光景だった。まず目についたのは空から見下ろしている2つの月だ。大きなものと少し小さなもの。その表目に作られたクレーター群の模様も俺の知る月とは全く異なるものだった。今は昼間なのか、うっすらと見える程度だがそれでもその大きさは凄い存在感を放っていた。

 さらに、空は昼間にも関わらずオーロラがかかったように虹色の揺らめきが漂っていた。この世界の自然現象なのだろうか、よくわからないがすごく美しい光景である。


 下に目を移すと、広々とした豪華な白い階段が伸びており、降りたところに騎士風の装いをした一団が待機していた。おそらくはアステラン達の仲間だろう。

 

 だが、何よりも驚いたのは彼らとともに待機していた存在だ。触角が生えた馬のような生き物と、馬車のようなものが目に入った。しかし、それを引くのは馬もどきの方ではなく、サイに似た6本足の巨大な獣だった。太い根元から先端にかけて鋭く伸びた巨大な角がすごい存在感を放っている。


 周囲には見たこともないような大木が立ち並ぶ森林が広がり、そこのに植生する植物も遠目で見て、不思議な形状をしたものがちらほら見受けられた。


 生態系から何から、この世界は根本的に俺たちの世界とは違うようだった。半信半疑だった面子も、口をあんぐりと明けながら目の前の光景に唖然としている。


「……すごい」

「いやぁ、さすがの僕もちょっとこれは驚きだね、ははは」

「どうやら、彼らの言っていたことは間違いではなかったようですね」


「ねえ!お兄ちゃん、見てあの鳥、凄いきれいだよ!なんて言うんだろ?」

「さあ……あんな鳥は見たことないな」


「ふふふふ、異世界、間違いなくこれは異世界っす!見ましたか先輩!これで確定っすね!」

「ああ、そうみたいだな」


 興奮したような様子の紳平に、俺は目の前の風景から目を離さずに素っ気なく返事をした。


 ずっとぶつぶつと独り言をつぶやきながら何やら自分の世界に入っていたようだからスルーしていたが、この光景を目にしてこっち戻ってきたようだ。


「さあ、こっちだ。下の方に部下たちを待たせている」


 アステランに続き、俺たちも階段を降り一団の方に近づいていくと、何から複数の騎士に取り押さえられ喚いている男がいた。

 

 もちろん、曾川のことである。


「ライル、大丈夫か。何があった」

「はっ、どうやら曾川殿がベヒモスの角に触ろうとしたようで、止めようとした結果このような状態に……」

「ハハハ、そりゃ危なかったな。知らぬとはいえ、とんだ命知らずもいいところだ」


 どうやら、この六本足のサイのような生き物はベヒモスというらしい。

 近くで見ると改めてその巨体を実感する。ほのかに香る獣特有の匂い。野太い唸り声。作り物などではない、間違いなく現実に生きている存在だった。


「ベヒモスは基本温厚な魔獣じゃが、角を触られると激情して暴れ出すのじゃ。そこさえ気を付けておれば、軍獣としては扱いやすい部類なんじゃがな。過去に角で串刺しにされた騎士が何人おったことか」


 ガンダールの説明を聞いて、暴れていた曾川が青ざめるようにおとなしくなった。


「マ、マジかよ……。わ、わかった、もう触ろうとしねぇからそろそろ放してくれ」


 ライルのうなずくしぐさを見て拘束していた騎士たちが一斉に曾川から手を離した。


「いい加減勝手な行動は困ります。異世界人の方に何かあれば、責任を取らされるのは私たちなんですから。って、話聞いてますか?」

「にしても、異世界ってのはずいぶん奇妙な場所なんだな。なあ、このべひなんちゃらってやつは食えるのか?」

「基本食用の魔獣ではありませんが、戦時の緊急用として一応食べることも可能らしいです……って、今はそんな話をしてるんじゃなくてっ……」


 相変わらず人の話を聞かない曾川に振り回されるライルがかわいそうになってくるが、特に誰も気にする風もなく、各々あたりを見分している。

 おっさんは、さっきまで異世界がどうとか頑なに信じてなかったというのに、そんなことなかったかのようにこの光景を受け入れている様子だ。


(さっきと今で、態度変わりすぎだろ)


 変わり身の早さに呆れるばかりだが、このおっさんの言動に一喜一憂するのにも疲れた俺はもう深く考えるのはやめることにした。

 

 そうして、意識を周りに移すと、近くにいた田中さんとアステランの会話が耳に入ってきた。


「馬車?っと言っていいのかわかりませんが、凄い数あるんですね」

「これは獣車だな。馬車よりも一回り大きいく、本来は貨物用に使われるものだが、今回は特別に大きめの客車を作らせた。台数も十数台近く用意したが、結局は無用の長物であったな」


 ガンダールの話では、本来は30人近い異世界人が召喚される予定だったらしいからな、それを想定して用意された数なのだろう。だが、実際召喚されたのは俺を含めた10人だけだった。


「獣車の用意ができたようです。夕暮れ前には帝都に着きたいので、そろそろ出発しますがよろしいですか?」


 ライルの報告に、各々が一様に反応を示す。


「ええ、大丈夫です」

「はいはーい!この獣車ってのに乗っていくんだよね!楽しみー」


「僕たちは良いけど、曾川さんはどうするんですか?」

「あ?」

「あ、いえ、同行されますよね」


「では、どうぞお好きな獣車にお乗りください。お一人でも、何方かと一緒にお乗りになっても構いませんよ」


 ライルの言葉を皮切りに、それぞれが馬車に乗り込んでいった。

 美咲、晴斗、陽葵の3人は当然同じ獣車だ。それ以外だと、星月さんと吉澤さんが一緒に乗り込むのが見えた。

 他の男連中は皆一人で乗るのかと思ったが、田中さんはガンダールと同席するらしく、先頭にある馬車へ向かって行った。

 自家用か何かだろうか。獣車ではなく馬車というのも違いがあるが、客車も小ぶりで黒を基調とした豪華な装飾のあるものだった。

 俺たちが乗り込むものは、一回り大きく、木製で装飾も控えめである。質素というほどではないが、ガンダールのものと比較すると少し見劣りするのは確かだ。


 (さて、どれに乗るかな)


 俺は軽く見回して、後列の適当な獣車に目をつけそちらの方へ向かった。乗り込もうと入り口の段に足をかけると、咄嗟に後ろから声をかけられた。

 声をかけてきたのは紳平だった。


「あ、先輩、一緒に乗っても良いっすか?」


 俺がすかさず振り返ると、案の定立っていた紳平に加えて、その後ろで水瀬さんがニコニコしながら近づいて来ていた。


「僕も良いかな?夏樹ちゃん達に断られちゃってね。一人で乗るのもなんか忍びないし」


 そういえば、吉澤さんと水瀬さんは一応同僚だったな。

 まあ、星月さん、見るからに男慣れしてなさそうな雰囲気だったし、チャラ男っぽい水瀬さんと一緒にするのは悪手だと判断したんだろうな。


「あ、いや、俺は一人で乗るのんで大丈夫って、何もう乗り込もうとしてるんですか」


 二人は、俺のツッコミを意に返すことなくそそくさと客車内に入っていってしまった。


「はあ、じゃあ、もう二人で乗ってくださいよ。自分は別のに乗るんで」


 そういって、一つ前の獣車へ向かおうとすると、いきなりグイっと手を引っ張られた。


「大丈夫、中は十分広いから、三人でも問題ないよ」

「いえ、そういう問題じゃ」

「さあさあ、入った入った」

「あ、ちょ、待って、自分は本当に大丈夫なんで!」


 俺の必死の抵抗もむなしく、そのまま水瀬さんに強引に引きずり込まれる形で俺たちは同じ獣車に乗ることになってしまった。


「よし、では出発するぞ!」


 アステラン団長の掛け声とともに、俺たちを乗せた獣車の一団は動き始め、帝都へ向けて走り出した。


 揺れ動く獣車の中で、俺は車内の窓から徐々に遠ざかる白い塔を眺めていた。

 

 それは、俺たちが出てきた召喚の神殿である。外から見るとあのような高い塔だったのは驚きだ。

 ガンダールの話では、あれは元々あった神殿の上に増築する形で100年ほど前に建てられたものらしい。

 巨木の生え並ぶこの鬱蒼とした森で、何処から来る異世界人たちが迷うことのないようにという願いが込められているという。

 

 日光に照らされて神秘的に輝く白い巨塔は、まるで港を照らす灯台のようにその存在感を惜しみなく放っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ