6. 王女とは名ばかりの
私の安堵のため息が、思わぬ誤解を招いた。違うのだと、そうではないと伝えたくとも、話す事を禁じられている私が口を開く事は出来ない。曲が始まりダンスを踊りながら告げられたアルフレート将軍からの言葉に、私はどう答えたら良いものかと考えあぐねていた。
ダンスを踊る為にすぐ近くにある切長の瞳は、感情というものが隠されているようで。怒っているのか、それとも呆れているのかも分からない。とにかく誤解だと知らせたくて、たとえはしたなくともふるふると首を振った。
「そうですか。それならば良かった」
ここが舞踏会の会場では無く、周囲に誰もいなければ「我が国を救って下さってありがとうございます」と告げられたのに、せめて感謝の気持ちを伝える手紙をしたためれば良かったと考えてももう遅い。
「貴女は人形姫と呼ばれていると伺った。何やら呪いで口を聞く事を禁じられたのだと。しかし私もコンラート陛下も、そのような風聞は信じておりません」
思わぬ言葉に、私は目の前で揺れる黒髪と同じ色の瞳をじっと見つめる事しか出来ない。その瞳の奥にある感情を読み取ろうと試みるが、私などが訓練されたアルフレート将軍の本心を知ろうとするなど無駄な事だった。
「エリザベート王女。本当は呪いなどいい加減な虚言で、貴女は口を聞く事ができるのでしょう?」
あまりの衝撃に、喉がグッと詰まった。まさかこんな事を言われるとは思ってもいなかったし、どうしてアルフレート将軍がそんな事を訊ねるのか、私には全く分からなかったから。
その時、踊る私とアルフレート将軍の近くを王妃と皇帝陛下が通り過ぎる。その際王妃の眼差しは燃えるような髪と同じく私を激しく責めるようで、我に帰った私は再びふるふると頭を振って、アルフレート将軍の言葉を否定する事しか出来なかった。
それから後は努めてアルフレート将軍の目を見ないように、その逞しい首筋や胸元だけを目線に入れるように心がけてダンスを終える。将軍も、それ以降は私に話し掛ける事もなく席に戻った。
その後もドロテアとヘルタはアルフレート将軍のところへ行って色々と話しかけていたようだけれど、私はただこの時間が早く終わるように祈るばかりだった。
「エリザベート、貴女顔色が良くないわ。久しぶりの舞踏会で、体調が優れないのではなくて?」
いつの間にか近くに立っていた王妃の言葉にハッとする。舞踏会の会場で楽しそうに踊る貴族の令嬢や令息を見ていた私へと、突然投げかけられた言葉にほんの少し反応が遅れてしまう。私を見下ろす王妃は目を細め、口元を歪めながらもう一度言葉を重ねる。
「そろそろ失礼した方がよろしいのではないの? 皇帝陛下とアルフレート将軍の前で倒れるなどという失態はやめてちょうだいね」
私もちょうど居心地を悪くしていた所だったから、王妃の言葉に甘えて退席する事にする。決して口を開かずに、ただ黙って頷く。
「おや、エリザベート王女。どうなされた?」
お父様と歓談なさっていた皇帝陛下は、私が立ち上がった事に気付くと声を掛けてくださる。その溌剌とした声色に、アルフレート将軍の側に腰掛けていた妹姫達も、思わずといった風に頬を染めていた。それ程までにこの二人の殿方はこの国のどの貴族令息よりも魅力的だった。
「申し訳ございません、陛下。エリザベートは元々あまりこのような場所に慣れていませんの。少し気分を悪くしたようなので、早めに退席させますわ」
「おお、それは心配だな。大丈夫なのか?」
本当に心配そうにこちらへ視線を向けてくださる皇帝陛下と、妹姫達に寄り掛かるように密着されたアルフレート将軍の視線が一度に向けられる。
「ええ、早く休めば大丈夫です。さぁ、エリザベート」
振り向きざまに睨みつける王妃に促され、無言で挨拶だけを行った私は、やっとの事で息苦しい舞踏会から解放された。皇帝陛下達の手前、普段なら付かない騎士に連れ添われて広間を出る。
「はぁー。賓客の前だから形だけとはいえ、呪われた人形姫のお付きなんて不吉だよな」
「ここら辺でいいだろう。戻ろうぜ」
城に勤める騎士達も、私の事を王女だという認識では無く、ただ面倒な存在だと思っている事は知っていた。けれどいざそれを目の当たりにすると胸が痛んだ。
連れ立って広間へと帰って行く騎士達に背を向けて、一人で広い廊下を歩いて別棟へと向かう。普段から騎士が付く事が無い私にとっては、いつも通りの事だった。あと少し、もう少しで別棟へと繋がる廊下へと足を踏み入れるという所で、突然後ろから声を掛けられた。
「エリザベート王女!」