第10話 魔術
勝負というにはあまりにも一方的だった天野兄妹の模擬試合は、見学をしたところでまったくと言って良いほど参考にならなかった。
権能の圧倒的な力は彼我の実力差を大きく決定付けてしまい、剣術を生かした打ち合いが成立する以前の問題だった。
そもそも、肉弾戦において天野兄妹の強さは異世界人の中でも飛びぬけたものがある。
初めから参考にするべき相手ではなかったのだ。
模擬試合はいよいよ最終局面を迎え、注目すべき少女の順番が回ってきた。
「よろしくお願いします。」
丁寧な所作で訓練場に躍り出た美咲。
相対するのは、三人の宮廷魔術師だ。
紺色のローブと単調なデザインの大杖を手にする彼らに対し、美咲は白を基調としたローブを身に纏い、その手には30センチほどの小杖が握られている。
見て取れる通り、今から行われるのは魔術師同士の模擬試合だった。
魔術か…。
魔術に関しては、前にガンダールの爺さんに手ほどきを受ける機会があったが、俺は適正がないと判断され、魔術は使えないと言われた。
当時の記憶に思いをはせながら、俺はガンダールに教えられた魔術の知識を思い出す。
魔術とは、この世界において一部の人間だけが扱える魔力を用いた術体系の一つだ。
魔術を行使する者たちを魔術師と呼び、彼らはその力を背景に一定の権力と地位を与えられている。
魔術は誰もが扱えるものではなく、適性があるものにしか使えないからだ。
魔術には、火、水、風、土の基本となる四属性が存在し、そのどれかに適性を持つ者が厳密には魔術師と呼ばれる。
この基本四属性はあらゆる魔術に変化・派生するため、すべての魔術はこの四属性に起因しているの。
つまり、四属性どれかに適性がない限り、属性に起因する他の魔術を使うことができないということだ。
まあ、これが俺の知る魔術の大まかな概要だ。
使えないのに我ながら随分詳しくなったものだと呆れる。
戦闘では役に立たないならばと、知識の習得に邁進した成果といえる。
まあ、本当は暇すぎて書物を読むことしたすることが無かっただけだが。
そういうわけで、美咲のステータスを見る。
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名前:美咲明日香
年齢:17 性別:女性 種族:異世界人
身長:165 体重:52
称号:魔導士
職業:学生
権能:賢識…観測解析、並列思考
技能:火属性魔術、水属性魔術、風属性魔術、土属性魔術
肉体能力:20 魔力総量:1100
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改めて見ても、とんでもないステータスだ。
まず、魔力総量1000超えなんて彼女以外で見たことがない。
魔術師のエリートと言われる宮廷魔術師でさえ200~300といったところと考えると、美咲の数値がどれだけ異常なのかがわかるだろう。
だが何よりも恐るべきなのは、基本四属性すべてに適性を持っていることだ。
魔術師は通常、一人に付き一つの適性を持つのが基本だ。
二属性の適性があればそれだけで天才ともてはやされ、歴史に名を遺す魔術師の資質を秘めていると言われるのだ。
帝国最強の大魔術師と言われ、他国にまでその名が轟くガンダールでさえ三属性の適性を持つくらいだ。
四属性適正はまさに伝説の領域、現実にはあり得ないとまで思われていた存在である。
そんな中、美咲に対峙する3人の内、中央に佇む壮年の魔術師が口を開いた。
「魔導士様との手合わせ、我らが魔術師人生においてこれほどの栄誉はないでしょう!」
「魔導士様、このような場を設けていただき感謝いたします!」
彼らが口にする”魔導士”という言葉。
それは、遥か古の時代に存在したと言われる伝説の戦士”勇者”と共に原獣殺しを成したとある魔術師に付けられた称号である。
それは、只人で最初に魔術を修めた人物であり、現代に通じる魔術師というものの基礎となった存在だ。
またの名を”始まりの魔術師”と言われている。
たしか、そう本で読んだ。
加えて、かの存在は美咲と同じく四属性適正を持っていたと言われている。
今まではあくまで伝説として捉えられており、その存在を実在のものとして捉えていた魔術師は少なかった。
しかし、美咲明日香という異世界人がその常識を覆してしまった。
彼女のことを知る魔術師達の中には、彼女を”始まりの魔術師”の生まれ変わりと考えるものが現れ始め、畏怖や尊敬のまなざしを向けるものが一定数いる。
おそらく、あの宮廷魔術師達もその手の者だろうな。
四属性適正が明らかになってからの美咲に対する周囲の扱いは、どこぞの有名人が街中に現れたかのような様子だった。
皇宮内では、人だかりに囲まれている美咲の姿を何度か目撃したことがある。
「私、そんな大層な人間じゃないありません」
あー、日本人の悪いとこ出ちゃってる。
さすが大和撫子。
「ふふ、ご謙遜を。ですがその高潔な精神、魔道を志す者として感服致しますっ」
魔術師さん達の心酔っぷりも大概ですね。
「……はぁ、もういいです。さっさと始めましょう」
説得空しく、無駄に感心された美咲は、小杖を突きだし臨戦態勢を取る。
魔術師達も呼応するように大杖を掲げ、合図を待つ。
両者の用意を確認した監督役の”始め”の合図によって最後の模擬試合が開幕した。
おっと、いきなりか。
「火炎弾!!」「岩石弾!」「氷塊弾!」
開始の合図が下されると、間髪入れずに属性の異なる三つの魔術が魔術師達から繰り出された。
それぞれ、火、土、水属性に連なる、初級の攻撃呪文だ。
威力はそこまでだが詠唱が短いため、初撃の一手としては効果がありそうだ。
「暴風障壁!」
三方向から迫りくる魔術に対し、美咲は風属性の防御呪文を唱える。
ん?あれって、中級の風属性防御呪文だよな。
発動には少なくとも三節の詠唱を要するはずだが、一語で展開しやがった。
使えないのに分かった俺もどうかしてる。
美咲自身を中心にして吹き荒れる風に防壁によって、三つの魔術は軌道をずらされてあらぬ方へと飛散した。
解き放たれた暴風は、そのまま周囲へ拡散し、追撃の魔術を放とうとする魔術師達を怯ませることに成功した。
「お返しです」
そう言いながら小杖を掲げた美咲の頭上に、三つの魔術が展開する。火球に大岩、そして巨大な氷塊、それは初めに魔術師達が美咲に放った魔術の再現だった。
「バカな!?無詠唱だと」
「三属性の同時展開!素晴らしい!」
眼前の光景にただただ感嘆の声を上げる魔術師達に、もはや攻勢の意思は感じられなかった。
迫りくる一撃にただただ立ち尽くすだけの三人の魔術師。
打ち込まれた魔術はその手前の地面に衝突し、着弾の衝撃によって魔術師達は倒れ伏した。
直撃を免れたのは直前で美咲が軌道を変えたからだ。
あれを食らっていたら並みの騎士でもただじゃすまなかっただろう。
同じ魔術であるが、威力、速さ共に魔術師達のものを凌駕していたのは明らかだった。
これにて、模擬試合第三戦目は魔導士美咲明日香の圧倒的な勝利に終わった。
改めて試合を振り返ると、やはり決め手は最後の一撃だろう。
無詠唱によって三属性の三つの魔術を同時展開するなど、普通はあり得ない所業だ。
上位の魔術師でも呪文の一部省略などで詠唱の短縮を行うことがあるが、それでも完全な詠唱の破棄まではできない。
加えて、美咲はそれで魔術の同時展開までやってしまっている。
もはや、人を超越した人外の御業である。
それを実現できるのは権能があるからだ。”賢識”の能力”観測解析”は、物体や事象の理を読み解くことができるというものだ。
実用としては、対象の弱点を見切ったり、魔術の構造を解析しその全様を瞬時に理解することができるらしい。
これにより、美咲は一度見た魔術を完全に再現することができる。
そして、並列演算によって人を超越した思考速度を手に入れたことで、無詠唱と魔術の同時展開を可能にした。
まさに、チートここに極まれりって感じだな。
さてと、そろそろお暇するか。
厄介なのにまた絡まれないように、おれは隠れるように訓練場を後にした。
***
―同刻、皇宮某所、皇帝の執務室。
皇帝オルダイン三世は、書斎に隣接した大窓から眼下で行われた訓練の様子を観覧していた。
「―権能か、この目で見るまではただの伝説と侮っていたが、まったくもって恐るべき力だ。お主もそう思わんか?ガンダールよ」
皇帝は振り返りながら、背後に控えていた宮廷魔術師長に語り掛ける。
「そうですな、強力な力であることは間違いないですじゃ。全盛の帝国を下支えしたというのも真実味が増す話ですな。特に、ハルト、ヒマリ、アスカの三人の能力は戦力としては破格。革命派共のけん制に使える良い駒となるかと」
「革命派か、目障りな奴らだ。帝国に仇を成す反逆者共の分際で好き勝手に何やら企んで居る。駒の使い方は主に任せる。何としても奴らを殲滅せよ」
怒気のこもった声色で強く命令を下す皇帝に対して、ガンダールは小さく頭を下げながら応える。
「お任せくだされ、必ずや成功させますじゃ」
満足した皇帝は、再び訓練場に視線を戻すと、視界の端に入った目つきの悪い異世界人に気づいた。
「あやつ、我を失望させておきながらのこのこと……」
皇帝が湧き上がる苛立ちに身を震わせる。
その様子を傍目から見ていたガンダールは、激情の向けられる先を察しながら、皇帝の面持ちに少なくない理解を示していた。
それは、異世界人の召喚がどのように行われたか、召喚を取り仕切った彼だからこそ理解できたことだった。
異世界召喚、その秘術は万能でもなければ都合のいい代物でもなかった。
その召喚には犠牲という名の生贄が必要であり、異世界人一人に対して百人以上の人間の命を消費した。
今回の召喚には最低でも千人以上の犠牲を伴って実行され、その多くには、かき集めた奴隷を用いた。
しかし、犠牲になったのは奴隷だけではない、我弟子たちである若年の宮廷魔術師も数十人以上犠牲になっており、陛下も愛する第二皇子を生贄に捧げた。
国の将来を憂い、苦渋の決断の上で実行された召喚。
その結果呼び出された異世界人が大した権能を持たない出来損ないという事実は、皇帝の覚悟に大きく泥を塗り、苛立ちを覚えるのも無理からぬことだった。
「――ガンダールよ、呼び出された異世界人は九人だった、ということにするのだ」
皇帝の顔は日陰に晒らされ、その表情は読めない。
ただ、声色はひどく冷たく、己に言い聞かせるように吐き出されたようだった。
「しかし、かの者は如何されるおつもりじゃ?異世界人の中には彼を気に掛ける者もおるようですじゃ」
同じ境遇の者同士、ある程度の情が生まれるのは必然だ。
事実、クロウ・アズマの処遇について理解を求める声も出ている。
彼の扱いを間違えれば他の異世界人の信用を失いかねない。
「全員、ではなかろう。いかに同郷と言えども、所詮は居合わせただけの他人。こちらに正義があると分かれば信頼など簡単に崩れよう」
その言葉を聞き、ガンダールは小さく笑みを受けべる。
「いやいや、誠に陛下の慧眼には恐れ入りますじゃ。実は丁度、そのことと合わせて、お会いして頂きたく控えさせておる者がおるのじゃが、よろしいですかな?」
「なんだと?―ふむ、まあよかろう、連れてまいれ」
しばらく思案する仕草を見せると、皇帝はあっさりと承諾した。
皇帝の快い返答を受けると、ガンダールは使用人を呼びつけ件の人物の召喚を命じた。
しばらくし、執務室に一人の男が入室した。
「皇帝陛下、この度は謁見の許可を頂いたこと大変感謝致します。改めまして、異世界人の”田中浩二”と申します。以後、お見知りおきを」
現れた男は、いつもの物腰の柔らかそうな態度とは打って変わり、どこか気の抜けない鋭い眼光に、張り詰めたようなオーラを身に纏っていた。




