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炯眼の狼  作者: 壱式 光
3/10

第3話 迫りくる一団

 だんだんと迫りくる馬郡らしき足音に全員が気を取られる中、沈黙を断つように誰かが声を漏らす。


「あ、あの、どうしましょう……」

 

 星月佳織、リクルートスーツに身を包んでおり、真面目で少し気の弱そうな雰囲気が感じられる人だ。黒髪おさげに、丸眼鏡という今時なかなか見かけないスタイルが印象深い。


「どうこうするにも、ここから出られないんじゃどうしようもないじゃない」

「す、すいません」

「なんであんたが謝るのよ、別に責めてるわけじゃないんだけど」

「……はい」


 星月さんに答えるように声を発したのは、コンビニ店員の吉澤夏樹だ。見た目は、金髪で少々ギャルっぽさを感じさせる風貌が特徴的だ。口調は少しきついが、なんやかんやと内気な星月さんを気にかけていたり、面倒見がいいところもある。


 そして、彼女の言うように今の俺たちは身動きが取れない状況だ。自己紹介を終えた後、全員で神殿内を散策し出口のようなものがないか調べたが見当たらなかったのだ。柱の外側は完全に壁でおおわれており、唯一両開きの石扉のようにも見える窪みを見つけたが、取っ手もなくどんなに押してもピクリともしなかった。まさに牢獄である。


「いつまでもこんなところにいられるかよっ!誰か来てんなら助けてもらおうぜ」


 曾川の野太い声が神殿内にこだまする。さっき俺に詰め寄ってきたおっさんである。少々小太りながら、体格は大きくがっちりとしている。ここにいる中では一番の年長者だが、終始イライラを隠そうとせず、何かあるたびにあたり散らかしている様子からかなり短気な性格が垣間見える。


「そうですね……ここから出る算段がない以上救助に期待するしかなさそうですね」


 少し思案する様子を見せながら、田中さんが曾川の意見に肯定する。

 田中浩二、短く切りそろえられた髪にスーツ姿という一見どこにでもいそうなサラリーマンだ。身長は俺と同じくらいで、シュッとした体形ながらも意外なことに格闘技経験者らしい。よく見たらわかるくらいには筋肉の膨らみが感じられる。


 この異常事態で比較的みながパニックにならずに済んでいるのは、彼が落ち着いてこの場を仕切ってくれたからである。荒れがちな曾川によって険悪な雰囲気にならずに済んでいるのも彼が諫めてくれているからだ。この中で一番の大人な対応を見せている。曾川にも見習ってほしいところである。


「そういうこった。なら、ちゃっちゃとやるぞ」

「やるって、何するつもりですか?」

「助けを呼ぶんだろ?まあ安心しろ、声には自信があるんだ」

「ちょ、曾川さん待っ」

 

 いきなりのことで慌てた様子の田中さんの言葉が、大きく息を吸った曾川の次の轟音に遮られる。


「うぉおおおおおおい!!だけか助けてくれぇええええええ!!!!」


 曾川の張り上げた渾身の叫びが神殿内に反響し、一段と大きく響き渡った。予想外の爆音に俺たちは反射的に耳を塞いだ。


 (いくら何でもデカすぎだろ、どこから声出してんだこのおっさん!)


 外からは、馬らしきいななきや人の声がちらほらと聞こえ始めていたため、こちらに向かっていた謎の一団はもうすぐ傍まで来ていると思われる。これだけの爆音なら向こうにも届いていておかしくないだろう。


「はぁ、はぁ、はぁ、どうよっとっ」


 少し経ち、叫び疲れた様子の曾川が、息を切らしながらどっと腰を下ろした。

 

 その時だった。


 ピクリともしなかった石扉がゴゴォというけたたましい音を発しながら開き始めたのだ。同時に、全面に施された円形の幾何学模様のような彫刻がほのかに光りだしていた。神秘的にも見えるが、かなり異様な光景だった。


 何が出てくるのか全く予想できない中、俺たちは石扉が開ききるまでそのさまを片津を飲んで見守った。

 


 ◇◇◇


 

 しばらくしたのち、外からの逆光を背に人影が姿を現す。コツコツという足音を響かせながら、俺たちのいる神殿中央まで歩み寄ることでようやくその全貌が姿を現した。


「|**************《おや、何かあったかと思えば、予定よりずいぶん少ないな》」


 言葉を発したのは、全身に黒を基調とした豪華な鎧を身に纏う騎士風の男だった。少し赤みがかった長髪をなびかせ、威厳に満ちたその顔はなかなかの男前だ。腰に直剣のようなものを差し、肩には白いマントを掛けていた。


 そして、俺が何よりも意識が向いたのは男が発した言葉だった。聞いたこともない言葉のはずなのになぜか意味が理解できたのだ。どういう理屈か想像もできないが、言葉が通じるのは非常にありがたい。男の風貌と顔つきから、最悪意思疎通ができないかもしれないと一瞬杞憂したがひとまず安心だ。


 俺たちは異様なものを見るようにしばし言葉に詰まっていたが、だれよりも早く気を取り戻し口を開いたのは田中さんだった。


「あ、あの、あなたはいったい何者でしょうか?」


 男は、少し驚いたかと思えば、しばし思案するしぐさを見せ、独り言のように言葉を発した。


「ふむ、意思疎通は問題ないらしいな。古文書の通りか」


 納得したようにこちらに向き直り、田中さんの質問に答えるように口を開く。


「私はガルデルシア帝国騎兵団所属、団長のアステラン=ローデルセンだ。以後見知りおきを」


 胸に手を当て、深々と丁寧なお辞儀を披露して見せたアステラン。すると直後、外からさらに2人の人影が神殿内に入ってくるのが見えた。


「ローデルセン団長、勝手に先行されては困りますよ!」

「まあ、落ち着きなされ副団長殿。見たところ問題なさそうじゃ」


 姿を見せたのは、アステランと同じく騎士風の装いをした金髪の男と、紺色のローブのようなものを身にまっとった老人だった。副団長と呼ばれたところを見ると、アステランの部下だろうか。そして、老人の方は装いからしてどうみてもあれだ……。


 (おいおい、騎士が出てきたかと思えば次は魔法使いか?)


「すまんすまん、伝説に聞く異世界人とやらに早く(まみ)えたくてな!ハハハハハ」

「”見えたくてな”じゃないですよ。すごい咆哮が聞こえたもんですから、魔獣の類が召喚されたのかと」

「心配するな、魔獣などいなかったぞ」

「まあ、何事もないならいいですよ」

「私が魔獣程度に後れを取るはずもなかろう。お前も相変わらず心配性な男だな」

「まったく、いい加減自らの立場ってものをですね……」


 この状況に関して紳平と話したことがいよいよ現実味を帯びてきていることを実感するとともに、間違いであってほしいという期待が完全に砕かれつつあった。

 開口一番、アステランの口から答え合わせというように聞きたくなかった言葉を聞いたような気がしたが、もはや俺はあきらめにも似た感情で現実を受け入れ始めていた。


(もう、なるようになれ)


 アステランと話している若い騎士はア彼同様にかなりの男前だった。加えて年もずいぶん若いと思われる。俺とも大して変わらないように見えるが、中間管理職特有の役回りの大変さとでもいうのかいろいろと苦労を抱えていそうだ。

 

 そんな騎士たちのやり取りを横目に、ローブ姿の老父が俺たちの方を訝し気に睨んでいるのに気が付いた。


「おかしいのう、史実通りであれば30人近い人数が召喚されておるはずじゃが……たった10人とはどういうことじゃ?」


 10人とはおそらく俺たちのことだろう。何やらいろいろと誤算があったようだがこちらとしては何が何だがさっぱりわからない。俺以外の面々も、話に置いて行かれてポカンとしていたり、何やら考え込んでいたり、イライラしていたりと反応は様々に置いて行かれている状況だ。


「ライル、お前の説教もそろそろ聞き飽きたぞ。私たちの使命を忘れたわけではなかろうな」

「っ!そうでした、申し訳ございません!いつもの癖で」


 ライルと呼ばれた金髪の騎士は、はっとしたように俺たちの方を向き直り、アステランと同じようなお辞儀をして見せた。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。ガルデルシア帝国騎兵団、副団長ライル=フリーデンスと申します。かの有名な異世界人の方々に直接お会いできて、大変光栄です!」


「では、わしも名乗っておくかの。ガルデルシア帝国、宮廷魔術師長ガンダール=スカラルドじゃ、此度の召喚に関する総指揮を任されておる。よろしければ、そなた等の名もお聞きしてよろしいかの?」


 ガンダールに促される形で、俺たちも軽く自己紹介をした。

 一通り済んだところで、恐る恐るといった感じに美咲が切り出す。


「あの、私たちは今の状況についてほとんど何もわからない状態です。ここはどういうところなんですか?異世界人って何ですか?私たちは家に帰ることができるんでしょうか?」


 表情や声色からは、どこか焦りや苛立ちが感じられた。無理もない。立ち続けに変化する状況に俺ですらついて行けない状態だ。他の面々からも続くように抗議や不安が問いただすように出始めた。


「まあ、落ち着き給え。情報の共有がなされていないのは確かに問題だな。貴公らの疑問は至って当然のものだろう。では、改めて説明させてもらうとする。ライル、掻い摘んで頼む」


「はっ、了解しました。このライルが変わって説明させていただきます。と言っても我々からお教えできることは限られているのですがね」


 そうして、初めて正式に事のあらましが伝えられることになった。話の節々から何となく察しがついていたことだが、要約するとこんな感じだ。



 ◇◇◇

 

 曰く、ここは俺たちが元居た場所とは違う異世界、ネウエスティアと呼ばれる場所である。

 曰く、異世界人とは、その名の通り異世界から召喚された者たちのことを指している。

 曰く、今いるガルデルシア帝国は、ノルドウェストと呼ばれる大陸の南央に位置する大国の1つである。

 曰く、俺たちを召喚したのはガルデルシア帝国の皇帝であり、召喚は300年ほど前にも行われたことがある。

 曰く、かつて召喚された異世界人たちは、帝国の繫栄に大いに貢献したことで知られ国家的英雄として知られている。

 曰く、俺たちを元の世界に戻す方法についてはわからない。


 ◇◇◇

 


 知らない地名や固有名詞がいくつか聞こえたが、大体は予想していたような話だった。話を聞いた俺たちの反応は、まだ信じられない様子の者と、ある程度現状を受入れ始めている者が半々といった感じだ。だが、やはりどちらも一番聞き捨てならなかったのは最後の話だろう。


「その話を信じるとして、元の世界に戻す方法がわからないってどういうことですか!」


 当然のように美咲が声を上げるが、応対に困り焦り顔のライルを見かねたように、傍で見ていたガンダールが口を開いた。


「元の世界に戻す方法がないわけではない、一部の伝承ではかつて召喚された異世界人の中に元の世界へ帰還した者がいたという話が残っておる」

「それはどこまで確証がある話なのですか?」

「確証はない。直接見たわけではないからのう。だが、調べてみる価値はあるじゃろて、前々からこの神殿については研究してみたいと思っておったのじゃ。陛下から許可が頂ければそなた等に協力できるかもしれん」


 少し考えるしぐさを見せて、美咲が意を決したように答える。


「わかりました。今はあなたの言葉を信じます。無理を言ってもどうにもなりそうにないことは理解しました。ですが、私は絶対に諦めるつもりはありませんので」


 美咲の意を決したような真っすぐな瞳がガンダールたちを見据えていた。


「ふむ、強い瞳だ。どこの世界でも女の覚悟というのは美しいものだな」


 腕を組んだアステランがしみじみとした様子で言葉を漏らす。


「団長、何呑気に言ってるんですか。ガンダール様もあのような約束をしてよろしいのですか?陛下のお許しが降りるとは限らないのですよ?」

「まあ、何とかなるじゃろ?」

「ええ……」


 ライルの胃が色々な意味で限界を迎えそうな気がするが、俺たちにとっては少しでも帰る算段ができたことは吉報だ。

 一方その頃、美咲の方には晴斗と日葵が駆け寄っているのが目に入っていた。

 

「明日香、僕も協力させてくれ。君がやるって決めたらとことんやるつもりなんだろ?幼馴染として最後まで付き合うよ」

「お兄ちゃんだけじゃ頼りないし、ひまもお手伝いする!みんなで絶対家に帰るんだから!」


「はるくん、ひまちゃん、2人ともありがとう!必ず帰る方法を見つけて見せるわ!」


 キラキラと眩しいオーラを放ち盛り上がってる3人は相変わらずといった感じだ。

 主人公っていうのはこういう奴らのことを指すんだろう。


「さて、俺はどうするかなぁ」


 誰にも聞こえない小さなつぶやきを零しながら、俺は開いた石扉からかすかに見える外の世界を見つめていた。

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