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5. 皇帝陛下とアルフレート将軍

 とうとうクニューベル帝国から多くのお付きの者を引き連れて、コンラート皇帝陛下とアルフレート将軍の一行がアルント王国を訪れた。レンカの話によると、その豪奢な馬車の造りや護衛騎士達の装備を見た民衆は、帝国と自分達の国の国力の違いを実感し、尚更のこと噂になっていた奥方選びの行方に盛り上がりを見せているという。


「皇帝陛下、そしてアルフレート将軍、よくぞおいでくださいました」

「このように国民と一丸となって歓迎してもらって、ありがたく思うよ」


 お父様と言葉を交わすコンラート皇帝陛下は、まだ三十歳だと言われている。黄金色の髪に澄んだ青空のような瞳を持つ美丈夫で、先代の皇帝陛下はコンラート陛下の優れた統率力に期待して早々と皇位継承を行ったのだという。


 自分より十以上も若い皇帝陛下を前に、お父様は終始機嫌を取るような素振りを見せていた。いくら豊かな資源に恵まれているアルント王国とはいえ、クニューベル帝国とは相手にならない程の国力の差がある。それに前回の戦では助けてもらった恩もあり、その歓迎の宴はここ一番の派手なものとなった。


「ところで、こちらがアルント王国の美しい姫君達かな? アルフレートの未来の奥方がどなたになるのか、私は楽しみでならなかったんだ」

「いかにも。こちらから順に第一王女のエリザベート、第二王女のドロテア、第三王女のヘルタです」

「ほう、三人ともとてもお美しい姫君達だ。後で順番にアルフレートと踊らせよう」


 常に皇帝陛下の側で控えている寡黙なアルフレート将軍は、まるで太陽のようなコンラート陛下のイメージと正反対の印象を受けた。静寂に包まれた夜のような漆黒の髪と瞳、鍛えられて逞しい体躯と整った顔立ちは、妹姫達が騒ぐのも仕方がない。


「まぁ! それなら是非私から踊らさせていただきたいわ!」

「その次はどうか私と」


 積極的なドロテアとヘルタは、皇帝陛下の言葉に隠しきれない嬉しさを爆発させるように、期待の眼差しをアルフレート将軍の方へと投げかけている。


 私は前もって王妃から釘を刺されていた事もあって、アルフレート将軍の方をあまりジロジロと見る事は出来ず、なるべく黙って視線を下げていた。


「陛下、ダンスはあまり得意では無いのでできれば遠慮したいのですが」


 そう答えたのはアルフレート将軍。低くてよく通る心地よい声の持ち主だという事は分かった。しかし皇帝陛下はアルフレート将軍の訴えを一蹴し、結局ドロテア、ヘルタ、私の順番にダンスを踊る事になってしまった。


 やがてアルフレート将軍はニコリとも笑う事なく、妹達と踊っていた。しきりに話しかけるドロテアとヘルタに、どこか不機嫌そうにさえ見える表情でダンスをこなす。


 目の前のアルフレート将軍に、何とか自分を妻に選んで貰おうと夢中になっている妹達はそれに気付く事はない。それに、アルフレート将軍はダンスを踊る事を得意では無いと言っていたが、決してそんな事はない。長い手足と逞しい体躯を使って踊る姿は、会場にいる数多くの貴婦人達の目を釘付けにする程に魅力的だった。


「では、最後にエリザベート王女かな? 妹姫達とは色味が違うし、雰囲気も随分と違うが……とても美しい王女だな」


 皇帝陛下が場を和ませようとそう言うと、王妃と妹姫達の視線が突き刺さるように厳しくこちらを向く。お父様だけは表情を変える事なく、ただ「くれぐれも失礼のないように」といった風に頷いただけだった。


「アルフレート様。失礼ながら申し上げますわ。そちらの王女は口が聞けません。それに、普段は舞踏会に出る事を嫌がって、あまりダンスも上手くありません。踊っても面白くも何とも無いと思いますが、本当に宜しいのでしょうか?」


 こめかみをピクピクとさせながら王妃がそう口にすると、既に目の前に立っていたアルフレート将軍は一度だけ皇帝陛下の方へと視線を向けた。皇帝陛下は何故かとても可笑しそうな顔をしてから頷き、アルフレート将軍はそのまま私の方へ向き直る。


「エリザベート王女。私のようにダンスが苦手で、野蛮で無骨な者でも宜しければ。……どうか踊っていただけますか?」


 その時の声にはとても温かいものを感じた。私を蔑む王妃の言葉に対し、敢えて自分を下げたように野蛮で無骨だと言う。それに差し出された手は男らしくて大きくて、この手が帝国と我が国を守って下さったのだと思えば気軽に触れるのを躊躇う程で。


 私はこくりと頷き、差し出された手に自分の手を恐る恐る乗せた。返事をしない事が失礼だとしても、決して口は聞かなかった。私が口の聞けない呪われた人形姫だと言う事は、ここにいる全員が知っているのだから。


 思わず王妃の方をチラリと見れば、唇に血が滲むのでは無いかと思うほどに噛み締めてこちらを睨んでいる。その様子に気付いたのかどうかは分からないけれど、皇帝陛下は王妃にダンスを申し込んだ。若くて美丈夫である陛下に誘われては王妃もまんざらでは無いようで、上機嫌でエスコートされ広間の真ん中へと向かって行く。


 その様子に私はホッとして、思わず身体の力を抜き止めていた息を細く吐き出した。


「血塗られた戦狂いと呼ばれる私と踊るなど、恐ろしいですか?」










 

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