第2話 自己紹介
「は、え、?」
何が起きたのかはよくわからない。ただ、死を覚悟した後、しばらくどこかもわからないところをふわふわと漂っていたような気がする。自分でもよくわからないが不思議な感覚だった。
そして今、気が付いたら俺は目を覚ましていた。
俺はどうやら生きているらしい。一度は死を覚悟したばかりだが、とりあえず自分が死んでいない事にそっと胸を撫でおろす。
(はて、ここはいったいどこだ?)
俺は見覚えのない天井を見つめながらだらしなく寝そべっていた。ゆっくりと体を起こすと、消えたと思っていた体がしっかりあることに気づく。
(良かった、体もちゃんと無事だな)
そして周りを見渡すと、そこは何やら神殿のような場所だった。文字通りの神殿である。なぜそう思ったのかというと、ギリシャのパルテノン神殿をどこか彷彿とさせるような特徴的な柱や白をお基調とした空間が目に入ったからだ。だが、明らかにそれとは違うものだと分かる異質な空間だった。
まず、周りを取り囲むように立っている巨大な柱を注視する。白く太い円柱に、何やら絵のような文字のようなよくわからない金色の幾何学模様が刻まれおり、円形状に取り囲むように立っていた。
そして、そのまま上を見上げると、そこはドーム状になっており、見たこともない荘厳な壁画が描かれている。何やら、巨大な黒い狼と武器を持った幾人かの人間が戦っているような描写だった。どういう意味があるのかはわからないが、どこかの神話や伝説を描いたものに見える。いずれにしろ、何か重要なことを描いているような気がする。
それにしても、こんな状況で、我ながら随分と冷静さを保っているなと驚いている。
これが夢であるとまだ期待している自分がいることは確かだ。試しに腕をつねってみたが、この痛みが夢であるとはとても思えなかった。この目の前の光景は紛れもない現実なのだ。
ならば、今はとにかく周りから得られる情報を少しでも集め、状況把握に努めるしかない。
そんなこんなで軽く周囲を見回した俺は、同じように倒れていた周りの人々に意識を向ける。彼らはさっきまで同じコンビニにいた面子だった。例の学生3人組と、チェックの男、スーツ姿の男、作業着姿の男、リクルートスーツ姿の女、そして2人のコンビニ店員。今ここにいるのは俺を含めて計10名だけだった。
見たところ目覚めていたのは俺だけらしい。他のメンバーはまだ意識を失って倒れている。傍によって確認してみると、呼吸があることから死んではいないだろう。
起こそうかどうか対応に迷ったが、どうやら大丈夫らしい。幾人かが目を覚まし始めた。
「ん、え、何ここ?」
「ねえ、はるくん起きて!」
「おれ、生きてんのか」
各々の反応をしり目に、俺はとりあえず一人ではないことにすっと胸を撫でおろした。なにも状況がよくなったわけではないが、境遇を共にする誰かがいるというのはそれだけで少し気が楽になるようだ。
「あ、あのー、ここどこなんですか? 私たちさっきまでコンビニにいたはずなのに」
リクルートスーツ姿の女が俺に向かって聞いてきた。同時に目を覚ました作業着のおっさんとあすかと呼ばれていた少女が同時に俺の方を向く。最初に起きていた俺が何か知ってると思ったのだろうか。悪いがそれはこっちが聞きたいんだが。
「あ、いえ、自分もさっき起きたらいきなりこんなところにいて何が何だか」
「そうですか...」
彼女の様子からは随分と動揺してる様がひしひしと伝わってきていた。まあ、無理もない、というか彼女の反応はいたって正常である。無駄に平静を保ってる俺の方がちょっと異常なのかもしれない。
まあ、昔から不愛想だの薄情だの言われて来たことだし今更思いつめることでもない。両親の葬式に出た時も、涙一つ流さなくて親戚から不気味がられたこともあったっけ。二年ちょっと前のことだというのにずいぶんと昔のことのように感じる。
「おい、ほんとに何も知らねえのかよ、嘘ついてたら許さねえぞ」
作業着姿のガタイの良さそうなおっさんがいきなり体を寄せて迫ってきた。正直ちょっとビビった。表情には出ないが。
「だ、だからほんとに何も知らないですって、俺もあの時コンビニにいていきなり体が光りだして……と思ったら消えだして、気づいたらここにいたんですよ」
「はあ? お前なんか知らねえぞ、ほんとにあそこにいたのかよ」
「いましたよ、なんならほかの人に聞いてください」
そりゃあ、俺のことを知らないのは仕方ないだろう。こっちからは無意識のうちに認識していたが、向こうがこっちに気づいている素振りはなかった。しかし、いきなり容疑者みたいに決めつけられるというのは決して気分のいいものではない。
「あの、その人ちゃんとコンビニにいました。レジで会計してたので知ってます」
そう声を発したのは、会計の際に唯一面識のあったコンビニ店員の女性だった。いつの間にか目覚めていたんだな、っと思ったが周りを見ると眠っていた他の面々も全員目を覚ましていた。どうやら、ずっと俺たちのやり取りを眺めていたらしい。
「ちっ、じゃあ誰か何が起きたか説明できる奴いねえのかよ!」
「・・・」
ふむ、どうやら誰もいないらしい。まあ、そんな気はしていた。っといっても問題が好転したわけではないんだが。
「あのー、皆さん、こんな状況だからこそ、ひとまず落ち着きましょう。とりあえず、自己紹介しませんか?」
「そうですね、ひとまずこんなことに巻き込まれた者同士、お互いのことを知っておいた方がいいと思います」
「ちっ、勝手にしろ」
スーツ姿の男が提案し、あすかがそれに賛同する感じでなんとなく話が進む。おっさんも渋々了承し、その他からも特に異論は上がらなかった。かくいう俺も流れに任せてその提案を了承した。
まあ、これからこの異常事態に対して嫌でも協力していかないといけないだろうし、それなりの親睦は深めておくべきだろう。
そんなこんなで、言い出しっぺのスーツ姿の男から始まり、それぞれ名前と年齢、肩書などを言っていった。
内容を大まかにまとめるとこんな感じだ。
スーツ姿の男
田中浩二(35) サラリーマン
あすか
美咲明日香(17) 高校2年生
ひま
天野陽葵(15) 中学3年生
はる
天野晴斗(17) 高校2年生
作業着姿の男
曾川倫之(42) 土木作業員
リクルートスーツ姿の女
星月佳織(22) ○○大学文学部3年 現在就活中
女店員
吉澤夏樹(25) フリーター
男店員
水瀬京也(24) ○○大学大学院法学部2年
チェックの男
霧島紳平(19) ○○大学工学部1年
ふむふむ。院生も含めると同じ大学の奴が3名もいたのか。まあ、あのコンビニは大学からも近いし、俺みたいに近場に一人暮らししてる奴とか、下宿したりしてる奴もいるだろうしおかしいことではない。
そして、もちろん誰とも面識はない。同じクラスの奴でさえ名前も顔もあやふやなのに、学年も学科も違う奴らなんて知っているわけがない。
「じゃあ、最後は君だね」
なんとなくタイミング逃してたら、いつの間にか最後になっていたらしい。
「あ、はい。東玖狼です。年は21、自分も○○大学の経済学部2年です。よろしくお願いします」
そんな感じで自己紹介を終え、現状について話し合ったり、お互いのことに関して軽い談笑が始まった。
◇◇◇
「へー、美咲ちゃん生徒会長やってるんだ。どうりでしっかりしてるんだね」
「いえいえ、ただ押し付けられただけですよ」
「あ、あの、天野さんって去年の剣道全国大会に出てましたよね。テレビで見かけたことあった気がします」
「そうそう、すごい美少女剣士だった話題になってた」
「えへへ、ちょっと恥ずかしいなー」
どうやら周りは美女二人の話題で持ちきりのようだ。
「やっぱり二人は人気だなあ。あ、どうも、東さんよろしくお願いします」
「え、あ、よろしく」
不意に声をかけられたことでちょっと素っ頓狂な応答になってしまった。いかんいかん、ここは年上の余裕を見せねば。
「えー、確か、天野くんだよね」
「晴斗で良いですよ」
「あ、じゃあ、晴斗くんで」
「僕も玖狼さんって呼んでいいですか?」
「え、う、うん別に良いよ」
あまりに自然な距離の詰め方、俺でなきゃ見逃しちゃうね★
天野晴斗、遠目から分かっていたが改めてみると美少女の妹を持っているだけあるって目鼻立ちはかなり整っている。見た目は一見どこにでもいそうな地味な高校生だが、隠しきれないイケメンオーラがにじみ出てやがる。このさわやかな笑顔に、いったいどれだけの乙女を勘違いさせてきたんだろうか。
それにしても、下の名前で呼ばれることは家族以外ではほとんど無かったことなのでちょっと慣れない。
「ねえ、僕たちも混ぜてくれないか?」
「あ、ちょ、自分もっすか?」
「良いじゃん、年の近い男同士話も合うだろうしさ」
そうやって近づいて来たのは、コンビニ店員だった水瀬とチェック姿の霧島だった。水瀬は177cmの俺より少し背が高く、髪は栗色のやや長髪で、第一印象はフランクな好青年っといった出立ちの男だった。それに対して霧島は、少々小柄な体格に、黒髪の短髪で、幅の広い黒縁メガネをかけたザ・オタクって感じの雰囲気だ。
「良いですよ、そういえば御三方は同じ大学でしたよね」
「まあ、僕は学院生だから少し違うけど、大学は同じだから一応先輩ということになるかな」
「そうなんですね」
「その点、同じ学部生の霧島くんと東くんの方が話が合うんじゃないかな?」
なんか急にこっちに話題飛んできたんだが。そして、当の霧島とふと目があった。彼も強引に巻き込まれた側だし、よしここは先輩としてフォローしとくか。
ってまあ、俺にそんなコミュ力はないんだが。
「そう、かも知れないですね」
「じゃあ、2人で親睦を深めておくと良いよ。僕は女子のところに行ってくるから。晴斗くん、美咲ちゃんと陽葵ちゃん紹介してよ」
「はい、分かりました」
そうして、2人はそそくさと行ってしまった。
コミュ力お化けに簡単に嵌められてしまった形だ。なんとも気まずい雰囲気。水瀬達が行ってから数十秒たったが、特に会話が始まる気配はなく、時間だけが過ぎて行く。
いや、なんか話してくれよ。ってこれ俺が話しかけないといけないやつか。だがここに来て話す話題が出てこない。どうしようか。
そうしてしばらく悩んでいると、
「あの、えっと、霧島紳平っす、東先輩でいいっすか?」
「え、おう」
先輩、先輩か、うん悪くない。
「先輩からはなんか同類の気を感じるっす」
「え、うん、たしかに否定はできんな」
同じ陰の宿命を背負うものとしてこいつとは似たものを感じるのは間違いない。だが、こいつから言われるのはなんか癪に障る。
「ところで、先輩はこの状況どう思うすっか?」
「どうもこうも、何が何だかさっぱりだよ」
「そうっすか、実はなんですけど、自分ちょっとこの状況に心当たりがある気がするんす……」
「ん?なんだ?何か知ってるのか」
「先輩……異世界転移って聞いたことないっすか?」
異世界転移
ある程度アニメや漫画、ラノベを齧っていれば聞いたことくらいはあるだろう。さまざまな要因により異世界に転移した主人公がチートな力を振るって無双する、という昨今よく目にする人気なジャンルだ。俺もそこまで馴染みがあるわけではなく、ふんわりと知っている程度だ。
ふむ、たしかに状況としては非常によく似ている。常人が聞いたら空想と現実の区別がつかないのかと馬鹿にされそうだが、コンビニでのことといい眼前の光景といい、あながち滑稽な話とも言い切れない。
紳平とはその後も異世界転移についていろいろと話を聞いたが、確証がないということで結局結論が出ることはなかった。
そんなこんなで、ある程度お互いの親睦を深め合った頃、いつの間にか仕切り役になっていた田中さんがこの場の全員に向かって切り出す。
「えー、一通り自己紹介は終わり、お互いのことをある程度知ることもできたと思うので、これからどうするか考えましょう」
「そうですね……、ん?」
「どうかしました美咲さん?」
「何か、聞こえませんか?」
「……確かに何か聞こえますね」
少し遅れて田中さんも同意する。
俺も同時に耳を澄まし、遠くから何か近づいている音に気づいた。パカラッパカラッというどこかで聞いたことのあるような音は徐々に大きくなり、やがてそれが馬のような足音だと気づく。それも一頭ではなく何頭も。
(この現代で馬だと……)
不安と緊張の空気が広がる中、俺は紳平から聞いた話を思い出しながらこの後の展開に嫌な予感を感じていた。